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明けの明星




彼はあの時何を言いたかったのだろうか





第六特異点の人理修復から一カ月程経ったある日の事だった。

なにやらマスターリツカはこちらに何か言いたげな面持ちで此方を眺めていたが

やはり悪いか…と小さく呟くと踵を返そうとするので、

じれったくなり此方から話を切り出した。


「どうしました、マスター…貴方がハッキリ物を申さぬとは珍しい」

「ランスロット…いや、ちょっとね…今召喚システムの更新があったんだけど…」

「召喚システムの更新…ですか、それと貴方のその遠慮がちな態度は何か関係が…?」

「ほら、この前第六特異点の人理修復をしたでしょ?それで新しく召喚されるかもしれない

サーヴァントも色々増えてね」

「ふむ、それは良い事なのでは?」


顎に手をあて少し首を捻って思案してみる。

このカルデアに少しでも力強い英霊がくればリツカが行っている人理修復もスムーズに

いくというのに、何を戸惑っているのか、始めランスロットには思いつきもしなかったが

優しいこのマスターの本質を考えてみれば、おのずと答えが導きだされたようだった。


「…お言葉ですがリツカ、検討違いな事を申していたら申し訳ありません。

今回の召喚システムで増えた英霊とは第六特異点での、かつての同胞達、なのですか」

「流石ランスロット、察しがいいね」


隠し事は出来ないなぁ、とリツカは頬をかいてみせると、うんと小さく頷いた


「あの特異点での出来事は定礎復元されたから、召喚された英霊達にその記憶は

ほぼないんだけど…」


苦虫を噛み潰したような顔をしている、そう自身でも理解しているような表情だった。


「稀にね、いるんだ。そういう事例は自分のカルデアでは今の所キャスターのクーフーリン

だけだから、そちらの方が稀だとはわかっているんだけど」


キャスターのクーフーリン、と聞いて彼の事かと頷いて見せる、確かに彼は自身で

冬木の時以来だな、と言っていた。冬木とは自分が召喚される前の特異点だったと聞く

なんでも辺り一面が死の大地と化していたらしい、第六特異点のような死の大地とは

また違って、そこにはある種の絶望を彷彿とさせるものだったらしいが…


成る程、ともすれば


「同胞がもし特異点での出来事を覚えていたら、色々と

気まずくなるのではないか、と心配なさっているのですね」


確かに、あの特異点での出来事を覚えていれば気まずくもなるだろう、だが、それは

相手方の方だろう。かつては敵として戦った相手が自分のマスターになっているのだから。

それに自分はあの時外套を被り、自身の存在もわからないように細心の注意を払っていた、

離反した私とは違うランスロットの事を恨めしく思う事はあれど、よもやマスター側の

英霊として戦った事を気付く者はいないだろう。


「リツカ、貴方は優しいお方だ、新しく召喚された同胞がその記憶で苦しむのではないかと

懸念されていたのですね」


優しい声で諭すと不思議そうに此方を見返してくるので

何か間違いだっただろうかと此方も何度か瞬きをしてしまう。


「確かに、ランスロットの言う通り、敵として戦った相手の記憶がそのままあれば

気まずくはなると思う…だけどね、ランスロット、そうじゃなくて、一番心配しているのは

貴方の事なんだけれど」


心配される理由が思いつかなくて首を傾げる、そういえばリツカは第六特異点に行った時

もっと言えば私の忠告を聞きいれた際の事だ、自分の身の回りの逸話や伝承などを色々調べていた、

知識を増やす事はのちに自分の立ち回りなどで優位に動けるからだし、

無粋な事は言うまいと詮索しない為でもあったのだろう。


過去の因縁、その一点の張り詰めた糸に触れないように気をまわしていた


「私の、事」


言葉に詰まってしまった。

過去にカルデアで二人きりの時ぽつりと零してしまった言葉を忘れる事なく、零す事なく

覚えていたのだと

マスターには話していたことだ


「確かに、今顔を合わせれば間違いなくその瞳を真っすぐに見る事は容易ではないでしょう

ですが、少しずつ話を、していければ…必ず」


嘘のようだった。前向きな言葉がするりと出てきた事に自分でも驚く

これまでの卑屈なまでの考えが少しずつ溶けていっているのがわかった。

そういえばあれ以来少し息がしやすくなった気がする。



あの第六特異点の出来事はそれほどまでに心を大きくしめたのかもしれなかった

自らの考え方を顧みさせてくれた。

そして、あの明けの明星が輝いた空の下の言葉が続く事はないとわかっているのに

例外がある、などと。少し期待してしまうではないか。


「そっか、それなら…よかった」


ほっとした様子で胸を撫で下ろす。


「じゃあランスロットも召喚に立ち会ってよ、

突然来たよって言われても心の準備つかないでしょ?」

にっと笑ってみせる無邪気さに、ふふっと笑みを零してしまえば

なんだか悔しくて、意地悪く

「とかなんとか言って、私を触媒に円卓の騎士を引っ張ってもらおうと思っているのでは?」

と言ってみせる

ばれたかーなんて間延びした言い方で腕を引っ張る様は自分を思っての事なのだろう

ふと頭の隅にあの太陽がちらついた気がして機械の前でピタリと止まった

不思議そうに此方を見たあと、大丈夫だよ。と優しく宥められる。

緊張しているのだと勘違いさせたのだろう、はい、と小さく頷いてみせれば

ブゥン、と召喚式が立ち上がる。独特な音が鳴り中央に光がともってゆく。

エーテルの青白い光に誘われるように召喚されたその人物を見れば

すごい…本当に来てくれたと口を開けて呆けているマスターを横目に

ランスロットは小さく息を飲んだ。

緊張からか、はたまた内なる喜びの悲鳴か声が上手く絞り出せない。



「円卓の騎士、ガウェイン。今後ともよろしくお願いします。」


マスターへ向けて笑みを浮かべた後、すぐ隣にいる人物は目に入ったのか

ガウェインはひと際目を大きくさせる。


「サーランスロット…!貴卿も此方にいらしたとは…何たる回り遭わせか」


嫌悪でもなく憎悪でもなく、ただひたすらに友愛の笑みを浮かべていた。


懐かしい心地だった。かつて円卓の騎士として共に戦っていた親友の時のように

あの日に戻ったようだと思ってしまった自分の身勝手さや浅ましさに

気付いたら身体が弾かれたようにその場を走り去っていた。



背後からあのよく通る声が呼び止めているようだったが

真っ白な頭には何も入ってはこなかった。



ああ、ああ、なんて自分勝手なのか

あの気持ちはキャメロットに置いてきたじゃないか。

密かな期待だって本当にそう願ったわけじゃなかった。

光が強いほど闇が深くなるとはよくいったものだが本当にそうだと思い知らされる。




一気に心臓へ血が送り出されるようで息が出来ない。

全力で走った後、誰もいない暗い個室に崩れおれた。ひゅっと軽く吸い込むも

それ以降酸素を取り入れることもできず、かといって上手に吐き出すこともままならず、

虚ろな瞳を彷徨わせる。

このまま座に還ることができたなら楽になれたものをと恨めしく思っていると

足音が聞こえ、この部屋でぴたりと止まる。


「   」


酸素不足で霞みがかった視界には、ほの暗い室内しか見えず、それが誰なのか

判別することは困難で、抱き寄せられたその人肌の温かさが妙に心地よくて酷く安心する。

くるしい、くるしいと、はくはく動く唇にそっと何かが触れた気がした所で意識を手放した。





********







目を覚まして最初に視界に入ったのは無機質な天井、ではなく。

あの時目を逸らしたペリドットの瞳と太陽のようなやわらかな金の色だった。

この状況に脳が警鐘が告げる、本能のままに慌てて身を起こそうとすれば

強い力で上体をベッドへと押し戻された。

両腕を拘束され何が起きているのかわからない状態に酷く困惑していると

どうして、逃げるのですと今にも泣きそうな、苦しそうな表情をして自分を見下ろして

きたガウェインにズキリと胸がいたむ


「逃げてなど…と、いいたい所だが…思い切り行動に出ていたな、すまない」


自嘲気味に笑ってみせると、ああ何故貴卿はそう…と肩に頭をのせてくる

馬乗りになられ、手も拘束されている今脱出など不可能なのは明白であった。

触れ合った箇所に熱がうつる、それは意識を手放す前に感じたあの人肌と似ていて


瞳を真っすぐに見る事は容易ではないと言いながら見る事はおろか

その場にいる事さえ出来ないとは、我ながらなんと意気地のない


「覚悟は、していたんだ。だが…身体は追いつかなかったらしい」

「私に会うのがそんなに嫌だったのですか」


違う、といってゆるく首を振ると首元の金糸がぱらぱらと動いて少しくすぐったい


「そう、だな…嫌とかではなくて、私は不忠者だ王を裏切って、君の大切な

兄弟を手にかけてしまった。だからまともに顔もみれなくて、自分の罪から、君から

目をそらそうとした、だが出来なかった目を逸らす前に自分自身に耐えられなかったのだから」

「貴卿がずっとあの時に縛られているのはわかりました、私がここで貴方を許すと言っても

それで貴方自身が救われる訳ではないのでしょう、本当貴方は変わっていない」


変わっていないという冷ややかな声を前に愛想をつかされたのだろうかと思案する

小さくため息を吐かれ身体がビクリと震えた

嫌われるような事をしておきながら嫌われるのが怖いなどと

一度落ち着いていたあの罪悪感や思考がついてまわる。こんな事考えたくなどないのに


もっと上手くできる筈だった。

彼を歓迎して、罪を打ち明け、少しずつ解れた糸を縫い合わせるようにかつての日々を

取り戻せたならと。


想定外の事に対処するのは自分の得意分野だった筈なのだが今回ばかりはそういかなかった

なぜなら自分の心自身が想定外の事に受け入れられずに身体が悲鳴をあげたからだ


ランスロットの想定外の出来事、それは自分の事を恨んでいる筈の彼が

あんなにも優しい表情であったから

相反した気持ちがせめぎ合う

こんな表情、私に向けられるべきではないのだと。


「サー・ガウェイン。どうかどいてはくれないか」

「いいえこの機を逃してこの場を逃げられたら私はどうすればいい?
サー・ランスロット。どうか聞いて、貴方に言いたい事が山ほどあるのです。

それこそ私の死の際にまで思い続けた。王にしたためた手紙の内容が貴方の事で殆どをしめる程に

だからどうか逃げないで」


抑えつけられた手に絡めるように指が隙間へと入り込みがっちりと掴まれ

肩にかかっていた金糸がゆっくりと離れ、苦悶の表情が瞳に映る


「貴卿の言い分もわかります。何故なら私達は、共に王を救えなかったのですから。

本当に断じるべきは、貴方を赦せなかった我が身の未熟こそ、ですが

今度こそはと願った。王の剣でありつづけると、そして貴方の事も諦めるつもりもない」


何を言っているのかわからず何度か瞬きをする。諦めるつもりはない

ということはやはり未熟だといいながら私を裁きたいと思っているということか

抵抗する力も気力も失せベッドへと脱力した。そうだ、これでいい

あの笑顔は何かの間違いだったのだろうと思ってしまえば、すんなりと腑に落ちた

ぎこちない笑みで返せば、何か察したように少しずつ怒りをあらわにしてゆく



「…サー・ランスロット、今何を考えました?」

「え」


間の抜けた声だったと自身でも思う、罵詈雑言が降ってくると予想し受け止めようと

覚悟をきめていたからだ、つくづくこの男は予想を覆してくるものだと


「貴方…よもや私が貴卿の事を許さずに恨み言を叩き付けると思ってはいないでしょうね」


彼の琴線にどこで触れてしまったのだろうと視線をうろつかせたいが、瞳が逸らせない

なにか術にかかったかのように固まってしまう


「私を侮らないでいただきたい」


痛いくらいの力加減に眉をよせる、それを反抗とみなしたのか


「ランスロット、いえ、ランス。貴方は悲観する癖があり、そして遠まわしに言ったとて

ちゃんと伝わらないのでしょう、まぁかみ砕いて言ったとてそれを正しく受け取ろうとは

しないのでしょうね」


と矢継ぎ早に言ってのけた


「貴方が好きなのです。ランスロット」


真剣な眼差しで伝えられたそれはただただランスロットが驚愕するばかりで

いつそんな流れになったのだと見当違いなまでの思考に支配された。

ガウェイン卿が、私の事を、すき?
突然の告白に唖然としていると言い切ったことで怒りも少しばかり落ち着いたのか

手の力を少し緩めた


「自分の事が、すき…?」


うわ言のように呟く、それと同時に生前彼と歩んだ軌跡を思い出す。

笑ってる顔が好きだった、優しい声が好きだった。

たまに無茶をすると兄のように窘め、良い功績を持ち帰れば自分の事のように喜ぶ

君が


すき、だった。


そうだ、好きだったのだ。だからあの一対一の決闘で止めを刺すこともせず

その場を後にし、背中に受ける恨み言を縫い付けた。

二度とその声を忘れぬようにと。


その後出会ったのは君が亡くなったと聞いた後だった、墓前に立つことすら許されないと

わかっていても、足は自然とそちらへと向いた。その時は後悔からなのだと

自分では思っていたが、そうか、そうだったのか。

だからあんなにも君の墓前で日が暮れ、夜を明かすまで泣き続けたのかと理解すれば

あとはもう言葉はいらなかった。


ただ、欲しかったとすればあの日待ちわびた言葉だった。



「突然言われても、理解してはいただけぬと思いますがそれでも」


すき、なのですと声が小さくなってゆく

繰り返し伝えられる情熱的なまでの思いに心が揺さぶられたのか、それとも

餌を催促する雛のようにその愛がもっとほしいと思ってしまったのか

もはやランスロットにはわからなかった、ただするりと言葉が出たのだ


「私もすきだ」


と、空の頭が思考をやめ、ただ心の奥底の言葉を吐いた。

いつもであれば絶対に言わないであろうそれに今度はガウェインの方が後ろから鈍器でがつんと

殴られたような衝撃をえた。酷くくらくらする。それまでに衝撃的だった。

今なんと言った?この者は私がずっと秘めていた思いを、整理のつかなかった

愛の言葉をすんなりと受け止め、こともあろうかすきと無垢な瞳で、唇で語ったのだ。


「そうか、そうだったんだな。今ので理解した、

ちゃんと自分の気持ちにすら気付けていなかったのだな

私は罪から、君から逃げたくてあの場を飛び出した訳ではなかったのか。

君に嫌われてしまうのがきっと怖かったのだ

あの日の続きを見せられているようで、とても」


瞼を閉じる、やっと心と身体がゆっくりと馴染んできたようなきがして

深呼吸をしてみる、やはり息がしやすくなっている。

突然置いてきぼりをくらったようにガウェインは困惑する、それもそうだ

一人で納得し、満足しているのだから、本人じゃないのでわかる筈もなく


「あの日の続き、とは…?」


と首を傾げてみせた、促すそれにつられ、ああ、とゆっくりと瞼を開いた


「多分君は覚えていないと思う、今度マスターに頼んでマテリアルを見せてもらうといい

不思議な体験ができる、だが、まぁ君が驚く事になるだろうからそのつもりで、

なんて君には不要な心遣いだったかな」


幾分か余裕を取り戻したのか、それとも心の曇りが晴れたのかわからないが

優しい笑みを浮かべる彼に少し見惚れてしまう。


「覚えていないことを前提で問おうか」

緩められた手からするりと左手を抜きガウェインの右頬へと這わす

くすぐったかったのか少し眉を寄せる


「なぁガウェイン、全てが終わり見送ったら…その時は…」

「その時は?」

「此方が聞きたいよ、君はあの時何を思っていたんだろうね、その時何をしたかったのか

何を言いたかったのか。それを聞く為に待っていたのかもしれない」


先程まで此方を見て怯えていたというのになぜ告白を聞いてから満ち足りた様子で

喋るのだろう、順応が過ぎはしないかと少し不安になった所でガウェインは

自分が言いそうな事を考える。どの時代で彼と出会ったとていう言葉はきっと


「ランス」


アメジストの髪がふわりと揺れ、その額にキスを落とす。


「貴卿の答えを今ここで言いましょう、きっとその時の私は貴方に好きだと言いたかったのです

全てが終わった後貴卿とする事と言ったら愛を囁く事しかないですから」


どの世界でも伝えられずにいた、生前も、そして彼が出会ったという違う世界の私も

だからこの世界だけでも、悔いは残したくなかった。


「ねぇランス全てが終わり見送ったら…その時は…私に貴方を愛させて下さい」


あの日に見た光景がぶわりと押し寄せる

一言一句違わないその言葉の後の言葉にランスロットはポロリと涙を溢す

ずっと待っていた、一番聞きたかった言葉だった。


「ありがとう」


その言葉は深い口付けに消えていってしまったけれど。

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