Full plate・Waltz/ローレンツ
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「ねえ、ちょっと」
「だからクロードの言う事なんて荒唐無稽な話で」
「ねえ……ねえってば、ローレンツくん」
「あんなもの……うん? どうし……」
「余ったからあげる。じゃあね!」
振り向いて怪訝な顔を浮かべた彼に包みを押しつけて走り去る。ていうか身長差がありすぎて球技のトスみたいな感じだった。
三日前に嫌々ながらも彼に介抱されたのは記憶に新しい。しかも気づかれていないと思っていた肩も痛みを軽減するように運ばれて、マヌエラ先生の元から学級へ戻るまでも付き添われてしまった。ずっと冷たく当たっていたのに、だ。いい趣味でもしてるのだろうか。
……いや、そんなはずはない。彼はグロスタール家の嫡子であり、貴族らしい貴族だ。他の人に頼まれたから渋々最後まで付き合ってくれただけにすぎないはず。だけど一応? 一応お礼くらいはしておこうと思って? 彼が好きらしい薔薇の花弁を混ぜて焼き上げたシフォンケーキを包んだ。製菓は■■家の得意とするところだから大げさとかではないし。材料があって台所も借りられたってだけだし。
だからこそ放課後に彼がわざわざ私を探して茶葉の一部を分けてくれたことには本を落としそうなほど驚いてしまったのだ。
書庫の帰り、階段を降りる後ろから声をかけてくるなんてほぼ人殺しだ。落ちかけた私がなんとかバランスを保ったのを見て、彼はほっと息を吐いた。
「気をつけたまえ、君……本は僕が持とう。代わりにこれを」
「これ? ……実家から送られてきたの? 良い茶葉だね」
「ああ、それは君の分だ」
「へえ、君の……え、わたしの?」
「そうだ」
……理解できない者に与えても無駄だろう、とか言って、良いものはその理解者のみが楽しむべきって人かと思っていた。一応「私、そんなに舌は良くないけど」と言うと「あのシフォンを焼ける人間がそんなことを言うものではないよ」と返ってきた。どうやらお気に召してくれたらしい。別にどうでもいいけどちょっとあつい。この辺りは風通しが良くないからだろうけど。けど。
「それは、なによりで……余りものだけど」
「余ったのならラファエル君にあげたら良かっただろう? 肉はくれたがシフォンはくれなかった、誰かへの贈り物だかららしい……と言っていたが」
「わああ!! なんでそんなの」
「大体あの包み方で余りものは無理があるだろう。いくら■■家の習慣だとしても」
「うっさい!」
「うっさい!?」
茶葉を持ってすたたたっと階下まで駆け下りる。ラファエル君にはあげなかったなんて、どうしてそんなことまで知ってるの。まさかばれるだなんて……これじゃあ特別に作ったみたいだ。せっかくだからとアンナさんから食用薔薇を輸入したりしてないし。たまたま置いてあっただけだもん。たまたま……と自分を落ち着かせている間にローレンツくんはそのうざいほど長い足ですぐに降りてきてしまった。なるべく顔を合わせないようにして寮までの道を辿る。
「……君は、貴族らしくないな」
唐突に告げられた言葉にそりゃ貴方からしたらそうだろうな、と思う。マナーや振る舞いは学んだものの、堅苦しい社交は正直苦手だし。きっとちゃんとお礼を言って、ちゃんと喜ぶのが正しい。そんな素直さはどこかに消えてしまったけれど。
逆にこの人はよくやるなと思う。結婚だって家と家を結ぶ……だとか、民のため……だとか。やるにしたってここまで明言してその身を費やすことができる人はなかなかいない。
だって、例えば私はそうしたことを辛いとか面倒だとかって思ってしまうから。
「でも、ここには貴族らしくない貴族がたくさんいるでしょ? 私だってやろうと思えばそれなりにできるけど……ローレンツくんこそ、その、平気なの」
「平気とは?」
「……なんでも。かなり平気そうだよね。ナルシストだし」
「いや待て。今のは悪意を感じたぞ」
階段を上がればもう部屋に着く。助かったと思う。ローレンツくんと居るのはなんだか疲れるのだ。頭や感情が穏やかではないのもそうだし、彼自身が普通にうるさい。やっぱり相手を選ぶならリンハルトくんみたいに静かで戦いを避ける人がいいな。その方が性に合っている。
階段を上がって、いくつか部屋を過ぎて。自室を開ければ本たちが丁寧に机に置かれた。
「それじゃあ」
「ああ。……僕は平気だ」
「え」
扉が閉まっていく。その隙間から紫の髪が高貴さを残すように揺れて見えた。
「なぜなら僕はローレンツ=ヘルマン=グロスタールなのだから! 完璧に背負ってみせるとも! はっはっはっは!!」
廊下で騒ぐなって苦情がきそう。……じゃなくて。机に伏せられた家からの手紙をしまい込みながら、この時ばかりは彼のことを大したものだと思ったのだった。あ、一瞬だけね。
「だからクロードの言う事なんて荒唐無稽な話で」
「ねえ……ねえってば、ローレンツくん」
「あんなもの……うん? どうし……」
「余ったからあげる。じゃあね!」
振り向いて怪訝な顔を浮かべた彼に包みを押しつけて走り去る。ていうか身長差がありすぎて球技のトスみたいな感じだった。
三日前に嫌々ながらも彼に介抱されたのは記憶に新しい。しかも気づかれていないと思っていた肩も痛みを軽減するように運ばれて、マヌエラ先生の元から学級へ戻るまでも付き添われてしまった。ずっと冷たく当たっていたのに、だ。いい趣味でもしてるのだろうか。
……いや、そんなはずはない。彼はグロスタール家の嫡子であり、貴族らしい貴族だ。他の人に頼まれたから渋々最後まで付き合ってくれただけにすぎないはず。だけど一応? 一応お礼くらいはしておこうと思って? 彼が好きらしい薔薇の花弁を混ぜて焼き上げたシフォンケーキを包んだ。製菓は■■家の得意とするところだから大げさとかではないし。材料があって台所も借りられたってだけだし。
だからこそ放課後に彼がわざわざ私を探して茶葉の一部を分けてくれたことには本を落としそうなほど驚いてしまったのだ。
書庫の帰り、階段を降りる後ろから声をかけてくるなんてほぼ人殺しだ。落ちかけた私がなんとかバランスを保ったのを見て、彼はほっと息を吐いた。
「気をつけたまえ、君……本は僕が持とう。代わりにこれを」
「これ? ……実家から送られてきたの? 良い茶葉だね」
「ああ、それは君の分だ」
「へえ、君の……え、わたしの?」
「そうだ」
……理解できない者に与えても無駄だろう、とか言って、良いものはその理解者のみが楽しむべきって人かと思っていた。一応「私、そんなに舌は良くないけど」と言うと「あのシフォンを焼ける人間がそんなことを言うものではないよ」と返ってきた。どうやらお気に召してくれたらしい。別にどうでもいいけどちょっとあつい。この辺りは風通しが良くないからだろうけど。けど。
「それは、なによりで……余りものだけど」
「余ったのならラファエル君にあげたら良かっただろう? 肉はくれたがシフォンはくれなかった、誰かへの贈り物だかららしい……と言っていたが」
「わああ!! なんでそんなの」
「大体あの包み方で余りものは無理があるだろう。いくら■■家の習慣だとしても」
「うっさい!」
「うっさい!?」
茶葉を持ってすたたたっと階下まで駆け下りる。ラファエル君にはあげなかったなんて、どうしてそんなことまで知ってるの。まさかばれるだなんて……これじゃあ特別に作ったみたいだ。せっかくだからとアンナさんから食用薔薇を輸入したりしてないし。たまたま置いてあっただけだもん。たまたま……と自分を落ち着かせている間にローレンツくんはそのうざいほど長い足ですぐに降りてきてしまった。なるべく顔を合わせないようにして寮までの道を辿る。
「……君は、貴族らしくないな」
唐突に告げられた言葉にそりゃ貴方からしたらそうだろうな、と思う。マナーや振る舞いは学んだものの、堅苦しい社交は正直苦手だし。きっとちゃんとお礼を言って、ちゃんと喜ぶのが正しい。そんな素直さはどこかに消えてしまったけれど。
逆にこの人はよくやるなと思う。結婚だって家と家を結ぶ……だとか、民のため……だとか。やるにしたってここまで明言してその身を費やすことができる人はなかなかいない。
だって、例えば私はそうしたことを辛いとか面倒だとかって思ってしまうから。
「でも、ここには貴族らしくない貴族がたくさんいるでしょ? 私だってやろうと思えばそれなりにできるけど……ローレンツくんこそ、その、平気なの」
「平気とは?」
「……なんでも。かなり平気そうだよね。ナルシストだし」
「いや待て。今のは悪意を感じたぞ」
階段を上がればもう部屋に着く。助かったと思う。ローレンツくんと居るのはなんだか疲れるのだ。頭や感情が穏やかではないのもそうだし、彼自身が普通にうるさい。やっぱり相手を選ぶならリンハルトくんみたいに静かで戦いを避ける人がいいな。その方が性に合っている。
階段を上がって、いくつか部屋を過ぎて。自室を開ければ本たちが丁寧に机に置かれた。
「それじゃあ」
「ああ。……僕は平気だ」
「え」
扉が閉まっていく。その隙間から紫の髪が高貴さを残すように揺れて見えた。
「なぜなら僕はローレンツ=ヘルマン=グロスタールなのだから! 完璧に背負ってみせるとも! はっはっはっは!!」
廊下で騒ぐなって苦情がきそう。……じゃなくて。机に伏せられた家からの手紙をしまい込みながら、この時ばかりは彼のことを大したものだと思ったのだった。あ、一瞬だけね。