【海闇】Coffee Break
土曜日の昼下がり、遊戯は海馬の部屋にいた。
シンプルで上質な素材の家具が置かれた部屋は隅から隅まで清掃が行き届いており、西から差し込む太陽光を一段とクリアにしていた。
遊戯は事前に連絡することなく自由気ままに海馬邸を訪問した。
遊戯の来訪にメイドが柔らかい笑顔を浮かべると『いつも通り』海馬の部屋へと案内してくれた。
海馬の部屋の窓際で日差しが当たるソファに背を預けてくつろぐように座っていると、メイドがコーヒーを出しに再び現れた。遊戯は急いで姿勢を正した。
慣れた手つきでコーヒーカップをテーブルに置くと遊戯に微笑みかけた。
「フレッシュやお砂糖は如何ですか?」
毎回尋ねられる質問に、遊戯は毎回同じ返答をした。
「いえ、大丈夫です」
「畏まりました」
メイドはニコリと笑った。
「瀬人様に遊戯様のご訪問をお伝えしました。もう暫くお待ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
メイドは会釈をすると遊戯に背を向けて部屋を後にした。
メイドがいなくなり、遊戯の視線は淹れられたコーヒーに向けられた。
コーヒーの湯気はゆらゆらと揺れていた。
ダークな液体の水面には泡が一切なく、外側から内側にかけて色の深みが濃い。表面には薄っすらと髪が垂れる自分の顔が映る。食器の白と鮮やかなコーヒーのコントラストが絶妙で、あまりの美しさに飲むのに躊躇いを覚えるほどだった。
とはいえ、折角出してもらったので、遊戯はティーカップの取っ手を握り、カップを口に近づけて一口啜った。
香り豊かな味わいが鼻から喉を通って、体内に飲み込まれていくのが分かる。しかし、遊戯の顔は怪訝そうな表情をしており、黙ってコーヒーを見据えていた。
(コーヒーって、なんでみんな飲むんだろうな)
遊戯にはコーヒーの美味しさがまったく理解できなかった。
決して飲めないわけではないが、好き好んで飲むわけでもない。今だって、出されたから飲んだに過ぎない。
確かに目が覚める香りがして、それを不快に思うことはない。しかし、喉を通る味の美味しさに共感することはできず、同じ色の飲み物ならコーラの方が断然好きだった。
(苦い……)
至極当たり前の感想しか出てこない。
遊戯は不思議でならなかった。
街の至るところで、コーヒーを見かけることは多い。
自動販売機では必ずコーヒーが並んでいる。カフェや喫茶店だけでなく、コンビニ、ハンバーガー屋でさえコーヒーは販売されている。
(こんな苦い飲み物、なんでみんな飲むんだろうな)
遊戯は海馬邸でコーヒーを飲めば飲むほど、コーヒーに対する疑問は深まっていった。
疑問を流し込むように、もう一口啜った。やはり、コーヒーは苦かった。
遊戯はコーヒーの美味しさがさっぱり分からなかった。
だが、一つだけこだわりがあった。
それは、コーヒーを飲む時は、砂糖やコーヒーフレッシュは入れないで、必ずブラックで飲むということだった。
深い理由はない。
海馬がコーヒーをブラックで飲んでいたのを見たことがあるからだ。
正直なところ、砂糖やコーヒーフレッシュを入れて飲んだ方が好きだった。もう一人の遊戯からカフェオレの缶コーヒーを分けてもらった時、とても美味しいと思ったこともある。
しかし、『海馬の部屋』にいる間は、遊戯の自分ルールが発動するのだ。
『海馬の部屋』でフレッシュや砂糖を入れてコーヒーに入れて飲んだら、何だか海馬に負けたような気がする。だから『海馬の部屋』では絶対ブラックでコーヒーを飲まなければならないというこだわりがあった。たとえ、ブラックコーヒーの味が分からないとしても。
コーヒーの味は理解できないが、落ち着いた部屋で温かい飲み物を飲んでいると、心が自然と安らいだ。遊戯は太陽の光を浴びながら、思う存分くつろいでいた。
「遊戯!!」
木漏れ日が降り注ぐ自然の中で、突如激しい音を立てて空を走る稲妻のように、荒々しい声が部屋に響いた。
乱暴にドアを開けてズカズカと一人の男が部屋に入ってくる。
遊戯は足を組みながらソファに背中を預け、ティーカップを持っていたが、男が乱入してきても、ほんの少し視線を上げるだけで、それ以外は何も動じていなかった。
「遊戯! 貴様! 来る時は連絡を寄越せと何度言ったら分かるんだ!!」
フッと吐息が漏れる笑みを零して、遊戯は足を組むのを止めて、湯気が立ち上るティーカップをソーサーにゆっくり置いた。
「よぉ、海馬。まぁ、そうカリカリするなよ。良かったら一緒にコーヒー飲むか?」
「いらん!」
白いスーツに水色のシャツを合わせ、深い青のネクタイをつけていた海馬は、大人しくしていると服装のカラーも相まって、物腰柔らかそうな青年に見えるが、今は服がもたらす爽やかさとは真逆の猛々しさが押し出されていた。
海馬は遊戯の対面にあるソファにドカッと座り、睨みつけるように遊戯を見やった。憤怒の視線にも一切物怖じせず、遊戯は余裕そうな笑みを浮かべていた。
海馬はスーツのポケットを弄り、カードの束を取り出して、ローテーブルの上に置いた。
「何をボーっとしているんだ。貴様も早くデッキを出せ!」
キツい命令口調で遊戯を睨みつける。遊戯はため息をついた。
(やれやれ、相変わらずのデュエル脳だな)
地に足の裏をつけ、膝あたりで手を組み、見上げるように海馬の顔を凝視した。
赤と青の視線がぶつかり合う。
コーヒーの湯気が二人の間にそっと入るように上っている。
ローテーブルの上にカードという自身の剣を差し出して臨戦態勢の海馬に対して、遊戯は一向に自分の鞘から剣を抜くことはせずに、黙って海馬を見つめていた。
フッと息を漏らし、遊戯は口端を僅かに上げて、ようやく口を開いた。
「海馬」
「なんだ」
ニヤッと笑い、遊戯は立ち上がった。 海馬の方へゆっくりと歩いて、海馬の横に立つ。
海馬を見下す顔は悪戯な笑みを浮かべていた。
細い指が、海馬の顎を掴み、顔を寄せられて、海馬の唇に柔らかい感触が当たった。
「きさま……んッ!」
そのまま唾液を含んだ温かい舌が口内に侵入してくる。
挑発的な甘いキスに負けじと、海馬は後頭部を押さえて、遊戯の舌を捕らえて甘噛みをした。
海馬は鼻孔と口内から微かな匂いを感じた。それはコーヒーの香りであった。
マイルドなキスから次第に深みが増していく。
「んんんッ!」
ついに遊戯が海馬に息苦しいことを声で伝えた。
中腰の不安定な体勢になっており、唇を奪われていたため、遊戯の体はガタガタと震えていた。
海馬は遊戯のすらりとした腰を支えた。
遊戯は海馬の支えに甘える形で、胸元に抱きつく形で海馬の上に乗った。
その間も、二人は貪り合うようなキスをしていた。
遊戯の舌が引く動きに、海馬も舌も引いた。
長いキスは終わりを告げ、解放された互いの口は、一本の透明な糸で繋がり、やがてぷつりと切れた。
遊戯は頬を少し赤くしながらも、満足げな表情をしながら、口を手で拭っていた。
海馬は遊戯の表情を見て眉間にシワを寄せて、遊戯に問い掛けた。
「貴様、……何のつもりだ」
「わからないのか。挨拶のキスだよ。お気に召さなかったかい?」
嘲笑うように返答した遊戯の返答に海馬の眉間のシワが更に深くなった。
「……」
「ハハッ、冗談だよ」
遊戯は海馬に抱きついて、顔を耳の近くに移動させて囁いた。
「俺とデュエルしたいなら、万全のコンディションで挑んでくるんだな」
官能的な声が海馬の頭を駆け巡るが、言い返す言葉が思い浮かばずに、悔しそうに唇をグッと噛み締めて黙り込んだ。
「…………」
「寝てないんだろ。意地を張って隠してんだろうがバレバレだぜ」
連日徹夜が続き、海馬は一睡もしてなかった。それでも、自身の寝不足を悟られまいと気丈に振る舞っていた。
海馬は逃がすわけにはいかなかった。
気まぐれに来訪する遊戯とのデュエルの時間を。そのためなら、多少の無理は厭わなかった。
寝不足など、海馬にとっては問題が無いことと同等だった。
だが、遊戯はすぐに海馬の体調を見抜いた。その洞察力に尊敬を覚えつつも、隠し切れなかった自分に対して苛立ちを感じずにはいられなかった。
長らく無言の海馬を堪能した遊戯は体を起こすと、海馬の横に並ぶように座った。
「ほら」
そう言うと、太腿から膝の間をポンポンと手で叩いた。
――膝枕してやるよ。
遊戯のボディーランゲージに海馬の瞳は大きく開いてポカンとする。
「ったく、いつまで驚いているんだよ! いいから早く横になれよ!」
「おいッ! 遊戯!」
急に体を引っ張られた海馬はバランスを崩した。
外見よりも意外としっかりとしている遊戯の太腿に頭が乗り、海馬の目の前には、ローテーブルに置いた自分のデッキと白いティーカップに入った飲みかけのコーヒーがあった。窓から降り注ぐ光はコーヒーの湯気をキラキラと輝いていた。
「!」
遊戯の手が頭を優しく叩きながら撫でる。
最初は驚いたが、次第に最近の疲れがあふれてきて、堪えていた眠気が一気に押し寄せてきた。
海馬は耐えようとしたが、もはや理性で制御できるものではなくなっていた。海馬は観念して、負け惜しみを言うかのようにぶっきらぼうに言った。
「いいな、俺が起きたらデュエルだからな」
「はいはい、ご心配なく。俺は逃げも隠れもしないぜ」
温かな光が霞んでいく。
ぼやけた光の中、海馬は重い瞼をそっと閉じた。優しい闇の中で、コーヒーの香りが仄かに感じた。
(ホーーント、強情な奴だよなぁ……)
遊戯は苦笑しながら、海馬の頭を撫でていた。
髪を掻き分け、耳まで観察することができる。
耳という普段ではあまり注意しない部位を見ることができた。そんな耳さえ形が美しくて遊戯の心は異様にワクワクした。
遊戯は夢中で海馬の頭を撫でていた。
不意に海馬の寝息が聞こえた。
(眠った……のか。早いな)
微かに聞こえる呼吸に遊戯の手の動きは一段と優しくなった。
(海馬……、結構、疲れているんじゃないのか……)
心配そうに海馬の顔を覗き込んだが、無表情ではあるが安らかに眠る寝顔に遊戯の頬は自然と緩んだ。
決して疲労を表に見せることはなく、疲れていようが意地でも自分とデュエルをしたがる海馬をよく見ているので、無防備な海馬の表情を見られて、遊戯は嬉しかった。
気づいたらコーヒーの湯気は上っていなかったが、二人の周りには爽やかな香りが漂っていた。
【THE END】Coffee Break
シンプルで上質な素材の家具が置かれた部屋は隅から隅まで清掃が行き届いており、西から差し込む太陽光を一段とクリアにしていた。
遊戯は事前に連絡することなく自由気ままに海馬邸を訪問した。
遊戯の来訪にメイドが柔らかい笑顔を浮かべると『いつも通り』海馬の部屋へと案内してくれた。
海馬の部屋の窓際で日差しが当たるソファに背を預けてくつろぐように座っていると、メイドがコーヒーを出しに再び現れた。遊戯は急いで姿勢を正した。
慣れた手つきでコーヒーカップをテーブルに置くと遊戯に微笑みかけた。
「フレッシュやお砂糖は如何ですか?」
毎回尋ねられる質問に、遊戯は毎回同じ返答をした。
「いえ、大丈夫です」
「畏まりました」
メイドはニコリと笑った。
「瀬人様に遊戯様のご訪問をお伝えしました。もう暫くお待ち下さい」
「はい、ありがとうございます」
メイドは会釈をすると遊戯に背を向けて部屋を後にした。
メイドがいなくなり、遊戯の視線は淹れられたコーヒーに向けられた。
コーヒーの湯気はゆらゆらと揺れていた。
ダークな液体の水面には泡が一切なく、外側から内側にかけて色の深みが濃い。表面には薄っすらと髪が垂れる自分の顔が映る。食器の白と鮮やかなコーヒーのコントラストが絶妙で、あまりの美しさに飲むのに躊躇いを覚えるほどだった。
とはいえ、折角出してもらったので、遊戯はティーカップの取っ手を握り、カップを口に近づけて一口啜った。
香り豊かな味わいが鼻から喉を通って、体内に飲み込まれていくのが分かる。しかし、遊戯の顔は怪訝そうな表情をしており、黙ってコーヒーを見据えていた。
(コーヒーって、なんでみんな飲むんだろうな)
遊戯にはコーヒーの美味しさがまったく理解できなかった。
決して飲めないわけではないが、好き好んで飲むわけでもない。今だって、出されたから飲んだに過ぎない。
確かに目が覚める香りがして、それを不快に思うことはない。しかし、喉を通る味の美味しさに共感することはできず、同じ色の飲み物ならコーラの方が断然好きだった。
(苦い……)
至極当たり前の感想しか出てこない。
遊戯は不思議でならなかった。
街の至るところで、コーヒーを見かけることは多い。
自動販売機では必ずコーヒーが並んでいる。カフェや喫茶店だけでなく、コンビニ、ハンバーガー屋でさえコーヒーは販売されている。
(こんな苦い飲み物、なんでみんな飲むんだろうな)
遊戯は海馬邸でコーヒーを飲めば飲むほど、コーヒーに対する疑問は深まっていった。
疑問を流し込むように、もう一口啜った。やはり、コーヒーは苦かった。
遊戯はコーヒーの美味しさがさっぱり分からなかった。
だが、一つだけこだわりがあった。
それは、コーヒーを飲む時は、砂糖やコーヒーフレッシュは入れないで、必ずブラックで飲むということだった。
深い理由はない。
海馬がコーヒーをブラックで飲んでいたのを見たことがあるからだ。
正直なところ、砂糖やコーヒーフレッシュを入れて飲んだ方が好きだった。もう一人の遊戯からカフェオレの缶コーヒーを分けてもらった時、とても美味しいと思ったこともある。
しかし、『海馬の部屋』にいる間は、遊戯の自分ルールが発動するのだ。
『海馬の部屋』でフレッシュや砂糖を入れてコーヒーに入れて飲んだら、何だか海馬に負けたような気がする。だから『海馬の部屋』では絶対ブラックでコーヒーを飲まなければならないというこだわりがあった。たとえ、ブラックコーヒーの味が分からないとしても。
コーヒーの味は理解できないが、落ち着いた部屋で温かい飲み物を飲んでいると、心が自然と安らいだ。遊戯は太陽の光を浴びながら、思う存分くつろいでいた。
「遊戯!!」
木漏れ日が降り注ぐ自然の中で、突如激しい音を立てて空を走る稲妻のように、荒々しい声が部屋に響いた。
乱暴にドアを開けてズカズカと一人の男が部屋に入ってくる。
遊戯は足を組みながらソファに背中を預け、ティーカップを持っていたが、男が乱入してきても、ほんの少し視線を上げるだけで、それ以外は何も動じていなかった。
「遊戯! 貴様! 来る時は連絡を寄越せと何度言ったら分かるんだ!!」
フッと吐息が漏れる笑みを零して、遊戯は足を組むのを止めて、湯気が立ち上るティーカップをソーサーにゆっくり置いた。
「よぉ、海馬。まぁ、そうカリカリするなよ。良かったら一緒にコーヒー飲むか?」
「いらん!」
白いスーツに水色のシャツを合わせ、深い青のネクタイをつけていた海馬は、大人しくしていると服装のカラーも相まって、物腰柔らかそうな青年に見えるが、今は服がもたらす爽やかさとは真逆の猛々しさが押し出されていた。
海馬は遊戯の対面にあるソファにドカッと座り、睨みつけるように遊戯を見やった。憤怒の視線にも一切物怖じせず、遊戯は余裕そうな笑みを浮かべていた。
海馬はスーツのポケットを弄り、カードの束を取り出して、ローテーブルの上に置いた。
「何をボーっとしているんだ。貴様も早くデッキを出せ!」
キツい命令口調で遊戯を睨みつける。遊戯はため息をついた。
(やれやれ、相変わらずのデュエル脳だな)
地に足の裏をつけ、膝あたりで手を組み、見上げるように海馬の顔を凝視した。
赤と青の視線がぶつかり合う。
コーヒーの湯気が二人の間にそっと入るように上っている。
ローテーブルの上にカードという自身の剣を差し出して臨戦態勢の海馬に対して、遊戯は一向に自分の鞘から剣を抜くことはせずに、黙って海馬を見つめていた。
フッと息を漏らし、遊戯は口端を僅かに上げて、ようやく口を開いた。
「海馬」
「なんだ」
ニヤッと笑い、遊戯は立ち上がった。 海馬の方へゆっくりと歩いて、海馬の横に立つ。
海馬を見下す顔は悪戯な笑みを浮かべていた。
細い指が、海馬の顎を掴み、顔を寄せられて、海馬の唇に柔らかい感触が当たった。
「きさま……んッ!」
そのまま唾液を含んだ温かい舌が口内に侵入してくる。
挑発的な甘いキスに負けじと、海馬は後頭部を押さえて、遊戯の舌を捕らえて甘噛みをした。
海馬は鼻孔と口内から微かな匂いを感じた。それはコーヒーの香りであった。
マイルドなキスから次第に深みが増していく。
「んんんッ!」
ついに遊戯が海馬に息苦しいことを声で伝えた。
中腰の不安定な体勢になっており、唇を奪われていたため、遊戯の体はガタガタと震えていた。
海馬は遊戯のすらりとした腰を支えた。
遊戯は海馬の支えに甘える形で、胸元に抱きつく形で海馬の上に乗った。
その間も、二人は貪り合うようなキスをしていた。
遊戯の舌が引く動きに、海馬も舌も引いた。
長いキスは終わりを告げ、解放された互いの口は、一本の透明な糸で繋がり、やがてぷつりと切れた。
遊戯は頬を少し赤くしながらも、満足げな表情をしながら、口を手で拭っていた。
海馬は遊戯の表情を見て眉間にシワを寄せて、遊戯に問い掛けた。
「貴様、……何のつもりだ」
「わからないのか。挨拶のキスだよ。お気に召さなかったかい?」
嘲笑うように返答した遊戯の返答に海馬の眉間のシワが更に深くなった。
「……」
「ハハッ、冗談だよ」
遊戯は海馬に抱きついて、顔を耳の近くに移動させて囁いた。
「俺とデュエルしたいなら、万全のコンディションで挑んでくるんだな」
官能的な声が海馬の頭を駆け巡るが、言い返す言葉が思い浮かばずに、悔しそうに唇をグッと噛み締めて黙り込んだ。
「…………」
「寝てないんだろ。意地を張って隠してんだろうがバレバレだぜ」
連日徹夜が続き、海馬は一睡もしてなかった。それでも、自身の寝不足を悟られまいと気丈に振る舞っていた。
海馬は逃がすわけにはいかなかった。
気まぐれに来訪する遊戯とのデュエルの時間を。そのためなら、多少の無理は厭わなかった。
寝不足など、海馬にとっては問題が無いことと同等だった。
だが、遊戯はすぐに海馬の体調を見抜いた。その洞察力に尊敬を覚えつつも、隠し切れなかった自分に対して苛立ちを感じずにはいられなかった。
長らく無言の海馬を堪能した遊戯は体を起こすと、海馬の横に並ぶように座った。
「ほら」
そう言うと、太腿から膝の間をポンポンと手で叩いた。
――膝枕してやるよ。
遊戯のボディーランゲージに海馬の瞳は大きく開いてポカンとする。
「ったく、いつまで驚いているんだよ! いいから早く横になれよ!」
「おいッ! 遊戯!」
急に体を引っ張られた海馬はバランスを崩した。
外見よりも意外としっかりとしている遊戯の太腿に頭が乗り、海馬の目の前には、ローテーブルに置いた自分のデッキと白いティーカップに入った飲みかけのコーヒーがあった。窓から降り注ぐ光はコーヒーの湯気をキラキラと輝いていた。
「!」
遊戯の手が頭を優しく叩きながら撫でる。
最初は驚いたが、次第に最近の疲れがあふれてきて、堪えていた眠気が一気に押し寄せてきた。
海馬は耐えようとしたが、もはや理性で制御できるものではなくなっていた。海馬は観念して、負け惜しみを言うかのようにぶっきらぼうに言った。
「いいな、俺が起きたらデュエルだからな」
「はいはい、ご心配なく。俺は逃げも隠れもしないぜ」
温かな光が霞んでいく。
ぼやけた光の中、海馬は重い瞼をそっと閉じた。優しい闇の中で、コーヒーの香りが仄かに感じた。
(ホーーント、強情な奴だよなぁ……)
遊戯は苦笑しながら、海馬の頭を撫でていた。
髪を掻き分け、耳まで観察することができる。
耳という普段ではあまり注意しない部位を見ることができた。そんな耳さえ形が美しくて遊戯の心は異様にワクワクした。
遊戯は夢中で海馬の頭を撫でていた。
不意に海馬の寝息が聞こえた。
(眠った……のか。早いな)
微かに聞こえる呼吸に遊戯の手の動きは一段と優しくなった。
(海馬……、結構、疲れているんじゃないのか……)
心配そうに海馬の顔を覗き込んだが、無表情ではあるが安らかに眠る寝顔に遊戯の頬は自然と緩んだ。
決して疲労を表に見せることはなく、疲れていようが意地でも自分とデュエルをしたがる海馬をよく見ているので、無防備な海馬の表情を見られて、遊戯は嬉しかった。
気づいたらコーヒーの湯気は上っていなかったが、二人の周りには爽やかな香りが漂っていた。
【THE END】Coffee Break
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