夜行梟
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その後彼に渡された薬草を村に持って帰れば誰にも怪しまれはしなかった。その薬草があの森にはないものだとしても。
あの人は一体なんだったんだろう。人間なのか、魔物の類なのかもわからない。ただ一つ確かなのは、あの人が助けてくれなければ今頃魔物のディナーとして消化されていただろうということだけだ。
鍋からブーケガルニをつまみ上げて煮込んだスープを小鍋に移す。それからいくつかのパンを包んだ。布で一纏めにして、魔物避けの鈴を忘れずに。薄手の毛布で身を包んで森への道を辿る。朝露が草花を濡らして清潔な香りを立てている。
だってこのまま忘れたくはなかった。また魔物に会って死ぬかもしれないことぐらい分かっているけれど、溢れだした好奇心は止められないの。あなたは一体誰なの? どうして空が飛べたの? 話してはくれないの? あなたの、名前は?
聞きたいことが山ほどあるんだ。あんな人が森に住んでいるなんて聞いたことなかった。誰に言うつもりもなかった。ただ、震える私の隣で待っていてくれた彼の穏やかな口元が忘れられない。
「あ__」
小さな花畑は変わらずそこにあった。
昨日は手を引かれて夢心地のままに帰されてしまったけれど、確かに現実だと証明できてほっと一息つく。丸い切り株が二つあるのも、小さな若木が一本生えているのも記憶と同じ。腰かけてみると近くに小川が流れているらしく、魚が跳ねるような音がする。
また会えるかは分からないが待ってみるつもりだ。たんぽぽの綿毛を吹けばふわふわと舞い昇って、いつまでも待てる気がした。
やがて太陽が真上に登り、地平線へと沈んで夜の帳が降りた。すっかり冷めたスープを一口含んでパンをもぐもぐ咀嚼してみるけれど、気を抜けば眠ってしまいそうだった。
ここは安全そうな場所とはいっても眠ってはいけないだろう。鈴だけ腰に身につけて小川で顔を洗うことにしよう。のそりと立ち上がれば動かしていなかった体が酷い音を立てる。だからふらふらと歩いて小川を見つけられたとき、気を抜いてしまったみたい。
「ひゃああッ!?」
ずる、とぬかるんだ土の音を理解できたのは全身がずぶ濡れになった後だった。幸い土は柔らかく怪我はないが、初夏の夜は未だ寒い。重たく水を吸った服が呪いのようにぴとりと肌についた。
「どうしよ、っくしゅ! うぇ……毛布、もう、あああ!」
ずるっ、びしゃん。
確かだと思った土はまた泥で、上がろうと思うほどに泥まみれになってゆく。会える会わないじゃない。まずは上がって身なりを整えないと恥ずかしくて会いたくもなくなってしまう。
なのに__この森の神様って性格が悪いようだ。腕を引かれて顔をあげた先には待ち焦がれていたあの人が困惑していたのだから。
「あっ……!? あの、えっと」
「……」
「や、やり直させてください……」
「っ、はは! そうきたか」
「しゃべっ!?」
耐えきれないというように笑いだしたあの人は優しく私を引き上げてくれた。初めて聞いた声は低くて優しげで楽しそう。ずっと笑いながら私の荷物を片手で持って、また手を引いてくれる。
「や、嫌です! 帰りません! やり直したいけど帰さないでください!」
「ふふ、大丈夫だよ。帰したらまた泥まみれになるまで待っていそうだからね」
「そんなことは……もしかしてずっと見てたり」
「うん。ごめんね」
否定しないんだ。思い返せば暇すぎて変な歌を歌ったり、地面に絵を描いたりした覚えがあったが記憶を消した。見られていたなんて恥はこれ以上耐えられない。
それよりも__また会えた。声を聞かせてくれた。笑って震えている仮面の下は分からなくても繋がれた手は確かに温かく、それだけでどれだけ胸が高鳴ることだろう。
「ふふ……」
「楽しそうなところ悪いけれど」
そう言う彼も面白そうに私のことを見てきている。昨日助けた子が泥まみれで再会だなんて、という顔だ。だけど、昨日は一言も話してくれなかった口元が緩んでいるだけでなにかに勝ったような気分になる。遠くに居た人を少しだけ近くに手繰り寄せたような。
「このまま少し歩く。転ばないで」
「え……、わあ……っ!」
二十分ほど歩いた頃、目的地についたと彼が教えてくれた。深い森の奥には誰も知らない小さな住み家があった。夜の底のような藍色に塗られた屋根から月が笑ってこちらを見ている。軒先に下げられているのはドリームキャッチャーだろうか。
やっぱり一人で暮らしているんだ。突然現れた生活の営みに立ち尽くしていると、彼は水に濡らした布を持ってきて、これで足元を拭くようにと言い残しお湯を沸かしに行ってしまった。
大人しく近くの丸太に座って足を拭き水を絞る。スープはまだ半分も食べていないし、パンも二つあった。一緒に食べられるかな。あの人はどんな暮らしをしているのかな。
見たところ外には薪が積んであるくらいの質素な住み家だ。中はどうなっているのだろうとぼんやり待っていると、あの人がちょいちょいと私を呼んだ。
「おいで、湯浴みをしよう」
「でも服が……」
「ローブを貸してあげよう。下着は入っている間に乾かしておくよ」
「そっ、それは結構です!」
「反抗期だね」
「やめっ、恥ずかし、あー……!」
結局笑われつつ服を奪われて石造りの一室に放り込まれた。たっぷりのお湯とハーブが混ぜられた石鹸、桶がなかったのか小鍋が置いてある。
どうみても珍しい客人のために用意したという感じだけれど、やはりあの人は人でないのかな。魔物だろうか。再会が再会だっただけに親しみこそ見せてくれたけれど、神秘的な装いからは隙が全く感じられず、ぼうっと光るような目元は隠されているせいで窺えない。こうして家にあげてもらった今だって、扉を開けば消えてしまっているような気さえした。
それにしても今頃そんな不思議な人に色々洗われていると思うと暴れたくなるので考えないことにしたい。ざばーと頭の先から足の爪までお湯を流し、ゆっくり時間をかけて綺麗にして__一枚の羽根が落ちていることに気がついた。
「あれ、なんの羽根……」
「そろそろ出る?」
「あ! 出ますね! なにか布を……」
「今渡そう」
落ち着いた声にはっと意識を戻す。扉をちょっとだけ開いて腕を出せば、乾いた布が渡された。引っ込めようとするとぐっと引かれて転びそうになる。
「ひあ!?」
「下着も乾いたよ」
「……ありがとうございます」
人か魔物かは分からないけれど一つだけ分かったことがある。デリカシーはない。すぐに手を引っ込めてぴしゃんと閉じ、自棄になりながらごしごし体を拭く。ふんわりとなにか花の匂いが漂ってくるのが気にくわないなあ。
……。
……彼の気配は消えない。
「……まだ、なにか?」
「あなたは、あの薬草を売らなかったね」
彼の声は先程までとは違って重たかった。月が凍てつくような雰囲気に飲まれてつい布を握りしめれば、雨粒が落ちるみたいにざあざあと言葉が降ってくる。
「私のことを誰にも話していないようだったから、まだ欲しいのかと思ったけれどそうでも無さそうだ。なにせあの薬草をスープに入れてしまうのだから」
薬草? 確かに珍しいとは思ったけれど……もしかしなくても高価なものだったらしい。とても香りが良かったので鍋から香りがこぼれて、それに気がついたのだろう。
無駄にしたって怒ってるのかな。でもすごく美味しくなったのに。
「あの__」
「君に、もっとあげるって言ったらどうする?」
「……」
「売れば一ヶ月くらい過ごせる。いるかい?」
……違う。怒るのは私の役割らしい。
「いらないよ」
「じゃあ何故君は……」
「その前に服ほしいです」
下着を身につけて扉を開ければ疑り深い表情をした彼がいる、はずだった。
だけど居なかった。
居たのは、白い睫毛を濡らして突然開いた扉に驚いている不思議な人。握りしめた拳は震えてどうすればいいか分からなくなっていたのでそっと包む。怖い顔をしようとしていた額には皺が寄っていたので額を合わせた。
「あなたに会いたくて来たんです」
「……」
「試すなら仮面をちゃんとつけてなきゃ」
それで、なんとなく分かってしまった。この人が利用されて裏切られたことがあること。薬草を渡すことで身の程を弁えた者か欲張りか、自分を利用するのかの判断をしようとしていたこと。さっきの問答は信じていいのか? という彼の痛みで、仮面を外していることが精一杯の信頼だってことを。
「……ね?」
「……」
「あの……」
「……」
「ふ、服……っひあ!?」
突然ぎゅうっと抱き締められて肩が跳ねた。なに、と思ったらいとも簡単に体が倒されて、膝裏に手が回る。二度目のお姫様だっこだった。
「やはりヒトの中でも君は軽い」
「あなたやっぱ魔物……っなに、どこいくの、ねえっ」
「寝床」
「……っ!? あ、あわわ……」
さっきまでの自信が無さそうにしていた姿はどこへやら、利用しにきたわけではないと知った途端また元通りの不思議な彼に戻り始めた。なんなのこの人、人? そもそも名前すら……私も教えてないや。
「あの……〇です」
「……。ん?」
「〇、です」
「……もしかして君の名前?」
「ハイ」
「は__あはは! 今言うんだ、どうして? 私のものになってくれるのかい?」
「な、らないですけど! まだよくわかんないし、でも名前言ってないなって」
「ふぅん……確かにね」
彼は妖しい笑みをたたえている。仮面の下でこんなに綺麗な眼を隠して、こんな顔をしていたのかと思うといけないものを見てしまっている気がして少し目をそらす。
だって、あまりにもあなたは美しかったから。
「それで、あなたは……?」
「私か。私にも一応名前はあるけれど__こう呼ばれたらよく聞いておくべきだね」
そんな私の動揺を知っては知らずか、彼はとびっきりの低く脅かすような声で教えてくれたのだ。
「夜行梟、と」
あの人は一体なんだったんだろう。人間なのか、魔物の類なのかもわからない。ただ一つ確かなのは、あの人が助けてくれなければ今頃魔物のディナーとして消化されていただろうということだけだ。
鍋からブーケガルニをつまみ上げて煮込んだスープを小鍋に移す。それからいくつかのパンを包んだ。布で一纏めにして、魔物避けの鈴を忘れずに。薄手の毛布で身を包んで森への道を辿る。朝露が草花を濡らして清潔な香りを立てている。
だってこのまま忘れたくはなかった。また魔物に会って死ぬかもしれないことぐらい分かっているけれど、溢れだした好奇心は止められないの。あなたは一体誰なの? どうして空が飛べたの? 話してはくれないの? あなたの、名前は?
聞きたいことが山ほどあるんだ。あんな人が森に住んでいるなんて聞いたことなかった。誰に言うつもりもなかった。ただ、震える私の隣で待っていてくれた彼の穏やかな口元が忘れられない。
「あ__」
小さな花畑は変わらずそこにあった。
昨日は手を引かれて夢心地のままに帰されてしまったけれど、確かに現実だと証明できてほっと一息つく。丸い切り株が二つあるのも、小さな若木が一本生えているのも記憶と同じ。腰かけてみると近くに小川が流れているらしく、魚が跳ねるような音がする。
また会えるかは分からないが待ってみるつもりだ。たんぽぽの綿毛を吹けばふわふわと舞い昇って、いつまでも待てる気がした。
やがて太陽が真上に登り、地平線へと沈んで夜の帳が降りた。すっかり冷めたスープを一口含んでパンをもぐもぐ咀嚼してみるけれど、気を抜けば眠ってしまいそうだった。
ここは安全そうな場所とはいっても眠ってはいけないだろう。鈴だけ腰に身につけて小川で顔を洗うことにしよう。のそりと立ち上がれば動かしていなかった体が酷い音を立てる。だからふらふらと歩いて小川を見つけられたとき、気を抜いてしまったみたい。
「ひゃああッ!?」
ずる、とぬかるんだ土の音を理解できたのは全身がずぶ濡れになった後だった。幸い土は柔らかく怪我はないが、初夏の夜は未だ寒い。重たく水を吸った服が呪いのようにぴとりと肌についた。
「どうしよ、っくしゅ! うぇ……毛布、もう、あああ!」
ずるっ、びしゃん。
確かだと思った土はまた泥で、上がろうと思うほどに泥まみれになってゆく。会える会わないじゃない。まずは上がって身なりを整えないと恥ずかしくて会いたくもなくなってしまう。
なのに__この森の神様って性格が悪いようだ。腕を引かれて顔をあげた先には待ち焦がれていたあの人が困惑していたのだから。
「あっ……!? あの、えっと」
「……」
「や、やり直させてください……」
「っ、はは! そうきたか」
「しゃべっ!?」
耐えきれないというように笑いだしたあの人は優しく私を引き上げてくれた。初めて聞いた声は低くて優しげで楽しそう。ずっと笑いながら私の荷物を片手で持って、また手を引いてくれる。
「や、嫌です! 帰りません! やり直したいけど帰さないでください!」
「ふふ、大丈夫だよ。帰したらまた泥まみれになるまで待っていそうだからね」
「そんなことは……もしかしてずっと見てたり」
「うん。ごめんね」
否定しないんだ。思い返せば暇すぎて変な歌を歌ったり、地面に絵を描いたりした覚えがあったが記憶を消した。見られていたなんて恥はこれ以上耐えられない。
それよりも__また会えた。声を聞かせてくれた。笑って震えている仮面の下は分からなくても繋がれた手は確かに温かく、それだけでどれだけ胸が高鳴ることだろう。
「ふふ……」
「楽しそうなところ悪いけれど」
そう言う彼も面白そうに私のことを見てきている。昨日助けた子が泥まみれで再会だなんて、という顔だ。だけど、昨日は一言も話してくれなかった口元が緩んでいるだけでなにかに勝ったような気分になる。遠くに居た人を少しだけ近くに手繰り寄せたような。
「このまま少し歩く。転ばないで」
「え……、わあ……っ!」
二十分ほど歩いた頃、目的地についたと彼が教えてくれた。深い森の奥には誰も知らない小さな住み家があった。夜の底のような藍色に塗られた屋根から月が笑ってこちらを見ている。軒先に下げられているのはドリームキャッチャーだろうか。
やっぱり一人で暮らしているんだ。突然現れた生活の営みに立ち尽くしていると、彼は水に濡らした布を持ってきて、これで足元を拭くようにと言い残しお湯を沸かしに行ってしまった。
大人しく近くの丸太に座って足を拭き水を絞る。スープはまだ半分も食べていないし、パンも二つあった。一緒に食べられるかな。あの人はどんな暮らしをしているのかな。
見たところ外には薪が積んであるくらいの質素な住み家だ。中はどうなっているのだろうとぼんやり待っていると、あの人がちょいちょいと私を呼んだ。
「おいで、湯浴みをしよう」
「でも服が……」
「ローブを貸してあげよう。下着は入っている間に乾かしておくよ」
「そっ、それは結構です!」
「反抗期だね」
「やめっ、恥ずかし、あー……!」
結局笑われつつ服を奪われて石造りの一室に放り込まれた。たっぷりのお湯とハーブが混ぜられた石鹸、桶がなかったのか小鍋が置いてある。
どうみても珍しい客人のために用意したという感じだけれど、やはりあの人は人でないのかな。魔物だろうか。再会が再会だっただけに親しみこそ見せてくれたけれど、神秘的な装いからは隙が全く感じられず、ぼうっと光るような目元は隠されているせいで窺えない。こうして家にあげてもらった今だって、扉を開けば消えてしまっているような気さえした。
それにしても今頃そんな不思議な人に色々洗われていると思うと暴れたくなるので考えないことにしたい。ざばーと頭の先から足の爪までお湯を流し、ゆっくり時間をかけて綺麗にして__一枚の羽根が落ちていることに気がついた。
「あれ、なんの羽根……」
「そろそろ出る?」
「あ! 出ますね! なにか布を……」
「今渡そう」
落ち着いた声にはっと意識を戻す。扉をちょっとだけ開いて腕を出せば、乾いた布が渡された。引っ込めようとするとぐっと引かれて転びそうになる。
「ひあ!?」
「下着も乾いたよ」
「……ありがとうございます」
人か魔物かは分からないけれど一つだけ分かったことがある。デリカシーはない。すぐに手を引っ込めてぴしゃんと閉じ、自棄になりながらごしごし体を拭く。ふんわりとなにか花の匂いが漂ってくるのが気にくわないなあ。
……。
……彼の気配は消えない。
「……まだ、なにか?」
「あなたは、あの薬草を売らなかったね」
彼の声は先程までとは違って重たかった。月が凍てつくような雰囲気に飲まれてつい布を握りしめれば、雨粒が落ちるみたいにざあざあと言葉が降ってくる。
「私のことを誰にも話していないようだったから、まだ欲しいのかと思ったけれどそうでも無さそうだ。なにせあの薬草をスープに入れてしまうのだから」
薬草? 確かに珍しいとは思ったけれど……もしかしなくても高価なものだったらしい。とても香りが良かったので鍋から香りがこぼれて、それに気がついたのだろう。
無駄にしたって怒ってるのかな。でもすごく美味しくなったのに。
「あの__」
「君に、もっとあげるって言ったらどうする?」
「……」
「売れば一ヶ月くらい過ごせる。いるかい?」
……違う。怒るのは私の役割らしい。
「いらないよ」
「じゃあ何故君は……」
「その前に服ほしいです」
下着を身につけて扉を開ければ疑り深い表情をした彼がいる、はずだった。
だけど居なかった。
居たのは、白い睫毛を濡らして突然開いた扉に驚いている不思議な人。握りしめた拳は震えてどうすればいいか分からなくなっていたのでそっと包む。怖い顔をしようとしていた額には皺が寄っていたので額を合わせた。
「あなたに会いたくて来たんです」
「……」
「試すなら仮面をちゃんとつけてなきゃ」
それで、なんとなく分かってしまった。この人が利用されて裏切られたことがあること。薬草を渡すことで身の程を弁えた者か欲張りか、自分を利用するのかの判断をしようとしていたこと。さっきの問答は信じていいのか? という彼の痛みで、仮面を外していることが精一杯の信頼だってことを。
「……ね?」
「……」
「あの……」
「……」
「ふ、服……っひあ!?」
突然ぎゅうっと抱き締められて肩が跳ねた。なに、と思ったらいとも簡単に体が倒されて、膝裏に手が回る。二度目のお姫様だっこだった。
「やはりヒトの中でも君は軽い」
「あなたやっぱ魔物……っなに、どこいくの、ねえっ」
「寝床」
「……っ!? あ、あわわ……」
さっきまでの自信が無さそうにしていた姿はどこへやら、利用しにきたわけではないと知った途端また元通りの不思議な彼に戻り始めた。なんなのこの人、人? そもそも名前すら……私も教えてないや。
「あの……〇です」
「……。ん?」
「〇、です」
「……もしかして君の名前?」
「ハイ」
「は__あはは! 今言うんだ、どうして? 私のものになってくれるのかい?」
「な、らないですけど! まだよくわかんないし、でも名前言ってないなって」
「ふぅん……確かにね」
彼は妖しい笑みをたたえている。仮面の下でこんなに綺麗な眼を隠して、こんな顔をしていたのかと思うといけないものを見てしまっている気がして少し目をそらす。
だって、あまりにもあなたは美しかったから。
「それで、あなたは……?」
「私か。私にも一応名前はあるけれど__こう呼ばれたらよく聞いておくべきだね」
そんな私の動揺を知っては知らずか、彼はとびっきりの低く脅かすような声で教えてくれたのだ。
「夜行梟、と」