風花雪月
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無事に戦は勝利に終わり、フェルディナント君は先生に強く説得されて同盟へ入った。彼女は先生をフェルディナント君に繋ぐ助けをしただけだったが、堅苦しい会話にうんざりしていたことが否めない僕たちは彼女の天真爛漫さに救われもした。
実際、それぞれの信念や背景には肯定も否定もせずに素早く休みに行ったので、それも無駄にもめずにすんだ一因だろう。
ところで。
「それとは別に君に話があるんだが」
――。
反応、なし。
ベレト先生やクロードに軽く自分の立場を話しただけで、〇はずっと引きこもっている。絶対にいるはずなのに反応がない。窓も確認したがカーテンから降りるつもりもないらしいし、彼女にしては奇妙な対応だ。
なんだって話しに来ていたくせに。
ついそんな思考が頭をよぎって自分に呆れる。先生はまだしもクロードと話していたのがそんなに妬ましいのか。ああ、妬ましいとも。まずは僕に――
部屋から食器が盛大に割れる音が聞こえた。
「わーっ! やっちゃった……あ! ばれた……!? しまった……っ!」
「……」
「もう覚悟決めないと……でもでもあんなの……髪を切ったら……いやだめだわ……」
「……髪を切るのはやめてほしいかな」
「うわっ出た!」
「失礼だな君」
容赦なく扉を開ければ〇は驚いてカーテンにくるまった。床には粉々になったティーポットが落ちており、みるみるうちに絨毯に染み込んでゆく。
カモミールの匂い。恐らく落ち着こうと思ったのだろう。白いレースにふんわり光が差し込んで彼女がまるで幽霊のようにも見えた。
途端、恐ろしくなる。噂を聞くだけだった日々。見つけるのは櫛やメモなど遺書まがいのものばかり。彼女は生きていると言い聞かせては、死んだと思って自身を諦めさせようとしていたあの頃。
それらを打ち破るようにカーテンを振り払った。
「君、生きているな?」
「い、いきてます……」
しっかり顔を覗きこめば彼女の肌はうっすらと桜色に染まっていた。顔を両手で挟んで、耳の形も確かめて、肩の力が抜ける。■■〇は確かに生きている。生きている……。
「はぁ……。文の一つくらい寄越したまえよ……」
「ろ、ろーれんつ……っ」
自分よりいくらか小さな彼女を抱きすくめる。すっぽりと腕の中に入ってしまったのがまた恐ろしくて肩に顎を乗せた。〇が顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていることにも気がつかずに。
「まあ、帝国寄りだった当家の立場のせいもあるか……手紙では届けてもらえなかったかもしれないな」
「あ、あの、あの」
「うん、なんだい……どうした!?」
「ろ、れ……っ」
桜色だった彼女の顔はとっくにさくらんぼのように火照っていた。やっと気づいたが理由がわからない。待てよ、だれ、とかなんとか……。
「もしかして今の僕が見慣れないからか?」
「見慣れないなんてレベルじゃないもん……っ! なんで、まだ結婚はしてないよね?ね?」
「こんな状況ではそれどころじゃないさ。話はいくつか来ているらしいが」
「え!? だめ! だめだよ断って! じゃないと……だって……」
「……君だって父の目には入っているよ」
「!? ち、ちが、あの、そんなつもりじゃ」
まるで立場の逆転だ。彼女をおろおろさせるのはとても可愛らしくて楽しかった。
〇だって、以前と比べてより愛らしく、大人っぽさも加わって魅力的に成長している。ふわふわとした身体はずっと抱きしめていたいと思うほどだった。
それを伝えればもっとしどろもどろになって、勘弁して……なんて後ろを向いてしまう。そのうなじに傷があるのが見えてそっとなぞった。
「ひっ!?」
「……君」
「な、なに?」
「どこで、なにを?」
他にもまだ癒えていない生傷が見える。手首、肩、脹脛に至るまで。
どうして一人で乗り込んできたのかも何も聞いていない。濡れていないソファーに導いて座らせると、彼女はクッションを手に傷だらけの体を丸めた。
「私は……ディミトリについていこうとしたの。だけど捕まっちゃった」
「帝国軍にか?」
「そう。あなたなら理解してくれるでしょう、とも言われた。だけどエーデルガルトの正義は私の納得できるやり方じゃなかった。理解できても、わたし……ずっとローレンツの話、聞いてたから」
見上げる〇と目が合う。へにゃ、と笑う彼女はいつの日か僕に上に立つ者としての心構えを聞いてきたときと似た表情を浮かべていた。
「私ね、あなたの考え方が好き。あなたの守り方が好き。自分の好き嫌いよりも人の生活を守ろうとしてるとこ」
「……当然だろう」
「へへ、そうかな……あなたにとってはそうなんだろうな……」
安堵というのはこういう時に使う言葉なのだろう。■■〇はここにいる。他の意見をじっくり捉えた上で、僕の隣で丸まっている。それがどんなに幸せなことか。
腹の底が震えて、精一杯一言返していることを彼女は知らない。
「まあそれでね、お断りしたの。したいことのためにぜんぶ犠牲にするのは無理だったし、クロード君が上に立ってくれたらきっと紋章主義にも手をつけてくれるって信じてるから」
「しかし、そう簡単に見逃してくれるはずがないだろう。相当無理をしたのでは?」
「う……まあね……」
〇は手首についた痣に無意識に触れながらクッションに顔を埋めた。壊れ物を扱うようにやさしくその背中を擦る。
「……君にしてはよく頑張った」
「……」
「迎えに行けず申し訳ない」
「……! そんなこといいたいんじゃ」
「ああ」
指を当てて口を塞ぐ。涙に濡れた〇の瞳は今までに見たどの宝石よりも美しい。それに映る僕もまた、今まで見たことがないほど__余裕がないかもしれないな。
「〇」
名前を呼ぶだけで彼女が息を呑む。
「これからは一緒にいよう」
そして、溢れた。
子供のように泣く彼女の小さな体躯を支えながら、乱れる髪をそのままに精一杯の声を聞いた。こんなにボロボロの〇を見るのは初めてだった。愛しいと思った。願わくば、流れ星の写し身のような君の着く先が、常にこの腕の中であるように。
実際、それぞれの信念や背景には肯定も否定もせずに素早く休みに行ったので、それも無駄にもめずにすんだ一因だろう。
ところで。
「それとは別に君に話があるんだが」
――。
反応、なし。
ベレト先生やクロードに軽く自分の立場を話しただけで、〇はずっと引きこもっている。絶対にいるはずなのに反応がない。窓も確認したがカーテンから降りるつもりもないらしいし、彼女にしては奇妙な対応だ。
なんだって話しに来ていたくせに。
ついそんな思考が頭をよぎって自分に呆れる。先生はまだしもクロードと話していたのがそんなに妬ましいのか。ああ、妬ましいとも。まずは僕に――
部屋から食器が盛大に割れる音が聞こえた。
「わーっ! やっちゃった……あ! ばれた……!? しまった……っ!」
「……」
「もう覚悟決めないと……でもでもあんなの……髪を切ったら……いやだめだわ……」
「……髪を切るのはやめてほしいかな」
「うわっ出た!」
「失礼だな君」
容赦なく扉を開ければ〇は驚いてカーテンにくるまった。床には粉々になったティーポットが落ちており、みるみるうちに絨毯に染み込んでゆく。
カモミールの匂い。恐らく落ち着こうと思ったのだろう。白いレースにふんわり光が差し込んで彼女がまるで幽霊のようにも見えた。
途端、恐ろしくなる。噂を聞くだけだった日々。見つけるのは櫛やメモなど遺書まがいのものばかり。彼女は生きていると言い聞かせては、死んだと思って自身を諦めさせようとしていたあの頃。
それらを打ち破るようにカーテンを振り払った。
「君、生きているな?」
「い、いきてます……」
しっかり顔を覗きこめば彼女の肌はうっすらと桜色に染まっていた。顔を両手で挟んで、耳の形も確かめて、肩の力が抜ける。■■〇は確かに生きている。生きている……。
「はぁ……。文の一つくらい寄越したまえよ……」
「ろ、ろーれんつ……っ」
自分よりいくらか小さな彼女を抱きすくめる。すっぽりと腕の中に入ってしまったのがまた恐ろしくて肩に顎を乗せた。〇が顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていることにも気がつかずに。
「まあ、帝国寄りだった当家の立場のせいもあるか……手紙では届けてもらえなかったかもしれないな」
「あ、あの、あの」
「うん、なんだい……どうした!?」
「ろ、れ……っ」
桜色だった彼女の顔はとっくにさくらんぼのように火照っていた。やっと気づいたが理由がわからない。待てよ、だれ、とかなんとか……。
「もしかして今の僕が見慣れないからか?」
「見慣れないなんてレベルじゃないもん……っ! なんで、まだ結婚はしてないよね?ね?」
「こんな状況ではそれどころじゃないさ。話はいくつか来ているらしいが」
「え!? だめ! だめだよ断って! じゃないと……だって……」
「……君だって父の目には入っているよ」
「!? ち、ちが、あの、そんなつもりじゃ」
まるで立場の逆転だ。彼女をおろおろさせるのはとても可愛らしくて楽しかった。
〇だって、以前と比べてより愛らしく、大人っぽさも加わって魅力的に成長している。ふわふわとした身体はずっと抱きしめていたいと思うほどだった。
それを伝えればもっとしどろもどろになって、勘弁して……なんて後ろを向いてしまう。そのうなじに傷があるのが見えてそっとなぞった。
「ひっ!?」
「……君」
「な、なに?」
「どこで、なにを?」
他にもまだ癒えていない生傷が見える。手首、肩、脹脛に至るまで。
どうして一人で乗り込んできたのかも何も聞いていない。濡れていないソファーに導いて座らせると、彼女はクッションを手に傷だらけの体を丸めた。
「私は……ディミトリについていこうとしたの。だけど捕まっちゃった」
「帝国軍にか?」
「そう。あなたなら理解してくれるでしょう、とも言われた。だけどエーデルガルトの正義は私の納得できるやり方じゃなかった。理解できても、わたし……ずっとローレンツの話、聞いてたから」
見上げる〇と目が合う。へにゃ、と笑う彼女はいつの日か僕に上に立つ者としての心構えを聞いてきたときと似た表情を浮かべていた。
「私ね、あなたの考え方が好き。あなたの守り方が好き。自分の好き嫌いよりも人の生活を守ろうとしてるとこ」
「……当然だろう」
「へへ、そうかな……あなたにとってはそうなんだろうな……」
安堵というのはこういう時に使う言葉なのだろう。■■〇はここにいる。他の意見をじっくり捉えた上で、僕の隣で丸まっている。それがどんなに幸せなことか。
腹の底が震えて、精一杯一言返していることを彼女は知らない。
「まあそれでね、お断りしたの。したいことのためにぜんぶ犠牲にするのは無理だったし、クロード君が上に立ってくれたらきっと紋章主義にも手をつけてくれるって信じてるから」
「しかし、そう簡単に見逃してくれるはずがないだろう。相当無理をしたのでは?」
「う……まあね……」
〇は手首についた痣に無意識に触れながらクッションに顔を埋めた。壊れ物を扱うようにやさしくその背中を擦る。
「……君にしてはよく頑張った」
「……」
「迎えに行けず申し訳ない」
「……! そんなこといいたいんじゃ」
「ああ」
指を当てて口を塞ぐ。涙に濡れた〇の瞳は今までに見たどの宝石よりも美しい。それに映る僕もまた、今まで見たことがないほど__余裕がないかもしれないな。
「〇」
名前を呼ぶだけで彼女が息を呑む。
「これからは一緒にいよう」
そして、溢れた。
子供のように泣く彼女の小さな体躯を支えながら、乱れる髪をそのままに精一杯の声を聞いた。こんなにボロボロの〇を見るのは初めてだった。愛しいと思った。願わくば、流れ星の写し身のような君の着く先が、常にこの腕の中であるように。
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