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食事に誘われた。〇に。彼は因論派の学生なのだが、フィールドワーク中に知り合った料理人が店を開いたのだという。同居人に伝えつつ土産は要るかと尋ねると、珍しく嫌味ではなく訝しげな視線を貰った。
「〇と食事に? ……ああ、君が居れば、自分はあまり食べなくて済むからか?」と。
「だけど、正直僕もそう思ったよ。きみが食事を摂っているのを見たことがなかったから」
「そう? あ、汁物のおかわりとお肉の追加を」
「まだ食べるのか!?」
卓いっぱいに広げられた皿は殆どが〇のものだ。彼が知り合った料理人は各国料理に長けていたらしく、入って早々璃月の火鍋からスネージナヤの揚げパイまで多種多様な彩りに囲まれた。それらを細身の彼がひょいひょいとつまみ食いをするように平らげていくものだから目を疑う。
普段は本ばかり捲っている白い指が、粉の振られた白パンをやさしく裂いて、赤い舌と同じ色のベリーのソースがかけられるのだ。
「……ほしい?」
「あ、いや! すまない。僕はじゅうぶんだ。驚いていただけで……今まで食事に誘っても断っていただろう?」
「それはたしかに。断ってたかな」
そう言ってカツレツを口に運ぶ。
今の言葉の軽さを聞けば、熱心に〇を誘っていた者たちは落ち込むかもしれない。〇には薬めいた不思議な魅力があって、触れた人は食虫植物のように呑まれていくのに、花は気づいていないのだから。
「まあ、少し安心したよ。研究に夢中になって食べていないんじゃないかって心配だったんだ」
「それは大丈夫。この通り」
「ははっ、そうだな。僕の頼んだこれも少し食べるといい」
ありがと、と言いながら〇が鶏肉のローストを口に運ぶ。咀嚼して、喉に流し込む。彼がどんなに不思議な人だとしても僕と同じ生物なのだと確認する。目の前にいるこの人は台座の上に立たされた彫刻ではない。
〇は、僕がそう考えているのを見透かしたようにナイフを置いた。
「……。カーヴェはさ、僕の友達だから」
〇が微笑む。どういう意味だろうか? なんにせよそういう気はないはずなのに、陰りのある笑みを浮かべる〇を見ていると鼓動が早くなる。
「〇……?」
「うん。ごはん食べるとさ、どんなに悪人でも人間なんだって思うでしょ? 嫌なんだよね。人間性を認識されたくなくて、成果だけで見てほしい。人間に、引きずり下ろされたくない」
「それは……たしかに、僕も先程同じ理由で安心してしまった。しかしそこまで言わなくても、親しみを覚えているということじゃだめなのか? 君は悪人ではないし、親しみを感じて勇気を貰う人だっている」
「うーん……」
〇が小さい爪を乗せた指先で、グラスに入った棒をクルクル混ぜる。実の所〇がこうしたプライドの潔癖さを持っているとは意外だった。親しさを良しとしそうだという意味ではなく、どうでもいいよ、って言いそうだと思っていたから。彼も学者の素質があるのだと改めて認識する。
「でもそれならどうして僕を呼んでくれたんだ? 誘われた時はそんなに消極的には見えなかったが」
「ああ、それなら簡単」
〇がグラスから手を離して顔を上げる。そして、いつもは寂れた日陰のような雰囲気を纏っているのに、一転してぽわぽわした日向のような柔らかい笑顔を浮かべた。
「カーヴェと親しくなったと思ったし、もっとそうなりたいと思って。君は人と食事をして仲良くなるタイプだろう?」
ああ、君は台座の上の偶像から抜け出して、僕の隣に来たいと思ってくれたのか?
嬉しくて思わず手を握ると、彼は頬を赤くした。普段はこんな風に触れるのも憚られる程透明に見えていたが、今日は構わず続ける。
「それなら他の店にも行こう! 君に食べさせたいものがあるんだ!」
「えっと、知り合いが見ないような店なら」
「持ち帰って僕の部屋で食べればいい。アルハイゼンは別の部屋だし、大体あんな奴の前で食事をしただけで親しみを覚えられるということもないだろう」
「それはー……たしかにそうだね」
〇が笑って、僕もつられる。芸術を理解する上で、僕はこの人の世界に入れてほしいとずっと願って距離を縮めてきた。冷たい冬のような人。真っ白な彫刻のような人。立ち入り禁止と書かれたテープの向こう側にいる人。だけど今は僕の友人だ。美味しそうに肉を頬張ってもぐもぐしている。というか、とっくに建前なんて乗り越えて〇のことを好きになっていたのだ。だから彼の方から歩み寄ってきてくれたことが本当に嬉しかった。
「はあ、本当に……驚くよ。何かきっかけがあったっけ?」
「うーん、カーヴェと仲良くなりたいとはずっと思ってたんだ。ただ自分の中で赦しが降りなくて。でも外で誰か新しい友人と食事をしていたのを見て……しちゃったから」
「うん?」
最後の言葉が聞こえなかった。首を傾げると、〇は気まずそうに手をもにょもにょしながら僕を見て、観念したように言った。
「嫉妬だよ。嫉妬しちゃったから。カーヴェと仲良くなりたいなら、無関心振ってないでちゃんと自分から動こうと思ったんだ」
……嫉妬? あの〇が、僕と仲良くなりたいから?
「カーヴェ?」
〇が心配そうに顔を覗き込んでくる。硝子のように美しい瞳が照明の偏光を弾いてきらきら。石鹸を削ったように滑らかな肌は普段より赤みが増している。なにか、自分の中で新しい強い感情が動悸と共に湧き上がってくる。
「ねえカーヴェ、お酒回った?」
頬に触れられる。そこで魔法が解けたようにばちんと意識が覚めた。
「っすまない、少し、呑まれそうだった」
〇は僕の返答に困り眉をして離れていく。
「水飲んだ方がいいよ。もうごはんは食べきっちゃったし、あとは帰るだけだから。これ以上は飲まずに帰ろう?」
「……ああ」
後日、爆食する〇を見たアルハイゼンは何も言わなかったが、目を見開いていた。僕はといえば……台座から降りたはずの彼に……、違う、未だに答えは出ていない。この感情は一度しまっておくことにする。
「〇と食事に? ……ああ、君が居れば、自分はあまり食べなくて済むからか?」と。
「だけど、正直僕もそう思ったよ。きみが食事を摂っているのを見たことがなかったから」
「そう? あ、汁物のおかわりとお肉の追加を」
「まだ食べるのか!?」
卓いっぱいに広げられた皿は殆どが〇のものだ。彼が知り合った料理人は各国料理に長けていたらしく、入って早々璃月の火鍋からスネージナヤの揚げパイまで多種多様な彩りに囲まれた。それらを細身の彼がひょいひょいとつまみ食いをするように平らげていくものだから目を疑う。
普段は本ばかり捲っている白い指が、粉の振られた白パンをやさしく裂いて、赤い舌と同じ色のベリーのソースがかけられるのだ。
「……ほしい?」
「あ、いや! すまない。僕はじゅうぶんだ。驚いていただけで……今まで食事に誘っても断っていただろう?」
「それはたしかに。断ってたかな」
そう言ってカツレツを口に運ぶ。
今の言葉の軽さを聞けば、熱心に〇を誘っていた者たちは落ち込むかもしれない。〇には薬めいた不思議な魅力があって、触れた人は食虫植物のように呑まれていくのに、花は気づいていないのだから。
「まあ、少し安心したよ。研究に夢中になって食べていないんじゃないかって心配だったんだ」
「それは大丈夫。この通り」
「ははっ、そうだな。僕の頼んだこれも少し食べるといい」
ありがと、と言いながら〇が鶏肉のローストを口に運ぶ。咀嚼して、喉に流し込む。彼がどんなに不思議な人だとしても僕と同じ生物なのだと確認する。目の前にいるこの人は台座の上に立たされた彫刻ではない。
〇は、僕がそう考えているのを見透かしたようにナイフを置いた。
「……。カーヴェはさ、僕の友達だから」
〇が微笑む。どういう意味だろうか? なんにせよそういう気はないはずなのに、陰りのある笑みを浮かべる〇を見ていると鼓動が早くなる。
「〇……?」
「うん。ごはん食べるとさ、どんなに悪人でも人間なんだって思うでしょ? 嫌なんだよね。人間性を認識されたくなくて、成果だけで見てほしい。人間に、引きずり下ろされたくない」
「それは……たしかに、僕も先程同じ理由で安心してしまった。しかしそこまで言わなくても、親しみを覚えているということじゃだめなのか? 君は悪人ではないし、親しみを感じて勇気を貰う人だっている」
「うーん……」
〇が小さい爪を乗せた指先で、グラスに入った棒をクルクル混ぜる。実の所〇がこうしたプライドの潔癖さを持っているとは意外だった。親しさを良しとしそうだという意味ではなく、どうでもいいよ、って言いそうだと思っていたから。彼も学者の素質があるのだと改めて認識する。
「でもそれならどうして僕を呼んでくれたんだ? 誘われた時はそんなに消極的には見えなかったが」
「ああ、それなら簡単」
〇がグラスから手を離して顔を上げる。そして、いつもは寂れた日陰のような雰囲気を纏っているのに、一転してぽわぽわした日向のような柔らかい笑顔を浮かべた。
「カーヴェと親しくなったと思ったし、もっとそうなりたいと思って。君は人と食事をして仲良くなるタイプだろう?」
ああ、君は台座の上の偶像から抜け出して、僕の隣に来たいと思ってくれたのか?
嬉しくて思わず手を握ると、彼は頬を赤くした。普段はこんな風に触れるのも憚られる程透明に見えていたが、今日は構わず続ける。
「それなら他の店にも行こう! 君に食べさせたいものがあるんだ!」
「えっと、知り合いが見ないような店なら」
「持ち帰って僕の部屋で食べればいい。アルハイゼンは別の部屋だし、大体あんな奴の前で食事をしただけで親しみを覚えられるということもないだろう」
「それはー……たしかにそうだね」
〇が笑って、僕もつられる。芸術を理解する上で、僕はこの人の世界に入れてほしいとずっと願って距離を縮めてきた。冷たい冬のような人。真っ白な彫刻のような人。立ち入り禁止と書かれたテープの向こう側にいる人。だけど今は僕の友人だ。美味しそうに肉を頬張ってもぐもぐしている。というか、とっくに建前なんて乗り越えて〇のことを好きになっていたのだ。だから彼の方から歩み寄ってきてくれたことが本当に嬉しかった。
「はあ、本当に……驚くよ。何かきっかけがあったっけ?」
「うーん、カーヴェと仲良くなりたいとはずっと思ってたんだ。ただ自分の中で赦しが降りなくて。でも外で誰か新しい友人と食事をしていたのを見て……しちゃったから」
「うん?」
最後の言葉が聞こえなかった。首を傾げると、〇は気まずそうに手をもにょもにょしながら僕を見て、観念したように言った。
「嫉妬だよ。嫉妬しちゃったから。カーヴェと仲良くなりたいなら、無関心振ってないでちゃんと自分から動こうと思ったんだ」
……嫉妬? あの〇が、僕と仲良くなりたいから?
「カーヴェ?」
〇が心配そうに顔を覗き込んでくる。硝子のように美しい瞳が照明の偏光を弾いてきらきら。石鹸を削ったように滑らかな肌は普段より赤みが増している。なにか、自分の中で新しい強い感情が動悸と共に湧き上がってくる。
「ねえカーヴェ、お酒回った?」
頬に触れられる。そこで魔法が解けたようにばちんと意識が覚めた。
「っすまない、少し、呑まれそうだった」
〇は僕の返答に困り眉をして離れていく。
「水飲んだ方がいいよ。もうごはんは食べきっちゃったし、あとは帰るだけだから。これ以上は飲まずに帰ろう?」
「……ああ」
後日、爆食する〇を見たアルハイゼンは何も言わなかったが、目を見開いていた。僕はといえば……台座から降りたはずの彼に……、違う、未だに答えは出ていない。この感情は一度しまっておくことにする。
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