闇鍋
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「お、はようございます……」
やけに小さい声だと思ったら、〇が入ってきたところだった。
コイツは食事時こそ調理人だが、団員になった途端参謀に変わる。団長が大体方向を決めて、俺が計画を立てて、技巧的なことを〇が担当していた。
また、(本人は気づいていないようだが、)団長にえらく気に入られているコイツは好奇心旺盛で、それが団長の好戦的な性格と相まって、何をするか決めるときに呼ばれることもあるわけで……まァ、おじさんが苦労するって話だ。エイティーンにはついていけねェ、まったく。
そんなわけで今日も団長に呼ばれたんだろうが、なんだか様子がおかしい。調子でも悪いのか冷や汗をかいているようだ。
団長はいつも通りでなにか特別なことがあるわけでもなさそうだし……。
「おはよう〇」
「おはよう、神威……」
あった。
いつもうるさいくらいに団長団長と呼んでいる〇が、神威、と名を告げる。同時にすっとこどっこいの笑みが深まる。
「やっと俺の名前覚えてくれたんだ、嬉しいな」
「だって団長が……」
「神威でしょ」
「今度団長って呼んだらさ……」
迫り来る団長の黒い笑みに、〇が小さく悲鳴を漏らす。
「殺しちゃうぞ」
「はい分かりました神威さんっ!」
「呼び捨て」
「ぅ……神威」
「いい子だね。じゃ、忘れないでネ」
こいつは一体なにがあった。
〇は顔を赤くして耳を押さえているし、団長はいつもより機嫌が良さそうだ。ついにデキたか? いやその前か。〇は痛みや悲しみは抱え込んでしまう癖に、こういうことにはとことこん耐性がない。テレビでそれっぽいシーンが挟まれただけでも目をそらしているし、そういうことがあれば俺に絶対報告してくるはずだ。変な蝶が居たとか、よくある宇宙船が通って行ったとか、そんなことまで報告してくる子なのだから。
「それじゃあ次行くとこを決めるよ。阿伏兎、どこがある?」
「あ、ああ。裏切り者二匹が逃げ込んだ星と、警戒対象の薬剤が作られてる星がある」
「薬剤?」
「毒ガスだとか作ってんだとよ」
そこまでいうと、二人はいつも通りこう聞いてくる。
「物騒なのはどっち?」
「俺が暴れられるのは?」
「……薬剤がある方だ。虫取り網振り回すより、森ごと壊す方が好きだろ、お前ら」
「じゃあそっちにしよう。強いヤツは居るって?」
「一人一人は強くはねぇが、劇薬の扱いに長けた奴らだ。夜兎に効くヤツも作ってるだろうな」
「ふぅん。〇、ここに残っててね」
「? はぁい」
まったく、組織としてはもう片方の方が重要なんだがな。このすっとこどっこいどもはどうせ聞きやしねェ。
さて、俺の仕事だ。
■
今日はあの任務だから、元気が出るようにいっぱい作った。濃いめの下味をつけたお肉を焼いて、野菜も避けられないようにご飯に混ぜ込んで、かき玉の汁物をよそう。誰も気にしないだろうけど、その上に三葉も乗せて。
「はい、どーぞ」
「アリガト。おかわり」
「どーぞ」
「ウン。おかわり」
「どーぞ」
「おかわり」
「おかわりしすぎだぞ団長」
〇が調理人になってから食材が二倍のスピードで消えてるって、上から変に勘繰られたこともあるんだぞ……と、阿伏兎さん。そうなの? 初めて聞いた。
「夜兎にしてもよく食べるなあとは思ってました」
「お前さん食費見たら軽口叩けなくなるぞ」
「いーじゃん。阿伏兎だって前より食べてる癖に。しかも調理当番が団員の時はそんなでもないしさ」
「そうなんです?」
「あーあ、はいはいそうなんですー」
阿伏兎さんは適当に相槌を打ってご飯をかき込んだ。神威も合わせて食べ終わって、さて、と拳を握る。
「行ってこようかな」
「あ、うん。帰って来てね……」
……いつもこの瞬間は苦手だ。もちろん九割方はなんの心配もないのだけれど、それでもその一割が潜んでいやしないかって不安になるから。
地球だって元々は心配していなかったのに、最近は侍が居るとかで怪我してくることもあったし……。大したことないと思ってたものが、ほんとはすごかった、ってよくあることだもの。
それでも神威は団員を連れて、にっこり笑って。
「デザートなに?」
「プリン作っとく」
「じゃあ帰って来ないとね」
なんでもないようにぴょんっと跳び降りていってしまうの。
ここまで来たら私にできることはなんにもない。約束通りプリンでも冷やして待っておくだけだ。あと録画してた番組とかテレビを占拠されて見れなかった映画とか見る。モンブランとかついでに作って食べちゃう。独り占めだ。
次はなにをしようかな、と艦内をふらついていたところ、どこかでガスの抜けるような音がした。団員がなんかやりっぱで行っちゃったのかな。ええと……?
力のない者には知恵が宿る。そうしないと生きられないから。
拳銃を突きつけることもなしに、容赦なく冷たいものをかけられて、それから。
■
起きたら固いベッドに寝ていた。思わず「寝心地悪っ」と呟いてしまうと、誰かやってくる気配がする。やらかした。
でも……うーん、多分星を移動させられたりはしてないな。近くにみんな居そう。残ったやばいことは、艦内に入られたっぽいことと、かけられた液体がなんだったのかということ。
艦内にある大半の機密情報には色々ロックがかかっているからいいとして、テレビはつけっぱだしキッチンも片付けてないし色々あとで怒られそう。
それから__。
「質問に答えろ」
点滴されてるこの液体、紫色してるの。
やってきたのは白マスクの薬剤師のような出で立ちの男だった。反抗する気を無くすためにか、二人強そうな人を連れている。うちの団員に比べたらすごく弱そうだけどそれは秘密。なんにせよちょっとめんどくさそうだ。
「あの__」
「お前からの質問は受けつけていない。体温と血圧を測るぞ」
「あ、どうぞー」
意外ときっちりやるんだ。
男はそれから身長体重を測って、血液を少し抜いて、私を再びベッドに縛りつけると出ていった。ちょっと拘束の強い治験じゃん。
それにしても、第七師団は今頃どうしているだろう。目的の工場とこの施設は同じものなのか、隣接でもしているのか、それとも離れているのか。もし目的の工場は破壊し終わっていたとしたら……? ああ、置いてかれるのはやだな。
それから四時間くらいして、再び男が来た。平気そうな私に首をかしげている。
「お前本当に夜兎か?」
「え?」
「こんなことは初めてだ……耐性があるやつもいるなんて……」
……。
夜兎じゃないです。
とも言えず、ぐっと黙る。本当のことがばれたらよく効くお薬を処方されてしまうかもしれないから。
確かに団長たちに合わせて似たような服を着ているし、パッと見分けはつかないものなのかしら。夜兎が来る、と思うあまり夜兎しか来ないと勘違いしてしまったのかも。
「おい、これはやめだ。こいつには……」
男が紫色の薬剤を外した。解放されるかも、そう思った瞬間、その期待は見事に裏切られて。
「これをやる」
どす黒い液体が入った注射を構え、男は笑った。
やばい、これはいけないってよく分かる。
嫌な汗が背中を伝って服を湿らせる。だめだ。どうしよう。
敵に涙は見せたくなくてぎゅっと目をつむった、その時__誰か別の人が走り込んで来た。
男になにか報告がある様子で、慌てすぎて私に注意が向いていないようだ。
「__ですから、本部が壊滅しまして、ただちに薬剤だけ詰めて船に乗らないと」
「うるさい、今いいところ……本部が? 何故?」
「春雨です! 周辺施設も順番に壊されていまして……」
「そんなことを聞きたいんじゃない。何故壊されたかと聞いている。夜兎専用の毒ガスがあったはず……」
ここで、男は私を見た。なにか気づいたようだったが、その気づきは明らかに間違ってますよ、とも言えなくて。
「……そうか。第七師団は薬剤への耐性を身につけているのか……!」
多分身につけてないと思うよ。
「ならば仕方あるまい」
まさか。
男はなにか指示を出して、私に向き直って笑う。笑う。笑う。
こいつ、さっきの黒いやつを……!
「ああ、そうとも。あれは死にこそ至らないが、どんな種族にも潰しが効く。その上耐性があろうと薬剤を入りやすくできる……」
「下ごしらえじゃん……」
「お前やられる側だって分かってる? うお、っと!」
そんなことさせない。
私の投げた毒針をなんとか避けて、男は盛大に転んだ。そして文句を言いたげな目をしていたけれど、男が避けたせいで当たった他二人がばったりと倒れたのを見て息を呑む。
「……分かってるよ」
「私の立場くらいね!」
追加の針は報告に来た人に当たった。あと一人。だけど転ばれたせいで当てようにも当てられなくて、縛られているせいもあり攻撃に出られない。その上針は残り一本だった。
静かになった私の様子を見て、男は暫く様子を伺った後、はは、はははっ、と笑い出す。
「なんだ、これで終わりか? 大したことない。いいか、お前一人くらい居なくても分からないんだ。さっきから静かだろう、春雨の奴らは引き上げたんだろうさ」
「……」
「薄情なもんだな。艦に残ってたのもお前が弱いからだったか? 忘れられるのも当然だな」
「……は…………ない」
「仲間にこれを使われるのがそんなに嫌なら、お前に何十人ぶんでも打ってやる。置いていかれたお前の為にな!」
「団長はそんなことしない!」
「殺しちゃうぞ、って言っただろ」
一撃だった。
屋根が崩れて、周りは瓦礫に埋められた。
立っているのはただ一人、我らが第七師団団長、神威だけ。
見たことないくらい不機嫌で、片手にDVDのケースを持っている、神威だけ。
「あ……」
「これなに?」
「ごめんなさい」
しまった、全部ばれた。
すぐに阿伏兎さんも上から降りて来て、縛られている私を見るとため息をつく。
「お前な、菓子広げすぎだ」
「すみません……」
神威は私を拘束していた縄をちぎっては投げ、血液を取られた注射器も踏み潰した。用心して周りに居た人たちを確認してみたけれど、見事に全員潰れている。
そのまま俵抱きにされて向かう先は勿論艦だ。
色々言われつつ帰りながら、その体温に安心する。
良かった、ちゃんと帰ってきた、と。
「ね、神威」
「……」
「かっこよかったよ」
「……しょうがないな」
俵抱きが横抱きに変わる。首に腕を回して顔を埋めると、普通にしては速い鼓動が神威からも聞こえた。
やけに小さい声だと思ったら、〇が入ってきたところだった。
コイツは食事時こそ調理人だが、団員になった途端参謀に変わる。団長が大体方向を決めて、俺が計画を立てて、技巧的なことを〇が担当していた。
また、(本人は気づいていないようだが、)団長にえらく気に入られているコイツは好奇心旺盛で、それが団長の好戦的な性格と相まって、何をするか決めるときに呼ばれることもあるわけで……まァ、おじさんが苦労するって話だ。エイティーンにはついていけねェ、まったく。
そんなわけで今日も団長に呼ばれたんだろうが、なんだか様子がおかしい。調子でも悪いのか冷や汗をかいているようだ。
団長はいつも通りでなにか特別なことがあるわけでもなさそうだし……。
「おはよう〇」
「おはよう、神威……」
あった。
いつもうるさいくらいに団長団長と呼んでいる〇が、神威、と名を告げる。同時にすっとこどっこいの笑みが深まる。
「やっと俺の名前覚えてくれたんだ、嬉しいな」
「だって団長が……」
「神威でしょ」
「今度団長って呼んだらさ……」
迫り来る団長の黒い笑みに、〇が小さく悲鳴を漏らす。
「殺しちゃうぞ」
「はい分かりました神威さんっ!」
「呼び捨て」
「ぅ……神威」
「いい子だね。じゃ、忘れないでネ」
こいつは一体なにがあった。
〇は顔を赤くして耳を押さえているし、団長はいつもより機嫌が良さそうだ。ついにデキたか? いやその前か。〇は痛みや悲しみは抱え込んでしまう癖に、こういうことにはとことこん耐性がない。テレビでそれっぽいシーンが挟まれただけでも目をそらしているし、そういうことがあれば俺に絶対報告してくるはずだ。変な蝶が居たとか、よくある宇宙船が通って行ったとか、そんなことまで報告してくる子なのだから。
「それじゃあ次行くとこを決めるよ。阿伏兎、どこがある?」
「あ、ああ。裏切り者二匹が逃げ込んだ星と、警戒対象の薬剤が作られてる星がある」
「薬剤?」
「毒ガスだとか作ってんだとよ」
そこまでいうと、二人はいつも通りこう聞いてくる。
「物騒なのはどっち?」
「俺が暴れられるのは?」
「……薬剤がある方だ。虫取り網振り回すより、森ごと壊す方が好きだろ、お前ら」
「じゃあそっちにしよう。強いヤツは居るって?」
「一人一人は強くはねぇが、劇薬の扱いに長けた奴らだ。夜兎に効くヤツも作ってるだろうな」
「ふぅん。〇、ここに残っててね」
「? はぁい」
まったく、組織としてはもう片方の方が重要なんだがな。このすっとこどっこいどもはどうせ聞きやしねェ。
さて、俺の仕事だ。
■
今日はあの任務だから、元気が出るようにいっぱい作った。濃いめの下味をつけたお肉を焼いて、野菜も避けられないようにご飯に混ぜ込んで、かき玉の汁物をよそう。誰も気にしないだろうけど、その上に三葉も乗せて。
「はい、どーぞ」
「アリガト。おかわり」
「どーぞ」
「ウン。おかわり」
「どーぞ」
「おかわり」
「おかわりしすぎだぞ団長」
〇が調理人になってから食材が二倍のスピードで消えてるって、上から変に勘繰られたこともあるんだぞ……と、阿伏兎さん。そうなの? 初めて聞いた。
「夜兎にしてもよく食べるなあとは思ってました」
「お前さん食費見たら軽口叩けなくなるぞ」
「いーじゃん。阿伏兎だって前より食べてる癖に。しかも調理当番が団員の時はそんなでもないしさ」
「そうなんです?」
「あーあ、はいはいそうなんですー」
阿伏兎さんは適当に相槌を打ってご飯をかき込んだ。神威も合わせて食べ終わって、さて、と拳を握る。
「行ってこようかな」
「あ、うん。帰って来てね……」
……いつもこの瞬間は苦手だ。もちろん九割方はなんの心配もないのだけれど、それでもその一割が潜んでいやしないかって不安になるから。
地球だって元々は心配していなかったのに、最近は侍が居るとかで怪我してくることもあったし……。大したことないと思ってたものが、ほんとはすごかった、ってよくあることだもの。
それでも神威は団員を連れて、にっこり笑って。
「デザートなに?」
「プリン作っとく」
「じゃあ帰って来ないとね」
なんでもないようにぴょんっと跳び降りていってしまうの。
ここまで来たら私にできることはなんにもない。約束通りプリンでも冷やして待っておくだけだ。あと録画してた番組とかテレビを占拠されて見れなかった映画とか見る。モンブランとかついでに作って食べちゃう。独り占めだ。
次はなにをしようかな、と艦内をふらついていたところ、どこかでガスの抜けるような音がした。団員がなんかやりっぱで行っちゃったのかな。ええと……?
力のない者には知恵が宿る。そうしないと生きられないから。
拳銃を突きつけることもなしに、容赦なく冷たいものをかけられて、それから。
■
起きたら固いベッドに寝ていた。思わず「寝心地悪っ」と呟いてしまうと、誰かやってくる気配がする。やらかした。
でも……うーん、多分星を移動させられたりはしてないな。近くにみんな居そう。残ったやばいことは、艦内に入られたっぽいことと、かけられた液体がなんだったのかということ。
艦内にある大半の機密情報には色々ロックがかかっているからいいとして、テレビはつけっぱだしキッチンも片付けてないし色々あとで怒られそう。
それから__。
「質問に答えろ」
点滴されてるこの液体、紫色してるの。
やってきたのは白マスクの薬剤師のような出で立ちの男だった。反抗する気を無くすためにか、二人強そうな人を連れている。うちの団員に比べたらすごく弱そうだけどそれは秘密。なんにせよちょっとめんどくさそうだ。
「あの__」
「お前からの質問は受けつけていない。体温と血圧を測るぞ」
「あ、どうぞー」
意外ときっちりやるんだ。
男はそれから身長体重を測って、血液を少し抜いて、私を再びベッドに縛りつけると出ていった。ちょっと拘束の強い治験じゃん。
それにしても、第七師団は今頃どうしているだろう。目的の工場とこの施設は同じものなのか、隣接でもしているのか、それとも離れているのか。もし目的の工場は破壊し終わっていたとしたら……? ああ、置いてかれるのはやだな。
それから四時間くらいして、再び男が来た。平気そうな私に首をかしげている。
「お前本当に夜兎か?」
「え?」
「こんなことは初めてだ……耐性があるやつもいるなんて……」
……。
夜兎じゃないです。
とも言えず、ぐっと黙る。本当のことがばれたらよく効くお薬を処方されてしまうかもしれないから。
確かに団長たちに合わせて似たような服を着ているし、パッと見分けはつかないものなのかしら。夜兎が来る、と思うあまり夜兎しか来ないと勘違いしてしまったのかも。
「おい、これはやめだ。こいつには……」
男が紫色の薬剤を外した。解放されるかも、そう思った瞬間、その期待は見事に裏切られて。
「これをやる」
どす黒い液体が入った注射を構え、男は笑った。
やばい、これはいけないってよく分かる。
嫌な汗が背中を伝って服を湿らせる。だめだ。どうしよう。
敵に涙は見せたくなくてぎゅっと目をつむった、その時__誰か別の人が走り込んで来た。
男になにか報告がある様子で、慌てすぎて私に注意が向いていないようだ。
「__ですから、本部が壊滅しまして、ただちに薬剤だけ詰めて船に乗らないと」
「うるさい、今いいところ……本部が? 何故?」
「春雨です! 周辺施設も順番に壊されていまして……」
「そんなことを聞きたいんじゃない。何故壊されたかと聞いている。夜兎専用の毒ガスがあったはず……」
ここで、男は私を見た。なにか気づいたようだったが、その気づきは明らかに間違ってますよ、とも言えなくて。
「……そうか。第七師団は薬剤への耐性を身につけているのか……!」
多分身につけてないと思うよ。
「ならば仕方あるまい」
まさか。
男はなにか指示を出して、私に向き直って笑う。笑う。笑う。
こいつ、さっきの黒いやつを……!
「ああ、そうとも。あれは死にこそ至らないが、どんな種族にも潰しが効く。その上耐性があろうと薬剤を入りやすくできる……」
「下ごしらえじゃん……」
「お前やられる側だって分かってる? うお、っと!」
そんなことさせない。
私の投げた毒針をなんとか避けて、男は盛大に転んだ。そして文句を言いたげな目をしていたけれど、男が避けたせいで当たった他二人がばったりと倒れたのを見て息を呑む。
「……分かってるよ」
「私の立場くらいね!」
追加の針は報告に来た人に当たった。あと一人。だけど転ばれたせいで当てようにも当てられなくて、縛られているせいもあり攻撃に出られない。その上針は残り一本だった。
静かになった私の様子を見て、男は暫く様子を伺った後、はは、はははっ、と笑い出す。
「なんだ、これで終わりか? 大したことない。いいか、お前一人くらい居なくても分からないんだ。さっきから静かだろう、春雨の奴らは引き上げたんだろうさ」
「……」
「薄情なもんだな。艦に残ってたのもお前が弱いからだったか? 忘れられるのも当然だな」
「……は…………ない」
「仲間にこれを使われるのがそんなに嫌なら、お前に何十人ぶんでも打ってやる。置いていかれたお前の為にな!」
「団長はそんなことしない!」
「殺しちゃうぞ、って言っただろ」
一撃だった。
屋根が崩れて、周りは瓦礫に埋められた。
立っているのはただ一人、我らが第七師団団長、神威だけ。
見たことないくらい不機嫌で、片手にDVDのケースを持っている、神威だけ。
「あ……」
「これなに?」
「ごめんなさい」
しまった、全部ばれた。
すぐに阿伏兎さんも上から降りて来て、縛られている私を見るとため息をつく。
「お前な、菓子広げすぎだ」
「すみません……」
神威は私を拘束していた縄をちぎっては投げ、血液を取られた注射器も踏み潰した。用心して周りに居た人たちを確認してみたけれど、見事に全員潰れている。
そのまま俵抱きにされて向かう先は勿論艦だ。
色々言われつつ帰りながら、その体温に安心する。
良かった、ちゃんと帰ってきた、と。
「ね、神威」
「……」
「かっこよかったよ」
「……しょうがないな」
俵抱きが横抱きに変わる。首に腕を回して顔を埋めると、普通にしては速い鼓動が神威からも聞こえた。