You really got me(YとVRC職員)
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ふと店頭に並ぶジュエリーを見つけた時。広告に新商品のデザートが載っていた時。朝、どの服を着るか選ぶ時。なかなかどうしてあの人の子の顔が浮かぶものだ。
それに今はもう〝人の子〟ではなく、彼女の名前を知っている。かなり危なっかしい子だ。今もどこかで何かやらかしているのではないかと心配になるほどに。
「という訳で見に来たよ。〇ちゃんは勤務中かな?」
「ああ……彼女はちょうど休み時間のはずですよ」
「それはどうも」
もうVRCも慣れたものだ。セキュリティをクリアしながら休憩室に顔を出すと、一人でお茶を飲んでいる後ろ姿を見つける。突然驚かせてはまたどうなるか分からないが……どう声をかけても驚いてしまうことだろう。コンコン、と壁を叩いて知らせると振り返った彼女は予想通り驚いてコップを取り落としそうになっていた。
「ぅわわっ、なに……よ、ヨルマさん」
「やあこんにちは。遊びに来ちゃった」
「遊びにって……まあそんなもんですよね。ケンさんもニウムさんも同じノリで来るし」
遠い目をして何か思い出している様子だ。歩み寄って隣の椅子を引くと現実に戻されたようでハッとこちらを見る。じとっとした目つきだが、その瞼には滑らかなグラデーションのアイシャドウが控えめに施されていた。
「君、こういうのは好き?」
「なんですか変なのですか……? 可愛い箱」
「開けてごらん」
「開けたら変な光線出てきたりしませんよね?」
「信用ないなあ」
白い包装紙に琥珀色のリボンが飾られた小箱。彼女は疑いつつもそっとリボンを解いて、中から現れた包みを大事そうに抱えた。
幼子のような瞳が期待を込めた視線で本当に開けていいのかと尋ねてくる。頷くとわたわたしながらも開けて、わぁ……と小さな歓声が聞こえた。
「これ、すっごく凝ってますね……硝子細工のアンティーク? ですか?」
「ああ、そうだとも。君が好きそうな香水瓶だと思って」
硝子瓶をそっと持ち上げてみせると、キラキラと星屑を溶かしたように輝いた。幸い気に入ってくれたらしく、左に動かせば彼女の視線は左に、右に動かせば右にと、まるでおやつを前にした子犬のようだ。
「お手」
「……はっ? もしかして犬扱いされてます?」
「お手してくれたらあげる」
「っ、何その馬鹿みたいな……でもまあそれくらいならしてあげないことも?」
ちょっろい。顔を赤らめながら乗せられた手を握ってぶんぶん振っても、よっぽど小瓶が気に入ったのか抵抗されそうな気配はない。ただ恥ずかしいは恥ずかしいようで、え~っと……と目をだいぶ泳がせながら別の話題を探し始める。
「あ、あの、それって中身は?」
「ああ、香水には好みがあるだろう。君が好きな香りを詰めてあげよう」
「好きな香り?」
「うん。何かあるかな?」
例えば流行りなら金木犀とか、もしくはヴァニラを纏ってもいい。紅茶や珈琲、柑橘系もハーブ系もある。少量ずつ入れて使えばいつでも新鮮にお好みの香りを楽しめるはずだ。そう考えたのだが__彼女はまた黙り込んでしまった。それも段々と耳から指の先まで赤くして、覗き込めば哀れな子羊のようにうろうろと視線が迷子になっている。
「そんなに難しいことを聞いたかな」
「やっ! えっと、えっと……あるっちゃあるんですけど……」
「何かね?」
「え……と……あの、そうですね……ここまで来たらもうヤケなんですけど」
だって色々喋っちゃったし、あなたに隠し事をしても仕方がないし、だとか、別に全然なんにもないんですけど、だとか、このままでは前置きしながら爆発しそうだ。どんどん下がっていく顔を持ち上げて目を合わせる。しかしそれでとうとう観念したようだ。
「……っ、よ……の……」
「?」
「よ……よるま、さんの、匂い」
口をもにょもにょさせて、それでも〇ちゃんは確かにそう言った。不覚にも少し驚いてしまって固まっていると、聞こえなかったと思ったのかもう一度切なそうな声が告げる。
「ヨルマさんの、匂いが好きです……」
ああもう、そんなに真っ赤になって。この新横浜でそんな顔をしていたらすぐに食べられてしまうだろう。例えば悪い吸血鬼に。
細い腰に腕を回して引き寄せる。彼女自身何を言ったかいまいち分かっていないのだろう、文句のひとつも聞こえてこないでされるがままでいる。
「この匂い?」
「そうです……」
「君にしては大胆なお誘いだね」
「だっ、だって嘘ついたってしょうがないし」
「そういうのが誘ってるって言うんだよ」
絹のように滑らかな髪の隙間に見える美しい肌。これに歯を立てればさぞ官能的な味がするのだろうな。こうやって若い娘を魅了するのは吸血鬼の専売特許、初歩的で当然のスキルだ。そしてそのまま自分の欲だけを満たして__
「……や~めた。君はもう少し警戒心を持ちなさい。じゃないとこういう事になる」
「へっ? ……!」
手早くピカっと光らせると彼女は黙って何も言えなくなる。以前喫茶店で相当危ういことを言ってしまったのを覚えているのだろう。
それでいい。香水瓶を改めて彼女に握らせてから席を立つ。ああ、あとそれから。
「私の匂いが好きなら会いに来るといい。ただしY談つきでねェ! アッハッハ! とっておきのY談を楽しみにしているよ」
「このっ……、……っ!」
今日は幕引きだ。手元に女性でも使えそうな香水はあったかと思案しながらVRCを後にする。それにしても今日は気分がいいからちょっとピカって帰るとしよう。