風花雪月
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逃がせるわけがない。
今別れたら次会うとき気まずくなるって誰でもわかるだろ。何故かあらぬ方向に逃げていく方向音痴のアイツを捕まえるために、夜の修道院を走った。
普通の人間ならどこに行くか大体検討がつくから先回りできるのに〇はそうはいかない。目的地を決めていないから行き当たりばったり、右に行くかと思えば左に、階段を登るかと思えばスルー、なにもないところでこけそうになる、それから……はあ、きりがない。
大体照れ隠しの方法が可愛すぎるだろ。急に自覚してひたすらあたふたして逃げるって。
いや、受け止めるのが怖いのか。
それでも受け止めてもらわなければいけない。ディミトリの学級から引き抜いて、編成や授業を合わせるために先生に交渉して、ちょこっと言えないこともしたけれど、結局アイツはドストレートな感情に弱い。
あの天の邪鬼を黙らせるには行動で示すのが一番だ。
距離を保ちつつ後を追って、ようやくたどり着いたのは温室だった。
温室は思い出の場所、になるのかねえ。初めて会ったのもここ、仲良くなり始めたのもここだ。南方植物が大きな緑の葉を広げ、草花が足元で小さく咲いている。その中に〇は立っていた。ああ、今も。いつだってその横顔は陶器のように綺麗で手を伸ばしてはいけないような気持ちにもなってくる。
だけど捕まえる。強引にその手を拾い上げると、また逃げようとしていた足もぴたりと立ち止まった。
「そろそろ向き合う頃だろ、なあ〇」
「逃げるつもりは……」
「こんだけダッシュしといてか!? ウッソだろお前……」
五十メーターくらい泳いでいる〇の目をしっかり逃がさないように見据える。左にいったり、右にいったりで一向に目は合わない。
「ごめん、ちょっと所用の動悸があって」
「所用の動悸て」
ああもうまどろっこしい。俺が言えたことじゃないけどな。逃げれば捕まえたくなるのが分からねえのか、それがコイツの魅力なのか。
「あ、蝶」
「えっどこど、こ……」
「はい、捕まえた」
頬を両手でふんわりと挟み、ようやく合った視線は俺だけのものにする。長い睫毛には照れからか涙が滲んで露のように光った。
そうだ、初めて会ったときもこんな顔をしていた。えんえん泣く声が聞こえて覗くと授業で失敗したと項垂れているチワワが一匹居て、まあ仲良くなればツンデレの子猫だったけど。
「なあ〇、素直になっても誰も責めないぞ。離れたりもしない。大丈夫だ」
「え、と……」
「こう言ったほうが良いか? 今なら告白した人限定でティラミスとでかいベッドをプレゼント! 修道院の猫と添い寝つき! ほらお得だろ、俺なら迷わず選ぶがなあ」
「またそんなっ、まって……っ!」
逃げようとした背中に腕を回して落ち着かせるようにとんとんと叩く。耳元に口を寄せて「好きだ」と囁いた。さすがに俺も照れるな、と思ったら、熱っぽい吐息がかかったのか可愛い悲鳴が聞こえた。
「わかった、わかったから……! 私も……っ」
恐る恐る背に手が回り抱き返されているのが分かる。パクパクと動くだけで声の出ない口を見る限り、勇気出してんだろうなあ。本音を言えない人生だったのかと思うが、俺といる限りは絶対本音言わせてやるからな。
「頑張れ」
「ぅ、ぇ……っ、く、クロード」
「うん」
頭上では鳥が温室を飛び抜けてぐるりと旋回していた。風はゆっくりと止んで〇の髪をくすぐり、その言葉に耳を傾ける。
ゆらゆらと揺れる絹糸のような髪。色づいた頬。迷子のように見つめてくる瞳。彼女のあらゆるものが硝子細工のように輝いて見えた。
「すき」
たったこの二文字のために随分と迂回をしてきたように思う。
思わず力加減を忘れてしがみつくように抱きしめる。〇はようやく言えた、と花のように微笑んだが、俺の様子に驚いて声をあげて笑った。
「クロードすっごい熱いよ、どしたの」
「お前だって顔真っ赤だろ……」
今別れたら次会うとき気まずくなるって誰でもわかるだろ。何故かあらぬ方向に逃げていく方向音痴のアイツを捕まえるために、夜の修道院を走った。
普通の人間ならどこに行くか大体検討がつくから先回りできるのに〇はそうはいかない。目的地を決めていないから行き当たりばったり、右に行くかと思えば左に、階段を登るかと思えばスルー、なにもないところでこけそうになる、それから……はあ、きりがない。
大体照れ隠しの方法が可愛すぎるだろ。急に自覚してひたすらあたふたして逃げるって。
いや、受け止めるのが怖いのか。
それでも受け止めてもらわなければいけない。ディミトリの学級から引き抜いて、編成や授業を合わせるために先生に交渉して、ちょこっと言えないこともしたけれど、結局アイツはドストレートな感情に弱い。
あの天の邪鬼を黙らせるには行動で示すのが一番だ。
距離を保ちつつ後を追って、ようやくたどり着いたのは温室だった。
温室は思い出の場所、になるのかねえ。初めて会ったのもここ、仲良くなり始めたのもここだ。南方植物が大きな緑の葉を広げ、草花が足元で小さく咲いている。その中に〇は立っていた。ああ、今も。いつだってその横顔は陶器のように綺麗で手を伸ばしてはいけないような気持ちにもなってくる。
だけど捕まえる。強引にその手を拾い上げると、また逃げようとしていた足もぴたりと立ち止まった。
「そろそろ向き合う頃だろ、なあ〇」
「逃げるつもりは……」
「こんだけダッシュしといてか!? ウッソだろお前……」
五十メーターくらい泳いでいる〇の目をしっかり逃がさないように見据える。左にいったり、右にいったりで一向に目は合わない。
「ごめん、ちょっと所用の動悸があって」
「所用の動悸て」
ああもうまどろっこしい。俺が言えたことじゃないけどな。逃げれば捕まえたくなるのが分からねえのか、それがコイツの魅力なのか。
「あ、蝶」
「えっどこど、こ……」
「はい、捕まえた」
頬を両手でふんわりと挟み、ようやく合った視線は俺だけのものにする。長い睫毛には照れからか涙が滲んで露のように光った。
そうだ、初めて会ったときもこんな顔をしていた。えんえん泣く声が聞こえて覗くと授業で失敗したと項垂れているチワワが一匹居て、まあ仲良くなればツンデレの子猫だったけど。
「なあ〇、素直になっても誰も責めないぞ。離れたりもしない。大丈夫だ」
「え、と……」
「こう言ったほうが良いか? 今なら告白した人限定でティラミスとでかいベッドをプレゼント! 修道院の猫と添い寝つき! ほらお得だろ、俺なら迷わず選ぶがなあ」
「またそんなっ、まって……っ!」
逃げようとした背中に腕を回して落ち着かせるようにとんとんと叩く。耳元に口を寄せて「好きだ」と囁いた。さすがに俺も照れるな、と思ったら、熱っぽい吐息がかかったのか可愛い悲鳴が聞こえた。
「わかった、わかったから……! 私も……っ」
恐る恐る背に手が回り抱き返されているのが分かる。パクパクと動くだけで声の出ない口を見る限り、勇気出してんだろうなあ。本音を言えない人生だったのかと思うが、俺といる限りは絶対本音言わせてやるからな。
「頑張れ」
「ぅ、ぇ……っ、く、クロード」
「うん」
頭上では鳥が温室を飛び抜けてぐるりと旋回していた。風はゆっくりと止んで〇の髪をくすぐり、その言葉に耳を傾ける。
ゆらゆらと揺れる絹糸のような髪。色づいた頬。迷子のように見つめてくる瞳。彼女のあらゆるものが硝子細工のように輝いて見えた。
「すき」
たったこの二文字のために随分と迂回をしてきたように思う。
思わず力加減を忘れてしがみつくように抱きしめる。〇はようやく言えた、と花のように微笑んだが、俺の様子に驚いて声をあげて笑った。
「クロードすっごい熱いよ、どしたの」
「お前だって顔真っ赤だろ……」