第7夜



キーコ……キーコ……

「………」

あの後、気づいた時には辺りは血まみれになっていた。千里は目の前に倒れてるし怜亜も壁側にうずくまってるしで、怖くなってその場を逃げ出した。今は公園のブランコに座ってぼーっとしている。さすがに夜中だから誰もいない。

「……帰らなきゃ。でも……」

怜亜と千里は大丈夫だろうか。純血種なんだから、混血種と比べて傷の治りは早いんだろうけど…。

「…どうしよう」

ていうか、本当に。なんなんだ。一体何が起きたんだ?意識ははっきりしていた。ただ、自分じゃない誰かが僕の体を動かして何かしているような…。それを僕は何も感じず、ただ目の前の映像を見ているだけのような…。よくわからない力を使って怜亜と千里を傷つけたのは確かに僕なんだ。それはわかっている。でもあれは自分の意志じゃない。

「……レオ」

「!!!!」

「…見つ、けた」

声がした方を向くと、そこには怜亜が立っていた。いつも通りといえば…いつも通り。血が服やズボンに飛び散っている以外は。文字通り血まみれで、服の至るところが真っ赤に染まり、刃物か何かで切り裂かれたように破れてボロボロだった。よくわからないけどなんともなさそうだし、傷はとっくに治ったんだろう。よくその格好のままここまで来たな…。

「人間、襲った?」

「……っ」

怜亜の言葉に、僕はふるふると首を横にふった。

「ならいい。もし襲ってたなら、殺さなきゃならないとこだった」

「…いっそ殺してくれよ」

「……」

「なんでだよぉ……」

なんで僕がこんな目に……。何も悪いことしてないのに。

「……帰ろう」

小さく怜亜が呟いた。そう、だよな。ここにいても仕方ない。仕方ないんだけど…。帰ったらそれは気まずい。どうすべきか悩んでいる僕をじっと見ていた怜亜だったが、再び口を開いた時、何か雰囲気が変わったように感じた。

「…心当たりが、ないわけではない」

「え?」

「…お前は、異例だ。他の吸血鬼とは違う。仮説を立てた所で、確証があるわけでもない。考えるだけ無駄だ。……いいから、帰るよ。自分の家なんだ」

怜亜は途中何かを考えているようだったが、軽くため息をつくともう一度帰ろうと言ってきた。その時には一瞬感じた違う雰囲気はなくなっていた。僕はそのままブランコに座ったままだったが、背を向けて歩きだした怜亜を見て、ハッとして声をかけた。

「あ、あの…さっき、自分でも何がなんだかわからなくて。その…変な、力みたいな…」

「…あれ自体は、吸血鬼が扱える力の1つ。“血刃”と呼ばれる、自身の血を操っていかようにもできる力……だが。問題は、力の使い方もコントロールもわからないお前がその力を使い、強力な一撃を食らわせてきたこと…。まるで“慣れてるみたい”に」

「……は?」

慣れ…てる?何をバカな。本気で言ってるのか?僕は人間から混血種になったんだ。しかも混乱してるばかりで吸血鬼の持つ力どころの話ではない。そんな状態で自分が力を使おうとするわけないだろう。使い方も知らないのに。

「…ともかく。レオは、混乱しすぎ。もう少し冷静に…。この状態に慣れたら、力の使い方も、覚えた方がいい。自分の身を守るためにも…」

ごもっとも。混乱しすぎかもしれないのは自分でわかっている。でもこんなことになればよほど順応性がない限り、慣れるっていうのは難しい話だ。ましてや今までほとんど外に出ず、今の社会すら知らないこの僕が。

「わかった、まずは落ち着く。で…傷は大丈夫か?千里は…」

「…傷?ふん…最悪。完全に油断して隙があったとはいえ、まさかオレが、傷をつけられるなんて…。しかも、レオに」

「……」

いや、そうだろう。確かにそうだろうけど、なんかムカつくな。なんなんだその言い方…。

「…そしてあの、力の入れよう。さすがに、首が折れるかと思った。…そんなに、血が欲しかったか?」

「そっそんなわけないだろ!!あれは急に…なんか、おかしく…」

「だろうね。あれだけ嫌がってたお前が、自分から血を欲すとは思えない…。しかも最近飲んだばかりで」

怜亜の言う通りだ。あれはまさしく血が足りないときに起きる発作だった。でも前に飲んだ血の量が少なかったわけでもないし、足りなかった…ということはないはずなのに。

「ま…オレは見ての通り…。千里も傷は治っているし、元気…だった」

「よかった…。自分でもよくわからなくて、知らぬ間に殺しちゃってたらどうしようかと…」

そう言うと、ずっと無表情だった怜亜が少しばかり口角をあげてクスリと笑った。

…ような気がした。

「……心配せずとも、お前にオレは殺せないよ」

それは“情”の話か、“力”が及ばないからなのか、どういう意味で言ったのかはわからなかった。

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