夜行梟
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夜行さんの元へ通うのも今日で四度め。という訳でまた森への道を歩いている。そういえばこの辺りには香草の群生地帯があったはずなので、少し迂回していけば良いお土産が増えるかもしれない。
ぐるっと回って行けば甘い香りが風に運ばれて鼻孔をくすぐった。つい嬉しくなって駆け寄りいくつか見てみる。
「これなら……」
「あの」
「ひえっ!?」
誰か先客が居たらしい。突然かけられた声に驚いて転びそうになるところをなんとか耐えた。
あちらもあちらで驚いた私の声に驚いているようで戸惑いがちにこちらを見ている。それはゴツゴツしたマスクで口元を隠した奇妙な服装の男性だった。見慣れなさでは夜行さんに勝るとも劣らない。もしかして知り合い? なんだか、目が黒いし……。
少し怖くて後退ると、向こうは困ったように頭をかいた。
「すみません、ここに人が居るとは……お近くの方ですか?」
「まあ……そんなところですけど」
「そうですか。……この辺りにはあまり来ない方がいいですよ」
気まずそうに言うその人とは一向に目が合わない。だけどこの人は人間だな。なんのお仕事をしている人なんだろう? 不思議に思いながら全身を見てみても、重たそうな革張りの箱が気になる程度だった。
「この辺りになにかあるんですか?」
「はい、魔物とか出ますし……危ないです。村の方にも被害が及びます」
「でも……この辺りでは聞いたことないんですけど」
「……それは」
それ以上言葉は続かなかった。彼は俯いて影を見ると、もう時間だ、と呟いて背を向ける。
けれど最後にこう言った。「梟にはお気をつけて」と。
「っていうことなんです……知り合いですか?」
「知ってはいるけれど味方ではないね」
夜行さんはミントの効いたお茶を飲みながら首を振った。あんな人を知ってるんだ……やっぱりこの人の世界は私とは違うみたい。そんな不思議な世界への入口が目の前に広がっているのにお菓子を食べているなんて、私がのんびり屋すぎるのかもしれないけれど。
「……夜行さんてほんとに魔物なんですね」
「おや、どうして?」
「いっつも仮面つけてるし、そんな服他じゃ見たことないし、飛んでたし、それに」
「まだあるのかい」「ええ!」
とびっきりの神秘。それは雪のように白く清らかな髪だった。普段は見えないけれど湯浴みをしたときに見たそれは今でも忘れられないくらい美しくて、白鳥でさえも霞むほど。そのことを伝えれば彼はぽかんと口を開け、少ししてくすくすと笑いだす。
「眼より髪か。へえ……」
「目は……見ちゃいけない気がして」
「見る?」
「うわっ」
「酷いな」
だって彼の目は勿忘草の色をしているのだもの。前は一瞬見ただけに留められたけれど、一度見てしまうと逃れられない。深く深く見入ってしまう。こんな風に__
「こら」
頬を両手で挟まれてぱしゃん、と叩かれると同時に体の力が抜ける。夜行梟さんは混乱する私を撫でて仮面をつけ直した。その瞳には哀の色が滲む。
「あ__ご、ごめんなさい、わたし」
「いいんだ。ヒトに求める方が酷だよ」
「……魔物なら耐えられるんですか」
嫌だ、彼が寂しそうだ。もっと近づきたいのに、大丈夫だよって言いたいのに、あの瞳は私を虜にしてしまう。悔しさを隠して尋ねると夜行梟さんは考えて言った。
「そうだね、鷹の……あとは彼女かな」
「彼女?」
「窓を見てごらん」
窓では一羽の梟が丸い体を震わせて毛繕いをしていた。夜行梟さんの眼と同じ色をした羽毛を見れば一瞬で彼と深い関係にあるのだろうと分かる。
「相棒だよ。きっと〇にも懐く」
彼がそう言うとぱちりと目が合った。梟は肯定するかのように一鳴きすると旋回しながらどこかへ飛び去ってゆく。その窓枠にキラリとなにかが光った気がして覗いて見れば、そこには金属片がひとつ落ちていた。
「? なんだろう」
「……」
「あの?」
「ああ……なんだろうね。さ、〇、今日はもう帰るといい。足が疲れただろうから送っていくよ」
「えっ、でも、まだ」
来てから少ししか経っていない。ポットにはたっぷりのハーブティーが残っているし、サンドイッチも食べかけだった。
__まただ。前に森で道を塞がれて泣いたときと同じ、なにか遠慮している雰囲気を感じる。彼は説明もなく強引に私の鞄を手にとった。きっかけといえばどう考えてもあのマスクの人だけ。
「あの人、梟を……あなたを探していたんですよね?」
「……恐らくそうだ。村にも教えているだろうから、君も帰らないと怪しまれるよ」
「私はいいです。それよりもあなたが外に出る方がこわい」
そう言った瞬間、彼から恐ろしい威圧的な気を感じた。だけどそんなのに怯えていられない。ビリリッと頬が痺れるのも無視して彼の腕を引き留める。
「わたし、帰りません。泊まらせてっ、ください……っ!」
「はは__躾が必要かな」
「ぅわ!?」
ぐるんっと力強く体を回されて、目が覚めるような大きな音が鳴った。私を壁と腕の間に閉じ込めた彼は全く感情を透かさない。仮面の下が分からない。
初めて、怖いと思った。
「ひ……っ」
「__分かった? 私は魔物で、あなたは人だ。全てイソップくんの言う通りだ」
「……っ……」
声が出ない。それでも、それでも帰るわけには行かなかった。この人はなにか考えていて、それはきっとこの人がしたくはないことのような気がしたから。
声は出なくても指は動かせた。そこから腕もゆっくりずらして、自分の鞄を彼から奪う。もう少し、喉を緩めろ。
「じゃあ、帰__「りません!」__っ?」
「かえりま! せん!」
鞄を投げたら石造りの部屋に入っていった。再会したときに湯浴みをした部屋だ。彼は古傷が痛んだような苦しげな顔をしてその場に立ち尽くす。
「あなたをっ、探している人がいるのに……危険なこと、させたくない。一人で帰れと言わなかったのは、なにかに巻き込まれないようにでしょう?」
「……なんだって? そこまで分かっているのなら早く帰りなさい。今もそんなに細い足を震わせて、私のことが怖いくせに」
「っはぁあ……? 怖いのと心配なのは別、です。あのベッドもう私のです。今夜はここで寝ます」
彼が使っているであろう羽毛でもふもふのベッドに飛び込んだ。いっぱいの彼の匂いがしてつい気がゆるみそうになるのをぐっとこらえる。
嫌だ、何故か泣きそうだ。ひしひしと感じる嫌な予感を先伸ばしにするようにごねる。その証拠にこんなに我儘を言っても彼は本当には怒らなくて、呆れてサンドイッチを食べ始めてしまった。
これは面白い喧嘩なんかじゃないの。夜行さんは決めたことを覆さないって分かってしまったから嫌だ嫌だと喚いているだけ。
差し出されたハーブティーも、無言で食べた夕食も全然味がしなかった。
夜、譲られたベッドから降りて床に鳥の巣を形成した彼の元へ潜る。結局かと言われる前に目を閉じた。夜行梟がここにいることを確かめるように。羽毛の暖かさを忘れないように。
彼が今考えていることの一端も分からずに。
ぐるっと回って行けば甘い香りが風に運ばれて鼻孔をくすぐった。つい嬉しくなって駆け寄りいくつか見てみる。
「これなら……」
「あの」
「ひえっ!?」
誰か先客が居たらしい。突然かけられた声に驚いて転びそうになるところをなんとか耐えた。
あちらもあちらで驚いた私の声に驚いているようで戸惑いがちにこちらを見ている。それはゴツゴツしたマスクで口元を隠した奇妙な服装の男性だった。見慣れなさでは夜行さんに勝るとも劣らない。もしかして知り合い? なんだか、目が黒いし……。
少し怖くて後退ると、向こうは困ったように頭をかいた。
「すみません、ここに人が居るとは……お近くの方ですか?」
「まあ……そんなところですけど」
「そうですか。……この辺りにはあまり来ない方がいいですよ」
気まずそうに言うその人とは一向に目が合わない。だけどこの人は人間だな。なんのお仕事をしている人なんだろう? 不思議に思いながら全身を見てみても、重たそうな革張りの箱が気になる程度だった。
「この辺りになにかあるんですか?」
「はい、魔物とか出ますし……危ないです。村の方にも被害が及びます」
「でも……この辺りでは聞いたことないんですけど」
「……それは」
それ以上言葉は続かなかった。彼は俯いて影を見ると、もう時間だ、と呟いて背を向ける。
けれど最後にこう言った。「梟にはお気をつけて」と。
「っていうことなんです……知り合いですか?」
「知ってはいるけれど味方ではないね」
夜行さんはミントの効いたお茶を飲みながら首を振った。あんな人を知ってるんだ……やっぱりこの人の世界は私とは違うみたい。そんな不思議な世界への入口が目の前に広がっているのにお菓子を食べているなんて、私がのんびり屋すぎるのかもしれないけれど。
「……夜行さんてほんとに魔物なんですね」
「おや、どうして?」
「いっつも仮面つけてるし、そんな服他じゃ見たことないし、飛んでたし、それに」
「まだあるのかい」「ええ!」
とびっきりの神秘。それは雪のように白く清らかな髪だった。普段は見えないけれど湯浴みをしたときに見たそれは今でも忘れられないくらい美しくて、白鳥でさえも霞むほど。そのことを伝えれば彼はぽかんと口を開け、少ししてくすくすと笑いだす。
「眼より髪か。へえ……」
「目は……見ちゃいけない気がして」
「見る?」
「うわっ」
「酷いな」
だって彼の目は勿忘草の色をしているのだもの。前は一瞬見ただけに留められたけれど、一度見てしまうと逃れられない。深く深く見入ってしまう。こんな風に__
「こら」
頬を両手で挟まれてぱしゃん、と叩かれると同時に体の力が抜ける。夜行梟さんは混乱する私を撫でて仮面をつけ直した。その瞳には哀の色が滲む。
「あ__ご、ごめんなさい、わたし」
「いいんだ。ヒトに求める方が酷だよ」
「……魔物なら耐えられるんですか」
嫌だ、彼が寂しそうだ。もっと近づきたいのに、大丈夫だよって言いたいのに、あの瞳は私を虜にしてしまう。悔しさを隠して尋ねると夜行梟さんは考えて言った。
「そうだね、鷹の……あとは彼女かな」
「彼女?」
「窓を見てごらん」
窓では一羽の梟が丸い体を震わせて毛繕いをしていた。夜行梟さんの眼と同じ色をした羽毛を見れば一瞬で彼と深い関係にあるのだろうと分かる。
「相棒だよ。きっと〇にも懐く」
彼がそう言うとぱちりと目が合った。梟は肯定するかのように一鳴きすると旋回しながらどこかへ飛び去ってゆく。その窓枠にキラリとなにかが光った気がして覗いて見れば、そこには金属片がひとつ落ちていた。
「? なんだろう」
「……」
「あの?」
「ああ……なんだろうね。さ、〇、今日はもう帰るといい。足が疲れただろうから送っていくよ」
「えっ、でも、まだ」
来てから少ししか経っていない。ポットにはたっぷりのハーブティーが残っているし、サンドイッチも食べかけだった。
__まただ。前に森で道を塞がれて泣いたときと同じ、なにか遠慮している雰囲気を感じる。彼は説明もなく強引に私の鞄を手にとった。きっかけといえばどう考えてもあのマスクの人だけ。
「あの人、梟を……あなたを探していたんですよね?」
「……恐らくそうだ。村にも教えているだろうから、君も帰らないと怪しまれるよ」
「私はいいです。それよりもあなたが外に出る方がこわい」
そう言った瞬間、彼から恐ろしい威圧的な気を感じた。だけどそんなのに怯えていられない。ビリリッと頬が痺れるのも無視して彼の腕を引き留める。
「わたし、帰りません。泊まらせてっ、ください……っ!」
「はは__躾が必要かな」
「ぅわ!?」
ぐるんっと力強く体を回されて、目が覚めるような大きな音が鳴った。私を壁と腕の間に閉じ込めた彼は全く感情を透かさない。仮面の下が分からない。
初めて、怖いと思った。
「ひ……っ」
「__分かった? 私は魔物で、あなたは人だ。全てイソップくんの言う通りだ」
「……っ……」
声が出ない。それでも、それでも帰るわけには行かなかった。この人はなにか考えていて、それはきっとこの人がしたくはないことのような気がしたから。
声は出なくても指は動かせた。そこから腕もゆっくりずらして、自分の鞄を彼から奪う。もう少し、喉を緩めろ。
「じゃあ、帰__「りません!」__っ?」
「かえりま! せん!」
鞄を投げたら石造りの部屋に入っていった。再会したときに湯浴みをした部屋だ。彼は古傷が痛んだような苦しげな顔をしてその場に立ち尽くす。
「あなたをっ、探している人がいるのに……危険なこと、させたくない。一人で帰れと言わなかったのは、なにかに巻き込まれないようにでしょう?」
「……なんだって? そこまで分かっているのなら早く帰りなさい。今もそんなに細い足を震わせて、私のことが怖いくせに」
「っはぁあ……? 怖いのと心配なのは別、です。あのベッドもう私のです。今夜はここで寝ます」
彼が使っているであろう羽毛でもふもふのベッドに飛び込んだ。いっぱいの彼の匂いがしてつい気がゆるみそうになるのをぐっとこらえる。
嫌だ、何故か泣きそうだ。ひしひしと感じる嫌な予感を先伸ばしにするようにごねる。その証拠にこんなに我儘を言っても彼は本当には怒らなくて、呆れてサンドイッチを食べ始めてしまった。
これは面白い喧嘩なんかじゃないの。夜行さんは決めたことを覆さないって分かってしまったから嫌だ嫌だと喚いているだけ。
差し出されたハーブティーも、無言で食べた夕食も全然味がしなかった。
夜、譲られたベッドから降りて床に鳥の巣を形成した彼の元へ潜る。結局かと言われる前に目を閉じた。夜行梟がここにいることを確かめるように。羽毛の暖かさを忘れないように。
彼が今考えていることの一端も分からずに。