荘園
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※暗闇閉じ込めトラウマトン
______
この人のことはあまり好きではなかった。人のことをじとっとした目で見てくるし、かと思えば美味しいものを食べて少し表情を和らげるようなあざとい態度をとるし、どこか気にくわなくて。
だから近づいたことなんてなかったのに。
「ごめん、大きくて」
「いいえ……べつに」
今、あの洞窟のような真っ暗な瞳が間近で私を見下ろしている。ハンターから隠れるために駆け込んだロッカーには先客が居たのだ。
彼は慌てて出ようとした私を捕まえてロッカーを閉じた。その瞬間写真が撮られる軽快な音がしたので、なるほど二人とも見つかってしまうところだったから……と反省しつつ出ようとした、ところ。
出られなかった。
この古びたロッカーは強く閉められたときに運悪く歪んでしまったみたい。結果私たちは出ることができず、じっとロッカーで息を潜めることになってしまったのだった。
ロッカーの中は鉄くさくてとても狭い。錆びてざらついた鉄板が無機質に背中を冷やしていた。それに今は月の光が差していて明るいけれど、雲が流れたらじき暗くなるだろう。誰か見つけてくれるかな……イライさんも一緒に来ていたら良かったなあ。イソップくんとウィリアムくんは今頃ハンターと二対一で大変なことになってるよね……。
「……ねえ、少しいい」
「な、なんですか」
「足痺れそうだから動かしたい。もうちょっと僕にひっついて」
「へっ、きゃあ!」
狭いロッカーの中でぐいっと引っ張られて思わず抱きついてしまった。そのまま背に手を回されて固定され、足の置き場すら奪われて体重を預けさせられる。鉄とは真逆のあたたかな体にじわじわと外側からふやかされてゆくような感じがした。
「なにして……っ」
「かっる。駅弁ラクそう」
「??? なにが……?」
お弁当……? お腹すいてるの?
意味わかんない。心臓がドクドクしてるのはハンターが近くに……ううん、そんなんじゃないって分かってる。こんなに密着して、今までだって彼の香りでいっぱいだったのに最早胸にほっぺがひっついているのだもの。厚い胸板に否が応でも男の人らしさを感じてしまって視線をうろうろさせた。この人はやっぱりなにを考えてるのかわからない。苦手だ……。
せめて一緒に閉じ込められたのがイソップくんだったら……ううん、身長結構あった。やっぱエミリー先生とかが良かった……。
そもそも向こうだって全然話したことない私なんかと一緒になって面倒だと感じているかもしれない。それにお風呂には入っていたしボディクリームもつけていたけれど、そこそこ走っていたことを思い出す。
「あの、匂いとか大丈夫ですか」
「匂い? あまい匂いならするけど……いい香りだね」
「ひぁ! あのあの耳はっ」
「なに、耳弱いの」
「やめ、探鉱者さん……っ!?」
「……名前くらい知っててよ」
近づかなかったのに名前なんて覚えてるわけないじゃ、っ! 耳に息がかかってる……!
罰だというようにふーっと震えるような空気で揺らされて、ゾクゾクッとしたものが身体中を這う。それは目元まで上ってきてじんわり涙をあふれさせた。
「や、ごめんな、さ」
「僕は覚えてるよ、■■〇ちゃん。命を預ける仲間なんだから」
「ごめんなさい、覚えるっ、覚えるから離れてっ」
「この状況でどうやって離れるの」
下手に明るいのも考えものだ。外から伸びた月光が彼の少し荒れた唇や長い睫毛を照らしているのが目に入ってしまうから。
早く見つけて、誰か……そう祈ったとき、視界が暗くなった。雲が月を隠したのだ。
刺激の強いものが見えなくなったことに多少安堵して詰めていた息を吐く。が、その安堵は一瞬で吹き飛ばされた。ぼそぼそと呻くようになにか呟いた後、今までとは比べ物にならないほど強くかき抱いてきた探鉱者の手によって。
「……っ」
「あの……っ? ……探鉱者さん?」
……なんだか探鉱者の様子がおかしい。
必死に息をしているような……というか、息を吸いすぎてる? 肩を揺らしているせいでロッカーにごん、ごん、とぶつかる鈍い音が響く。暗くてよく見えないけれど……顔を覗き込めば瞳孔が開ききっていた。理由は分からないけれどなにかに動揺しているみたいだ。力が強すぎて少し痛いけれど、なんだか濡れた大型犬に似た彼のことが放っておけな___いや、同じロッカーに居るから気になってしまう。べつに、この人がどうこうって訳じゃなく。
自分に意味不明な言葉を言い聞かせてからゆっくりと彼の頬に手を伸ばした。一瞬ビクッと身体を揺らして警戒したけれど私を見下ろしてしっかりと見つめてくる。
左手で頬を包んで、右手で気道を楽にするために喉元を少し下に引っ張るように押さえた。どんなに変な人だろうともこの怯えた眼をするなら仲間だから。
「息を止めて……しっかり吐いてください。ゆっくり、ゆっくり」
「いきっ……はけな……っ」
彼の生理的な涙がぽたぽた頬に落ちてくる。この人は苦手だけれど今は別。彼も私も似たようなもので、誰だって持っている暗い記憶がこの人の喉を締めたんだろう。
だったら、この人のこの部分だけは。
強く抱きしめられながら声をかけて暫く落ち着かせていると、息は徐々に戻ってきた。あは、二人とも涙で顔が濡れて服は乱れて酷いことになっているに違いないなあ。
まずは涙を拭おうと指を伸ばしたその時、誰かの声がした。
「すみません……ノートンさん、〇さん、居ませんか?」
「耳鳴りはしているようだけれど……そこのロッカーは見たかい?」
「いいえ、まだ」
「……」
「……」
二人して黙り込む。
散々待っていた助けだけれど、今開けられるのはどうみても不味かった。せめて涙だけ、と動かそうとした手が動かない。気づけば月光はまたロッカーに差し込んで明るく照らしていた。この人復活してる!
「……どうする? 疚しいことしてたって思われちゃうね」
「ひぁあ!」
耳にぼそぼそっと囁くのやめて……!
しまったと思ったときにはもう遅い。イソップくんとジョゼフさんが近寄ってくる音が聞こえてる。さすがにゲームはできなかったみたいだ。
「ほら、君があんな声出すから」
「どんな……っ!」
「……」
「お邪魔しました」
「わぁあ!」
せめてイソップくんが開けようとしてくれたら時間を稼げたのに、ジョゼフさんが一発で開けてしまった。身体を完全に預けているのを見られた上に足を絡めとられて出ることもできない。探鉱者……ノートン、さんを見ればしれっとした表情をしている。
イソップくんは回れ右でどこかに行ってしまったし、ジョゼフさんはそれを見送って君たち楽しそうだね、なんて言った。
「ジョゼフさっ、たすけ」
「すみません、ロッカーが故障してしまったようで。この子は僕が責任を持って荘園に帰しますので」
「……ああ、気にしなくていいさ。そういうことなら」
決めた。次のゲームでジョゼフさんに板当てる。
彼は私に一瞥をして歩き始めてしまい、ノートンさんには腰をゆるゆると撫でられ始めて、誰か__!
「おーい!! 居るかー!?」
「居ます!!!!」
自分でも驚くほどの大声が出た。霧の中目を凝らすと、イソップくんたちとは別れて探してくれていたらしいウィリアムくんが走ってくるのが遠目に見えた。
■
結局ウィリアムくんに助けてもらった私は荘園に帰った瞬間部屋に閉じこもった。鍵も二重にかけた。
今日は濃い一日だったなあ……。
……。
……ノートンさんっていうんだ。
目を見開いて、まるで私しか頼れないとでもいうようにこちらを見てくる姿が甦る。熱い体温、ぎゅうぎゅうにされた胸板、大きな手。
やっぱり苦手かも。
だって心臓が黙らない。
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この人のことはあまり好きではなかった。人のことをじとっとした目で見てくるし、かと思えば美味しいものを食べて少し表情を和らげるようなあざとい態度をとるし、どこか気にくわなくて。
だから近づいたことなんてなかったのに。
「ごめん、大きくて」
「いいえ……べつに」
今、あの洞窟のような真っ暗な瞳が間近で私を見下ろしている。ハンターから隠れるために駆け込んだロッカーには先客が居たのだ。
彼は慌てて出ようとした私を捕まえてロッカーを閉じた。その瞬間写真が撮られる軽快な音がしたので、なるほど二人とも見つかってしまうところだったから……と反省しつつ出ようとした、ところ。
出られなかった。
この古びたロッカーは強く閉められたときに運悪く歪んでしまったみたい。結果私たちは出ることができず、じっとロッカーで息を潜めることになってしまったのだった。
ロッカーの中は鉄くさくてとても狭い。錆びてざらついた鉄板が無機質に背中を冷やしていた。それに今は月の光が差していて明るいけれど、雲が流れたらじき暗くなるだろう。誰か見つけてくれるかな……イライさんも一緒に来ていたら良かったなあ。イソップくんとウィリアムくんは今頃ハンターと二対一で大変なことになってるよね……。
「……ねえ、少しいい」
「な、なんですか」
「足痺れそうだから動かしたい。もうちょっと僕にひっついて」
「へっ、きゃあ!」
狭いロッカーの中でぐいっと引っ張られて思わず抱きついてしまった。そのまま背に手を回されて固定され、足の置き場すら奪われて体重を預けさせられる。鉄とは真逆のあたたかな体にじわじわと外側からふやかされてゆくような感じがした。
「なにして……っ」
「かっる。駅弁ラクそう」
「??? なにが……?」
お弁当……? お腹すいてるの?
意味わかんない。心臓がドクドクしてるのはハンターが近くに……ううん、そんなんじゃないって分かってる。こんなに密着して、今までだって彼の香りでいっぱいだったのに最早胸にほっぺがひっついているのだもの。厚い胸板に否が応でも男の人らしさを感じてしまって視線をうろうろさせた。この人はやっぱりなにを考えてるのかわからない。苦手だ……。
せめて一緒に閉じ込められたのがイソップくんだったら……ううん、身長結構あった。やっぱエミリー先生とかが良かった……。
そもそも向こうだって全然話したことない私なんかと一緒になって面倒だと感じているかもしれない。それにお風呂には入っていたしボディクリームもつけていたけれど、そこそこ走っていたことを思い出す。
「あの、匂いとか大丈夫ですか」
「匂い? あまい匂いならするけど……いい香りだね」
「ひぁ! あのあの耳はっ」
「なに、耳弱いの」
「やめ、探鉱者さん……っ!?」
「……名前くらい知っててよ」
近づかなかったのに名前なんて覚えてるわけないじゃ、っ! 耳に息がかかってる……!
罰だというようにふーっと震えるような空気で揺らされて、ゾクゾクッとしたものが身体中を這う。それは目元まで上ってきてじんわり涙をあふれさせた。
「や、ごめんな、さ」
「僕は覚えてるよ、■■〇ちゃん。命を預ける仲間なんだから」
「ごめんなさい、覚えるっ、覚えるから離れてっ」
「この状況でどうやって離れるの」
下手に明るいのも考えものだ。外から伸びた月光が彼の少し荒れた唇や長い睫毛を照らしているのが目に入ってしまうから。
早く見つけて、誰か……そう祈ったとき、視界が暗くなった。雲が月を隠したのだ。
刺激の強いものが見えなくなったことに多少安堵して詰めていた息を吐く。が、その安堵は一瞬で吹き飛ばされた。ぼそぼそと呻くようになにか呟いた後、今までとは比べ物にならないほど強くかき抱いてきた探鉱者の手によって。
「……っ」
「あの……っ? ……探鉱者さん?」
……なんだか探鉱者の様子がおかしい。
必死に息をしているような……というか、息を吸いすぎてる? 肩を揺らしているせいでロッカーにごん、ごん、とぶつかる鈍い音が響く。暗くてよく見えないけれど……顔を覗き込めば瞳孔が開ききっていた。理由は分からないけれどなにかに動揺しているみたいだ。力が強すぎて少し痛いけれど、なんだか濡れた大型犬に似た彼のことが放っておけな___いや、同じロッカーに居るから気になってしまう。べつに、この人がどうこうって訳じゃなく。
自分に意味不明な言葉を言い聞かせてからゆっくりと彼の頬に手を伸ばした。一瞬ビクッと身体を揺らして警戒したけれど私を見下ろしてしっかりと見つめてくる。
左手で頬を包んで、右手で気道を楽にするために喉元を少し下に引っ張るように押さえた。どんなに変な人だろうともこの怯えた眼をするなら仲間だから。
「息を止めて……しっかり吐いてください。ゆっくり、ゆっくり」
「いきっ……はけな……っ」
彼の生理的な涙がぽたぽた頬に落ちてくる。この人は苦手だけれど今は別。彼も私も似たようなもので、誰だって持っている暗い記憶がこの人の喉を締めたんだろう。
だったら、この人のこの部分だけは。
強く抱きしめられながら声をかけて暫く落ち着かせていると、息は徐々に戻ってきた。あは、二人とも涙で顔が濡れて服は乱れて酷いことになっているに違いないなあ。
まずは涙を拭おうと指を伸ばしたその時、誰かの声がした。
「すみません……ノートンさん、〇さん、居ませんか?」
「耳鳴りはしているようだけれど……そこのロッカーは見たかい?」
「いいえ、まだ」
「……」
「……」
二人して黙り込む。
散々待っていた助けだけれど、今開けられるのはどうみても不味かった。せめて涙だけ、と動かそうとした手が動かない。気づけば月光はまたロッカーに差し込んで明るく照らしていた。この人復活してる!
「……どうする? 疚しいことしてたって思われちゃうね」
「ひぁあ!」
耳にぼそぼそっと囁くのやめて……!
しまったと思ったときにはもう遅い。イソップくんとジョゼフさんが近寄ってくる音が聞こえてる。さすがにゲームはできなかったみたいだ。
「ほら、君があんな声出すから」
「どんな……っ!」
「……」
「お邪魔しました」
「わぁあ!」
せめてイソップくんが開けようとしてくれたら時間を稼げたのに、ジョゼフさんが一発で開けてしまった。身体を完全に預けているのを見られた上に足を絡めとられて出ることもできない。探鉱者……ノートン、さんを見ればしれっとした表情をしている。
イソップくんは回れ右でどこかに行ってしまったし、ジョゼフさんはそれを見送って君たち楽しそうだね、なんて言った。
「ジョゼフさっ、たすけ」
「すみません、ロッカーが故障してしまったようで。この子は僕が責任を持って荘園に帰しますので」
「……ああ、気にしなくていいさ。そういうことなら」
決めた。次のゲームでジョゼフさんに板当てる。
彼は私に一瞥をして歩き始めてしまい、ノートンさんには腰をゆるゆると撫でられ始めて、誰か__!
「おーい!! 居るかー!?」
「居ます!!!!」
自分でも驚くほどの大声が出た。霧の中目を凝らすと、イソップくんたちとは別れて探してくれていたらしいウィリアムくんが走ってくるのが遠目に見えた。
■
結局ウィリアムくんに助けてもらった私は荘園に帰った瞬間部屋に閉じこもった。鍵も二重にかけた。
今日は濃い一日だったなあ……。
……。
……ノートンさんっていうんだ。
目を見開いて、まるで私しか頼れないとでもいうようにこちらを見てくる姿が甦る。熱い体温、ぎゅうぎゅうにされた胸板、大きな手。
やっぱり苦手かも。
だって心臓が黙らない。