荘園
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中庭で眠りについたのが最後の記憶だった。目を覚ますと空はとっくに月を吊り下げていてサアッと血の気が引く。なにせ荘園は夜間外出禁止なのだ。早く戻らなければなにを言われてしまうか分からない。
慌てて立ち上がり館内へ向かう。見たところなにも異常は無さそうだけれど、どうしてこんなルールがあるのかな……と思った矢先に異変は起きた。ドアノブを回そうとしても回らないのだ。
「うそ、朝まで締め出し……?」
「おや、ふふ、いけない子がいるようですね」
「へ!?」
聞き慣れた、けれどこの場に似つかわしくない声に体が強張る。満月の下で大きく傘を開いて佇んでいたのは白無常こと謝必安その人だった。夜のためか残花の涙を着てゆったりとしている。
もしかしてルールを破ったサバイバーを罰するために見張りをしているのだろうか。で、あれば私はかなり不味いことをしているのでは? ……と思うのと相反して心は歓喜に跳び跳ねていた。
私は必安さんのことが好きだ。必安さんに会えるなら少しくらいの罰は喜んで受け入れる。大好きを越えて最早信仰に近いそれは日に日に積み重なって、むしろ寝落ちた自分に感謝をした。
「……■■〇と言いましたね」
「は、ハイ!? 〇です……!」
「今日はどのような予定で?」
「え? 別に、特になにもありませんけど……」
ゲームがあったら参加して疲れたら寝るだけだ。なにかあったっけ、と考えても分からない。中国の祝日でもないはずだけれど。
「……」
「?」
「差し上げます」
必安さんは小包を取り出して渡してきた。めでたそうに赤い紙でラッピングされたそれには銀色の花が咲いている。どうしてプレゼントを? 不思議に思うけれど必安さんから貰えるのなら風邪でも嬉しい。
「あ、ありがとうございます。墓場まで持っていきますね……!」
「開けなさい」
「でもラッピングが……」
「包装紙は取るためにあるんですよ。私がビリビリに破いてあげましょうか?」
「ひっ、開けますからやめてください!」
破らないように丁寧にラッピングを外せば白い箱が出てきた。箱の中に納められていたのは美しい鼈甲の櫛。月光にかざしてみれば更に透き通って輝いた。
必安さんは私の顔を見て満足そうにしている。そんなに顔に出ているのかと思うと多少恥ずかしいけれど、この喜びは抑えられない。
「ほんとうにこれ、私に……?」
「ええ。祝いの品です」
「祝い?」
そう言われてもなんのお祝い? きょとんとした私に必安さんは呆れて笑いだした。
「やはり分からないのですね。私は荘園主から聞いたのですが……本人が知らないなんて」
「わ、私ですか? なんでしょう……昨日のゲームで頑張ったご褒美ですか?」
「あなた黄衣の王に救助狩りされてたじゃないですか」
「うっ」
凄まじい速さで触手に弾かれた記憶が蘇って口をつぐむ。必安さんが見ていたならもっと頑張ったのに。飛んでったピアソンさんごめんね……。
じゃなくて。
「本当になんでしょう……?」
「……誕生日を祝うという概念をご存知ですか?」
「え」
「あなた、今日誕生日ですよ」
誕生、日?
知らなかった。この荘園では珍しいことでもないが、あまり恵まれた環境で育ってはいないから。
今日だったんだ……へえ……。
「じゃあこれって誕生日プレゼントですか!?」
「そうだと言っているでしょう」
「あわ、えっ、えっと」
「……不器用なんですから」
上手に喜ぼうとしなくても伝わるものです、と必安さんは呆れて笑った。だって初めての誕生日プレゼントというものに心臓がバクバクと音を上げていて静まらない。
私にもこんな風に祝われる権利があったの?
もらっていいの?
そんな意を込めて必安さんを見上げると肯定の眼差しが降ってきて、改めて櫛を握りしめた。
「あ、りがとう……ございます。なんかわたし、普通の人みたいで」
「ええ」
「普通っていうか、多数派っていうか、その、健全な人間になれたみたいで……嬉しいです」
「不健全な台詞ですねえ」
必安さんは酷く優しい声で私の名を呼んで、庭のベンチに二人で腰かけた。月明かりすらもこの日を祝うように花たちを起こして、銀色のヴェールをかけている。
「こちらを」
「?」
頬に冷たい手を当てられて上を向く。すると彼は背をまるめて大樹のように私に覆い被さり唇を撫でた。黒髪に閉じ込められて__息が、できなくなる。
「ん……っ!?」
「こら、逃げないといけないでしょうに」
花たちにすら見せないというような口づけだった。常日頃からアピールしているのだから、私の想いなど見透かしているだろうに酷い人だ。そんなに誘うような瞳をされたら逃げられる訳がない。
必安さんの絹糸のように垂れた髪を耳にかけると、彼はくすぐったそうに吐息を漏らす。
「あの、どうして__」
「ふふ……櫛を贈る意味を?」
「え? いえ……」
「教えて差し上げましょうか」
手にしていた櫛を取り上げられて、さらりと髪を梳かれる。
「他の国はどうだか知りませんが……私の故郷では愛の印とされていて」
「愛の……!?」
「ええ。そして、あなたと連れ添いたいと……そういう訳なのです」
神さまが私を見つめている。ただこの人を好きでいられたらそれでよかったのに、期待していなかったお返しがあまりにも熱くてくらりとする。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔ですね。……あなたは一方的に私を見ているつもりだったのでしょうね」
「だっ、て……そんな……」
「それで__応えていただけますか?」
そんなふうに聞かれたら戸惑っている暇なんかない。答えなんて決まっていて、その通りに声を出すだけでよかった。
慌てて立ち上がり館内へ向かう。見たところなにも異常は無さそうだけれど、どうしてこんなルールがあるのかな……と思った矢先に異変は起きた。ドアノブを回そうとしても回らないのだ。
「うそ、朝まで締め出し……?」
「おや、ふふ、いけない子がいるようですね」
「へ!?」
聞き慣れた、けれどこの場に似つかわしくない声に体が強張る。満月の下で大きく傘を開いて佇んでいたのは白無常こと謝必安その人だった。夜のためか残花の涙を着てゆったりとしている。
もしかしてルールを破ったサバイバーを罰するために見張りをしているのだろうか。で、あれば私はかなり不味いことをしているのでは? ……と思うのと相反して心は歓喜に跳び跳ねていた。
私は必安さんのことが好きだ。必安さんに会えるなら少しくらいの罰は喜んで受け入れる。大好きを越えて最早信仰に近いそれは日に日に積み重なって、むしろ寝落ちた自分に感謝をした。
「……■■〇と言いましたね」
「は、ハイ!? 〇です……!」
「今日はどのような予定で?」
「え? 別に、特になにもありませんけど……」
ゲームがあったら参加して疲れたら寝るだけだ。なにかあったっけ、と考えても分からない。中国の祝日でもないはずだけれど。
「……」
「?」
「差し上げます」
必安さんは小包を取り出して渡してきた。めでたそうに赤い紙でラッピングされたそれには銀色の花が咲いている。どうしてプレゼントを? 不思議に思うけれど必安さんから貰えるのなら風邪でも嬉しい。
「あ、ありがとうございます。墓場まで持っていきますね……!」
「開けなさい」
「でもラッピングが……」
「包装紙は取るためにあるんですよ。私がビリビリに破いてあげましょうか?」
「ひっ、開けますからやめてください!」
破らないように丁寧にラッピングを外せば白い箱が出てきた。箱の中に納められていたのは美しい鼈甲の櫛。月光にかざしてみれば更に透き通って輝いた。
必安さんは私の顔を見て満足そうにしている。そんなに顔に出ているのかと思うと多少恥ずかしいけれど、この喜びは抑えられない。
「ほんとうにこれ、私に……?」
「ええ。祝いの品です」
「祝い?」
そう言われてもなんのお祝い? きょとんとした私に必安さんは呆れて笑いだした。
「やはり分からないのですね。私は荘園主から聞いたのですが……本人が知らないなんて」
「わ、私ですか? なんでしょう……昨日のゲームで頑張ったご褒美ですか?」
「あなた黄衣の王に救助狩りされてたじゃないですか」
「うっ」
凄まじい速さで触手に弾かれた記憶が蘇って口をつぐむ。必安さんが見ていたならもっと頑張ったのに。飛んでったピアソンさんごめんね……。
じゃなくて。
「本当になんでしょう……?」
「……誕生日を祝うという概念をご存知ですか?」
「え」
「あなた、今日誕生日ですよ」
誕生、日?
知らなかった。この荘園では珍しいことでもないが、あまり恵まれた環境で育ってはいないから。
今日だったんだ……へえ……。
「じゃあこれって誕生日プレゼントですか!?」
「そうだと言っているでしょう」
「あわ、えっ、えっと」
「……不器用なんですから」
上手に喜ぼうとしなくても伝わるものです、と必安さんは呆れて笑った。だって初めての誕生日プレゼントというものに心臓がバクバクと音を上げていて静まらない。
私にもこんな風に祝われる権利があったの?
もらっていいの?
そんな意を込めて必安さんを見上げると肯定の眼差しが降ってきて、改めて櫛を握りしめた。
「あ、りがとう……ございます。なんかわたし、普通の人みたいで」
「ええ」
「普通っていうか、多数派っていうか、その、健全な人間になれたみたいで……嬉しいです」
「不健全な台詞ですねえ」
必安さんは酷く優しい声で私の名を呼んで、庭のベンチに二人で腰かけた。月明かりすらもこの日を祝うように花たちを起こして、銀色のヴェールをかけている。
「こちらを」
「?」
頬に冷たい手を当てられて上を向く。すると彼は背をまるめて大樹のように私に覆い被さり唇を撫でた。黒髪に閉じ込められて__息が、できなくなる。
「ん……っ!?」
「こら、逃げないといけないでしょうに」
花たちにすら見せないというような口づけだった。常日頃からアピールしているのだから、私の想いなど見透かしているだろうに酷い人だ。そんなに誘うような瞳をされたら逃げられる訳がない。
必安さんの絹糸のように垂れた髪を耳にかけると、彼はくすぐったそうに吐息を漏らす。
「あの、どうして__」
「ふふ……櫛を贈る意味を?」
「え? いえ……」
「教えて差し上げましょうか」
手にしていた櫛を取り上げられて、さらりと髪を梳かれる。
「他の国はどうだか知りませんが……私の故郷では愛の印とされていて」
「愛の……!?」
「ええ。そして、あなたと連れ添いたいと……そういう訳なのです」
神さまが私を見つめている。ただこの人を好きでいられたらそれでよかったのに、期待していなかったお返しがあまりにも熱くてくらりとする。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔ですね。……あなたは一方的に私を見ているつもりだったのでしょうね」
「だっ、て……そんな……」
「それで__応えていただけますか?」
そんなふうに聞かれたら戸惑っている暇なんかない。答えなんて決まっていて、その通りに声を出すだけでよかった。