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頭蓋の下の天上

頭蓋の下で蠅が待っている。
大東亜戦争の真っただ中、君島清吾は米軍の捕虜となった。
米兵は彼らを丁重に扱い、そのうちの一人はしょっちゅう食事を届けに来る。君島は英語を学んで、戦争が終わるのを待っていたが英語を学んだことで前線に送られた学者であった。
英語を話せる日本人が珍しいのか、一人の米兵は話しかけてくる。
名をジョージと言った。いかにもな碧眼でありそばかすだらけの顔がくしゃり、と笑うさまはこちらも笑みを返しそうになった。
君島のみが残り、あとは自決したそうだ。

「やつらはくるってやがる」

自分であっさり自決する日本兵をそう吐き捨てる米兵たち。
まだ死ねない自分にうんざりした。ジョージは自分が死んでいないか不安そうに確認しにくるのだ。

「まるで抱えた時に女子供たちと戦争をしているのかと思ったよ」

あまりにも軽い日本兵をそう彼らは揶揄した。君島にとってそれは、米国に勝てないというなりよりもの証拠を突き付けられたかのような気がした。

このまま捕虜として殺されるか本国に送られるか。
日本に返されても、英語が話せる君島はすぐにまた戦場に送られるだろう。

ジョージは煙草を持ってきた。葉巻なんてものは滅多に見ないものだ。
吸うか?と促すので、君島は従った。

「やっとじぶんからこっちみてくれたな」

こんな天真爛漫に見える男が敵兵なのだ。
それはあちらにとってもだろうな、と自虐ぎみた笑みを浮かべた。

「女みたいに軽いんだってな、日本兵は」
「そうだよ、君は羽のように軽いよ」
「そのまま、羽に慣れたらいいのにな」

ジョージは意味が分かったらしく黙った。

「これ、肉だよ。少しは食べなよ」
「捕虜にやさしくしてもいいことはないぞ」
「…同じ人間だってようやく知ったんだ」

君島はその言葉を遮るように首を振った。

「同じ言葉を話せるから、同じ人間だと思うな、おまえは!甘すぎる!」

この男は危うい。心に取り込むのが巧みである。しかも自らが意識してのことではない。

「人参持ってきたよ、栄養を取らなきゃ」

それからもジョージの訪問はやまなかった。
君島は無愛想に返したが、それでも彼は飽きなかった。


「愛してる人とか君にはいたの?」
「故郷に妹がいた。もう嫁いで会っていない」

妹以外の親せきはいないので、君島は格好の赤紙の対象であった。
妹だけが泣いていたな、と思う。


「英語を何故学んだんだい」
「戦争が終われば、話すと思ったからさ」
「俺は君と離せてうれしいよ」


ジョージが外に一回だけ出すという。手を縛られて牢から出され外を見ると桜が舞っていた。


「なんでここに桜があるんだ」
「日本からもらった木らしいよ、戦前に」

桜が咲いているなんて。日本が懐かしくて涙が込み上げた。この思いは苦しくあまりに切ない。

「君は桜が好きだろう?」
「日本人なら皆、好きだ」

ジョージが額に口づけた。
君島は虚を突かれ放心した。


「ごめん、嘘を言ってた」
「…俺は明日処刑されるんだろう」

ジョージは目を伏せた。

「なんでもよかったんだ、国が嫌いだとか、売るとかそういってくれれば君を殺すことなんてないんだ」

でも、と彼は続ける。

「君はすらすら話せる英語で、国を憎んでなくて僕たちも憎まない。だからつらいんだ、君をどうすればいいのかわかんないんだよ」

自決した仲間のほうがまだ思いやりがあったのかもしれない。

「…桜が散るのは見れないな」
「ごめん、ごめん、好きだ」






















「ジョージ、あなた…桜を見ているの」
「ニューヨークのど真ん中に桜が植えられるなんてなぁ」


君島はきっと祖国に魂となって帰り桜を見るんだろうか。
愛した捕虜の微笑みが桜と重なった。
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