風花雪月
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ミルディンの大橋で、ローレンツは昔交わした何気ない会話を思い出していた。
今は1185年。結局彼女は学級を移らず、あの日まで変わらない日々を過ごした。たまに家から手紙が来て悩まされたり、領土問題が起きて出兵したりもしたが、二人はあの生活を愛していた。
今は、どうだろうか。
獅子の王子は行方不明だという。青獅子の生徒はちらほらベレトについて来た者もいたが、そこに彼女の姿は無かった。
噂では王子について死んだとか、帝国に引き抜かれてリンハルトと一緒にいるとか。バラバラで似たものがないのが彼女らしく、しかしどれも憂鬱になるものばかりだ。現実的に、かつできる限り楽観的に推測して考えられうるものはどれだ?
「……全く」
「おいおいどうしたローレンツ、ここまで来て酷い顔してる場合かよ」
背後からかけられた声に思考がぼやけてゆく。それにもイラつきながら振り返れば、クロードがいつもの顔で立っている。
「僕は繊細なんだ、君とは違ってね。心配せずとも君以上に働いてやるさ」
「へーえそれは頼もしいな。お前を呼んでた先生にも聞かせてやれよ」
「先生が? ……分かった」
呼ばれていたことにも気づかなかったのか。自分が思っているよりも深いらしい彼女との記憶が心臓に纏わりついて離れない。ぐずぐずと煮えるようなものを感じながらベレトの元へ行くと、仏頂面の彼はあれでもないこれでもないと沢山の防具を取っ替え引っ替えしていたところだった。
「先生? なにを……」
「ローレンツ。これを持っていけ」
差し出された山盛りの装備群。普段は機動力を重視しているのでここまではしない。受け取りつつも変える必要があるのかと尋ねると、ベレトも微妙な顔をしたので余計に謎が深まる。盾役をつけられずに前線に出てもらう機会がありそうだ、ということだったが、ローレンツが退室しようとしたその背に言葉がかけられた。
「先ほど言ったことは嘘ではないが。――予感がしたんだ」
「……予感?」
「ああ。流れ星が落ちてくるような夢を。杞憂で終わればそれでいいから、やはり付けておいてくれないか」
「……分かった。そうしよう」
全く意味が分からない。だが、彼の勘は大切にした方がいいような気がした。予感と言いつつも、別の口で知った情報をどう簡潔に伝えるか悩んだという可能性もある。装備を引き取り、他の面々も武装を整え、日が出てきた頃に戦は始まった。
増援があったにも関わらず、戦いは順調に進んだ。先生や、憎らしいことにクロードの指示もあって敵を確実に追い詰めていく。一人で先に出て行っても防具のおかげで機動時間を長く取れた。……そうしてやっと敵を空けた先に見えた顔はここで会いたくないものだったが。前線に出ている以上迷う余地はない。唾液を飲み込んで馬を走らせた、その時。
――「だめだめーっ!!!」
「は!?」
雲を突き抜けるような誰かの声と、驚いたクロードの馬鹿でかい声が戦場に響く。ローレンツはといえばなにも言えずに黙っていた。否、黙らされた。
物凄い速度で激突してきたファルコンによって。
――ありがとう先生、防具を含めてギリギリだ。
「あ!? やば……ろーれん……っつ!? え、だれこのいけめん……クロード君はクロード君だ……」
「それ褒めてるのか? とりあえずローレンツからどいてやれよ」
「ぎゃーごめんなさいごめんね! フェルディナントもごめん! 蹴っちゃって……」
「も、問題ないさ……武器が飛んでいったのには驚いたが」
どうやら早速なにもかも巻き込んでいるようだ。長い間聞かなかった懐かしい声に締めた口元が緩むのを感じる。
しかしここは命をかけた戦場。敵もすぐに理性を取り戻して戦いを始めていて、ヒルダさんたちが応戦しているのも遠くに見える。
服についた埃を払うこともせずに立ち上がり、武器を構えた。見たところ彼女は帝国兵に応戦しているけれど……? これもクロードの策か? いや、それにしてはクロードが驚きすぎだ。
「君! 久方ぶりの会話を楽しんでいる時間はない! 誰の味方なんだ!」
「今は同盟! でもフェルディナントを引き抜きにも来てるの!」
「ふざけているのか? いや、今に始まったことじゃないか……」
「じゃあね! 彼はこんな戦場に送られていい人じゃないから!」
敵兵をかわしてフェルディナント君の元まで駆け抜けてゆく――彼女は、間違いなく■■〇だった。
死んでもいない、帝国にもいない。ベレト先生の背中すら押して走る姿は輪郭が縁取られて浮いているようにも見えた。
今は1185年。結局彼女は学級を移らず、あの日まで変わらない日々を過ごした。たまに家から手紙が来て悩まされたり、領土問題が起きて出兵したりもしたが、二人はあの生活を愛していた。
今は、どうだろうか。
獅子の王子は行方不明だという。青獅子の生徒はちらほらベレトについて来た者もいたが、そこに彼女の姿は無かった。
噂では王子について死んだとか、帝国に引き抜かれてリンハルトと一緒にいるとか。バラバラで似たものがないのが彼女らしく、しかしどれも憂鬱になるものばかりだ。現実的に、かつできる限り楽観的に推測して考えられうるものはどれだ?
「……全く」
「おいおいどうしたローレンツ、ここまで来て酷い顔してる場合かよ」
背後からかけられた声に思考がぼやけてゆく。それにもイラつきながら振り返れば、クロードがいつもの顔で立っている。
「僕は繊細なんだ、君とは違ってね。心配せずとも君以上に働いてやるさ」
「へーえそれは頼もしいな。お前を呼んでた先生にも聞かせてやれよ」
「先生が? ……分かった」
呼ばれていたことにも気づかなかったのか。自分が思っているよりも深いらしい彼女との記憶が心臓に纏わりついて離れない。ぐずぐずと煮えるようなものを感じながらベレトの元へ行くと、仏頂面の彼はあれでもないこれでもないと沢山の防具を取っ替え引っ替えしていたところだった。
「先生? なにを……」
「ローレンツ。これを持っていけ」
差し出された山盛りの装備群。普段は機動力を重視しているのでここまではしない。受け取りつつも変える必要があるのかと尋ねると、ベレトも微妙な顔をしたので余計に謎が深まる。盾役をつけられずに前線に出てもらう機会がありそうだ、ということだったが、ローレンツが退室しようとしたその背に言葉がかけられた。
「先ほど言ったことは嘘ではないが。――予感がしたんだ」
「……予感?」
「ああ。流れ星が落ちてくるような夢を。杞憂で終わればそれでいいから、やはり付けておいてくれないか」
「……分かった。そうしよう」
全く意味が分からない。だが、彼の勘は大切にした方がいいような気がした。予感と言いつつも、別の口で知った情報をどう簡潔に伝えるか悩んだという可能性もある。装備を引き取り、他の面々も武装を整え、日が出てきた頃に戦は始まった。
増援があったにも関わらず、戦いは順調に進んだ。先生や、憎らしいことにクロードの指示もあって敵を確実に追い詰めていく。一人で先に出て行っても防具のおかげで機動時間を長く取れた。……そうしてやっと敵を空けた先に見えた顔はここで会いたくないものだったが。前線に出ている以上迷う余地はない。唾液を飲み込んで馬を走らせた、その時。
――「だめだめーっ!!!」
「は!?」
雲を突き抜けるような誰かの声と、驚いたクロードの馬鹿でかい声が戦場に響く。ローレンツはといえばなにも言えずに黙っていた。否、黙らされた。
物凄い速度で激突してきたファルコンによって。
――ありがとう先生、防具を含めてギリギリだ。
「あ!? やば……ろーれん……っつ!? え、だれこのいけめん……クロード君はクロード君だ……」
「それ褒めてるのか? とりあえずローレンツからどいてやれよ」
「ぎゃーごめんなさいごめんね! フェルディナントもごめん! 蹴っちゃって……」
「も、問題ないさ……武器が飛んでいったのには驚いたが」
どうやら早速なにもかも巻き込んでいるようだ。長い間聞かなかった懐かしい声に締めた口元が緩むのを感じる。
しかしここは命をかけた戦場。敵もすぐに理性を取り戻して戦いを始めていて、ヒルダさんたちが応戦しているのも遠くに見える。
服についた埃を払うこともせずに立ち上がり、武器を構えた。見たところ彼女は帝国兵に応戦しているけれど……? これもクロードの策か? いや、それにしてはクロードが驚きすぎだ。
「君! 久方ぶりの会話を楽しんでいる時間はない! 誰の味方なんだ!」
「今は同盟! でもフェルディナントを引き抜きにも来てるの!」
「ふざけているのか? いや、今に始まったことじゃないか……」
「じゃあね! 彼はこんな戦場に送られていい人じゃないから!」
敵兵をかわしてフェルディナント君の元まで駆け抜けてゆく――彼女は、間違いなく■■〇だった。
死んでもいない、帝国にもいない。ベレト先生の背中すら押して走る姿は輪郭が縁取られて浮いているようにも見えた。