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後ろ手に〝それ〟を持ったままギルドの扉を開ける。何気なく注文する素振りで、マスターと話をしている赤い背中にひっそりと近づいて――ロナルドくんの視界にニュッと手を突き出した。
「これな~んだ?」
「ッうぉっふおっはァッあビックリしたァ!!」
どこかのダンピールの働きの成果もあって最早緑色をしているだけで警戒する癖がついてしまったのか、ロナルドくんは椅子から浮くかと思うほど飛び跳ねた。零れそうになったグラスを支えてあげつつ、その隣に座る。
「正解は興奮したへんな君に生えてたキノコ」
「なんでそんなモン持ってんの!?」
ギルドに入りたての頃はまだこの街に染まってなかったのに、と文句を言ってくるロナルドくんはちょっと可哀想で面白い。しかしあの頃のロナルドくんは敬語だったよね、と返せば向こうもグッと黙った。
「……でもまあ、今色々新横浜っぽいもの集めてるんだ。野球拳さんのTシャツいっぱい持ってそうだし一枚くれない?」
「要らねえけどやれねぇよ! 何!? どうしたんだよ〇、お前そんなキャラじゃなかっただろ!」
ロナルドくんは本当に焦った様子で私に体の正面を向けた。たしかに今まで汚れ仕事のようなものはあまりした事がない、というか真っ先に男性陣が被害にあっているので私が変なものを集めているのは意外かもしれない。だけど一応それなりの理由はあった。
「うーんまあ……向こう行ったら寂しいかなって」
今度、新横浜を離れるから。
シンプルだけど覆せない理由だ。地域愛は生まれてこの方あまり持ったことがないけれど、この街が濃くて手放し難いのも本当だった。だから他の地域に行っても思い出せるように、この街のアルバムを作っておきたい……そう思ったのだ。
告げるとロナルドくんの奥で(メロンソーダを)飲んでいるショットくんがこちらを伺うように見てきていたが、左右に首を振って応える。一方で目の前の彼はそれを聞いた途端先程までの威勢が嘘のようにしゅんと消えて、茹でた葉物野菜みたいになってしまった。
「ああ、そう、だったな……」
「うん、ごめんね急な話で」
「いや、自由だからな……〇は東京に行くんだろ? そうだよな、ここよりあっちの方が色々あるし……自由……いや……」
自由だと、そう呪文のように呟く背中はいつもの三分の一くらい小さい気がする。一週間前に伝えた時も応援するとは言ってくれたけどこんな感じだった。申し訳ないながらも、寂しがってくれるのはありがたいことでもある……。
……。
……う~ん。ドラルクさんの言ってたこと本当っぽいな。
ロナルドくん、と呼びかけると彼はビクッと肩を跳ねさせて、目から涙をだばだば流しながら「ウェッ!?」と顔を上げた。泣くほどのことじゃないっていうのに。……いや、ほんとに。
「あのね、あのねロナルドくん」
「な、なんだよぉ……東京に行くんだろ……っぐす、っべつに全然……俺は……」
「えっと……ごめんね、ほんとうかどうかわかんなくてちょっとカマかけてたんだけど」
「なにが……」
「えっと、ねぇ……うーんと……」
正直ここまで彼が寂しがってくれるとは思っていなかった。他の退治人に比べたら私の所属歴は浅いし、いつも話しかけてもどこか彼の目が海まで泳ぎ出してる節があったから。気楽に接してくれるようにはなったけど他の人とはちょっと違うというか……だから、ドラルクさんの言っていたことを信じられなかったんだけど……さすがに言おう。つまり、
「二週間退治人研修するだけなのに永劫の別れみたいにしょんぼりしてるって、ドラルクさんから聞いて……」
――ってことを。
言った瞬間、ロナルドくんは何を言われたのか理解出来ていないようだった。ビタッ! と止まった彼の後ろからズゴゴゴとメロンソーダを飲み干す音が聞こえて、また沈黙があって、それからゆっくりと彼は銀雪色の睫毛を下ろし、持ち上げた。
「……え? エッ、にしゅう……エッッマジで……??」
「マジだぞ」
ショットくんが後ろから言う。ああ、やっぱりロナルドくんだけ変な情報が伝わっていたみたいだ。
彼はぐるんっと体を回すとギルド全体に向けて叫んだ。
「何!? 知らないの俺だけだったの!?」
「今頃気づいたのか耳なし野郎。割とその話みんなでしてるアル」
「ていうか行先別に東京じゃないって……」
「新横浜から出るって聞いた時お前固まって頭ショートしてたもんな」
ターちゃん、サテツくん、ショットくん、とそれぞれに言われた言葉がそのままロナルドくんに突き刺さっていくのが見えたようだった。どうしよ……と恐る恐る彼を見ようと覗き込む。その目にはやはり涙があって、申し訳なさを感じたと同時に体が潰された。
「っひぁ!?」
厳密には潰されたかと思った。ありがたいことに一応私が人間だと覚えていてくれたらしく、心臓が無事な範囲で抱きしめてきた……と軽い気持ちで笑いたいところだったけれど。「ッマジで良かった……」としみじみ言う声を聞いたら私も動けなくなってしまった。だってその声は本当に切実で、今まで通り過ぎてきた何かの答えのような気もしていて。
「ほんっと……〇お前、そういうことはなあ……まだ夜景にも誘ってねぇし……いつも会うのギルドだけだし……あと夜景にも誘ってねぇし……」
「?? えっ……と……夜景?」
「守ってやろうとか思ってたらっ、ぐす、いつの間にか新横浜慣れしてるしよぉ……! 一緒に戦おうとしてもじゃあ別の相手してくるってどっか行っちゃうし……夜景誘えないし……」
「な、なんかごめん……」
「……本当に二週間居ないだけなのかよ?」
ぎゅ、というかぐぐぐ……っと抱きしめながら話すものだから、肺が潰れそうになりながらもこくこく頷いた。さっきまで分かっていないのはロナルドくんだけだったのに、今では私が何を言われたのかよく分かってない。やたら夜景に誘ってくれようとしてたんだな……ということと、仕事終わりにやたら高い場所に行きたくないか聞いてきていたロナルドくんが繋がったことぐらいだ。バンジージャンプかと思って全部断っちゃったの悪いことしてたな。あはは……、……なんで、こんなに顔あついの。
「なあ、お前らもういいか? そろそろ赤い顔してイチャつくのやめろ」
「っゥぉわアアアごめん!!」
「っぇ、あのごめん……!」
ショットくんに言われて思わずばっと離れる。お互い顔があつくて、思わず相手を見つめてから目を逸らしてしまった。座って落ち着こうとしても左胸がうるさくてしにそう。不整脈、不整脈……じゃないかも……いや……。
「とりあえずドラルクさんに連絡するね……」
「ァッ、おう! ……あのクソ砂絶対面白がって泳がせといたろ帰ったらぶっ殺してやる」
ダダダダッとスマホを打つ彼は物騒なスタンプを連打している。やはりどこか二人ともそわそわしていて、一件落着とするにはあまりにも感情が落ち着かない。そう、例えば……高いところに行って頭を冷やしたいかも、しれない。
「これな~んだ?」
「ッうぉっふおっはァッあビックリしたァ!!」
どこかのダンピールの働きの成果もあって最早緑色をしているだけで警戒する癖がついてしまったのか、ロナルドくんは椅子から浮くかと思うほど飛び跳ねた。零れそうになったグラスを支えてあげつつ、その隣に座る。
「正解は興奮したへんな君に生えてたキノコ」
「なんでそんなモン持ってんの!?」
ギルドに入りたての頃はまだこの街に染まってなかったのに、と文句を言ってくるロナルドくんはちょっと可哀想で面白い。しかしあの頃のロナルドくんは敬語だったよね、と返せば向こうもグッと黙った。
「……でもまあ、今色々新横浜っぽいもの集めてるんだ。野球拳さんのTシャツいっぱい持ってそうだし一枚くれない?」
「要らねえけどやれねぇよ! 何!? どうしたんだよ〇、お前そんなキャラじゃなかっただろ!」
ロナルドくんは本当に焦った様子で私に体の正面を向けた。たしかに今まで汚れ仕事のようなものはあまりした事がない、というか真っ先に男性陣が被害にあっているので私が変なものを集めているのは意外かもしれない。だけど一応それなりの理由はあった。
「うーんまあ……向こう行ったら寂しいかなって」
今度、新横浜を離れるから。
シンプルだけど覆せない理由だ。地域愛は生まれてこの方あまり持ったことがないけれど、この街が濃くて手放し難いのも本当だった。だから他の地域に行っても思い出せるように、この街のアルバムを作っておきたい……そう思ったのだ。
告げるとロナルドくんの奥で(メロンソーダを)飲んでいるショットくんがこちらを伺うように見てきていたが、左右に首を振って応える。一方で目の前の彼はそれを聞いた途端先程までの威勢が嘘のようにしゅんと消えて、茹でた葉物野菜みたいになってしまった。
「ああ、そう、だったな……」
「うん、ごめんね急な話で」
「いや、自由だからな……〇は東京に行くんだろ? そうだよな、ここよりあっちの方が色々あるし……自由……いや……」
自由だと、そう呪文のように呟く背中はいつもの三分の一くらい小さい気がする。一週間前に伝えた時も応援するとは言ってくれたけどこんな感じだった。申し訳ないながらも、寂しがってくれるのはありがたいことでもある……。
……。
……う~ん。ドラルクさんの言ってたこと本当っぽいな。
ロナルドくん、と呼びかけると彼はビクッと肩を跳ねさせて、目から涙をだばだば流しながら「ウェッ!?」と顔を上げた。泣くほどのことじゃないっていうのに。……いや、ほんとに。
「あのね、あのねロナルドくん」
「な、なんだよぉ……東京に行くんだろ……っぐす、っべつに全然……俺は……」
「えっと……ごめんね、ほんとうかどうかわかんなくてちょっとカマかけてたんだけど」
「なにが……」
「えっと、ねぇ……うーんと……」
正直ここまで彼が寂しがってくれるとは思っていなかった。他の退治人に比べたら私の所属歴は浅いし、いつも話しかけてもどこか彼の目が海まで泳ぎ出してる節があったから。気楽に接してくれるようにはなったけど他の人とはちょっと違うというか……だから、ドラルクさんの言っていたことを信じられなかったんだけど……さすがに言おう。つまり、
「二週間退治人研修するだけなのに永劫の別れみたいにしょんぼりしてるって、ドラルクさんから聞いて……」
――ってことを。
言った瞬間、ロナルドくんは何を言われたのか理解出来ていないようだった。ビタッ! と止まった彼の後ろからズゴゴゴとメロンソーダを飲み干す音が聞こえて、また沈黙があって、それからゆっくりと彼は銀雪色の睫毛を下ろし、持ち上げた。
「……え? エッ、にしゅう……エッッマジで……??」
「マジだぞ」
ショットくんが後ろから言う。ああ、やっぱりロナルドくんだけ変な情報が伝わっていたみたいだ。
彼はぐるんっと体を回すとギルド全体に向けて叫んだ。
「何!? 知らないの俺だけだったの!?」
「今頃気づいたのか耳なし野郎。割とその話みんなでしてるアル」
「ていうか行先別に東京じゃないって……」
「新横浜から出るって聞いた時お前固まって頭ショートしてたもんな」
ターちゃん、サテツくん、ショットくん、とそれぞれに言われた言葉がそのままロナルドくんに突き刺さっていくのが見えたようだった。どうしよ……と恐る恐る彼を見ようと覗き込む。その目にはやはり涙があって、申し訳なさを感じたと同時に体が潰された。
「っひぁ!?」
厳密には潰されたかと思った。ありがたいことに一応私が人間だと覚えていてくれたらしく、心臓が無事な範囲で抱きしめてきた……と軽い気持ちで笑いたいところだったけれど。「ッマジで良かった……」としみじみ言う声を聞いたら私も動けなくなってしまった。だってその声は本当に切実で、今まで通り過ぎてきた何かの答えのような気もしていて。
「ほんっと……〇お前、そういうことはなあ……まだ夜景にも誘ってねぇし……いつも会うのギルドだけだし……あと夜景にも誘ってねぇし……」
「?? えっ……と……夜景?」
「守ってやろうとか思ってたらっ、ぐす、いつの間にか新横浜慣れしてるしよぉ……! 一緒に戦おうとしてもじゃあ別の相手してくるってどっか行っちゃうし……夜景誘えないし……」
「な、なんかごめん……」
「……本当に二週間居ないだけなのかよ?」
ぎゅ、というかぐぐぐ……っと抱きしめながら話すものだから、肺が潰れそうになりながらもこくこく頷いた。さっきまで分かっていないのはロナルドくんだけだったのに、今では私が何を言われたのかよく分かってない。やたら夜景に誘ってくれようとしてたんだな……ということと、仕事終わりにやたら高い場所に行きたくないか聞いてきていたロナルドくんが繋がったことぐらいだ。バンジージャンプかと思って全部断っちゃったの悪いことしてたな。あはは……、……なんで、こんなに顔あついの。
「なあ、お前らもういいか? そろそろ赤い顔してイチャつくのやめろ」
「っゥぉわアアアごめん!!」
「っぇ、あのごめん……!」
ショットくんに言われて思わずばっと離れる。お互い顔があつくて、思わず相手を見つめてから目を逸らしてしまった。座って落ち着こうとしても左胸がうるさくてしにそう。不整脈、不整脈……じゃないかも……いや……。
「とりあえずドラルクさんに連絡するね……」
「ァッ、おう! ……あのクソ砂絶対面白がって泳がせといたろ帰ったらぶっ殺してやる」
ダダダダッとスマホを打つ彼は物騒なスタンプを連打している。やはりどこか二人ともそわそわしていて、一件落着とするにはあまりにも感情が落ち着かない。そう、例えば……高いところに行って頭を冷やしたいかも、しれない。