宵の明星
ランスロットがここ、人理継続保障機関フィニス・カルデアに召喚されたのは
今のマスターであるリツカが特異点を巡って間もない頃だった。
何の因果か自分がセイバーで召喚された事に気付いた時、顔にこそ出さないが
それは酷く動揺した。
この私がセイバー、確かに円卓の騎士として戦地へ身を投じてきた
騎士の名に恥じぬ様に努力もした。だがどうだ事の顛末はそれで終わる筈もなく
最も忠誠を誓った王の妃と恋に落ち、国を滅亡の一途を辿らせ
親愛なる友の兄弟を手にかけ、本人をも傷つけたのだ。
この掌は血に、絶望に染まっていた。
そんな私をセイバーだと?笑わせる。バーサーカーの間違いだろう?
己が罪の象徴、理性もなく、
そこにはただ鍛えられた剣の技術とそれに従って動く身体があればいいのだから
どこまでも卑屈になっていくようだった。
召喚されて一言も発していない自分に疑問を感じたのか、えっと…と
頬を掻きながらどこか気まずそうにしている。
そこでようやく自分の浅ましい思考止める事に成功した
「これは失礼…サーヴァント、セイバー。ランスロット、参上いたしました。
ひとときではありますが、わが剣はマスターに捧げましょう」
そう言い終え一礼すると、安心したのか顔に笑みが零れたのが見えて
握手を差し出され、手を握り返す
その手の温かさにどこか懐かしい、眩しい光が差した気がした
過去の栄華など自分には眩すぎて、使える王の不在を嘆いた。
嘆く資格などありはしないのに。
********
ほの暗い罪悪感を抱えながら、今のマスターに仕えた
マスターは良いお方だった。それこそかつて忠誠を誓った王と重なって見える程に
各英霊達の話をしっかりと聞き、時には寄り添い、最善の策を必死に探す人だった。
この人なら、間違った道を歩まない。いや今度こそ歩ませない
自分に何度も、何度も言い聞かせた。次こそはと
戦っている時はよかった。自分は生きていていいのだと、力になれているのだとわかったから
だが一度夜になれば罪悪感で胸が押しつぶされていく感覚が襲った
悲鳴にならない声が空を泳ぐ、はくはくと紡がれない音だけが静寂を支配するのみで
眠る事さえ許さないというように。ただ長く冷たい夜があけるのを待った。
心がすり減っていく音を子守歌にして。
月日は流れてゆく
これで何度目の人理修復だったか、色々な特異点を巡った
次はどこなのだろう、虚ろな瞳を伏せながらレイシフトをすればじりじりと容赦なく照りつける
太陽に不快さを感じた、そしていち早く周りの状況を把握しなければと思考を巡らせると
どこからか懐かしい風を感じた。いや、知っているものとはかけ離れたものだったけれど
それは確かに、 であった。
この地がかのキャメロットであることは後に知った、そしてここがキャメロットであれば
自身の姿は少なからず影響するだろうとマスターに進言し全身を覆う外套を身につけ
常に己が栄光の為でなくを発動した。
マスターの霊力を少しずつ消費している今、この特異点は速やかに解決するしかないと腹をくくる。
だができるだろうか、昔とは違うとはいえ、きっと最後に待ち受けているのは
ブリテンの王、あの方だからだ。
顔色が悪いけど大丈夫?と顔をのぞき込まれ、少し暑かったのでそのせいかと、と
誤魔化せば察しのいいマスターはランスロットに関係のあった場所だからだよね、ごめんと項垂れた
ごめんといった所でこのカルデアにまともな戦力になりそうなのは一握りなのだ
その一握りの内の一人が自分なのだから着いていくしかない。そしてここまで
自分を信頼して共に人理修復をしてきたのだから今さら匙を投げるつもりも毛頭なかった。
********
この特異点の現状が大方わかった所でいくつか気がかりな事があった。
と言っても自分本位なものでなんと自分勝手な事かと自嘲する
この世界線にいる自分の行動は話を聞く限りおおよそ予想がついた行動であったから
心配はなかったものの、やはり今回も裏切るのだなと思うと少し吐き気がした。
それが運命、それが己の行動であり覆らない真実なのだとわかると
円卓の騎士随一と言わしめた自分は忠義の騎士なんかではないのだと胸に刻まれていくようで
自分のした行動に後悔がないとはいえない、その時の自分の行動は
それが最善であると信じて疑わなかった、否そうでなくてはならない
だがそれは人間の一生であればこそ、悔いなく生きれたといえるものを
こうして二度目のブリテンの崩壊を見る事になるのだから。
やはり私は裏切りの騎士なのだ、嘆きの壁を見つめ懺悔をしたい衝動に駆られた。
********
かつての同胞達との闘い、あの頃とは違いこの特異点でもたらされた祝福(ギフト)と
わが身を隠す宝具によって苦戦を強いられる事となったが、それでもなんとか乗り切れた
だが擦り切れていく心が悲鳴を上げていた、もう限界だと
身体ではなく心が先に壊れてしまうと。
ズキリとした胸の痛みに思わず笑いが込み上げてきた。
あんなにも裏切りの一途を辿っておきながら壊れなかった鉄の心臓が壊れる?
自分の心など壊れてしまえばいい、聖抜の儀と称されたあの儀で裁かれなかったのがおかしいのだ
まあ、今は死んではやれないのだけれども
酷く矛盾していると思った、死にたいのに死ねない、裁かれたいのに裁かれない
その矛盾が自分を蝕んでいる、いや、これこそが自分に与えられた罰だったのだと
そう言い聞かせないと立っていられない気がして。
********
ほんの出来心だったと今になって思えばそういうしかない。
皆が寝静まった夜に一度だけその場を抜け出して嘆きの壁の近くまできた
隠れたこの姿だと逆に怪しまれるだろうと外套を脱ぎ己が栄光の為でなくを解除した
懺悔するかのように瞼を閉じていると後ろから声がかけられた。
その声は聞き覚えがあった、過去誰よりも聞いた声であったし、間違える筈などなかった
「ランスロット卿、どうしたのです」
「ガウェイン卿…」
だがその声は昔と違って、どこか感情を殺しているような声だった。
最後にまみえたあの時の、激情に任せた怒気を孕んだ声でも、遥か昔親愛なる友として
横にたっていた時の温かな声でもなく、それはただの言葉通り人の形を模した物と相違なかった。
周りの闇が陽の光に包まれてゆく、そうだ、彼は今不夜の祝福を受けているのだから当然だ
「なにやら浮かぬ顔をしているようですが」
浮かぬ顔をしている、か、それは当然だ。ここにいる自分は今この特異点で共に
獣の道に踏み入れた自分ではないのだから。
だが久しぶりの、変わってはしまったが親友と少しでも語らえるのだと思うと
鉛のように重い心臓は少し軽さを取り戻していた。
「それは貴卿もだろう」
肩をすくめて見せると、そうかもしれませんねと小さく吐き出した
「私は今度こそ、今度こそ最後まで残ると決めたのです、過去の私は貴方を恨んで
最後の王の戦いに間に合わなかった不忠の騎士でしたから」
実に彼らしいと思った。
そして同時にそのしこりを作ってしまった自分自身を悔いた、ああ、やはり
私は
「ですが今回貴方はこのキャメロットに残った事そしてガレスを手にかけなかった、
それだけで少し救われたような気がしたのです。やはり貴方はわかっていてガレスを
殺したのではなかったのだと…今回ばかりは愛しい妹を手にかけた私が言う事ではない
心を殺すのにも些か疲れた気もしますが、後悔はせぬと決めたのです」
目を見開いた、かつてこの手で殺めてしまった彼女はこの世界でも動乱の犠牲になってしまったのだと
苦悶の表情をしたランスロットを横目にガウェインは固く瞼を閉じて話を続ける。
「貴卿が何故獣の道に身を落としたのかはわかりません、過去の裏切りがどうあれ
不貞を働く前の貴卿は確かに騎士の中の騎士であり忠義の騎士だった。
それを裏付けるかのように、不貞を働いた後も一部の民衆、同胞を味方につけたのですから…
貴卿とまた共に戦える事が昔のように嬉しくもあったのです。」
ゆっくりと開かれた瞼に少し陽が差す、まるでペリドットのような瞳に
何か決意のようなものを感じさせた。
「ねぇランス全てが終わり見送ったら…その時は…」
そう言いかけるとガウェインの部下が此方に走ってくるのが見え、失礼と一礼し
急用ができたようです、この話はまた、いずれと言い終えるとすぐさま踵を返し城へと歩を進めた。
一人取り残されたランスロットはいずれ、か…と小さく呟いて、
その話を聞くことは出来ないのだろうなと確信していた。
一度明けた朝が陰り夜が、くる。
ランスロットは重い瞼を伏せて外套を被り宝具を元に戻すとその場を後にする。
********
全て終わった
かの王の変わった姿、獅子王が収めるキャメロットという特異点は
聖槍が消え修復が急速に早まってゆく。
本来なかったものは元いた場所に戻るとDr.ロマニも言っていた。
元いた場所、それはのちに私が崩壊へと導くことになるあの時代へという事だ
だが過去は変えられない、変えられるのは未来だけなのだということも何度か繰り返した
定礎復元でわかっていた。
キラキラと発光してカルデアへと意識が戻される、ああ、さらばキャメロット
それは確かに、特異ではあったけれど“故郷”であった。
今のマスターであるリツカが特異点を巡って間もない頃だった。
何の因果か自分がセイバーで召喚された事に気付いた時、顔にこそ出さないが
それは酷く動揺した。
この私がセイバー、確かに円卓の騎士として戦地へ身を投じてきた
騎士の名に恥じぬ様に努力もした。だがどうだ事の顛末はそれで終わる筈もなく
最も忠誠を誓った王の妃と恋に落ち、国を滅亡の一途を辿らせ
親愛なる友の兄弟を手にかけ、本人をも傷つけたのだ。
この掌は血に、絶望に染まっていた。
そんな私をセイバーだと?笑わせる。バーサーカーの間違いだろう?
己が罪の象徴、理性もなく、
そこにはただ鍛えられた剣の技術とそれに従って動く身体があればいいのだから
どこまでも卑屈になっていくようだった。
召喚されて一言も発していない自分に疑問を感じたのか、えっと…と
頬を掻きながらどこか気まずそうにしている。
そこでようやく自分の浅ましい思考止める事に成功した
「これは失礼…サーヴァント、セイバー。ランスロット、参上いたしました。
ひとときではありますが、わが剣はマスターに捧げましょう」
そう言い終え一礼すると、安心したのか顔に笑みが零れたのが見えて
握手を差し出され、手を握り返す
その手の温かさにどこか懐かしい、眩しい光が差した気がした
過去の栄華など自分には眩すぎて、使える王の不在を嘆いた。
嘆く資格などありはしないのに。
********
ほの暗い罪悪感を抱えながら、今のマスターに仕えた
マスターは良いお方だった。それこそかつて忠誠を誓った王と重なって見える程に
各英霊達の話をしっかりと聞き、時には寄り添い、最善の策を必死に探す人だった。
この人なら、間違った道を歩まない。いや今度こそ歩ませない
自分に何度も、何度も言い聞かせた。次こそはと
戦っている時はよかった。自分は生きていていいのだと、力になれているのだとわかったから
だが一度夜になれば罪悪感で胸が押しつぶされていく感覚が襲った
悲鳴にならない声が空を泳ぐ、はくはくと紡がれない音だけが静寂を支配するのみで
眠る事さえ許さないというように。ただ長く冷たい夜があけるのを待った。
心がすり減っていく音を子守歌にして。
月日は流れてゆく
これで何度目の人理修復だったか、色々な特異点を巡った
次はどこなのだろう、虚ろな瞳を伏せながらレイシフトをすればじりじりと容赦なく照りつける
太陽に不快さを感じた、そしていち早く周りの状況を把握しなければと思考を巡らせると
どこからか懐かしい風を感じた。いや、知っているものとはかけ離れたものだったけれど
それは確かに、 であった。
この地がかのキャメロットであることは後に知った、そしてここがキャメロットであれば
自身の姿は少なからず影響するだろうとマスターに進言し全身を覆う外套を身につけ
常に己が栄光の為でなくを発動した。
マスターの霊力を少しずつ消費している今、この特異点は速やかに解決するしかないと腹をくくる。
だができるだろうか、昔とは違うとはいえ、きっと最後に待ち受けているのは
ブリテンの王、あの方だからだ。
顔色が悪いけど大丈夫?と顔をのぞき込まれ、少し暑かったのでそのせいかと、と
誤魔化せば察しのいいマスターはランスロットに関係のあった場所だからだよね、ごめんと項垂れた
ごめんといった所でこのカルデアにまともな戦力になりそうなのは一握りなのだ
その一握りの内の一人が自分なのだから着いていくしかない。そしてここまで
自分を信頼して共に人理修復をしてきたのだから今さら匙を投げるつもりも毛頭なかった。
********
この特異点の現状が大方わかった所でいくつか気がかりな事があった。
と言っても自分本位なものでなんと自分勝手な事かと自嘲する
この世界線にいる自分の行動は話を聞く限りおおよそ予想がついた行動であったから
心配はなかったものの、やはり今回も裏切るのだなと思うと少し吐き気がした。
それが運命、それが己の行動であり覆らない真実なのだとわかると
円卓の騎士随一と言わしめた自分は忠義の騎士なんかではないのだと胸に刻まれていくようで
自分のした行動に後悔がないとはいえない、その時の自分の行動は
それが最善であると信じて疑わなかった、否そうでなくてはならない
だがそれは人間の一生であればこそ、悔いなく生きれたといえるものを
こうして二度目のブリテンの崩壊を見る事になるのだから。
やはり私は裏切りの騎士なのだ、嘆きの壁を見つめ懺悔をしたい衝動に駆られた。
********
かつての同胞達との闘い、あの頃とは違いこの特異点でもたらされた祝福(ギフト)と
わが身を隠す宝具によって苦戦を強いられる事となったが、それでもなんとか乗り切れた
だが擦り切れていく心が悲鳴を上げていた、もう限界だと
身体ではなく心が先に壊れてしまうと。
ズキリとした胸の痛みに思わず笑いが込み上げてきた。
あんなにも裏切りの一途を辿っておきながら壊れなかった鉄の心臓が壊れる?
自分の心など壊れてしまえばいい、聖抜の儀と称されたあの儀で裁かれなかったのがおかしいのだ
まあ、今は死んではやれないのだけれども
酷く矛盾していると思った、死にたいのに死ねない、裁かれたいのに裁かれない
その矛盾が自分を蝕んでいる、いや、これこそが自分に与えられた罰だったのだと
そう言い聞かせないと立っていられない気がして。
********
ほんの出来心だったと今になって思えばそういうしかない。
皆が寝静まった夜に一度だけその場を抜け出して嘆きの壁の近くまできた
隠れたこの姿だと逆に怪しまれるだろうと外套を脱ぎ己が栄光の為でなくを解除した
懺悔するかのように瞼を閉じていると後ろから声がかけられた。
その声は聞き覚えがあった、過去誰よりも聞いた声であったし、間違える筈などなかった
「ランスロット卿、どうしたのです」
「ガウェイン卿…」
だがその声は昔と違って、どこか感情を殺しているような声だった。
最後にまみえたあの時の、激情に任せた怒気を孕んだ声でも、遥か昔親愛なる友として
横にたっていた時の温かな声でもなく、それはただの言葉通り人の形を模した物と相違なかった。
周りの闇が陽の光に包まれてゆく、そうだ、彼は今不夜の祝福を受けているのだから当然だ
「なにやら浮かぬ顔をしているようですが」
浮かぬ顔をしている、か、それは当然だ。ここにいる自分は今この特異点で共に
獣の道に踏み入れた自分ではないのだから。
だが久しぶりの、変わってはしまったが親友と少しでも語らえるのだと思うと
鉛のように重い心臓は少し軽さを取り戻していた。
「それは貴卿もだろう」
肩をすくめて見せると、そうかもしれませんねと小さく吐き出した
「私は今度こそ、今度こそ最後まで残ると決めたのです、過去の私は貴方を恨んで
最後の王の戦いに間に合わなかった不忠の騎士でしたから」
実に彼らしいと思った。
そして同時にそのしこりを作ってしまった自分自身を悔いた、ああ、やはり
私は
「ですが今回貴方はこのキャメロットに残った事そしてガレスを手にかけなかった、
それだけで少し救われたような気がしたのです。やはり貴方はわかっていてガレスを
殺したのではなかったのだと…今回ばかりは愛しい妹を手にかけた私が言う事ではない
心を殺すのにも些か疲れた気もしますが、後悔はせぬと決めたのです」
目を見開いた、かつてこの手で殺めてしまった彼女はこの世界でも動乱の犠牲になってしまったのだと
苦悶の表情をしたランスロットを横目にガウェインは固く瞼を閉じて話を続ける。
「貴卿が何故獣の道に身を落としたのかはわかりません、過去の裏切りがどうあれ
不貞を働く前の貴卿は確かに騎士の中の騎士であり忠義の騎士だった。
それを裏付けるかのように、不貞を働いた後も一部の民衆、同胞を味方につけたのですから…
貴卿とまた共に戦える事が昔のように嬉しくもあったのです。」
ゆっくりと開かれた瞼に少し陽が差す、まるでペリドットのような瞳に
何か決意のようなものを感じさせた。
「ねぇランス全てが終わり見送ったら…その時は…」
そう言いかけるとガウェインの部下が此方に走ってくるのが見え、失礼と一礼し
急用ができたようです、この話はまた、いずれと言い終えるとすぐさま踵を返し城へと歩を進めた。
一人取り残されたランスロットはいずれ、か…と小さく呟いて、
その話を聞くことは出来ないのだろうなと確信していた。
一度明けた朝が陰り夜が、くる。
ランスロットは重い瞼を伏せて外套を被り宝具を元に戻すとその場を後にする。
********
全て終わった
かの王の変わった姿、獅子王が収めるキャメロットという特異点は
聖槍が消え修復が急速に早まってゆく。
本来なかったものは元いた場所に戻るとDr.ロマニも言っていた。
元いた場所、それはのちに私が崩壊へと導くことになるあの時代へという事だ
だが過去は変えられない、変えられるのは未来だけなのだということも何度か繰り返した
定礎復元でわかっていた。
キラキラと発光してカルデアへと意識が戻される、ああ、さらばキャメロット
それは確かに、特異ではあったけれど“故郷”であった。
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