リナリアの花束/ガイア
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二ヶ月が過ぎ、今週で限定出店も終わるという昼下がりだった。客足もぼちぼち、名残惜しんでくれる人もそれなりに。
モンドで予想外だったのはお試しに作ってみた激辛鶏が飛ぶように売れたことだった。一応辛さ控えめのものも用意してあったのだが、なんでも激辛の容赦なさがモンドのある酒とぴったり合うのだとか。今日も夜のためにその仕込みをしつつ働いていると、最早見ない日はない青色。
「よっ、元は取れたか?」
開口一番最悪だ。
「まあ……結構利益は出たよ。フォンテーヌに出すのに困らないくらいには」
「それは良かった。別のところに行くならモンドの酒も持っていってくれよ、この街の輸出業が捗るからな」
数日で居なくなるというのにもう少しマシなことは言えないのだろうか。一ヶ月前から進展も後退もしなかった関係を思えばこのぐらいがいいのかもしれないけれど。
ガイアは私の手元を覗き込むと、ああ、と合点がいったようだった。
「あの激辛鶏か。あれを食べられなくなるのは惜しいな。テイクアウトも完備で酒のつまみにぴったりだったからなあ」
「それは良かった。璃月に行ったら似たようなのあるからおすすめだよ」
「それはそうなんだが……いや、お前のは少し凝っていただろう。あんなに柔らかい肉と絶妙に舌を攻撃してくる美味いソース、ミックスナッツに……何回食べてもまだわからん隠し味もある。俺はお前の味が恋しいんだよ」
「なっ……」
なんて言った? 私の味が恋しいと?
相変わらずこの人は軽く言ってくれる。この二ヶ月間、私がその一言一言でどんなに振り回されてきたのかもしらずに。それを思えばつい力が入って鶏肉を叩きつけてしまいそうなくらいなのに。
仕込み終えた肉を仕舞いながら平静を装い「それは良かった」と返した声は我ながら不自然だったと思う。ガイアはじっとこちらを見ながら何か考えていた。
「なあ〇」
「な、なに?」
「あの客が帰ったら、時間はあるか?」
花茶を飲みに寄っていただけの客はすぐに店を後にした。そのまま暖簾を下ろし、ガイアに連れられて城外に出てきている。
城の外に出るのもどれぐらいぶりだろう。風が通り過ぎる度に詩を運んで来てくれるようで心地よかった。それに何かあったとしても全部ガイアに任せればいいし!
「……どうした? そんなに俺のことばかり見て」
「なんでも? これを食べるのが楽しみだな~って」
彼の手には剣、私の手にはフルーツサンド。景色がいいところだからと途中で買ってくれたのには感動した。この人も良いところあるじゃん、と。なにせ食用花が飾られた花束のように可愛いフルーツサンドなのだ。モンドにもなかなかお洒落なものがある。
「ちょっと前に新メニューだって聞いたからね、お店閉める前に間に合うかなーって思ってたの! だから楽しみなんだ~」
バスケットに包まれたそれは彩り軽やかで春を内包している。にこにこして何度も見てしまう。そうしていたら、隣からなにか固い音が聞こえた。
「? っと、大丈夫?」
「ああすまん、大丈夫だ。少しよそ見をしていた」
ガイアに視線を戻せば珍しく石につまずいていた。私もフルーツサンドばかり見て転んではいけないので、反面教師にしてちゃんと前を見ることにする。
「気をつけてね……それで、どこまで行くの?」
「ああ、もうほとんど着いているぞ」
「ほとんどって……、? ???」
前を向いたけれど、あったのは高い崖だった。いいけしき……? もしかして異国の人って綺麗な景色の定義が違う? 私の故郷では一応咲き誇る桜とかが良い景色なんだけど。
何を見ればいいの? 地層? 地層なのか? とじっと崖と睨めっこしていれば、ガイアは失礼にもふふっと笑い始めた。人が必死に理解してやろうとしてるのにどういうことよ。
「ちょっとガイア、良い景色って__っきゃ!?」
「ああ、ここだよ」
しっかりと腰を掴まれたことに気を取られて彼の顔を見上げれば、次にふわりと足が地面から離れた。咄嗟にフルーツサンドを守りつつ彼の首に腕を回してしがみつく。なになに!? 浮!? 飛!?
とにかく落ちたくないとしか言いようがない。しかしガイアは焦りもせずに私を支えてくれている。もしかして本当に安全……? 繰り返される「下を見てみれば分かるぜ」という台詞、ぎゅっと目を瞑った私をあやすような声に、ついに目を開けた。
崖の上にあったのは一面のネモフィラの花畑だった。
高台いっぱいに咲いているらしく、花弁の透き通るような青が水平線と混ざって世界の果てまで繋がっているような心地がする。今まで生きてきた中で、こんなに正直な青を見たことがあっただろうか。
「き、れい……」
自然とこぼれた一言に安心したようにガイアが息をもらす。綺麗。もう一度繰り返すと、ただ頷いた。
「ここは崖も結構な高さでな、風域を昇らないと辿り着けないんだ。……下りるぞ」
花畑の中にある平らな岩場は神様がこのためにあしらえたようだった。目線が下がるとネモフィラの海に溺れるようで、そのまま体を大地に横たえて空を見上げる。空は繋がっているとは言うけれど、こんなに爽やかな空を他の地でも見れるとは思いにくい。
「見れるさ」
ガイアが言う。
「故郷から海を渡ってきたんだ、お前ならどこにでも行ける。……そうだろ?」
「……うみ?」
「ああ__お前の故郷は璃月じゃないんだろう」
空に、それより深い碧。起き上がって私を覗き込む彼は私が嘘をついていたことに何の憤りも感じていないようだった。
そう__ガイアの言う通り、故郷が璃月というのは半分正解で半分間違い。正確には十歳の頃大陸に辿り着いて、故郷と文化が似ていた璃月に居着いて育った。いつ気づいたんだろう、そんなこと気にする人居ないと思ってた。
「……言った方がいい?」
「いや」
碧に問いかけると彼は静かに首を振った。
「教えてもらうために来たわけじゃあないんだ」
そう言ってまた隣に寝転んだ。
ああ、分かった気がする。秘密を持っている私たちだけど、それを明かすことだけが信頼ではないんだ。
私の人生に比べたら彼の人生はあちこち大渋滞で過酷なものなのかもしれない。きっと私もこの二ヶ月間で、彼がたまに滲ませる苦しげな声の一因になっている。でも、それは彼の心に私の居場所があることを示している。
「ねえ、土地にこだわりがないのは良いことだって言ってたよね」
ガイアの方を見れば、彼もこちらを向いていた。
「私、また戻ってきたくなっちゃったんだけど、背負ってくれる?」
優しげだった笑みがふっと固まって、目を閉じて、開けた瞳は青が増していた。
「一応言うけど、"モンドに"じゃないよ」
「__お前って、本当に心臓に悪いな」
諦めたように、でも仕方なさそうに笑うガイアを見下ろしたくて体を起こそうとすると、それを許さないというように捕まえられた。体制が崩れに崩れて気がつけばあの双眸が間近にある。ネモフィラから写し取ったような色。目を奪われている私の瞳も、今はきっと青。ゆっくりそれが近づいて、ふにゃっとして、離れた。
「……はじめて」
「お前は初めてじゃないぜ」
「え? __え!? いつ!? えっ!?」
あーあ、やっぱり最後まで彼には敵わないみたいだ。何か思い出して私の唇を見る彼の視線につい口を隠しながら問い詰めても、後ははぐらかされるだけだった。
仕方ない、吐かせるために帰ってこないと。
モンドじゃなくて、あなたのところに。
モンドで予想外だったのはお試しに作ってみた激辛鶏が飛ぶように売れたことだった。一応辛さ控えめのものも用意してあったのだが、なんでも激辛の容赦なさがモンドのある酒とぴったり合うのだとか。今日も夜のためにその仕込みをしつつ働いていると、最早見ない日はない青色。
「よっ、元は取れたか?」
開口一番最悪だ。
「まあ……結構利益は出たよ。フォンテーヌに出すのに困らないくらいには」
「それは良かった。別のところに行くならモンドの酒も持っていってくれよ、この街の輸出業が捗るからな」
数日で居なくなるというのにもう少しマシなことは言えないのだろうか。一ヶ月前から進展も後退もしなかった関係を思えばこのぐらいがいいのかもしれないけれど。
ガイアは私の手元を覗き込むと、ああ、と合点がいったようだった。
「あの激辛鶏か。あれを食べられなくなるのは惜しいな。テイクアウトも完備で酒のつまみにぴったりだったからなあ」
「それは良かった。璃月に行ったら似たようなのあるからおすすめだよ」
「それはそうなんだが……いや、お前のは少し凝っていただろう。あんなに柔らかい肉と絶妙に舌を攻撃してくる美味いソース、ミックスナッツに……何回食べてもまだわからん隠し味もある。俺はお前の味が恋しいんだよ」
「なっ……」
なんて言った? 私の味が恋しいと?
相変わらずこの人は軽く言ってくれる。この二ヶ月間、私がその一言一言でどんなに振り回されてきたのかもしらずに。それを思えばつい力が入って鶏肉を叩きつけてしまいそうなくらいなのに。
仕込み終えた肉を仕舞いながら平静を装い「それは良かった」と返した声は我ながら不自然だったと思う。ガイアはじっとこちらを見ながら何か考えていた。
「なあ〇」
「な、なに?」
「あの客が帰ったら、時間はあるか?」
花茶を飲みに寄っていただけの客はすぐに店を後にした。そのまま暖簾を下ろし、ガイアに連れられて城外に出てきている。
城の外に出るのもどれぐらいぶりだろう。風が通り過ぎる度に詩を運んで来てくれるようで心地よかった。それに何かあったとしても全部ガイアに任せればいいし!
「……どうした? そんなに俺のことばかり見て」
「なんでも? これを食べるのが楽しみだな~って」
彼の手には剣、私の手にはフルーツサンド。景色がいいところだからと途中で買ってくれたのには感動した。この人も良いところあるじゃん、と。なにせ食用花が飾られた花束のように可愛いフルーツサンドなのだ。モンドにもなかなかお洒落なものがある。
「ちょっと前に新メニューだって聞いたからね、お店閉める前に間に合うかなーって思ってたの! だから楽しみなんだ~」
バスケットに包まれたそれは彩り軽やかで春を内包している。にこにこして何度も見てしまう。そうしていたら、隣からなにか固い音が聞こえた。
「? っと、大丈夫?」
「ああすまん、大丈夫だ。少しよそ見をしていた」
ガイアに視線を戻せば珍しく石につまずいていた。私もフルーツサンドばかり見て転んではいけないので、反面教師にしてちゃんと前を見ることにする。
「気をつけてね……それで、どこまで行くの?」
「ああ、もうほとんど着いているぞ」
「ほとんどって……、? ???」
前を向いたけれど、あったのは高い崖だった。いいけしき……? もしかして異国の人って綺麗な景色の定義が違う? 私の故郷では一応咲き誇る桜とかが良い景色なんだけど。
何を見ればいいの? 地層? 地層なのか? とじっと崖と睨めっこしていれば、ガイアは失礼にもふふっと笑い始めた。人が必死に理解してやろうとしてるのにどういうことよ。
「ちょっとガイア、良い景色って__っきゃ!?」
「ああ、ここだよ」
しっかりと腰を掴まれたことに気を取られて彼の顔を見上げれば、次にふわりと足が地面から離れた。咄嗟にフルーツサンドを守りつつ彼の首に腕を回してしがみつく。なになに!? 浮!? 飛!?
とにかく落ちたくないとしか言いようがない。しかしガイアは焦りもせずに私を支えてくれている。もしかして本当に安全……? 繰り返される「下を見てみれば分かるぜ」という台詞、ぎゅっと目を瞑った私をあやすような声に、ついに目を開けた。
崖の上にあったのは一面のネモフィラの花畑だった。
高台いっぱいに咲いているらしく、花弁の透き通るような青が水平線と混ざって世界の果てまで繋がっているような心地がする。今まで生きてきた中で、こんなに正直な青を見たことがあっただろうか。
「き、れい……」
自然とこぼれた一言に安心したようにガイアが息をもらす。綺麗。もう一度繰り返すと、ただ頷いた。
「ここは崖も結構な高さでな、風域を昇らないと辿り着けないんだ。……下りるぞ」
花畑の中にある平らな岩場は神様がこのためにあしらえたようだった。目線が下がるとネモフィラの海に溺れるようで、そのまま体を大地に横たえて空を見上げる。空は繋がっているとは言うけれど、こんなに爽やかな空を他の地でも見れるとは思いにくい。
「見れるさ」
ガイアが言う。
「故郷から海を渡ってきたんだ、お前ならどこにでも行ける。……そうだろ?」
「……うみ?」
「ああ__お前の故郷は璃月じゃないんだろう」
空に、それより深い碧。起き上がって私を覗き込む彼は私が嘘をついていたことに何の憤りも感じていないようだった。
そう__ガイアの言う通り、故郷が璃月というのは半分正解で半分間違い。正確には十歳の頃大陸に辿り着いて、故郷と文化が似ていた璃月に居着いて育った。いつ気づいたんだろう、そんなこと気にする人居ないと思ってた。
「……言った方がいい?」
「いや」
碧に問いかけると彼は静かに首を振った。
「教えてもらうために来たわけじゃあないんだ」
そう言ってまた隣に寝転んだ。
ああ、分かった気がする。秘密を持っている私たちだけど、それを明かすことだけが信頼ではないんだ。
私の人生に比べたら彼の人生はあちこち大渋滞で過酷なものなのかもしれない。きっと私もこの二ヶ月間で、彼がたまに滲ませる苦しげな声の一因になっている。でも、それは彼の心に私の居場所があることを示している。
「ねえ、土地にこだわりがないのは良いことだって言ってたよね」
ガイアの方を見れば、彼もこちらを向いていた。
「私、また戻ってきたくなっちゃったんだけど、背負ってくれる?」
優しげだった笑みがふっと固まって、目を閉じて、開けた瞳は青が増していた。
「一応言うけど、"モンドに"じゃないよ」
「__お前って、本当に心臓に悪いな」
諦めたように、でも仕方なさそうに笑うガイアを見下ろしたくて体を起こそうとすると、それを許さないというように捕まえられた。体制が崩れに崩れて気がつけばあの双眸が間近にある。ネモフィラから写し取ったような色。目を奪われている私の瞳も、今はきっと青。ゆっくりそれが近づいて、ふにゃっとして、離れた。
「……はじめて」
「お前は初めてじゃないぜ」
「え? __え!? いつ!? えっ!?」
あーあ、やっぱり最後まで彼には敵わないみたいだ。何か思い出して私の唇を見る彼の視線につい口を隠しながら問い詰めても、後ははぐらかされるだけだった。
仕方ない、吐かせるために帰ってこないと。
モンドじゃなくて、あなたのところに。