第7夜



「…うぅ…」

小さく唸りながら身じろぎした彼女に、オレは顔をあげて静かに声をかけた。

「気がついたか?」

「…響…。どこ行ってたのよぅ…響がいない間に血祭りじゃないの…イテテ」

「悪かったな。散歩に行ってたんだが…。怜亜は見ての通りだ。千里の傷もその時にはふさがっていた。が、あまりのことに気絶してたみたいだな」

その言葉に千里は、首に手をやりながらバッと勢いよく起き上がった。怪我した後だというのに、相変わらずだなこの女は。

「そうだ!!レオはどこ行ったの!?」

「しー。怜亜も混乱してな、今は寝てるから」

「え、あ…。ごめんなさい。怜亜は大丈夫そうね、さすがだわ」

怜亜の首には一切傷は残っていなかった。腹の傷もすぐに塞がったみたいだし、問題ないだろう。ただ寝てるだけの怜亜を見て千里はホッとしていた。

「…レオは、オレが来たときにはいなかった。そのまま他の人間を襲ってるか、もしくは我に返ったが怖くなって逃げたか…。どっちにしたって逃げたな」

「そんな…」

「オレの調整ミス、か」

そう呟いた時、いつも聞きなれているゆっくりとした声が聞こえてきた。その方へと視線を向ける。

「……響、」

「起きたか」

「ミスって…なに…」

いや、そうは言ったが自分でもよくわからない。これは久しぶりに頭を抱える事になりそうだ。

「……あくまでも可能性の話だが。あの時、レオは想像以上に血を失っていた。少しばかりの血じゃ回復できない。そう思って、オレはレオの中に多めに血を混入したんだ」

「…何か、悪いの?」

「レオは人間の時に虚弱体質だった。そこに並み外れた力を持つ吸血鬼の血を入れた。物で例えれば…その器の許容を超えれば、器は壊れるだろう。それと同じだ。いきなり血を多めに入れてしまったことでレオの体がオレの血についていけず、上手く馴染まないためにレオの中で拒絶反応が起きた。だからそれで暴走した…と、副作用のようなものか」

……そんなはずはないんだが。今までにそんなことはなかったし、血を多めに混入させたにしても本当に少しだけだ。通常通りに混血種として吸血鬼化するはずなんだ。確かに人間に一度に一定以上の吸血鬼の血を混入すれば、器である人の体が耐えられずに死に至ることにはなる。つまりは失敗作だ。しかしそれはこちらもそれだけ血を失うことになるため、そんな状況になることはまずない。

「……他にも、おかしいところがある」

「おかしいところ?何それ」

「そうだな。混血種の場合、割合で表すとこうなる」


混入時

人間の血8:吸血鬼の血2


「人間の体に混入すると、人間の血は急速に吸血鬼の血に変換されていく。数日後には吸血鬼の血が上回っている状態になる」


数時間後

人間の血5:吸血鬼の血5


数日後

人間の血2:吸血鬼の血8


「……と、こういう流れになるのが混血種だ。つまり、千里の体の中にある人間の血は2割ということになる」

「へぇ…。そうだったんだ。それは初耳だわ」

「なのにレオは、数日経った今でも人間の血4:吸血鬼の血6…といったところか。あと2割が吸血鬼の血に変換されていない。混血種にしても未熟すぎる」

怜亜の話では、レオは他の吸血鬼に狙われやすいようだ。だがそれは人間の血の匂いが強いための…他の吸血鬼の勘違いだ。勘違いで襲うことになるということは、それだけレオの体には人の血が多く残っていることになる。…で、その理由というのが…。

「…わからん。まいったな」

「レオの異常な飢えについては?それも副作用的なものなの?」

「そうかもしれないし、なんとも…。ううむ」

と、その時。何かを考えていた怜亜が口を開いた。

「…アレは…、まるで、ずっと長い間血を吸わなかったために…その反動で、オレをきっかけに、異常なまでに血を欲すようになってしまった…。いくら血を吸っても、まだ足りない。今までの分が満たされない…。そう、見えた」

怜亜の言葉にオレも千里も言葉を失った。確かに言われてみればそんな気もしなくもないが…。いや待て。もしあの衝動がそれによるものだとして、レオの体がオレの血を受け付けない疑問は…。

「…とにかく、今のままでは何もわからん。小難しい話は後回しだ。レオを捜すぞ。まだ我に返ってないとすれば大変なことになる」

「…すでに、人間を襲っていたら?」

「……。怜亜に任せる」

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