Full plate・Waltz/ローレンツ
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僕を伺う彼女の瞳には確かな心配があった。無用な心配ではあるが、恐らく彼女は自分をすり減らすことに関して敏感なのだろう。自由意志の尊重と言えばいいか、彼女は出自や環境で選択肢が狭められる世界を良しとしていないと聞いた。
その選択肢を保証するのが僕だとしたら、彼女はそもそも問題用紙なんか落書き帳にして、自由記述にすればいいと思っている。彼女は僕のことを大変そうだと感じているらしいが、彼女の考えこそ茨の道ではないか。
「つまり、そういうのはクロードにでも任せればいい。その間に僕は安寧と素晴らしい福利厚生を実現してみせる。どうだろう、君の家は何と?」
「だからその気はないってば! 相手には色んな条件が要るんでしょ、合わないって……それに、私の家は」
「ふむ。訳ありか?」
「ほんと全部どストレートでうるさいね」
毒づく彼女の表情には影がある。それでも昼食時に隣の席を許してくれる程度には悪くは思われていないようで、二人分のティーポットがその間を保っていた。
■■家の当主については僕もいくつか聞いたことがある。研究熱心といえば聞こえはいいがかなりの放任――放置主義で、彼女によると仕事の依頼のようにこれをしろ、あれをしろ、とだけ言われるそうだ。親よりも従者の方が親かもしれないと目を合わさずに呟いた。
「……そうか。そのご両親は今なんと?」
「今の依頼は……学校を卒業する前にマネジメントを学びなさい、ディミトリくんかクロードくんと仲良くしなさい、適当なところで誰かと結婚しなさい」
「適当か……そう言われると複雑な気分だな」
「だからなんで結婚する気なの??」
「しかし障害はほぼないと言える。帝国と隣している同士同盟内での相互援助も自然だろう」
「会話が不自然なんだって」
よし、状況を聞いた限り向こうの家も僕との婚姻は許してくれるだろう。研究熱心な放置主義というのも、下手に意見を出されるよりはいい。ある程度研究者としての保証ができるのであればこちらに政治的判断を任せてくれるかもしれない。
僕の思考では全てが完璧だった。が――彼女の表情が晴れやかに変わることはなかった。むしろ何か言いにくそうに目を逸らしながら口をまごつかせている。
「何か言いたいことが? 伴侶との関係は重要だ。なんでも言ってくれたまえ」
「伴侶!? へ、変なこと言わないでよ!」
〇がガタッと立ち上がった途端、周りから視線が集まった。そのことに気づくと不満そうにしていた表情は一瞬で赤く染まり、慌てて座ると紅茶を一気に飲み干している。……まだその顔は赤いが。
彼女は拗ねたまま唇を尖らせて、ティーポットからもう一杯紅茶を注いだ。カップに角砂糖をどぼどぼと溶かしてほとんど砂糖水のようになったそれを口に含む。
「……結婚、結婚って言うけど、結婚は政治だけの問題じゃないでしょ……」
「というと?」
「だから! だから、その……ちゃんと愛し合わないと、やだから……」
そう言う彼女の耳はとても赤い。……確かに、愛せない夫婦は幸せにはなれないだろう。そんな夫婦が領主では民の模範にもなれない。
「安心したまえ。君は家としても人としても大体の条件は満たしている。愛せるよ」
「……ひどい」
酷い? 政治的に利益があり、さらにある程度良好な夫婦関係を築けるというのに何が不満なのか。我ながら言うのもなんだが僕は薔薇の花束でもムードのある言葉でも恥ずかしがらずに贈ることができる。女性の望むようなことはできるというのに。
「君は結婚に何を求めているんだ?」
「な……それは、その……」
「もし僕に足りないものがあるのであれば努力しよう。……まあ、この僕に足りないものなどないとは思うが!」
「努力……とかじゃなくて……」
ずっと顔を背けていた帳が不意に顔を上げた。僕の目を見て、何か確かめるように。
「……わたしは、恋ができる人を愛したいの」
……ふむ。
「君は案外ロマンティストなんだな」
「は!? は!?」
「つまり僕が君を夢中にさせればいいということか? むしろこの僕に恋していないと?」
「……っ!?!? 恋、してるわけ……な……っさ、最低! ローレンツくんなんか絶対ない! 絶対すきじゃ、このナルシスト一方通行男! もう私行くから片付けといてよね!」
照れ隠しなのか、突然彼女はデザートのマドレーヌだけ持って走り去ってしまった。しかしあれだけ声を荒らげるということは図星なのだろう。政治を選んだ僕としては遠い話だが、甘い恋愛に憧れる女性の気持ちも理解できないのでは領主としてまだまだだ。……ああ、任せてくれ。僕が、君を恋する乙女にしてあげよう。それがグロスタール家の繁栄にも繋がるのであれば。
その選択肢を保証するのが僕だとしたら、彼女はそもそも問題用紙なんか落書き帳にして、自由記述にすればいいと思っている。彼女は僕のことを大変そうだと感じているらしいが、彼女の考えこそ茨の道ではないか。
「つまり、そういうのはクロードにでも任せればいい。その間に僕は安寧と素晴らしい福利厚生を実現してみせる。どうだろう、君の家は何と?」
「だからその気はないってば! 相手には色んな条件が要るんでしょ、合わないって……それに、私の家は」
「ふむ。訳ありか?」
「ほんと全部どストレートでうるさいね」
毒づく彼女の表情には影がある。それでも昼食時に隣の席を許してくれる程度には悪くは思われていないようで、二人分のティーポットがその間を保っていた。
■■家の当主については僕もいくつか聞いたことがある。研究熱心といえば聞こえはいいがかなりの放任――放置主義で、彼女によると仕事の依頼のようにこれをしろ、あれをしろ、とだけ言われるそうだ。親よりも従者の方が親かもしれないと目を合わさずに呟いた。
「……そうか。そのご両親は今なんと?」
「今の依頼は……学校を卒業する前にマネジメントを学びなさい、ディミトリくんかクロードくんと仲良くしなさい、適当なところで誰かと結婚しなさい」
「適当か……そう言われると複雑な気分だな」
「だからなんで結婚する気なの??」
「しかし障害はほぼないと言える。帝国と隣している同士同盟内での相互援助も自然だろう」
「会話が不自然なんだって」
よし、状況を聞いた限り向こうの家も僕との婚姻は許してくれるだろう。研究熱心な放置主義というのも、下手に意見を出されるよりはいい。ある程度研究者としての保証ができるのであればこちらに政治的判断を任せてくれるかもしれない。
僕の思考では全てが完璧だった。が――彼女の表情が晴れやかに変わることはなかった。むしろ何か言いにくそうに目を逸らしながら口をまごつかせている。
「何か言いたいことが? 伴侶との関係は重要だ。なんでも言ってくれたまえ」
「伴侶!? へ、変なこと言わないでよ!」
〇がガタッと立ち上がった途端、周りから視線が集まった。そのことに気づくと不満そうにしていた表情は一瞬で赤く染まり、慌てて座ると紅茶を一気に飲み干している。……まだその顔は赤いが。
彼女は拗ねたまま唇を尖らせて、ティーポットからもう一杯紅茶を注いだ。カップに角砂糖をどぼどぼと溶かしてほとんど砂糖水のようになったそれを口に含む。
「……結婚、結婚って言うけど、結婚は政治だけの問題じゃないでしょ……」
「というと?」
「だから! だから、その……ちゃんと愛し合わないと、やだから……」
そう言う彼女の耳はとても赤い。……確かに、愛せない夫婦は幸せにはなれないだろう。そんな夫婦が領主では民の模範にもなれない。
「安心したまえ。君は家としても人としても大体の条件は満たしている。愛せるよ」
「……ひどい」
酷い? 政治的に利益があり、さらにある程度良好な夫婦関係を築けるというのに何が不満なのか。我ながら言うのもなんだが僕は薔薇の花束でもムードのある言葉でも恥ずかしがらずに贈ることができる。女性の望むようなことはできるというのに。
「君は結婚に何を求めているんだ?」
「な……それは、その……」
「もし僕に足りないものがあるのであれば努力しよう。……まあ、この僕に足りないものなどないとは思うが!」
「努力……とかじゃなくて……」
ずっと顔を背けていた帳が不意に顔を上げた。僕の目を見て、何か確かめるように。
「……わたしは、恋ができる人を愛したいの」
……ふむ。
「君は案外ロマンティストなんだな」
「は!? は!?」
「つまり僕が君を夢中にさせればいいということか? むしろこの僕に恋していないと?」
「……っ!?!? 恋、してるわけ……な……っさ、最低! ローレンツくんなんか絶対ない! 絶対すきじゃ、このナルシスト一方通行男! もう私行くから片付けといてよね!」
照れ隠しなのか、突然彼女はデザートのマドレーヌだけ持って走り去ってしまった。しかしあれだけ声を荒らげるということは図星なのだろう。政治を選んだ僕としては遠い話だが、甘い恋愛に憧れる女性の気持ちも理解できないのでは領主としてまだまだだ。……ああ、任せてくれ。僕が、君を恋する乙女にしてあげよう。それがグロスタール家の繁栄にも繋がるのであれば。