Full plate・Waltz/ローレンツ
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領地の一部が帝国と面しているのは懸念材料だったが、それを含めても■■家は当家とつり合う家柄だった。珍かな植物が育ちやすい気候や豊かな水脈に恵まれ、植物園や加工場が充実している町は同盟の薬箱と呼ばれるに相応しい。王国であった頃は王室御用達の品々を製造していた地だ。
グロスタールほど大きくはないがコネクションも利益も申し分ないと見える。御令嬢が同級生になると知って声をかけるのは当然の流れだった。
「え? まさか結婚の話してるの? ごめんけど私のタイプは下まつげ……ベレト先生みたいな人だからむりかな」
それがまさかこんな屈辱で返されるとは思わなかったが。
彼女は〇、ジャグラトール家の一人娘である。猫っ毛というのだろうか、ふわふわした髪からはあまいヴァニラの香りがして、猫っぽい瞳は好奇心と知識欲を雄弁に語っていた。本にかじりついている間は長い睫毛が頬に影を落とす。書庫で見かけてから教養の素質も期待していただけに残念だ。
……それにしても、だ。まだ結婚を考えていないのなら分かるが、もしかしなくても僕は愚弄されたのか? また学級でね、と手を振って去ろうとするその手を掴むとビクッと震えたのが分かった。
「な、なに?」
「待ちたまえ。この僕のどこに不満が? どこからどう見ても完璧な容姿だろう」
「ん〜、えーっと……そうだね」
そうだね、とは何だ。目をそらしながら言う言葉ではないだろう。そして彼女は視界の端で誰か見つけたのか手を振って呼び始めた。この僕と話しているのにも関わらず、だ。
「おい、君……」
「先生、ベレト先生〜!! ローレンツ君が聞きたいことがあるんですって!」
「は? ベレト先生? ……って、待ちたまえ! まだ話は……」
「ローレンツ、話か?」
「……」
その日、彼女にはそのまま逃げられてしまった。しかし礼儀も弁えていない者にグロスタールを背負わせるのは重荷があるだろう。惜しいがジャグラトール家は無しだ。あちらでも上手く避けられているらしく、〇さんと顔を合わせるのも講義中くらいのものになった。
それ以来のことだった。
「頼むなローレンツ、後は俺たちだけでも勝てそうだから安心してくれ」
「おいおい、ローレンツに任せていいのかよ? なんなら私が〇を運んでいこうか?」
「レオニーにはやることが残ってるんだ。それにローレンツならタッパがあるから運びやすいだろ」
二度目の遭遇らしい遭遇が僕の腕の中になろうとは。今日は学級対抗戦、実戦に近いこの場所では進みにくい場所や滑りやすい場所が多々ある。彼女は木の根に足を引っ掛けて挫いてしまって、抱えられながらも目を閉じて痛みに耐えていた。
マヌエラ先生の元まではもう少しだ。視線を下げると睫毛を伝って涙が頬を滑っていった。手当をすれば治るものでも痛いものは痛いだろうな。
「君、悪いがもう少し耐えてくれ。離脱しているとはいえ他学級の担任だからな、ルーヴェンクラッセは少々遠いから」
「全然痛くないし」
「……はあ」
ノータイムで強がる姿にため息が出る。クロードたちは足首を捻っただけだと思っているが、庇った肩も痛めていることくらいすぐに分かった。とにかく弱みを見せたくないのか何も言ってはくれないが。
「ローレンツくんにため息つかれたくな、ぃっ……ったくない!」
「その無駄な意地はなんなのだ! いいから大人しく運ばれたまえ! 」
「や、ッ……」
まだ反抗しようとしていたところでズキリと痛んだらしい。唇を噛んで眉間に皺が寄せた彼女は余裕がなさそうで、このままでは唇を傷つけてしまいそうに見えた。
「〇さん」
「……なに」
「僕に運ばれて嬉しいからといってそう我慢しなくてもいい。実は唇を噛むほど嬉しいなんてな」
「は……っ?」
ぽかんと口を開けて、何言ってんだこいつという視線が突き刺さる。開いた唇はやはり少し歯の跡ができてしまっていた。しかしもう心配要らないだろう。
「ほら、もう着く。マヌエラ先生!」
曲がり角にルーヴェンクラッセの面々が見える。マヌエラ先生は僕達に気がつくと、すぐに空いている場所へ誘導して手当を施してくれた。骨を動かす時はかなり痛そうではあったが、彼女は唇を噛まずに床を睨んで耐えていた。
グロスタールほど大きくはないがコネクションも利益も申し分ないと見える。御令嬢が同級生になると知って声をかけるのは当然の流れだった。
「え? まさか結婚の話してるの? ごめんけど私のタイプは下まつげ……ベレト先生みたいな人だからむりかな」
それがまさかこんな屈辱で返されるとは思わなかったが。
彼女は〇、ジャグラトール家の一人娘である。猫っ毛というのだろうか、ふわふわした髪からはあまいヴァニラの香りがして、猫っぽい瞳は好奇心と知識欲を雄弁に語っていた。本にかじりついている間は長い睫毛が頬に影を落とす。書庫で見かけてから教養の素質も期待していただけに残念だ。
……それにしても、だ。まだ結婚を考えていないのなら分かるが、もしかしなくても僕は愚弄されたのか? また学級でね、と手を振って去ろうとするその手を掴むとビクッと震えたのが分かった。
「な、なに?」
「待ちたまえ。この僕のどこに不満が? どこからどう見ても完璧な容姿だろう」
「ん〜、えーっと……そうだね」
そうだね、とは何だ。目をそらしながら言う言葉ではないだろう。そして彼女は視界の端で誰か見つけたのか手を振って呼び始めた。この僕と話しているのにも関わらず、だ。
「おい、君……」
「先生、ベレト先生〜!! ローレンツ君が聞きたいことがあるんですって!」
「は? ベレト先生? ……って、待ちたまえ! まだ話は……」
「ローレンツ、話か?」
「……」
その日、彼女にはそのまま逃げられてしまった。しかし礼儀も弁えていない者にグロスタールを背負わせるのは重荷があるだろう。惜しいがジャグラトール家は無しだ。あちらでも上手く避けられているらしく、〇さんと顔を合わせるのも講義中くらいのものになった。
それ以来のことだった。
「頼むなローレンツ、後は俺たちだけでも勝てそうだから安心してくれ」
「おいおい、ローレンツに任せていいのかよ? なんなら私が〇を運んでいこうか?」
「レオニーにはやることが残ってるんだ。それにローレンツならタッパがあるから運びやすいだろ」
二度目の遭遇らしい遭遇が僕の腕の中になろうとは。今日は学級対抗戦、実戦に近いこの場所では進みにくい場所や滑りやすい場所が多々ある。彼女は木の根に足を引っ掛けて挫いてしまって、抱えられながらも目を閉じて痛みに耐えていた。
マヌエラ先生の元まではもう少しだ。視線を下げると睫毛を伝って涙が頬を滑っていった。手当をすれば治るものでも痛いものは痛いだろうな。
「君、悪いがもう少し耐えてくれ。離脱しているとはいえ他学級の担任だからな、ルーヴェンクラッセは少々遠いから」
「全然痛くないし」
「……はあ」
ノータイムで強がる姿にため息が出る。クロードたちは足首を捻っただけだと思っているが、庇った肩も痛めていることくらいすぐに分かった。とにかく弱みを見せたくないのか何も言ってはくれないが。
「ローレンツくんにため息つかれたくな、ぃっ……ったくない!」
「その無駄な意地はなんなのだ! いいから大人しく運ばれたまえ! 」
「や、ッ……」
まだ反抗しようとしていたところでズキリと痛んだらしい。唇を噛んで眉間に皺が寄せた彼女は余裕がなさそうで、このままでは唇を傷つけてしまいそうに見えた。
「〇さん」
「……なに」
「僕に運ばれて嬉しいからといってそう我慢しなくてもいい。実は唇を噛むほど嬉しいなんてな」
「は……っ?」
ぽかんと口を開けて、何言ってんだこいつという視線が突き刺さる。開いた唇はやはり少し歯の跡ができてしまっていた。しかしもう心配要らないだろう。
「ほら、もう着く。マヌエラ先生!」
曲がり角にルーヴェンクラッセの面々が見える。マヌエラ先生は僕達に気がつくと、すぐに空いている場所へ誘導して手当を施してくれた。骨を動かす時はかなり痛そうではあったが、彼女は唇を噛まずに床を睨んで耐えていた。
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