風花雪月
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青獅子として入って三ヶ月ほど経った頃、空は蒼く白い雲を乗せていた。太陽の強い眼差しから逃れるように温室に駆け込んで一息つく。
さて、価値の高い植物が気持ち良さそうに伸びるこの温室の一角に、こっそりと健やかに薬草が育っていた。無論私が育てたものだ。
これを煎じ薬やらハーブキャンディーやらにするのが趣味なんだけど……たまに、勝手に拝借していく不届き者がいる。
「おっ、今日もここに居たか。何が育ってるかな、と」
「毒薬のために育ててるんじゃないけど!」
「おうとも。だから薬効があるところはお前に、毒があるところは俺に。正しい使い方だろ?」
金鹿の級長はそう言って笑った。場合によっては学級対抗戦とかでこっちにその毒薬がくる可能性もあるんだから心底イヤだ。
でも今日はそういうことをしにきた訳ではないみたい。すぐに花から手を放してこっちを見たから。
「お前さ、理学習いたいって言ってただろ? ウチの新しく入った先生、最近そういうの出来るようになったんだよ」
「あのベレト先生が?」
「そ。だから助手が欲しいとか」
「えーっと……」
予感がする。だけど、それが嫌な方なのか、良い方なのか、私にはよく分からなかった。
雲が温室の上に乗り出して、日差しが途切れる。重たくて甘い花の香りがふんわりと通り抜けた。
「それは、課題協力みたいな……」
「じゃなくて。お前さ……」
ぐいっ、と急に腕を引かれて息が詰まる。彼の使っている石鹸の匂いだとか、そんなものがやけに香って。
「ウチに来いよ」
「えっと……金鹿に?」
「ああ。青獅子じゃ槍と剣ばっかだってこの前言ってたろ? 新入生一の勉強家、図書館に居座る本の虫、是非とも"より質の良い学びのために"来てくださりませんか……って、わざとらしいのは嫌いだったな」
「いやっていうかっ……近いんデスケド!」
突然言われたことに頭がまだ読み込めなくて、口先だけがどうでもいいことを捕まえて喚きたてる。クロードから離れようと手で押したって力は入らなくって、ただただ頭がぐるぐる回るだけだ。
金鹿に編入……確かにあのベレト先生の元で一度学んでみるのはいいことかもしれない。だけどそれって、この人と同じ学級になるってことだ。今までより近くなって、落ち着く暇なんて与えられなくなって、言い訳もできなくなる。
「ダメ?」
だめ。そんなのって、だって――心臓がいくつあっても足らなくって、毎日振り回されそうだし、でもそんな時いつもこの人ばっかり余裕そうに笑っていてむかつくし、そのくせちゃんとフォローはしてくれる、なんて。
……。
級長、ごめん。それにドゥドゥーも。
見上げればクロードの結んだ髪が垂れて頬に当たった。悪い、なんて言って耳にかけてくれる。
ほら、ずるいなあ。
違う学級なのに気にかけてくれるのも、落ち込んだときにお菓子を持ってきてくれるのも、うまくいったときに見逃さずに褒めてくれるのも、全部。
違う学級なのに気になってしまうのも、落ち込んでるときに会いたくなってしまうのも、うまくいったときに真っ先に話したくなってしまうのも、全部!
たった三ヶ月が私を動かす。彼のせいで、こんなにもうるさい心臓にされてしまった。
「なにその顔。可愛いけどどういう表情?」
「ばっかやろ……」
「ごめんて」
「……いいよ、行くよ」
「……え? ホントに?」
投げやりに返事をすると、ぽかんとしていた彼がみるみるうちに笑顔を浮かべて、私を強く抱きしめた。雲が過ぎ去って眩しいから、私も彼の胸に顔を埋める。眩しいんだからしょうがないの。
してやられてばかりだから、今度は私が彼になにかしたいところだ。毒薬つくりに加担するのはイヤだけど……それはちゃんと今の級長に告げ口させてもらうけど、そういうことじゃなくて。
ああでも、今は言葉にできない。
「根回し上手いね、ほんと」
「ははは! お褒めに預かり光栄ですよ」
さて、価値の高い植物が気持ち良さそうに伸びるこの温室の一角に、こっそりと健やかに薬草が育っていた。無論私が育てたものだ。
これを煎じ薬やらハーブキャンディーやらにするのが趣味なんだけど……たまに、勝手に拝借していく不届き者がいる。
「おっ、今日もここに居たか。何が育ってるかな、と」
「毒薬のために育ててるんじゃないけど!」
「おうとも。だから薬効があるところはお前に、毒があるところは俺に。正しい使い方だろ?」
金鹿の級長はそう言って笑った。場合によっては学級対抗戦とかでこっちにその毒薬がくる可能性もあるんだから心底イヤだ。
でも今日はそういうことをしにきた訳ではないみたい。すぐに花から手を放してこっちを見たから。
「お前さ、理学習いたいって言ってただろ? ウチの新しく入った先生、最近そういうの出来るようになったんだよ」
「あのベレト先生が?」
「そ。だから助手が欲しいとか」
「えーっと……」
予感がする。だけど、それが嫌な方なのか、良い方なのか、私にはよく分からなかった。
雲が温室の上に乗り出して、日差しが途切れる。重たくて甘い花の香りがふんわりと通り抜けた。
「それは、課題協力みたいな……」
「じゃなくて。お前さ……」
ぐいっ、と急に腕を引かれて息が詰まる。彼の使っている石鹸の匂いだとか、そんなものがやけに香って。
「ウチに来いよ」
「えっと……金鹿に?」
「ああ。青獅子じゃ槍と剣ばっかだってこの前言ってたろ? 新入生一の勉強家、図書館に居座る本の虫、是非とも"より質の良い学びのために"来てくださりませんか……って、わざとらしいのは嫌いだったな」
「いやっていうかっ……近いんデスケド!」
突然言われたことに頭がまだ読み込めなくて、口先だけがどうでもいいことを捕まえて喚きたてる。クロードから離れようと手で押したって力は入らなくって、ただただ頭がぐるぐる回るだけだ。
金鹿に編入……確かにあのベレト先生の元で一度学んでみるのはいいことかもしれない。だけどそれって、この人と同じ学級になるってことだ。今までより近くなって、落ち着く暇なんて与えられなくなって、言い訳もできなくなる。
「ダメ?」
だめ。そんなのって、だって――心臓がいくつあっても足らなくって、毎日振り回されそうだし、でもそんな時いつもこの人ばっかり余裕そうに笑っていてむかつくし、そのくせちゃんとフォローはしてくれる、なんて。
……。
級長、ごめん。それにドゥドゥーも。
見上げればクロードの結んだ髪が垂れて頬に当たった。悪い、なんて言って耳にかけてくれる。
ほら、ずるいなあ。
違う学級なのに気にかけてくれるのも、落ち込んだときにお菓子を持ってきてくれるのも、うまくいったときに見逃さずに褒めてくれるのも、全部。
違う学級なのに気になってしまうのも、落ち込んでるときに会いたくなってしまうのも、うまくいったときに真っ先に話したくなってしまうのも、全部!
たった三ヶ月が私を動かす。彼のせいで、こんなにもうるさい心臓にされてしまった。
「なにその顔。可愛いけどどういう表情?」
「ばっかやろ……」
「ごめんて」
「……いいよ、行くよ」
「……え? ホントに?」
投げやりに返事をすると、ぽかんとしていた彼がみるみるうちに笑顔を浮かべて、私を強く抱きしめた。雲が過ぎ去って眩しいから、私も彼の胸に顔を埋める。眩しいんだからしょうがないの。
してやられてばかりだから、今度は私が彼になにかしたいところだ。毒薬つくりに加担するのはイヤだけど……それはちゃんと今の級長に告げ口させてもらうけど、そういうことじゃなくて。
ああでも、今は言葉にできない。
「根回し上手いね、ほんと」
「ははは! お褒めに預かり光栄ですよ」