第9夜



「わかってるでしょ!?それは絶対使わないよう言われてるんですよ!お願いですから大人しく捕まってください!!」

「でないとお嬢様にぶっ殺されますぅぅ」

「…そいつに殺される前にオレに殺されてぇか?」

頭をガシガシと掻きながらオレはため息をついた。本当に疲れる。厄介な女に目をつけてしまったものだと未だに思う。なんでこんなことになったのかは、ほんの数ヶ月前にさかのぼる。


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次はどんな女がいいかな。

そんなことを考えながらオレはふらふらと街を歩いていた。その時、街よりも少し離れた場所に大きな家があるのを見つけた。

「お、すげーな。でかい家。金持ちってやつか?」

高い塀を飛び越えて、見つからないように奥に進む。木の上から窓を通して部屋の中を覗いてみた。

「んー」

中を覗いていると1人の女が机に座っているのに気付いた。こいつにするか。まずは警戒心を薄れさせようか。それとも思いきって襲ってしまうか。そんなことを考えていたとき。

「あなた、そこで何をしているのかしら?」

「!!!」

しまった、まさか人間にこうも簡単に見つかるとは。完全に油断していた。警戒心を強くさせてどうする。諦めるか、あえて近づくか?少し悩んでから、とりあえず様子を見ながら近づいてみることにした。

「ねぇ、どうして木の上に?あなた、私が叫んだら不法侵入で捕まりますわよ」

「んな簡単に捕まんねぇよ。別に泥棒しにきたわけでもねぇからさ」

「ふぅん?…まぁいいですわ。なら、少しお話しましょう。外はどんな感じかしら?」

「……外?」

どんな感じ、と聞かれてオレは戸惑った。この女は“何を”聞いてるんだ?

「ええ、ワケありなの。私はほとんど外に出してもらえなくて。もちろん社会のことはわかっているけれど。そうですね…私はこんな言い方好みませんけど、庶民の遊びや食べ物等々の“外”のことですわ。ここは息苦しくて」

……典型的なお嬢様ってやつか。なるほど、これはチャンスだ。

「じゃあオレが外に連れてってやるよ!閉じこもってばっかじゃつまんねぇだろ?」

「本当に!?」

一瞬焦ったが上手くいったな。あとは適当に付き合って血を貰ったら、さっさとおさらばだ。…しかしいくらなんでも、この格好じゃ目立つよな。

「お前、そのドレスみたいなやつ以外になんか服ねぇの?さすがにお嬢様丸出しじゃ目立つだろ」

「そう…ですね。でも他も似たようなものしかありませんし、どうしましょう…」

おっと。そんなしょうもない理由で餌を逃してたまるか。

「しょうがねぇな。その辺の店で適当に見繕うか。金ならオレが払うから」

「あら、そうはいきませんわ。私が自分で支払います」

「いいって。他もなんかあればオレが奢る。本人同意の上とはいえお前お嬢様だし、家の連中に許可取ってない以上オレが勝手に連れ出すようなもんだからな」

女はしばらく悩んでいたようだったが、ようやく頷いたのだった。

「…なんだか申し訳ないですが、わかりました。お言葉に甘えます。でも家のことなら心配なさらないで下さい。初対面の人に私が自分の意志で着いていくのですから、あなたに罪はありませんわ。…そうだ、ちょっとお待ちください」

何をするかと思ったら、紙とペンを引っ張り出すとすらすらと何かを書き始めた。

「書き置きです!これなら私自身、納得して外に出たことになります」

そのメモを覗くと、こう書いてあった。


仁科へ
息が詰まって死にそうなので、外へ遊びに行ってきます。夕方には戻りますので捜さないでください。事を荒立てようものなら―……。


「完璧ですわね。さぁ、行きましょう!」

「いや怖いわ!なんで最後、こんな中途半端になってんの!?どうなんの!!?」

「嫌ですね、そんな大したことじゃありませんわ。ところでお名前をお聞きしても?」

ああ、名前かぁ…。名乗っちゃって大丈夫かな。まぁ、別に人間の女に知られたところで問題でもねぇか。

「……黒羽」

「…くれは、様。素敵なお名前ですわね。私は色丞ネアと申します。それではよろしくお願いします」

ネアと名乗った女はふわりと笑った。…窓にガッ!と足をかけながら。さっきからちょいちょい思ってたけど、あんまお嬢様っぽくねぇな…。

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