SONGS〜SHUN〜
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「……わっ!?」
「きゃあっ!? あ……っ、瞬くん、ごめんっ!」
夏期休暇でハリスと共に西園寺の屋敷に戻っていたある日の夕方。
未だ勢いを緩めようとしない日差しを避けて、木陰でスケッチをしていると、上から突然冷たい水が降り注いできた。
「本当にごめんね。スケッチブック濡れたんじゃない?」
そう言いながら、ハンカチを片手にヒロインちゃんが僕に近づいてくる。
一瞬の既視感――確かずいぶん前にもこんなことがあったっけ。
「大丈夫……頭に少し掛かっただけ、だから……」
僕の髪から伝い落ちる滴を拭きながらヒロインちゃんが、ふふっと頬を緩ませる。
「ヒロインちゃん? ……僕の顔、なにかついてた?」
「あ、ううん! 前にもこんな事があったなぁ、って思い出しちゃって。うーんと……私がここに来て初めての夏、だったかな? 暑いからって打ち水をしようとして……」
「うん……蛇口強く捻り過ぎたせいで、水が勢いよく出て辺り一面水浸しにしちゃってたよね」
懐かしい記憶――ヒロインちゃんも僕と同じ様に思い出してた事を嬉しく感じる。あの夏からもう、3年も経ったんだ……。
「災難だったね、瞬。気を付けてないと、ヒロインは相変わらずそそっかしいんだからさ」
僕達から少し離れた場所でバイオリンを弾いていたハリスが、笑いながら近づいてきた。
「あっ! ひどい、ハリスくんってば! もうっ、せっかくいいもの見せてあげようと思ったのに!」
ヒロインちゃんが頬を膨らませてそう言いながらも、その頬がほんのり朱に染まっているのを僕は見逃さなかった。
「いいもの、って何?」
そう僕が訊ねると、「待ってて」と嬉しそうに僕の頭を撫でていく。
まるで、“子供”にするみたいに。
ヒロインちゃんの瞳に映る僕は……いつまで経っても“弟”のままなんだね。
ヒロインちゃんを『お姉ちゃん』と呼ぶ事が日毎に辛くなっていたあの頃と、何も、変わらない……。
ヒロインちゃんへの想いを自覚した、あの夏。
弟としてじゃなく僕を見て欲しいと思いながら、姉弟の関係を壊すことが怖かった僕は、必死にその気持ちを押し殺していた。
そんな風に僕が自分の中に芽生えた淡い恋心を持て余してる間に、いつしか気づいた事があった。
――ハリスも、ヒロインちゃんを好きなんだって事。
そしてヒロインちゃんも……。
どんなに気持ちを抑えても抑えても、目は自然とヒロインちゃんを追いかけていたから、彼女が誰を見つめているのかなんて、知りたくなくてもわかってしまう。
「ハリスくん! 瞬くん! ほら、見て見て!!」
ホースの口を軽く押さえたヒロインちゃんの手元から放たれた水飛沫が、涼やかなアーチを描く。
そして炎熱で枯渇した地面や、真夏の強い日差しに晒され元気のなかった木々の緑が、恵みの水を得て徐々に鮮やかさを取り戻していく。
「……あ、虹……」
やがてそのアーチは光を吸収し、小さな七色の橋を浮かびあがらせる。
「……It's so beautiful! ヒロイン、なかなかいい演出するね」
「ふふ……綺麗でしょ? ここんとこ雨降らないからめったに見れないもんね」
「ヒロイン、ちょっと僕にもそれ貸してよ」
そしてヒロインちゃんからホースがハリスに手渡されるやいなや、蛇口の方へ向かい強く栓を開ける。
「きゃあっ!?」
「うわっ!? ハリス!! 勢い強すぎるよ!」
「こういうのはダイナミックにいかなきゃ、面白くないからね!」
ヒロインちゃんが作ったアーチよりも大きく広がったそれは、水の粒子で出来たカーテンのように辺り一面を覆い尽くしていき、それに比例するように七色の橋も大きな半円を描き出す。
「やだ! ねぇハリスくん! 冷たいってば!」
「さっきまで、『暑い暑い』って言ってたから、冷やしてあげてるんだよっ」
そう軽口を言いながら楽しそうにはしゃぐヒロインちゃんとハリス。
……その中に僕が入り込める隙間なんてないように思えて、ちくりと胸が痛んだ。
「瞬!? どうしたんだ?」
「瞬くん!? どうしたの?」
「……え?」
同時に慌てて僕の方へ走ってくるヒロインちゃんとハリス。
2人の後ろでは操縦士を失ったホースが、縦横無尽に水を撒き散らしながら踊り狂っている。
ハリスもヒロインちゃんも、いったい何を言ってるのかがわからなかった。
けど、2人に指摘されて漸く、泣いている事に気づいた。
自分でも気づかないくらい、静かに、頬を伝う雫。
なんで泣いてるのか、なんて聞かれても答えようがない。
僕をめちゃくちゃ心配してくれている2人に、本当の事なんか……言えるはず、ない。
「大丈夫……。虹が……あまりに綺麗で、感動したみたい」
そして、もっともらしい嘘が口をついて出た。
僕の言葉に安堵の表情を見せる2人。
ヒロインちゃんもハリスも何ひとつ疑いもしない。
……もし僕が本当の事を言っていたら……何か変わったのかな。
今のままでいたい気持ちと、ヒロインちゃんへの想いを燻ぶらせたままでいたくない気持ちとが胸の中で交錯する。
だけど――。
放りっぱなしの水を止めに行くハリスを見つめるヒロインちゃんの表情に、何も言えなくなる。
言ったところで、ヒロインちゃんの瞳に……きっと僕は映らない。
「ヒロインちゃんは……ハリスが好きなの?」
「え……ええぇっ!? な、なななに言ってるの? 瞬くん!」
そう切り出すと、不自然なまでに慌て出すヒロインちゃん。
必死に誤魔化してるつもり、なんだろうけど……。
「……ヒロインちゃん、わかりやす過ぎ」
「……う……。な、なんでわかったの?」
……ずっと、ヒロインちゃんを見てたから、だよ。
「なんとなく……かな」
一日で二度も嘘をついたのは初めてだった。
でも、こんな嘘なら……許されるよね?
……ヒロインちゃんに言ったのと同じ事を、ハリスにも言ってみようかな。
ハリス、ヒロインちゃんの事、好きなんじゃないの? って。
素直じゃないハリスのことだから、ハリスが色々言い訳出来ないようにちゃんと対策を練っておかなくちゃ。
ヒロインちゃんの気持ちもハリスの気持ちも、はっきりお互いへと向かっているのは確かだし――。
後は2人の背中をほんの少し、押してあげればいい。
それは、僕にしか出来ない事……。
……何年か先、きっとこの瞬間を思い出す時が来るだろう。
空をまるごとキャンバスにしたような七色の光や水の冷たさも。
胸を締め付けるような痛みも、2人が僕にくれた優しさも、そして……ヒロインちゃんへの恋心も――。
全部……思い出になっていくように――。
とまどい/GLAY
「きゃあっ!? あ……っ、瞬くん、ごめんっ!」
夏期休暇でハリスと共に西園寺の屋敷に戻っていたある日の夕方。
未だ勢いを緩めようとしない日差しを避けて、木陰でスケッチをしていると、上から突然冷たい水が降り注いできた。
「本当にごめんね。スケッチブック濡れたんじゃない?」
そう言いながら、ハンカチを片手にヒロインちゃんが僕に近づいてくる。
一瞬の既視感――確かずいぶん前にもこんなことがあったっけ。
「大丈夫……頭に少し掛かっただけ、だから……」
僕の髪から伝い落ちる滴を拭きながらヒロインちゃんが、ふふっと頬を緩ませる。
「ヒロインちゃん? ……僕の顔、なにかついてた?」
「あ、ううん! 前にもこんな事があったなぁ、って思い出しちゃって。うーんと……私がここに来て初めての夏、だったかな? 暑いからって打ち水をしようとして……」
「うん……蛇口強く捻り過ぎたせいで、水が勢いよく出て辺り一面水浸しにしちゃってたよね」
懐かしい記憶――ヒロインちゃんも僕と同じ様に思い出してた事を嬉しく感じる。あの夏からもう、3年も経ったんだ……。
「災難だったね、瞬。気を付けてないと、ヒロインは相変わらずそそっかしいんだからさ」
僕達から少し離れた場所でバイオリンを弾いていたハリスが、笑いながら近づいてきた。
「あっ! ひどい、ハリスくんってば! もうっ、せっかくいいもの見せてあげようと思ったのに!」
ヒロインちゃんが頬を膨らませてそう言いながらも、その頬がほんのり朱に染まっているのを僕は見逃さなかった。
「いいもの、って何?」
そう僕が訊ねると、「待ってて」と嬉しそうに僕の頭を撫でていく。
まるで、“子供”にするみたいに。
ヒロインちゃんの瞳に映る僕は……いつまで経っても“弟”のままなんだね。
ヒロインちゃんを『お姉ちゃん』と呼ぶ事が日毎に辛くなっていたあの頃と、何も、変わらない……。
ヒロインちゃんへの想いを自覚した、あの夏。
弟としてじゃなく僕を見て欲しいと思いながら、姉弟の関係を壊すことが怖かった僕は、必死にその気持ちを押し殺していた。
そんな風に僕が自分の中に芽生えた淡い恋心を持て余してる間に、いつしか気づいた事があった。
――ハリスも、ヒロインちゃんを好きなんだって事。
そしてヒロインちゃんも……。
どんなに気持ちを抑えても抑えても、目は自然とヒロインちゃんを追いかけていたから、彼女が誰を見つめているのかなんて、知りたくなくてもわかってしまう。
「ハリスくん! 瞬くん! ほら、見て見て!!」
ホースの口を軽く押さえたヒロインちゃんの手元から放たれた水飛沫が、涼やかなアーチを描く。
そして炎熱で枯渇した地面や、真夏の強い日差しに晒され元気のなかった木々の緑が、恵みの水を得て徐々に鮮やかさを取り戻していく。
「……あ、虹……」
やがてそのアーチは光を吸収し、小さな七色の橋を浮かびあがらせる。
「……It's so beautiful! ヒロイン、なかなかいい演出するね」
「ふふ……綺麗でしょ? ここんとこ雨降らないからめったに見れないもんね」
「ヒロイン、ちょっと僕にもそれ貸してよ」
そしてヒロインちゃんからホースがハリスに手渡されるやいなや、蛇口の方へ向かい強く栓を開ける。
「きゃあっ!?」
「うわっ!? ハリス!! 勢い強すぎるよ!」
「こういうのはダイナミックにいかなきゃ、面白くないからね!」
ヒロインちゃんが作ったアーチよりも大きく広がったそれは、水の粒子で出来たカーテンのように辺り一面を覆い尽くしていき、それに比例するように七色の橋も大きな半円を描き出す。
「やだ! ねぇハリスくん! 冷たいってば!」
「さっきまで、『暑い暑い』って言ってたから、冷やしてあげてるんだよっ」
そう軽口を言いながら楽しそうにはしゃぐヒロインちゃんとハリス。
……その中に僕が入り込める隙間なんてないように思えて、ちくりと胸が痛んだ。
「瞬!? どうしたんだ?」
「瞬くん!? どうしたの?」
「……え?」
同時に慌てて僕の方へ走ってくるヒロインちゃんとハリス。
2人の後ろでは操縦士を失ったホースが、縦横無尽に水を撒き散らしながら踊り狂っている。
ハリスもヒロインちゃんも、いったい何を言ってるのかがわからなかった。
けど、2人に指摘されて漸く、泣いている事に気づいた。
自分でも気づかないくらい、静かに、頬を伝う雫。
なんで泣いてるのか、なんて聞かれても答えようがない。
僕をめちゃくちゃ心配してくれている2人に、本当の事なんか……言えるはず、ない。
「大丈夫……。虹が……あまりに綺麗で、感動したみたい」
そして、もっともらしい嘘が口をついて出た。
僕の言葉に安堵の表情を見せる2人。
ヒロインちゃんもハリスも何ひとつ疑いもしない。
……もし僕が本当の事を言っていたら……何か変わったのかな。
今のままでいたい気持ちと、ヒロインちゃんへの想いを燻ぶらせたままでいたくない気持ちとが胸の中で交錯する。
だけど――。
放りっぱなしの水を止めに行くハリスを見つめるヒロインちゃんの表情に、何も言えなくなる。
言ったところで、ヒロインちゃんの瞳に……きっと僕は映らない。
「ヒロインちゃんは……ハリスが好きなの?」
「え……ええぇっ!? な、なななに言ってるの? 瞬くん!」
そう切り出すと、不自然なまでに慌て出すヒロインちゃん。
必死に誤魔化してるつもり、なんだろうけど……。
「……ヒロインちゃん、わかりやす過ぎ」
「……う……。な、なんでわかったの?」
……ずっと、ヒロインちゃんを見てたから、だよ。
「なんとなく……かな」
一日で二度も嘘をついたのは初めてだった。
でも、こんな嘘なら……許されるよね?
……ヒロインちゃんに言ったのと同じ事を、ハリスにも言ってみようかな。
ハリス、ヒロインちゃんの事、好きなんじゃないの? って。
素直じゃないハリスのことだから、ハリスが色々言い訳出来ないようにちゃんと対策を練っておかなくちゃ。
ヒロインちゃんの気持ちもハリスの気持ちも、はっきりお互いへと向かっているのは確かだし――。
後は2人の背中をほんの少し、押してあげればいい。
それは、僕にしか出来ない事……。
……何年か先、きっとこの瞬間を思い出す時が来るだろう。
空をまるごとキャンバスにしたような七色の光や水の冷たさも。
胸を締め付けるような痛みも、2人が僕にくれた優しさも、そして……ヒロインちゃんへの恋心も――。
全部……思い出になっていくように――。
とまどい/GLAY
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