荘園
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※二段落目にゲキウ匂わせあり
イライ巻き込んでイチャイチャしてるだけ
______
イライ・クラークの目覚めは予言と共にあった。揺らめく朧気な景色の中ではっきりと見えた二つの影はどちらも落ち込んで背を丸めている。一方が涙を堪えて放った一言にもう一方は動揺して動けなくなり、そして。
「途絶えたか……」
その先はなにも見えなかった。もちろん、この力の影響や愚か者の定めをイライは身をもって知っている。助言などしてはならぬとよくよく教えられた薬指が痛む。だけれどその上で困ってしまったのは二つの影がよく知る人のものだったからだ。
彼らはつい最近ようやく結ばれた恋人同士で、欲を出せない社交下手と弱みを見せられない臆病者という最高難易度の両片想いだった。周りがいくらセッティングしても彼らの天然にはスルーされ、かくいうイライもやきもきしていた身だ。その彼らに危機が迫っているのであれば……どうフォローを入れようかとイライはうんうん悩みながら臆病な彼女の部屋へ向かった。
彼女の部屋へ続く扉にはいつも葉書サイズの黒板が下がっている。昨夜描いたであろう棺のイラストが残っているあたり今日はまだ眠っているのだろうと、早起きなイライは少々申し訳なく思いながらも控えめに扉をノックした。
けれど出てきた動いた人影は彼女にしてはやけに背が高く、低い声で無愛想だった。
「……おはようございます」
「え、イソップくん?」
「ええ。……そういうことです」
〇の部屋から出てきたイソップが顎で示した先には起きたくないともごもご動く毛布の塊があった。床には投げ捨てるように衣服が散らばっており嫌でも"そういうこと"が分かってしまう。
「ごめん、邪魔したね。……だけど、君の部屋にも行くつもりだったんだ」
「僕にもですか?」
「ええっと、〇とは……仲が良いようでなによりだけど。気になっているけれど今はまだいい、なんて考えていることでもないかい?」
「……そうですね」
イソップはイライの言葉をいつもきちんと受け止めて考えてくれる。ただその姿が前を開いたシャツにトランクスだけというのが新鮮で、顎に手を当てている様も相まって普段より男らしく見えた。死んだ人間の重たさを考えれば彼に多少の筋肉があることくらい想像できそうなものだが、線が細く浴場にも来ないのだから仕方ない。
「あの」
「なにか思いついて__」
「いえ。寒いので中へどうぞ」
「えっ」
「寒いので」
「あ、うん……」
普通この状態で人を入れるものだろうか。焦っているイライにイソップは「イライさんならいいです。僕もいいですし、彼女もいいです」とすました顔を見せる。「布団ミノムシの隣にでも座ってください」というのは〇のことに違いない。
「ううん、イライさんが来たということはなにか視たんですよね……〇さん、どうですか。なにか悪い予感は?」
「ぅん……あ……? ぃらい、さん」
イソップが銀の髪をさらさらと梳かしながら〇をトントンとやさしい指先で叩く。すると〇はぽやぽやした目でイライを見つけてふにゃっと笑った。
「おはよ……ございます」
「お、はよう……」
ごく自然に受け入れられたことに驚きつつも挨拶を返す。しかしこのカップル、初めて唇を合わせるときもキスってどうやってするの!? と二人で乗り込んできたんだった……と思い出して常識的な言葉は飲み込んだ。布団ミノムシにキスを落として彼女の髪も梳き始めるイソップを見ながらイライはもう一度予言を思い出す。
たしかにあれはこの二人だった。しかし見た限りでは二人に問題は無さそうだ。イソップのめんどくささと彼女のめんどくささはちょうどはまって上手くいっている。歯磨きから化粧落としまで管理したいイソップに、おはようからおはようまで甘えたい〇。陽に囲まれるとイライに助けを求めるイソップに、こんがらがるとイライに助けを求める〇。
(我ながら母親みたいだ……)
「イライさん? クロワッサン食べます? ……はいはい、〇さんもどうぞ。お口開けてくださいね」
「ん、美味し。イソップくんも……イソップくん服着ないの?」
「あ、忘れてました。〇さんもほぼ下着じゃないですか」
「えへへ、そうだった。お揃いの着よう」
「……」
のんきにクローゼットを漁る二人に破局の影は見えない。そもそも先のことが視えるなんてイレギュラーなことであって普通はなにも分からないものなのだ。不安でも進むしかないし、見守るしかない。
結局はそうだ。なにもできることはないだろうと、イライは香ばしいバターの香りを立てているクロワッサンを受け取って立ち上がった。
「二人とも、私はもう行くよ。あなたたちなら乗り越えられるだろうから」
「えっ……イライさん行っちゃうんですか?」
「イライさん行っちゃう……? あ、あのね、えーと、あ! イソップくん私がいない間に私の部屋入ってるの知ってるんだからね!」
「エ!? そ、そんなことしてませんよ! 〇さんだってその、棺に入りたいからってわざと見つかりに行ってませんか?」
「え!? そ、そんなこと……」
どうしようか、自分を引き留めるために大分可愛らしい口喧嘩が始まってしまった。お互いの指摘することはどれもこれも図星らしく、二人で言い合っては冷や汗を書いて話をそらしている。この二人は喧嘩まで面白いらしかった。
「あとイソップくん、夜ばっかり流暢で外だと全然喋ってくれないし……」
「う、それは……他の皆さんがいるので……」
「……恋人の私もいるのに」
「……」
(……ん?)
なんだか見たことがある光景だ。初めてずらせない指摘をされてうぐっと言葉に詰まるイソップに頬を膨らませる〇。嫌な予感をひしひしと感じて口を開くものの、イソップの反撃の方が早かった。
「でも、そんな〇さんが泣いてすがってくれるのも僕にだけですよね」
外ではあなただって強がっているくせに、そんなニュアンスを込めて放った一言に〇は目を見開いた。長い睫毛に縁取られた瞳が呆然としている。
「……そうでしょう? 外で安心できていないのはあなたも同じです。だから、二人でいる内で許してほしい……どうですか?」
「……」
「はい、いい子ですね」
無言ですり寄ってきた〇を抱きしめて頭を撫でてやっている。お互い踏み込みすぎたと感じているのか揃って鼻を鳴らしていて、同時に決して離さないというようにそれぞれ相手の服を掴んでいた。
結末を見届けて肩の力が抜けた。そっと扉を開けて抜け出る。後日届いたクッキーの詰め合わせには、勝手に部屋に入りませんというイソップのサインと納棺されに行きませんという〇のサインが載せられた短い手紙が添えられていた。
イライ巻き込んでイチャイチャしてるだけ
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イライ・クラークの目覚めは予言と共にあった。揺らめく朧気な景色の中ではっきりと見えた二つの影はどちらも落ち込んで背を丸めている。一方が涙を堪えて放った一言にもう一方は動揺して動けなくなり、そして。
「途絶えたか……」
その先はなにも見えなかった。もちろん、この力の影響や愚か者の定めをイライは身をもって知っている。助言などしてはならぬとよくよく教えられた薬指が痛む。だけれどその上で困ってしまったのは二つの影がよく知る人のものだったからだ。
彼らはつい最近ようやく結ばれた恋人同士で、欲を出せない社交下手と弱みを見せられない臆病者という最高難易度の両片想いだった。周りがいくらセッティングしても彼らの天然にはスルーされ、かくいうイライもやきもきしていた身だ。その彼らに危機が迫っているのであれば……どうフォローを入れようかとイライはうんうん悩みながら臆病な彼女の部屋へ向かった。
彼女の部屋へ続く扉にはいつも葉書サイズの黒板が下がっている。昨夜描いたであろう棺のイラストが残っているあたり今日はまだ眠っているのだろうと、早起きなイライは少々申し訳なく思いながらも控えめに扉をノックした。
けれど出てきた動いた人影は彼女にしてはやけに背が高く、低い声で無愛想だった。
「……おはようございます」
「え、イソップくん?」
「ええ。……そういうことです」
〇の部屋から出てきたイソップが顎で示した先には起きたくないともごもご動く毛布の塊があった。床には投げ捨てるように衣服が散らばっており嫌でも"そういうこと"が分かってしまう。
「ごめん、邪魔したね。……だけど、君の部屋にも行くつもりだったんだ」
「僕にもですか?」
「ええっと、〇とは……仲が良いようでなによりだけど。気になっているけれど今はまだいい、なんて考えていることでもないかい?」
「……そうですね」
イソップはイライの言葉をいつもきちんと受け止めて考えてくれる。ただその姿が前を開いたシャツにトランクスだけというのが新鮮で、顎に手を当てている様も相まって普段より男らしく見えた。死んだ人間の重たさを考えれば彼に多少の筋肉があることくらい想像できそうなものだが、線が細く浴場にも来ないのだから仕方ない。
「あの」
「なにか思いついて__」
「いえ。寒いので中へどうぞ」
「えっ」
「寒いので」
「あ、うん……」
普通この状態で人を入れるものだろうか。焦っているイライにイソップは「イライさんならいいです。僕もいいですし、彼女もいいです」とすました顔を見せる。「布団ミノムシの隣にでも座ってください」というのは〇のことに違いない。
「ううん、イライさんが来たということはなにか視たんですよね……〇さん、どうですか。なにか悪い予感は?」
「ぅん……あ……? ぃらい、さん」
イソップが銀の髪をさらさらと梳かしながら〇をトントンとやさしい指先で叩く。すると〇はぽやぽやした目でイライを見つけてふにゃっと笑った。
「おはよ……ございます」
「お、はよう……」
ごく自然に受け入れられたことに驚きつつも挨拶を返す。しかしこのカップル、初めて唇を合わせるときもキスってどうやってするの!? と二人で乗り込んできたんだった……と思い出して常識的な言葉は飲み込んだ。布団ミノムシにキスを落として彼女の髪も梳き始めるイソップを見ながらイライはもう一度予言を思い出す。
たしかにあれはこの二人だった。しかし見た限りでは二人に問題は無さそうだ。イソップのめんどくささと彼女のめんどくささはちょうどはまって上手くいっている。歯磨きから化粧落としまで管理したいイソップに、おはようからおはようまで甘えたい〇。陽に囲まれるとイライに助けを求めるイソップに、こんがらがるとイライに助けを求める〇。
(我ながら母親みたいだ……)
「イライさん? クロワッサン食べます? ……はいはい、〇さんもどうぞ。お口開けてくださいね」
「ん、美味し。イソップくんも……イソップくん服着ないの?」
「あ、忘れてました。〇さんもほぼ下着じゃないですか」
「えへへ、そうだった。お揃いの着よう」
「……」
のんきにクローゼットを漁る二人に破局の影は見えない。そもそも先のことが視えるなんてイレギュラーなことであって普通はなにも分からないものなのだ。不安でも進むしかないし、見守るしかない。
結局はそうだ。なにもできることはないだろうと、イライは香ばしいバターの香りを立てているクロワッサンを受け取って立ち上がった。
「二人とも、私はもう行くよ。あなたたちなら乗り越えられるだろうから」
「えっ……イライさん行っちゃうんですか?」
「イライさん行っちゃう……? あ、あのね、えーと、あ! イソップくん私がいない間に私の部屋入ってるの知ってるんだからね!」
「エ!? そ、そんなことしてませんよ! 〇さんだってその、棺に入りたいからってわざと見つかりに行ってませんか?」
「え!? そ、そんなこと……」
どうしようか、自分を引き留めるために大分可愛らしい口喧嘩が始まってしまった。お互いの指摘することはどれもこれも図星らしく、二人で言い合っては冷や汗を書いて話をそらしている。この二人は喧嘩まで面白いらしかった。
「あとイソップくん、夜ばっかり流暢で外だと全然喋ってくれないし……」
「う、それは……他の皆さんがいるので……」
「……恋人の私もいるのに」
「……」
(……ん?)
なんだか見たことがある光景だ。初めてずらせない指摘をされてうぐっと言葉に詰まるイソップに頬を膨らませる〇。嫌な予感をひしひしと感じて口を開くものの、イソップの反撃の方が早かった。
「でも、そんな〇さんが泣いてすがってくれるのも僕にだけですよね」
外ではあなただって強がっているくせに、そんなニュアンスを込めて放った一言に〇は目を見開いた。長い睫毛に縁取られた瞳が呆然としている。
「……そうでしょう? 外で安心できていないのはあなたも同じです。だから、二人でいる内で許してほしい……どうですか?」
「……」
「はい、いい子ですね」
無言ですり寄ってきた〇を抱きしめて頭を撫でてやっている。お互い踏み込みすぎたと感じているのか揃って鼻を鳴らしていて、同時に決して離さないというようにそれぞれ相手の服を掴んでいた。
結末を見届けて肩の力が抜けた。そっと扉を開けて抜け出る。後日届いたクッキーの詰め合わせには、勝手に部屋に入りませんというイソップのサインと納棺されに行きませんという〇のサインが載せられた短い手紙が添えられていた。