第5夜
破片がはぐれの頬を掠めていったが表情一つ変えずに怜亜を見つめていた。怜亜も黙ってはぐれたちを睨み付けている。
「その気なら相手してやるぜ。なぁ、おい?」
はぐれの1人が誰かに呼びかけるように、少しばかり首を捻りながら言った。そして―…
「なっ!?」
一体どこに隠れていたんだと思うくらいだ。それを合図にわらわらと出てきたたくさんの吸血鬼。あっという間に囲まれてしまった。間違いない。全員の目がおぞましいほど赤い。こいつら3人の仲間か?何十人いるんだ!?
「……力が、ある?蹴落とす?貴様らは、何か勘違いしているようだ。我が同胞に相応しくない、吸血鬼の面汚しめ。…レオ、下がれ」
「え?」
いつものぼーっとした怜亜とは何か違う。そんなことを思っていたとき、怜亜の周りの空気が渦巻き始め、足元からゴゥッと風が巻き起こっていった。思わず目を瞑る。
「……っ?」
風がおさまって目を開いたとき、目の前にいたのは普通ではまずあり得ないくらいの大型の黒い犬だった。
「(いや違う、犬じゃない。……狼?)」
まじまじと見てみるとやはり狼のようだ。真っ黒な狼なんて見たこともなかったが、大きさは他の動物で例えるなら……馬あたり、といったところか。
『 グルル……… 』
「ま…まさか、怜亜?」
その黒狼はそうだとでも言うように、尾をパタパタとふった。…人以外の姿にも変えられるのか。
「あ、妖化……!?いや!だとしてもお前1人でこの数とやろうなんて、そんなの―…」
『 グォオオオッ!!! 』
「ぎゃあっ!?」
怜亜は地面を蹴り上げ相手に飛びかかっていった。それを目で追うが、速すぎて動きを捉えられない。捉えられたのは、怜亜が次々と奴らの左胸に噛み付き、頭を貫き、灰に変えていった場面だけだった。さすが純血と言うべきか、その様子を見ていた他の吸血鬼は怯んで動けずにいた。
「く、くそっ!!なんでこんな簡単に!いや……待てよ。黒髪に鎖がついた首輪をした純血種の吸血鬼…。しかも妖化だと?まさか……!!」
1人の男が叫ぶと、周りの吸血鬼たちが動きを止めて騒つき始めた。
「なに?」
「こいつが!?」
「待ちなさいよ!!それが本当ならその“証”があるはずでしょ!?私の主が言ってたわよ!!名前だって……!!」
……?何の話だ?証って?怜亜は…怜亜じゃないか。純血種の吸血鬼。確かに僕たちよりは偉い存在だが、何をそんなに騒いでいるんだ。と、その時1人の男が恐る恐る怜亜に歩み寄った。
「あ、あんた…“あれ”はあるのか?名字と名前は?」
『 …… 』
「なん…だよ、言えねーのか!?そうだよな、確か存在を騙るとタダじゃ済まされねぇはずだからな!!本物ならとっくに名乗れるはずなんだ、やっぱりハッタリかよ!!純血種のくせにふざけた真似しやがって…!!」
「そ、それもそうね…。こんなところにいるわけないもの」
ハッタリも何も怜亜はなにもしてないが……と思いつつも、再び怜亜に食って掛かり始めた奴らに僕はどうすることもできなかった。…力がないと無力だ。ただ見ていることしかできない。
『 …オレはオレ、王は響だ。ただ、それだけのこと。貴様らは自分の主に従い、大人しく、していればいい 』
「…っるせぇな!!もうてめぇは後回しだ!!そいつを先に殺っちまえ!!」
「!!!?」
やばっ……
『 そいつに触れるな! 』
地面に伏せたままで反射的に閉じていた目を開けて首をひねると、僕に覆いかぶさるような体勢をとった怜亜がいた。確かにこれなら僕には被害はないだろうけども。これでは僕を守っているがために怜亜が自由に動けない。
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