You really got me(YとVRC職員)
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「うう……屈辱……っ」
たった今始末書を書き上げた。件名は廊下で遊んだ上食事ワゴンをぶちまけた件について、だ。別に遊んでた訳じゃないのに。
結局三度目に転びかけた時再び私はY……に助けられ、しかしワゴンはさすがに間に合わなかったのだった。ガラス窓の目の前で何度も走っていたから多数の吸血鬼に目撃されていたし、食事がなくなった恨みも込められてチクられた。もう散々だ。
そもそも改善策も何もない。清掃をちゃんとして、あの吸血鬼が廊下に出ていなければいい話だ。始末書をバンッと出してそのままVRCを出る。帰りに甘いものでも食べて気を紛らわそ! そんな気で入った喫茶店にはドラルクさんが居た。
「あれ、〇君じゃないか」
「! こんにちは」
「こんにちは。良ければ一緒にどうかね?」
ホットミルクで居座るのも申し訳なくて、と言うドラルクさんの向席は確かに空いていた。曰くロナルドさんとしょうもない喧嘩をして出てきたらしい。
「あの、だったらちょっと愚痴大会しませんか」
「おや、君がそんなことを言うとは。勿論歓迎だけれどどうかな。本当にしょうもない喧嘩だし、今日は君の愚痴を聞いてあげよう」
しょうもない喧嘩__炊飯器のスイッチを押し忘れたらしい__は全然気にしていないらしく、ドラルクさんは追加でココアとケーキを頼んでくれた。少々申し訳ないけれど有難く二百年の懐の深さに甘えることにする。実は……と始末書の件を説明すると、彼はウンウンと聞いてくれた。
「つまり君はY談おじさんのことが好きなんだね」
「は!? は!? そんなのあり……」
「お待たせしました、ココアとキャラメルシフォンケーキでございます」
「あり……がとうございます」
失礼します、と店員が穏やかに遠ざかっていく。なんだか諌められた気分だ。こく、と飲んだココアは頭を落ち着かせるのにじゅうぶんな柔らかさを持っていた。
「……別にす……好きとかじゃ……」
「ふむ。じゃあもう一度説明してくれるかい? 彼はどんな風に君を助けたと?」
「だ、だから……むかつくけど私が転ぶ前に優しく抱き止めてくれて、しかも二回目もすぐに支えてくれて、さ、三回目は……目が離せないお嬢さんだねって……」
こんなこと聞いて何になるって言うんだろう。あの時のことを思い出すとふつふつと血液が沸騰しそうになってしまう。誤魔化すようにココアをちびちび飲む私をドラルクさんは目を細めて見てくる。
「それで、どんな風に君を評価したと?」
「……ごはん、いつも美味しいって褒めてくれた……」
加えて言えばあの後美味しかったとメモ書きが届いて、他のリクエストも作ってあげたいと思わなかったこともない。メニュー考えるの面倒だし、作るのはそれなりに楽しかったし、あれぐらいなら別に。
「君、耳まで真っ赤で口元がゆるゆるに見えるんだが」
「そっそんなことない! あんなへん、へんた……あんな!」
「わかったわかった」
「わかってないぃ……っ」
私は愚痴を言いに来たんだ。あの理不尽さを訴えたかった。なのにドラルクさんは変なことばっかり言う。わわ、私があの人を好きとか……真っ赤になってしまうのは生理現象だし、彼だからじゃないもん。大体あの人があんな格好してるのが悪い。スリーピーススーツは私がこの世で何より好きな服装だ。それをあんなに着こなして髪も整えて、声もかっこい、い……。
「な、ななななに言わせようと!?」
「いや君が勝手にY談おじさんを褒め始めたんだろう」
「ば……っ、ち、ちがうもん! うっさいばーか!」
「君ほんとに初心すぎるな!?」
普段はそんなに拗れた性格してなかっただろう、と言われても自分じゃ分からない。あの人が絡むと暴走してしまう自覚はちょっとあるけれど。
勢いでココアをお酒のようにごくっと飲みきると、その間にドラルクさんは何かスマホで打っていた。またお祖父様からかな、と予想したけどどうも違ったらしい。ホットミルクをテーブルの端に置き直すと上着を着て、唯一らしい手荷物も持って立ち上がってしまった。
「すまない、少し電話をかけてくるから待っていてくれたまえ。いくらでもケーキ頼んでいいから」
「? 分かりました……外寒いのでお気をつけて」
「ああ、ありがとう」
手を振って一人になって、暇になったのでメニューを開く。珈琲、ココア、紅茶、ミルク。キャラメルマキアート。キャラメル、マキアート。甘やかなキャラメルソースがチェック柄を描いて誘っている。何も他意はないけどこれにしたいな、これ飲もうかな。店員さんを呼んでちょっと待つ。
「お待たせしました」
「あ、キャラメルマキ……」
「キャラメルマキアートか、伝えてこよう」
「……、……っ!?」
店員さんじゃなかった。
呆然とする私を置いて、その人は店員さんに直接注文を伝えに行った。戻ってきたのはチェック柄のスリーピーススーツにいつものステッキ、赤い瞳の吸血鬼。Y……その人だ。
「な、なんで? ドラルクさんは?」
「同居人から呼び戻されたらしいね」
「そんな……っでもなんであなたが」
「そりゃあもちろん、呼ばれたからね」
ドラルクさんの裏切り者ー!!
いくらでも頼んでいいって、全部この人の奢りになるからだったんだ。伝票を見て「これだけしか頼んでない? もっと食べなさい」と言ってくるのはその証拠だろう。次会ったら文句言うって決めていたのにおかげさまでイマイチ決まらない。
「うぅ……しんじてたのに……」
「可哀想に。代わりにおじさんの餌食になろうか」
「やだぁああ……」
ぺしょりとテーブルに突っ伏す私に構わず堂々とY……が席に着く。もにょもにょとケーキをつついて食べていると、そんな私をニヨニヨ見ながら彼が言った。
「そういえば君、〇ちゃんと言うらしいね」
「っ!? ん、けほっ……何を突然」
「別に突然でもないだろう、〇ちゃん? お嬢さんはいつになったら私の名前を呼べるのかな~?」
わ、 Y談って言うのが恥ずかしくて言えないのばれてる……だから楽しそうにしてたのか。だってわ……y……なんて、あまりにもあまりにもな名前なんだもの。
「……他の名前は、ないんですか……」
「あるよ?」
「じゃあそれ」「だけど」
「君が秘密を教えてくれたら言おうかな」
「な……っ」
固まる私の顔をアテにしてお冷を飲む吸血鬼。秘密って……なに? この人が好きなのはもちろんわ……わ~ってなる話だけど、そんなこと店内で言えるわけない。一体何を言わせようとしているのか。
「もちろんY談を」
「いっ、言えるわけ……!」
「ほう、往来で言えないような性癖を持っているのかな?」
「基本的にそういうものじゃん!」
もうやだこの人。TPOの欠片もない。ぐぬぬ……と餅巾着のように口を結んでそっぽを向いたけれど、ちょうどキャラメルマキアートと珈琲が届いて正面を向かざるを得なくなった。キャラメルマキアートには美しいチェック柄が憎いほど丁寧に描かれている。
「……一番」
「へ?」
「一番好きな服は?」
「クラシックなスリーピーススーツが世界一好き(そんなこと言わせてなんになるの)……んぁあ!? ぁいたっ」
驚いて飛びのこうとすると後ろの壁に頭をぶつけてしまった。じんじん痛む後頭部を抑えながら項垂れる私を憎き吸血鬼は心配そうに見てくる。そんな目で見るな!
「君、ほんとにドジっ子というか……よくVRCで働いているね?」
「よ、けいなお世話……うぅ……」
「隣失礼するよ」
涙目でキャラメルマキアートを飲んでいる間に、彼は立ち上がってこちら側に来た。右側は壁だけれど、ソファ席のため左側にもう一人座れる場所があったのだ。近い、近い近い。隣に座られると何かうっとりするような香りがふんわり漂ってくる。肩が触れ合って寄せられて、彼の手が振り上げられて、
「……、……?」
「よしよし」
そのまま撫でられた。瞑っていた目を開けて彼を見上げると、もう一度よしよしと撫でられる。そんなことしても痛みが和らぐ訳ないのに。
「野良猫を手懐ける気分だ」
「っは……? なに言って……」
「ほら大人しくなった。SかMで言うと?」
「Sって言われるけどいじめられたい(そんなこと私が言うわけないでしょ)」
……!
「ち、ちがう! ほんとはきもちいいの好きなの!(今のは何かの陰謀なの!)……! あ、あ、わたし」
言えば言うほど悪化するってこういう事だ。隣から頭を撫でられ、耳に触れられ、低音で囁かれながら世界がぐちゃぐちゃになる。何を言って、何を言わなくて。ぜんぶ言った? わたし、私が?
愉しそうにクスクス、クスクスっと男の笑み。もっと聞かせてごらん、と耳に口づけられて、頭がとろけるようで。
「聡い子ほど性欲が強いらしいね。意地を張るのはおしまいだ、My lady。目がとろ~っとして可愛いじゃないか」
「……っ、あぅ……、まって……」
「ん?」
「なまえ、は?」
私が呼べる、あなたの名前。教えてもらわないと割に合わない。彼はまた私の頭を撫でた。
「そうだね……ヨルマなら呼べる?」
「よるま……」
「そう、いい子だ。ご褒美にもう一度耳をいじめてあげようか」
「やっ、耳好きなの!(それだけはやめて)」
「う~ん説得力ゼロ! おじさん楽しくなってきちゃった。君も楽しいかな? 公共の場で性癖ぶちまけてドキドキしてる?」
「っ、~!!」
何も言えなくなってシンプルに暴力に頼る。でも殴られ慣れているのか何度パンチしてもケラケラと笑って、「かわい~ベッドの上に乗せたら即オチ二コマしそう」なんてよく意味のわからないことを言っている。
とにかく誰かに助けを求めなきゃどうにもならなそうだ。ドラルクさんはすぐ死ぬし、ロナルドさんなら話が早いと思ってスマホを開く。助けてください……と。
「……」
「スーツとコートの間に入りたいです?」
「~!!」
「アハハそんな殴らないで、愛情表現かな?」
ちゃんとした文を打っているつもりなのに文面も汚染されていた。ロナルドさんに変な性癖を送りつける前にあわてて消す。次にドラルクさんの画面を開こうとしたところで__急にスマホが取り上げられた。
「っ!? んんん! んん!」
「ちょっと待ってね。……はいこれ、私のRINE入れといたよ。Y談なら是非私に送ってくれ!」
な、なにそれ……送るわけ……。……なんでちょっと嬉しいの。分かった、この人が下手に顔がいいから……それはもう認めるから、きっとそのせいだ。
「それじゃあそろそろお暇するとしよう。お会計はしておくけど、喋ったらY談が出るドキドキを抱えながら帰ってくれたまえ。それじゃ」
あ、と思ったけど引き止める言葉を持たない。返されたスマホを見ると〈♡ダーリン♡〉という名前で新しいトークルームができている。誰が! 誰の!
……まあ、三日ぐらいはこのままにしておいてもいいけど。
たった今始末書を書き上げた。件名は廊下で遊んだ上食事ワゴンをぶちまけた件について、だ。別に遊んでた訳じゃないのに。
結局三度目に転びかけた時再び私はY……に助けられ、しかしワゴンはさすがに間に合わなかったのだった。ガラス窓の目の前で何度も走っていたから多数の吸血鬼に目撃されていたし、食事がなくなった恨みも込められてチクられた。もう散々だ。
そもそも改善策も何もない。清掃をちゃんとして、あの吸血鬼が廊下に出ていなければいい話だ。始末書をバンッと出してそのままVRCを出る。帰りに甘いものでも食べて気を紛らわそ! そんな気で入った喫茶店にはドラルクさんが居た。
「あれ、〇君じゃないか」
「! こんにちは」
「こんにちは。良ければ一緒にどうかね?」
ホットミルクで居座るのも申し訳なくて、と言うドラルクさんの向席は確かに空いていた。曰くロナルドさんとしょうもない喧嘩をして出てきたらしい。
「あの、だったらちょっと愚痴大会しませんか」
「おや、君がそんなことを言うとは。勿論歓迎だけれどどうかな。本当にしょうもない喧嘩だし、今日は君の愚痴を聞いてあげよう」
しょうもない喧嘩__炊飯器のスイッチを押し忘れたらしい__は全然気にしていないらしく、ドラルクさんは追加でココアとケーキを頼んでくれた。少々申し訳ないけれど有難く二百年の懐の深さに甘えることにする。実は……と始末書の件を説明すると、彼はウンウンと聞いてくれた。
「つまり君はY談おじさんのことが好きなんだね」
「は!? は!? そんなのあり……」
「お待たせしました、ココアとキャラメルシフォンケーキでございます」
「あり……がとうございます」
失礼します、と店員が穏やかに遠ざかっていく。なんだか諌められた気分だ。こく、と飲んだココアは頭を落ち着かせるのにじゅうぶんな柔らかさを持っていた。
「……別にす……好きとかじゃ……」
「ふむ。じゃあもう一度説明してくれるかい? 彼はどんな風に君を助けたと?」
「だ、だから……むかつくけど私が転ぶ前に優しく抱き止めてくれて、しかも二回目もすぐに支えてくれて、さ、三回目は……目が離せないお嬢さんだねって……」
こんなこと聞いて何になるって言うんだろう。あの時のことを思い出すとふつふつと血液が沸騰しそうになってしまう。誤魔化すようにココアをちびちび飲む私をドラルクさんは目を細めて見てくる。
「それで、どんな風に君を評価したと?」
「……ごはん、いつも美味しいって褒めてくれた……」
加えて言えばあの後美味しかったとメモ書きが届いて、他のリクエストも作ってあげたいと思わなかったこともない。メニュー考えるの面倒だし、作るのはそれなりに楽しかったし、あれぐらいなら別に。
「君、耳まで真っ赤で口元がゆるゆるに見えるんだが」
「そっそんなことない! あんなへん、へんた……あんな!」
「わかったわかった」
「わかってないぃ……っ」
私は愚痴を言いに来たんだ。あの理不尽さを訴えたかった。なのにドラルクさんは変なことばっかり言う。わわ、私があの人を好きとか……真っ赤になってしまうのは生理現象だし、彼だからじゃないもん。大体あの人があんな格好してるのが悪い。スリーピーススーツは私がこの世で何より好きな服装だ。それをあんなに着こなして髪も整えて、声もかっこい、い……。
「な、ななななに言わせようと!?」
「いや君が勝手にY談おじさんを褒め始めたんだろう」
「ば……っ、ち、ちがうもん! うっさいばーか!」
「君ほんとに初心すぎるな!?」
普段はそんなに拗れた性格してなかっただろう、と言われても自分じゃ分からない。あの人が絡むと暴走してしまう自覚はちょっとあるけれど。
勢いでココアをお酒のようにごくっと飲みきると、その間にドラルクさんは何かスマホで打っていた。またお祖父様からかな、と予想したけどどうも違ったらしい。ホットミルクをテーブルの端に置き直すと上着を着て、唯一らしい手荷物も持って立ち上がってしまった。
「すまない、少し電話をかけてくるから待っていてくれたまえ。いくらでもケーキ頼んでいいから」
「? 分かりました……外寒いのでお気をつけて」
「ああ、ありがとう」
手を振って一人になって、暇になったのでメニューを開く。珈琲、ココア、紅茶、ミルク。キャラメルマキアート。キャラメル、マキアート。甘やかなキャラメルソースがチェック柄を描いて誘っている。何も他意はないけどこれにしたいな、これ飲もうかな。店員さんを呼んでちょっと待つ。
「お待たせしました」
「あ、キャラメルマキ……」
「キャラメルマキアートか、伝えてこよう」
「……、……っ!?」
店員さんじゃなかった。
呆然とする私を置いて、その人は店員さんに直接注文を伝えに行った。戻ってきたのはチェック柄のスリーピーススーツにいつものステッキ、赤い瞳の吸血鬼。Y……その人だ。
「な、なんで? ドラルクさんは?」
「同居人から呼び戻されたらしいね」
「そんな……っでもなんであなたが」
「そりゃあもちろん、呼ばれたからね」
ドラルクさんの裏切り者ー!!
いくらでも頼んでいいって、全部この人の奢りになるからだったんだ。伝票を見て「これだけしか頼んでない? もっと食べなさい」と言ってくるのはその証拠だろう。次会ったら文句言うって決めていたのにおかげさまでイマイチ決まらない。
「うぅ……しんじてたのに……」
「可哀想に。代わりにおじさんの餌食になろうか」
「やだぁああ……」
ぺしょりとテーブルに突っ伏す私に構わず堂々とY……が席に着く。もにょもにょとケーキをつついて食べていると、そんな私をニヨニヨ見ながら彼が言った。
「そういえば君、〇ちゃんと言うらしいね」
「っ!? ん、けほっ……何を突然」
「別に突然でもないだろう、〇ちゃん? お嬢さんはいつになったら私の名前を呼べるのかな~?」
わ、 Y談って言うのが恥ずかしくて言えないのばれてる……だから楽しそうにしてたのか。だってわ……y……なんて、あまりにもあまりにもな名前なんだもの。
「……他の名前は、ないんですか……」
「あるよ?」
「じゃあそれ」「だけど」
「君が秘密を教えてくれたら言おうかな」
「な……っ」
固まる私の顔をアテにしてお冷を飲む吸血鬼。秘密って……なに? この人が好きなのはもちろんわ……わ~ってなる話だけど、そんなこと店内で言えるわけない。一体何を言わせようとしているのか。
「もちろんY談を」
「いっ、言えるわけ……!」
「ほう、往来で言えないような性癖を持っているのかな?」
「基本的にそういうものじゃん!」
もうやだこの人。TPOの欠片もない。ぐぬぬ……と餅巾着のように口を結んでそっぽを向いたけれど、ちょうどキャラメルマキアートと珈琲が届いて正面を向かざるを得なくなった。キャラメルマキアートには美しいチェック柄が憎いほど丁寧に描かれている。
「……一番」
「へ?」
「一番好きな服は?」
「クラシックなスリーピーススーツが世界一好き(そんなこと言わせてなんになるの)……んぁあ!? ぁいたっ」
驚いて飛びのこうとすると後ろの壁に頭をぶつけてしまった。じんじん痛む後頭部を抑えながら項垂れる私を憎き吸血鬼は心配そうに見てくる。そんな目で見るな!
「君、ほんとにドジっ子というか……よくVRCで働いているね?」
「よ、けいなお世話……うぅ……」
「隣失礼するよ」
涙目でキャラメルマキアートを飲んでいる間に、彼は立ち上がってこちら側に来た。右側は壁だけれど、ソファ席のため左側にもう一人座れる場所があったのだ。近い、近い近い。隣に座られると何かうっとりするような香りがふんわり漂ってくる。肩が触れ合って寄せられて、彼の手が振り上げられて、
「……、……?」
「よしよし」
そのまま撫でられた。瞑っていた目を開けて彼を見上げると、もう一度よしよしと撫でられる。そんなことしても痛みが和らぐ訳ないのに。
「野良猫を手懐ける気分だ」
「っは……? なに言って……」
「ほら大人しくなった。SかMで言うと?」
「Sって言われるけどいじめられたい(そんなこと私が言うわけないでしょ)」
……!
「ち、ちがう! ほんとはきもちいいの好きなの!(今のは何かの陰謀なの!)……! あ、あ、わたし」
言えば言うほど悪化するってこういう事だ。隣から頭を撫でられ、耳に触れられ、低音で囁かれながら世界がぐちゃぐちゃになる。何を言って、何を言わなくて。ぜんぶ言った? わたし、私が?
愉しそうにクスクス、クスクスっと男の笑み。もっと聞かせてごらん、と耳に口づけられて、頭がとろけるようで。
「聡い子ほど性欲が強いらしいね。意地を張るのはおしまいだ、My lady。目がとろ~っとして可愛いじゃないか」
「……っ、あぅ……、まって……」
「ん?」
「なまえ、は?」
私が呼べる、あなたの名前。教えてもらわないと割に合わない。彼はまた私の頭を撫でた。
「そうだね……ヨルマなら呼べる?」
「よるま……」
「そう、いい子だ。ご褒美にもう一度耳をいじめてあげようか」
「やっ、耳好きなの!(それだけはやめて)」
「う~ん説得力ゼロ! おじさん楽しくなってきちゃった。君も楽しいかな? 公共の場で性癖ぶちまけてドキドキしてる?」
「っ、~!!」
何も言えなくなってシンプルに暴力に頼る。でも殴られ慣れているのか何度パンチしてもケラケラと笑って、「かわい~ベッドの上に乗せたら即オチ二コマしそう」なんてよく意味のわからないことを言っている。
とにかく誰かに助けを求めなきゃどうにもならなそうだ。ドラルクさんはすぐ死ぬし、ロナルドさんなら話が早いと思ってスマホを開く。助けてください……と。
「……」
「スーツとコートの間に入りたいです?」
「~!!」
「アハハそんな殴らないで、愛情表現かな?」
ちゃんとした文を打っているつもりなのに文面も汚染されていた。ロナルドさんに変な性癖を送りつける前にあわてて消す。次にドラルクさんの画面を開こうとしたところで__急にスマホが取り上げられた。
「っ!? んんん! んん!」
「ちょっと待ってね。……はいこれ、私のRINE入れといたよ。Y談なら是非私に送ってくれ!」
な、なにそれ……送るわけ……。……なんでちょっと嬉しいの。分かった、この人が下手に顔がいいから……それはもう認めるから、きっとそのせいだ。
「それじゃあそろそろお暇するとしよう。お会計はしておくけど、喋ったらY談が出るドキドキを抱えながら帰ってくれたまえ。それじゃ」
あ、と思ったけど引き止める言葉を持たない。返されたスマホを見ると〈♡ダーリン♡〉という名前で新しいトークルームができている。誰が! 誰の!
……まあ、三日ぐらいはこのままにしておいてもいいけど。