第9夜



「そんじゃ次、どこ行くかね」

「そうですわね。それじゃあ、ゲームセンターに参りましょう」

「そうか、んじゃゲーセンに…。ゲーセン!?」

「若い者が集る娯楽の場と聞いています。気になりますわ」

思わずネアを二度見してしまった。今度はまさかのゲーセンか。というか、オレはさっきから何を気にしてんだ。別に本人が行きたいって言ってんだから連れてけばいいだけの話だよな。まず本来の目的は血をもらうことであって、どこ行こうが関係ないんだし。

「よっしゃ。ゲーセン行こう」

確かこの近くにあったはずだ。ゲーセンで遊んでたらいい時間になりそうだし、これでこの女とはおさらばだな。

「あ、ほらあそこだよ。あれがゲーセン」

「わぁ!あれが…。けっこう、騒がしいところなのですね」

「まぁ、そういうところだし」

ネアはあちこちに視線を移していたが、ある場所で歩みを止めた。UFOキャッチャーだ。何かかわいいやつでも見つけたか?と思って覗いてみると、それはぬいぐるみの山だった。

「犬の…ぬいぐるみか?これ欲しいの?」

「…狼、ですわね」

「え?」

確かに商品名にはウルフと表記されている。しかも、よく見ると狼のぬいぐるみ以外にも黒いものが埋もれている。なんだこれと思うよりも早く、再びネアが呟いた。

「狼と、蝙蝠のぬいぐるみのようですわね。普段からこういうものがあるのか、ハロウィンの時期だから特別なのか……」

なるほど、蝙蝠か。ぬいぐるみでこういったものは珍しいと思う。どちらも手に収まる大きさでまるまるとしている。中にビーズが入っているようだ。

「黒羽様、これ2つ取って頂けませんか?狼と蝙蝠」

「え!?」

いや…たぶん狼の方は取れると思う。でも蝙蝠は無理じゃね?埋まってんだよ、下に。しかし何でこれが欲しいんだ?確かに人によるかもしれないが、かわいいと言える形はしている。でも他に、誰が見たってかわいいと思えるぬいぐるみはいくらでもある。その中から、何故これをチョイスしたのか…。

「お願いします、黒羽様」

「えぇ…まぁ、頑張るわ」


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しばらくして。どれくらい時間が経ったかわからないが、今の成果は狼のぬいぐるみ1つ。蝙蝠全然とれねぇ!!幸いこのUFOキャッチャーは人気がないのか、他にお客さんが来て迷惑をかけているということはない。いい加減金が尽きそう…。しかしここまで来たら意地でも取りたい。ほら、オレ吸血鬼だし。

吸血鬼なら誰でも蝙蝠の気持ちが不思議と感じ取れる。何だか親近感もわくし、蝙蝠を伝書鳩のように情報収集に使うこともしばしば…って、そんなことはどうでもいい。

「黒羽様、大丈夫ですか?」

「それはオレの懐の心配か」

あ~…しかしさすがにあれだ。集中力というか神経というか…?疲れてきたのもあるし、何より恥ずかしい。たぶん周りから、あいつどんだけ欲しいんだよと思われているに違いない。

「…黒羽様、ハロウィンは好きですか?」

「え~?」

唐突にネアが口を開いた。ハロウィン?まぁ、自分がそういう存在だからハロウィンのあの雰囲気は好きだけど。

「ハロウィンともなれば、町中がお祭り騒ぎですわね。町の様子も昼間とは変わり、自らも仮装をして人ではなくなる」

「ん゛ー…」

もうちょっとなのにもどかしい…!ていうか、比率おかしくねぇか!?どうみても狼と蝙蝠で7:3…いや、8:2ぐらいだぞ!かといってここで店員呼ぶのも嫌だな。

「…なのに、いざ本物が目の前に現れると町はパニック状態。化け物扱いして嫌い、消そうとする。つくづく、人間とは勝手な生き物ですわ」

「え?」

集中しすぎて、後半何を話していたかわからなかった。ネアの方を向くと、ネアはふっと微笑んで“何でもない”と言った。

「…あっ!やった、取れた!!取れたぞネア!!」

「わぁ!ありがとうございます、黒羽様!!」

達成感が半端ない。財布がスカスカだけど…まぁ、いいか。あとはこいつから血をもらって―…。

……血を、


「…………」

「黒羽様?どうかなさいましたか?」

血は、もういいか。何かわかんないけど、こいつは襲えない。そう思えない。そんな気分ではない。ハーと息を吐くと、ぬいぐるみをネアに押しつけた。

「あー…いや、帰るか。お前ん家の奴、心配してんだろ。送るし」

「はい。ありがとうございます」

はぁ…。血貰うつもりで来たのに、何やってんだろオレ。1日無駄…ではなかったけど、また別の女みつけないとなー。

「黒羽様、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「ああ…うん。よかったな。あ、見えた見えた、お前ん家。それじゃあ―…」

「…あら。このままお帰りになるのですか?」

ネアの言葉に妙な違和感を感じ、オレは思わず振り返った。

「もう用は済んだろ?まだ何かあるのか?」

「いいえ。“私の用は”済みましたわ。…私の勘違いかしら。用があったのは黒羽様、あなたではなくて?」

「!!?」

この女は今何て言った?用があったのはオレ…。オレがこの女に近づいた理由は…。

「私の血が目当てだったんでしょう」

「!!!お前っ…」

驚いた。

驚くのと同時に、脳が瞬時に状況を理解して体が反応した。後退るように間を取りながらネアを睨み付ける。ネアはうっすらと笑みを浮かべると、両手にそれぞれのぬいぐるみを持ち上げた。

「吸血鬼とウェアウルフ、そして人間。同様に言葉を理解し合える存在だというのに、他の動物のように共存は叶わないのでしょうか。…いえ、そもそも人間は、他の動物と共存していると言えますか?それはもしかしたら、“支配”かもしれないのに」

淡々と話始めたネアにオレは目を見開いた。吸血鬼のことを知ってる。吸血鬼だけじゃない。ウェアウルフのことまで?オレの正体もわかっていたのか。となれば、考えられるのは…。

「…お前、何者だ。仲間じゃねぇな。政府の人間か!?」

「失礼、唐突すぎましたわ。まず私は人間です。人間ですが、敵ではありません。“我々は”反政府組織 ウロボロス。吸血鬼の敵であるブラックサーペント、通称黒蛇の意志に反する者たちの集まりですわ」

人間…?黒蛇のことも知っているとなると、オレを騙そうとしている政府の人間か、それともこの女が言っていることが本当だということだ。しかし反政府組織だと?それはつまり、オレたち吸血鬼の味方ということ…。いや、もしくは中立か?なら迂闊に味方とも思えない。…信用していいのか?

「存分に警戒なさってください。いきなりこんなこと言われても信じられないでしょう。しかしこちらとしても、こんな形で吸血鬼と接触できるとは思っていませんでしたので…。もしよろしければ私たちと協力しませんこと?」

「協力?お前らの目的はなんだ。味方ってのはどういうことだ」

「共存が目的ですわ。吸血鬼とはいえ、同じ人の姿で同じ言葉を話す。人間と違うのはあなた方が持つ力のみです。その力も上手く制御し、何かに役立てることができるなら人間も助かることがあるはず。逆に吸血鬼は定期的に血が必要になりますから、それは必要な分だけ人間から提供すればいい。献血と同じです。そうすればお互いに協力し合って生活することは可能でしょう。何も必要以上に怯えることはない。吸血鬼やウェアウルフもこそこそと隠れて生活する必要はなくなります」

確かに。そんな夢のような生活をどれだけ想像してきたか。でもそれが叶うなら、今だってこんなことになってないだろう。…けど、その夢を叶えたいと思っているのが人間だったら?もしかしたら状況が変わってくるかもしれない。

「もし話を聞くつもりがあるなら、またいらしてください。もちろん…あなたの主である始祖様にご相談した上で」

…!!?こいつ、そんなことまで。

「へぇ…?オレが始祖じゃないって?何でわかる」

「なんとなくと言ってはアレですが…。何せ始祖ですから。上手く妖気を隠しているとはいえ、他の吸血鬼と比べて桁違いなのですよ。勘のいい人間なら、その違いに気づくと思いますわ」

そうだろうか。そうだとしても、よほど訓練でもして気配に敏感でない限り、違いに気づくなんて難しいはず。ただ者じゃないということは確かみたいだな。

「…なるほど。で、確認のために聞いとくけど、お前らは味方のつもりなんだな?」

「ええ。逃げも隠れもしなければ、あなた方吸血鬼に何か仕掛けることもありません。…いえ。それとも、私が直接あなた方の所へ出向いた方がよろしいかしら?お互いに敵だというなら、その敵地に私が出向くわけですから。もし何かあればもちろん吸血鬼側が有利でしょう」

確かにそうかもしれないが、それだとオレたちの住んでる場所がバレることになる。どっちもどっちといったところだ。お互いに集合しようとすれば、誰に話を聞かれるかわからない。

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