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「偏食とか吸血鬼に言われたくないですもん」
「……〇くん、君ねえ」
口を尖らせた彼女の腰は心配になるほど細い。今日の夕食だという林檎飴に小さな歯が立てられて、しゃくしゃくと咀嚼音が響く。
「そう言って点滴コースにされたのはどこのお嬢さんだったかな」
「あ、れはたまたまです」
「そうか、それは知らなかった。君に出会ってからもう三回はそんなことがあった気がするんだが、すごい偶然もあったものだな」
そう嫌味っぽく言えば〇くんは少し黙って、バツの悪そうな顔で私を見た。私が彼女を心配して怒っていることにも、自分の悪癖を直すべきだということにも気がついてはいるようだ。
結局林檎を三口ほど食べた彼女は窓際から歩いてきて、私のすぐ隣に座った。じっと見つめるその瞳は猫のような好奇心を僅かに秘めている。
「血っておいしいですか?」
「それは勿論、君のような子の血は――」
「食べます?」
おや、と一瞬期待に胸が鳴ってしまった。しかし〇くんが突き出してきたのは齧りかけの林檎飴の方で、なんだか物足りないと思いつつも一口齧る。その一口は林檎の皮を少し引っ掻くことができた程度で、分厚く林檎を覆っていたあまったるい飴を噛み砕いた。
「あっま……って、何を」
〇くんに林檎飴を返すと、いつの間にか首元を開けている。レースの肩紐がチラリと見えた。
「飲みます?」
「……突然どうしたんだね」
「私の血美味しいって」
ああ、彼女の血は確実に美味しい。偏食といっても甘いものや果実ばかりを食べているので、まるで桃娘のようなあまやかな血液が流れているはずだ。だが彼女が血を差し出すのは恐らく、少しの気分と無価値感によるものだろう。……全く。
「――駄目だ。まずは君がきちんと食べなさい。たしかに正直メッチャ吸いたいが、それで倒れられたら困る」
「倒れませんよ、ドラルクさんじゃあるまいし」
「なんでそういうこと言うの!? ……ゴホン、とにかく駄目だ! それより他に……何か食べられるものはないのかね? 甘いもの以外で」
彼女は林檎飴に刺さった割り箸をくるくる回しながら、食べられるもの……と呟いた。その唇は瑞々しく、肌は柔らかく、まだまだ私に比べれば未熟な生き物だった。こんな子がそもそもどうして偏食家になったのか気になるところではあるが……食べ物を指折り数えている様子を見て、その目に憂う何かを見て、今は黙っておくべきだと感じる。
そういえばロナルドくんも初めて会った時には体に悪いものばかり食べていたな。しかし今では……そうか。それがいいか?
「卵そぼろ……」
「分かった、私が作ろう」
彼女は驚いた様子でまんまるな目をこちらに向ける。ドラルクさんが? と繰り返す声にそうだと返せば、なんでそこまで……と不思議そうだ。
「〇くん、君はそもそも食に対する執着が無さすぎる。何か言っても食べないだろう? これから毎日一食は私が作るから食べに来たまえ」
「で、でも、そんな」
「いいから。まとめ買いした方が安いこともあるんだ。床下にもなんか住み着いてるし正直一人増えたぐらいで変わらん! 分かったかね?」
矢継ぎ早にまくし立てると、〇くんは私の迫力に押されたようで思わずこく、と頷いた。ヨッシャ勝ったァ! 卵そぼろが食べられるなら味噌汁くらい飲めるだろう。それに甘めの胡麻和えあたりを用意して……他に何が食べられるか。未だに困惑している彼女のスマホにとりあえずアラームを入れさせる。幸い今居る彼女の家とドラルクキャッスルⅡは歩いて三分ほどの超ご近所にあるから、遠くて行けないということもない。
「あの、じゃあ食費はまた送るってことで……でもほんとにその、作るのに飽きたら」
「飽きたりなどしないさ。君じゃあるまいし」
いよいよ〇くんは何も言えなくなって、再び林檎飴に口をつけた。その表情は戸惑いと気まずさが混ざっている……だけに見えるが、もうそろそろ彼女との付き合いも長くなる。その頬に少し血の気が差していて、口元が嬉しそうにゆるんでいることぐらいは読み取れるようになった。
もう少しだ、もう少し。櫻に攫われていきそうな彼女を、カーテンの向こうに消えてしまいそうな彼女を、地に足つけさせるまでもう少し。今は不思議な雰囲気の少女だが――待っていたまえ。私がただの人間にしてやる。君を桃娘になどさせるものか。
ポーズ状態で動かないゲーム画面からは、小さめのBGMが勝利音を流し続けていた。
「……〇くん、君ねえ」
口を尖らせた彼女の腰は心配になるほど細い。今日の夕食だという林檎飴に小さな歯が立てられて、しゃくしゃくと咀嚼音が響く。
「そう言って点滴コースにされたのはどこのお嬢さんだったかな」
「あ、れはたまたまです」
「そうか、それは知らなかった。君に出会ってからもう三回はそんなことがあった気がするんだが、すごい偶然もあったものだな」
そう嫌味っぽく言えば〇くんは少し黙って、バツの悪そうな顔で私を見た。私が彼女を心配して怒っていることにも、自分の悪癖を直すべきだということにも気がついてはいるようだ。
結局林檎を三口ほど食べた彼女は窓際から歩いてきて、私のすぐ隣に座った。じっと見つめるその瞳は猫のような好奇心を僅かに秘めている。
「血っておいしいですか?」
「それは勿論、君のような子の血は――」
「食べます?」
おや、と一瞬期待に胸が鳴ってしまった。しかし〇くんが突き出してきたのは齧りかけの林檎飴の方で、なんだか物足りないと思いつつも一口齧る。その一口は林檎の皮を少し引っ掻くことができた程度で、分厚く林檎を覆っていたあまったるい飴を噛み砕いた。
「あっま……って、何を」
〇くんに林檎飴を返すと、いつの間にか首元を開けている。レースの肩紐がチラリと見えた。
「飲みます?」
「……突然どうしたんだね」
「私の血美味しいって」
ああ、彼女の血は確実に美味しい。偏食といっても甘いものや果実ばかりを食べているので、まるで桃娘のようなあまやかな血液が流れているはずだ。だが彼女が血を差し出すのは恐らく、少しの気分と無価値感によるものだろう。……全く。
「――駄目だ。まずは君がきちんと食べなさい。たしかに正直メッチャ吸いたいが、それで倒れられたら困る」
「倒れませんよ、ドラルクさんじゃあるまいし」
「なんでそういうこと言うの!? ……ゴホン、とにかく駄目だ! それより他に……何か食べられるものはないのかね? 甘いもの以外で」
彼女は林檎飴に刺さった割り箸をくるくる回しながら、食べられるもの……と呟いた。その唇は瑞々しく、肌は柔らかく、まだまだ私に比べれば未熟な生き物だった。こんな子がそもそもどうして偏食家になったのか気になるところではあるが……食べ物を指折り数えている様子を見て、その目に憂う何かを見て、今は黙っておくべきだと感じる。
そういえばロナルドくんも初めて会った時には体に悪いものばかり食べていたな。しかし今では……そうか。それがいいか?
「卵そぼろ……」
「分かった、私が作ろう」
彼女は驚いた様子でまんまるな目をこちらに向ける。ドラルクさんが? と繰り返す声にそうだと返せば、なんでそこまで……と不思議そうだ。
「〇くん、君はそもそも食に対する執着が無さすぎる。何か言っても食べないだろう? これから毎日一食は私が作るから食べに来たまえ」
「で、でも、そんな」
「いいから。まとめ買いした方が安いこともあるんだ。床下にもなんか住み着いてるし正直一人増えたぐらいで変わらん! 分かったかね?」
矢継ぎ早にまくし立てると、〇くんは私の迫力に押されたようで思わずこく、と頷いた。ヨッシャ勝ったァ! 卵そぼろが食べられるなら味噌汁くらい飲めるだろう。それに甘めの胡麻和えあたりを用意して……他に何が食べられるか。未だに困惑している彼女のスマホにとりあえずアラームを入れさせる。幸い今居る彼女の家とドラルクキャッスルⅡは歩いて三分ほどの超ご近所にあるから、遠くて行けないということもない。
「あの、じゃあ食費はまた送るってことで……でもほんとにその、作るのに飽きたら」
「飽きたりなどしないさ。君じゃあるまいし」
いよいよ〇くんは何も言えなくなって、再び林檎飴に口をつけた。その表情は戸惑いと気まずさが混ざっている……だけに見えるが、もうそろそろ彼女との付き合いも長くなる。その頬に少し血の気が差していて、口元が嬉しそうにゆるんでいることぐらいは読み取れるようになった。
もう少しだ、もう少し。櫻に攫われていきそうな彼女を、カーテンの向こうに消えてしまいそうな彼女を、地に足つけさせるまでもう少し。今は不思議な雰囲気の少女だが――待っていたまえ。私がただの人間にしてやる。君を桃娘になどさせるものか。
ポーズ状態で動かないゲーム画面からは、小さめのBGMが勝利音を流し続けていた。