イケないコト

ロニ…小さな声色で呟かれた言葉にエドガーは意識を浮上させた、どうやらまだ夜中らしく
ひんやりとした空気が辺りを漂っている。優しい声色で返事を返そうとすると、
どうやら声の本人は寝ている自分に話しかけているようで、
自身の声で起こしてしまった事に気づいていないようだった。
薄目をあけ、たぬき寝入り…というのも何だか悪趣味な気はしたのだが、
弟のいつもと違う様子に目を奪われてしまって小さく息を飲んだ。
微かに震える自分の名前の意図が分からず困惑していると
またぽつりと小さな声で紡がれた言葉に目を丸くしてしまった。

「ごめん、ごめんね、ロニ…」

幼い頬を伝った涙がぽたり、ぽたりと自身の頬を濡らす。
声を押し殺すように自らの小さな掌で口を塞いでいる様は何処かあの日を彷彿とさせて

(あれは確か自分が初めて遠出を許された日の事だったっけ…
楽しみにしてたけどレネーが高熱をだして…それで…初めて、喧嘩をした日…だったな)

そんな事をふと思い出しながらあの時と現在が被さる。


「「ごめんね…俺のせいで、俺が弱いから」」


あの日は熱にうなされながら泣いていたんだったか、
だが…今は何故なんだと考えれば

「ロニの事が……すき…すきになっちゃった…」

と続いた言葉によってああ、そうか…とゆっくりと瞼を閉じた。

「でもね…でも…これはね…いけないコト…なんだって、
だからね…すきになってごめんなさい…おとうさまも、おかあさまも…
ロニも困らせちゃうから…ないしょにするから…おくに…っ…しまって…おく…から…」

ぐすっと嗚咽が聞こえた後、ゆっくりと自分の胸に寄りかかるように一度頭をこつんと置く
わずかに速くなった自身の鼓動が聞こえてしまっただろうかと不安になり
ちらりと薄めを開けると胸から重みが消え、

「だから…いちど…だけ」

そう一言呟き、そして…微かに触れる位の口付けを落とす。
そして憑き物が落ちたように微笑んでまた横になるものだから、堪らなくなって勢いよく上体を起こした。
突然の事に驚いた様子を見せたマッシュ。
同じ紺碧の瞳をじっと見つめ合っていると、ようやくはっと我に返り慌てだしたので
その体をそっと抑えると

「ロニ…まさか…きいて…」

と声色に不安の色を孕ませる。それを見てふと笑みを零すと
いつものようにおどけた様子で唇をなぞった。

「ねぇ、もうしないの?」

「えっ…?」

ぱちぱちと瞬きしている弟に少し間をつめて
今度はゆっくりと繰り返した、それは自分にも、相手にも言い聞かせるように。

「いちどだけ…なの?」

と泣きそうな顔をしたマッシュの目尻をなぞって涙を拭う。

「あのね、レネー…おれもすき…だったらこまらないよね」
「でも…父上や母上が…」
「じゃあ、レネーが言ってたないしょにしちゃえばいいんだよ」

悪戯な笑みを浮かべて見せれば繰り返すように

「ないしょ…に?」

とこてんと首を傾げる。月明りが差し込んで髪がきらきらと輝いて見えた。

「そう、ふたりだけのひみつ」
「…ひみつ」
「だからレネーも泣かないで?」

「…うん」

やわらかく微笑む弟に今度は少し長めの口付けをして、ゆっくりと顔を離すと、
顔を真っ赤にしてきゅっと手を握ってきた、
それがあまりにも愛おしくてこちらもつい微笑むと

「へへ、ロニ…すき」
「うん、おれも…レネーがすき」

とおでこ同士をこつんと軽くぶつける。

「おとうさまもおかあさまもびっくりしちゃうかな」
「きっとばあやもびっくりしちゃうね」

ふふっと笑い合い

「ひみつ」
「うん、ひみつ」
「はじめてのひみつ…おれね…ロニがおれをすきだったらって、ずっと思ってた…だからね…すごく…うれしい」

また笑った目尻から一粒ぽろりと涙が零れる

「うん」

続きを促すように、その一言一言を聞き逃さないように、エドガーは頷いた。

「おれもうれしい…おれたちやっぱりひとつだったんだね」

月明りを浴びて微笑んだその綺麗な笑顔はそれ以降頭から離れる事はなかった。



それから数十年経った今日も、あの笑顔が忘れられなくて

「マッシュ」
「ん?なんだ兄貴」

強引に腕を引っ張って耳打ちをすれば

「ばっか…何年前の話だよ…」

と飽きれた様子であしらってみせた後耳まで真っ赤にして

「ん…ひみつ、…な」

と困ったように笑った顔はあの時と同じだった。
1/1ページ
    スキ