第9夜
「わぁ…!この服かわいいです!!黒羽様、どうでしょう?似合ってます?」
試着室の鏡の前でポーズをとるネアにオレは相槌をうちながらため息をついた。…わかっちゃいたよ。女の服選びは長いってな。いや、おしゃれ好きの男もいるだろうからわかるのはわかるけど。長い、長すぎる。かれこれ今日着るための一着を選ぶのに2時間だ。一着だぞ?いつも綺麗なドレスばかり着てるから物珍しいんだろうけど。…にしてもだ。
「もう!ちゃんと見てください」
「それでいいじゃん、似合ってるし。もう昼だぞ?早くしないとすぐ帰る時間になっちまうよ」
「!!それはいけませんわ!えっと…じゃあこちらのワンピースを…」
そう言いながら、先ほど一度試着したワンピースだけを他の服と分けると今試着してる服を脱ぎにかかった。…カーテン閉めろよ!
「あれ、そっちの服じゃなくていいのか?さっきかわいいって言ってたのに」
「構いません。さっき試着したとき、一番褒めてくれたのはこのワンピースでしょう?今日は黒羽様とお出かけですから、黒羽様が褒めてくれたこの服で過ごしますわ」
「あ…そう。…えっと、すいませーん。これ、このまま着てくんで会計お願いします」
「ありがとうございます!それではこちらに」
ああ…どっと疲れた。服ごときに。とりあえず昼だし、どっか飯行くか。
「なんか食いたいのある?」
「え、えっと…」
というか、庶民の食いもんなんて見ないとわかんねぇか?どんな店がいいかな。
「あ、あのっ…私…!」
オレが悩んでいると、ネアは恥ずかしそうにうつむい…たかと思ったら急に顔をあげ、そして叫んだ。
「私、買い食いとやらをしてみたいです!!」
「かっ!」
買い食いだと!?買い食いって、その辺で買った五十円コロッケとか歩きながら貪るやつ!?それお嬢様がやっちゃってもいいの!!?
「道行く人でたまに見かけますが、仁科には“行儀悪いので駄目です”って言われました」
だろうな。マナーやら何やら覚えてこそのお嬢様が買い食いって聞いたことないわ。つか、仁科って誰。執事か?そう言えばさっきの手紙にも書いてあったな。
「というわけで、私もついに体験できますわね!こういうのなんて言うんでしょう?解禁?卒業?大人の階段上る??」
「言ってることはわかんねぇけど、何が言いたいかはなんとなくわかった。…まぁ、本人がいいならいいか。で、何がいいんだ?」
「んー…。ひとまず町に出てみましょう。何かあるかもしれませんわ。そう言う黒羽様はお腹空いていませんの?」
「あぁ、オレは大丈夫だから」
しばらく歩くと、ネアがふと立ち止まり一点を見つめた。なんだろうと視線を向けると…。
「あ、たこ焼き」
「たこ、焼き?たこを焼くんですの?たこの丸焼きかしら?」
「ちげーよ!丸焼きじゃなくて、生地の中にたこ入ってんの。あれ食う?」
コクコクと頷くのでたこ焼きを買うことにした。お店に近づくとやはり見たことがないのか、じぃぃっと焼いているところを凝視していた。
「いらっしゃい!」
「1つください」
「はいよ!綺麗な彼女さんだねー。羨ましいな。1個…いや、2個おまけしてあげるよ」
「はぁ、どうも」
彼女じゃないが。奥の方から、ちょっとあんた!という声が聞こえてきた。目の前のオヤジさんが笑いながら、バカ!お前が一番綺麗だよ!と叫んでいる。ああ…さっきの奥さんか。
「はい、五百円ね」
「どーもです」
近くにあったベンチに座ると、さっきのたこ焼きを取り出してネアに渡した。なんか目がキラキラしてんな…。
「ん。この楊枝でさして食べんの。熱いからな、火傷すんなよ」
「こ、これが…たこ焼き!この中にたこが入っているからたこ焼きなのですね。なるほど、たこがなかったらただの“焼き”になってしまいますわ」
いいから食えよ。
「では…。っ!!」
「あ?どうした」
「あ…あひゅいれす…」
「だから気をつけろと…」
涙目になりながら口元をおさえているネアからたこ焼きを借りると、それをフーフーと冷ましてやった。まぁ、これは猫舌でなくとも熱いわな。
「ほれ、口開けろ」
「ん…」
特に恥ずかしがりもせず素直に口を開けたネア。オレはもう女遊びで慣れてるけど…なんで?男の経験ないなら、ちょっとくらい恥ずかしがると思ったんだけど。それとも今時のお嬢様ってこんなんなの?なんか調子狂うな…。
「んん~!美味しいっ!これ美味しいですわね、黒羽様!!」
「ああ…そりゃよかったな」
「仁科ったら、こんな素晴らしいものが出回っているのをよくも黙っていましたね…。覚えてらっしゃい。今度のメニューにたこ焼きを注文してやりますわ」
別に黙っていたわけではないと思うが…。お嬢様がたこ焼きだぞ?いや、ダメじゃない。ダメじゃないけど、イメージ的によ。あと栄養バランス。
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