Full plate・Waltz/ローレンツ
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
温室で花に水をやっていると影が差した。振り返れば何かの種を持って立ちつくしていたのはベレト先生で、彼がここに来るのは珍しいことではない。何度か栽培に取り組むのを手伝ったので、無表情に見える彼の表情も今ではだいぶ分かるようになっていた。種、貰ったんですかと聞くと、ああ、とだけ。
「どこに植えれば良いだろうか」
「それならここの……このあたりなら土も柔らかいですし」
「そうか」
先生が戦い慣れた頼もしい手で植物の種を埋めていく。少し雑だけど優しい手つきだ。ついついじっと見ていると、彼も不思議そうに私を見た。
「何か?」
「いや……先生は静かな人ですけど、ちゃんと見てたらあったかいなあって」
「そうか。俺も君のことを見ているよ。最近ローレンツに絡まれているだろう。うるさくないか?」
「えっ、ごほっ、けほん!」
急な不意打ちについ噎せてしまった。な、なんでローレンツくんが? たしかにうるさいけど……先生もそう思っていたんだと思うとおかしくて笑ってしまう。多分苦情とか先生に行くんだもんね。そりゃそっか。
「〇が気にしていないのなら問題はないが、よく女生徒から相談されるんだ。……いや、されていたんだ。その全てが君に向いているのでは負担があるかもしれないと思った」
「ふふっ、……へ? す、すべて?」
「ああ。最近ローレンツは君以外に声をかけていないし、口説いてもいない」
「……うそ」
あのローレンツくんが?
確かにあんな宣言をされた手前他の女の子に結婚の打診をしていたら最悪すぎて百年会いたくない。だけど、民の為に家を背負うという彼の重たい決意からすると納得もできてしまうのだ。なのに……だって私、良いって言ったことないのに。もし私がだめだったらどうするつもりなの? そんなんじゃだめでしょ、領主様なら――
「〇?」
「あっ……いや、なんでも……たしかにローレンツくんは、うるさいけど……」
「〇に近寄るなと言っておくか?」
「いやいやいや! 同じ学級ですし、話すこともあるし」
「しかし前は殆ど話していなかっただろう。言い寄られているのであれば」
「いや! あの、ほんとに大丈夫で……うるさいんですけど! うるさいけど、うう……苦痛では、ないので」
「そうか」
なんで私がローレンツくんのことを庇わないといけないの。なんで、でもだって……頭がぐちゃぐちゃのまま水をやっていると、ついジョウロに水を入れる時に溢れてしまった。こぼれた水がスカートを濡らして、その冷たさに気がついたのも先生に言われてからというぽんこつぶりだ。
「調子が悪いのか? すまない、わざわざ話しかけてしまって。だが君とちゃんと話したいと思っていたから」
「そ、そそうなんですね……! すみませんこんな醜態を」
「そうだな……そのまま寮に帰すのはあまり良くないな。これを」
先生はそう言うといつも羽織っている外套を私にかけてくれた。少し重たいけれどじゅうぶん全身が隠れそうだ。まだ朝早いからほとんど誰も出歩いて居ないし、すぐに帰って着替えて返せばいい……んだけど。
「あああ、ありがとうございます……その、先生……」
「何だ?」
「いや……」
いつも身につけているとあって、先生の匂いに包まれて緊張してしまうというか……。だってベレト先生は皆の憧れの人だ。私の憧れでもある。
「すぐ! すぐにお返ししますので!」
「気にするな。〇なら構わない」
「わわ私なら!?」
「それから、今日の午後に時間は取れるだろうか? 良ければ茶でも飲もう」
「は、い……!」
コクコク頷くと先生はふっと笑って、それじゃあと温室から出て行った。本当に、わからない人だ……だからこそ惹かれて、あのクロードくんですら虜にしてしまうのだろうけれど。
その場でしゃがみこんで深呼吸をする。すると話していたことがぱちんぱちんと泡のように浮かんでは消えて、色々思い出してきた。ローレンツくんの、こととか……。
……。
あんな人、タイプじゃない。この情勢では難しいとは知っているけれど、できたら恋をして結婚したい。自分を犠牲にするのではなくて、自分を愛している人がいい。まあローレンツくん、犠牲とは思ってないだろうし言ったら超怒られそうだけど……それにナルシストで自己愛は強いし……そうじゃない、そうじゃなくて! 色々押し付けてくるし、出しゃばりだし、だし……もー! なんで私がこんな風に悩まされないといけないの。せっかくベレト先生にお茶誘われたのに!
人間は分からない、と研究に打ち込んでいたお父様の姿を不意に思い出す。ああ、その言葉だけは理解できるかも。嬉しい気持ちと困惑を半分ずつ感じながら、ジョウロを片付けて寮への帰路についた。
「どこに植えれば良いだろうか」
「それならここの……このあたりなら土も柔らかいですし」
「そうか」
先生が戦い慣れた頼もしい手で植物の種を埋めていく。少し雑だけど優しい手つきだ。ついついじっと見ていると、彼も不思議そうに私を見た。
「何か?」
「いや……先生は静かな人ですけど、ちゃんと見てたらあったかいなあって」
「そうか。俺も君のことを見ているよ。最近ローレンツに絡まれているだろう。うるさくないか?」
「えっ、ごほっ、けほん!」
急な不意打ちについ噎せてしまった。な、なんでローレンツくんが? たしかにうるさいけど……先生もそう思っていたんだと思うとおかしくて笑ってしまう。多分苦情とか先生に行くんだもんね。そりゃそっか。
「〇が気にしていないのなら問題はないが、よく女生徒から相談されるんだ。……いや、されていたんだ。その全てが君に向いているのでは負担があるかもしれないと思った」
「ふふっ、……へ? す、すべて?」
「ああ。最近ローレンツは君以外に声をかけていないし、口説いてもいない」
「……うそ」
あのローレンツくんが?
確かにあんな宣言をされた手前他の女の子に結婚の打診をしていたら最悪すぎて百年会いたくない。だけど、民の為に家を背負うという彼の重たい決意からすると納得もできてしまうのだ。なのに……だって私、良いって言ったことないのに。もし私がだめだったらどうするつもりなの? そんなんじゃだめでしょ、領主様なら――
「〇?」
「あっ……いや、なんでも……たしかにローレンツくんは、うるさいけど……」
「〇に近寄るなと言っておくか?」
「いやいやいや! 同じ学級ですし、話すこともあるし」
「しかし前は殆ど話していなかっただろう。言い寄られているのであれば」
「いや! あの、ほんとに大丈夫で……うるさいんですけど! うるさいけど、うう……苦痛では、ないので」
「そうか」
なんで私がローレンツくんのことを庇わないといけないの。なんで、でもだって……頭がぐちゃぐちゃのまま水をやっていると、ついジョウロに水を入れる時に溢れてしまった。こぼれた水がスカートを濡らして、その冷たさに気がついたのも先生に言われてからというぽんこつぶりだ。
「調子が悪いのか? すまない、わざわざ話しかけてしまって。だが君とちゃんと話したいと思っていたから」
「そ、そそうなんですね……! すみませんこんな醜態を」
「そうだな……そのまま寮に帰すのはあまり良くないな。これを」
先生はそう言うといつも羽織っている外套を私にかけてくれた。少し重たいけれどじゅうぶん全身が隠れそうだ。まだ朝早いからほとんど誰も出歩いて居ないし、すぐに帰って着替えて返せばいい……んだけど。
「あああ、ありがとうございます……その、先生……」
「何だ?」
「いや……」
いつも身につけているとあって、先生の匂いに包まれて緊張してしまうというか……。だってベレト先生は皆の憧れの人だ。私の憧れでもある。
「すぐ! すぐにお返ししますので!」
「気にするな。〇なら構わない」
「わわ私なら!?」
「それから、今日の午後に時間は取れるだろうか? 良ければ茶でも飲もう」
「は、い……!」
コクコク頷くと先生はふっと笑って、それじゃあと温室から出て行った。本当に、わからない人だ……だからこそ惹かれて、あのクロードくんですら虜にしてしまうのだろうけれど。
その場でしゃがみこんで深呼吸をする。すると話していたことがぱちんぱちんと泡のように浮かんでは消えて、色々思い出してきた。ローレンツくんの、こととか……。
……。
あんな人、タイプじゃない。この情勢では難しいとは知っているけれど、できたら恋をして結婚したい。自分を犠牲にするのではなくて、自分を愛している人がいい。まあローレンツくん、犠牲とは思ってないだろうし言ったら超怒られそうだけど……それにナルシストで自己愛は強いし……そうじゃない、そうじゃなくて! 色々押し付けてくるし、出しゃばりだし、だし……もー! なんで私がこんな風に悩まされないといけないの。せっかくベレト先生にお茶誘われたのに!
人間は分からない、と研究に打ち込んでいたお父様の姿を不意に思い出す。ああ、その言葉だけは理解できるかも。嬉しい気持ちと困惑を半分ずつ感じながら、ジョウロを片付けて寮への帰路についた。