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一瞬の出来事だった。私たちにどこかでなにかされたんだろう人たちと鬼ごっこ中、ずる、と足元から嫌な音が聞こえたのだ。
へ、と思っている間に滑る身体。灰色のコンクリートを血が染める。
床に叩きつけられたらさすがに痛い……と覚悟していたけれど、打ちつける痛みは案外小さく済んだ。剥き出しの地面がクッションとなったらしい。
傷は見ないようにしてのそりと立ち上がった。
ここはコンクリート造りの建物が並ぶ廃墟だ。あちこち壁が壊れ床が抜け、ちょっとした迷路のようになっている。
お仕事で取引をしにきたけれど、待ち伏せをされていたようで。こうして変なとこから落ちたりしちゃうし、肉弾戦は得意じゃないから早く帰りたいなあ。
取引事は商談相手に合わせて、ジョーさんやファージャさん、ハーデスさんが出てくることが多い。私もまたよく使われているのは、読み書きができたり、騙されなかったり、平和的に取引を進めるあたり買われているんだ、と兄が。
だけど一人ではこういうことが起きるから__
「おいどこ行った!」
「チッ……見つけた! お前アイツの妹なんだってな」
「ちょっと面貸せ、あの紫の野郎どもにはよぉく__」
__ちゃんと、強い人がついてくる。
ズシャッ、と派手な音がして血飛沫がコンクリートを濡らした。容赦なく頸動脈を切ったらしい。
この廃墟には数時間以内につくられた遺体が横たわっている。きっと、いくつも。
静かになった。
頬についた血を鬱陶しく思っていると赤いハンカチーフで丁寧に拭われた。この人はほんと身長高いなあ。
「毎日牛乳でも飲んでるんですか?」
「飲んでませーん。勝手にどっか行かないでくださーい」
「ごめんなさーい」
そう、今回はアップルポイズンさんと二人でお仕事だった。この人は頭もいいし体力もあるし足がすごく長いし強い。勝手に色々片付けてくれるから、大体アップルさんと行くと仕事というよりお散歩モードになる。
だからちょっと油断をしちゃって……赤に濡れた靴を隠そうと足を交差させると、強い痛みが走った。息を無意識に止める。そして、一秒にも満たない時間、一瞬笑みの消えた私の顔はしっかり見られていたらしい。アップルさんはなにか違和感を感じたようで眉を歪ませた。
「……? 見せろ」
「やっ、なんでも!」
「ないと? これが?」
強い力で持たれた足首がじんじんと痛む。そこにはぱっくりと深い切り傷が見えていた。
「……清めるくらいは自分でできるのか?」
「えと……あは……」
「こっちを見ろ」
「……う、ぇ……っ」
見つかったせいか、我慢が効かなくなったみたいだ。急に痛みが強くなって、ぼろぼろと涙をこぼしながら、二回頷いた。
情けないなあ。明日までここに居ないといけないのに。アップルさんのような実力者の前だと余計自分の弱さを思い知らされて悲しくなる。
どんなに冷たい目で見ているだろう。兄に言いつけられるかも……落ち込みながらゆるりと顔をあげたら、そこには。
「……え」
予想と違う光景。アップルさんの瞳には、確かに心配の影が映っていた。
「分かった」
「な、なにが?」
「塗り薬の調合と、包帯の調達が必要だ。ここの影に居ろ。動くなよ」
「はい……」
「それから、これを飲んでおくこと。軽い毒だが痛みを麻痺させてやれる。お前なら大丈夫だろう。普通の人間なら昏睡するが」
飲め、と緑色の液体が入った瓶を渡される。そこには兄から感じられるような愛情があって、つい心がときめいた。
だって、私の絶対的な味方なんだ、この人。捨てていこうとか全然考えてない。仲間として対等に気にかけてくれてる。そう分かると心から安心できた。
「ほら」
「ん、まずっ!」
さらさらしてるけどなにかスパイシーな味がする。パグのように顔をしかめた私の背を抱いて、アップルさんは自らのコートを脱ぎ私にかけた。
「睡眠薬も混ぜておいた。寝ておけ」
「……えっ? ちょっ、聞いてな…………」
■
お腹に重たいものを感じて目を覚ます。
あれ、いまなんじ。まだ夜明け前みたいでほの暗い。この季節にしてはあったかい……左側に焚き火の跡だ。それにコートと、右側に体温。
体温って。
当然のことながら、横で寝ていたのはアップルポイズンさんだった。精悍な顔立ちがすぐ近くにあってびびる。
それじゃあこの重たいの、やっぱり。
「……っしょ、い。わ!」
乗せられた腕をよけたら今度は覆うように転がってきた。まるで押し倒されたような体制になり、ひえっ、と思っている間にアップルさんの目が開く。こわいこわいこわい。
「あ、あの」
「……おはよう」
「おはようございます……」
私はどうすればいいのか。アップルさんは私の上から退くと、焚き火からなにか取り出して渡してきた。
「焼いた林檎は好きか?」
「好きです……」
「食っておけ。取引まで時間はある」
さっきのはダイナミックな寝相だったぽい。誤魔化し方が雑なのは眠いからだろう。
焼き林檎を一口齧ると、シナモンがふわりと香った。
傷口はしっかり閉じていた。
へ、と思っている間に滑る身体。灰色のコンクリートを血が染める。
床に叩きつけられたらさすがに痛い……と覚悟していたけれど、打ちつける痛みは案外小さく済んだ。剥き出しの地面がクッションとなったらしい。
傷は見ないようにしてのそりと立ち上がった。
ここはコンクリート造りの建物が並ぶ廃墟だ。あちこち壁が壊れ床が抜け、ちょっとした迷路のようになっている。
お仕事で取引をしにきたけれど、待ち伏せをされていたようで。こうして変なとこから落ちたりしちゃうし、肉弾戦は得意じゃないから早く帰りたいなあ。
取引事は商談相手に合わせて、ジョーさんやファージャさん、ハーデスさんが出てくることが多い。私もまたよく使われているのは、読み書きができたり、騙されなかったり、平和的に取引を進めるあたり買われているんだ、と兄が。
だけど一人ではこういうことが起きるから__
「おいどこ行った!」
「チッ……見つけた! お前アイツの妹なんだってな」
「ちょっと面貸せ、あの紫の野郎どもにはよぉく__」
__ちゃんと、強い人がついてくる。
ズシャッ、と派手な音がして血飛沫がコンクリートを濡らした。容赦なく頸動脈を切ったらしい。
この廃墟には数時間以内につくられた遺体が横たわっている。きっと、いくつも。
静かになった。
頬についた血を鬱陶しく思っていると赤いハンカチーフで丁寧に拭われた。この人はほんと身長高いなあ。
「毎日牛乳でも飲んでるんですか?」
「飲んでませーん。勝手にどっか行かないでくださーい」
「ごめんなさーい」
そう、今回はアップルポイズンさんと二人でお仕事だった。この人は頭もいいし体力もあるし足がすごく長いし強い。勝手に色々片付けてくれるから、大体アップルさんと行くと仕事というよりお散歩モードになる。
だからちょっと油断をしちゃって……赤に濡れた靴を隠そうと足を交差させると、強い痛みが走った。息を無意識に止める。そして、一秒にも満たない時間、一瞬笑みの消えた私の顔はしっかり見られていたらしい。アップルさんはなにか違和感を感じたようで眉を歪ませた。
「……? 見せろ」
「やっ、なんでも!」
「ないと? これが?」
強い力で持たれた足首がじんじんと痛む。そこにはぱっくりと深い切り傷が見えていた。
「……清めるくらいは自分でできるのか?」
「えと……あは……」
「こっちを見ろ」
「……う、ぇ……っ」
見つかったせいか、我慢が効かなくなったみたいだ。急に痛みが強くなって、ぼろぼろと涙をこぼしながら、二回頷いた。
情けないなあ。明日までここに居ないといけないのに。アップルさんのような実力者の前だと余計自分の弱さを思い知らされて悲しくなる。
どんなに冷たい目で見ているだろう。兄に言いつけられるかも……落ち込みながらゆるりと顔をあげたら、そこには。
「……え」
予想と違う光景。アップルさんの瞳には、確かに心配の影が映っていた。
「分かった」
「な、なにが?」
「塗り薬の調合と、包帯の調達が必要だ。ここの影に居ろ。動くなよ」
「はい……」
「それから、これを飲んでおくこと。軽い毒だが痛みを麻痺させてやれる。お前なら大丈夫だろう。普通の人間なら昏睡するが」
飲め、と緑色の液体が入った瓶を渡される。そこには兄から感じられるような愛情があって、つい心がときめいた。
だって、私の絶対的な味方なんだ、この人。捨てていこうとか全然考えてない。仲間として対等に気にかけてくれてる。そう分かると心から安心できた。
「ほら」
「ん、まずっ!」
さらさらしてるけどなにかスパイシーな味がする。パグのように顔をしかめた私の背を抱いて、アップルさんは自らのコートを脱ぎ私にかけた。
「睡眠薬も混ぜておいた。寝ておけ」
「……えっ? ちょっ、聞いてな…………」
■
お腹に重たいものを感じて目を覚ます。
あれ、いまなんじ。まだ夜明け前みたいでほの暗い。この季節にしてはあったかい……左側に焚き火の跡だ。それにコートと、右側に体温。
体温って。
当然のことながら、横で寝ていたのはアップルポイズンさんだった。精悍な顔立ちがすぐ近くにあってびびる。
それじゃあこの重たいの、やっぱり。
「……っしょ、い。わ!」
乗せられた腕をよけたら今度は覆うように転がってきた。まるで押し倒されたような体制になり、ひえっ、と思っている間にアップルさんの目が開く。こわいこわいこわい。
「あ、あの」
「……おはよう」
「おはようございます……」
私はどうすればいいのか。アップルさんは私の上から退くと、焚き火からなにか取り出して渡してきた。
「焼いた林檎は好きか?」
「好きです……」
「食っておけ。取引まで時間はある」
さっきのはダイナミックな寝相だったぽい。誤魔化し方が雑なのは眠いからだろう。
焼き林檎を一口齧ると、シナモンがふわりと香った。
傷口はしっかり閉じていた。