第5夜
しばらくの間、大したことも考えずにふらふら歩いていると、急に怜亜が立ち止まった。大通りから裏道へと続く通路の奥をじっと見つめている。何か見つけたんだろうか。
「怜亜?」
「…伏せろ!!」
「え?」
わけがわからないまま立ち尽くしていると、怜亜はいきなり僕を突き飛ばした。突然のことで、僕は受け身もとれずに吹っ飛ばされた。
「いっ…た、何―……」
「…出たな」
怜亜の視線の先には、吸血鬼であろう男2人に女1人がこちらを見据えていた。女は自分の指先についた血をなめている。…血?僕は…なんともない、よな。
「あ?あれー…。人間の匂いがしたのにな…。間違えたか?…ああ!お前、混血種か!!」
「…ん?いや、でもこいつ人間の匂いの方が強いよ。お前、なんだ?」
「は?何いっ……おい、怜亜!!」
怜亜の方を見ると、僕を庇ったせいか腕を切り裂かれていた。しかし傷が見当たらない。もう治ったのか。
「んふふ…。そっちの僕を狙ったつもりなんだけど…人間じゃなかったのね」
「その回復力…あんたは純血種か。ただのお仲間ってわけじゃなさそうだな。揃いも揃って一体何の真似だ?オレらの邪魔をする気か?」
「お前らこそ、何してる。これは現吸血鬼の王が考え、決めた事だ。無闇に人間を襲えばたちまち“奴ら”のもとへと情報が入る。…知らないわけじゃないだろう」
ピクリと相手が反応した。話を聞いていても僕にはさっぱりだ。響が言っていた“お約束”についてはわかっている。下手に好き勝手やっていては吸血鬼が生きづらい世になってしまうだろう。それは確かにそうだ。いくつかルールはあった方がいい。現、ということは“元”吸血鬼の王がいたのか?それに怜亜が言った“奴ら”って誰のことだ?人間…のことだよな。
「はぁ?なんで吸血鬼が非力な人間の中にこそこそ隠れて生きなきゃなんねぇんだ?だれがそんな規定に従うかよバァーカ」
「吸血鬼の方が力は上なんだし、みんなで制圧しちゃえば私たちが生活しやすい世界なんてすぐよねぇ」
「えーと…なんだっけ、今の王様の夢。……人間との共存?無理無理!!そんなことできたら今だって苦労してないっしょ!!オレだって元人間なのにさぁ…。吸血鬼になったって瞬間、友達だった奴に拒絶されたんだぜ?化け物だってよ。それで共存なんて腹いてぇよ。もう吸血鬼同士で好きにやってた方が楽しいっつーか?人間とかどうでもいいや」
相手の男が笑いながら言った途端、怜亜の目の色が変わった。辺りの空気が騒ついていく。重苦しい。嫌な空気だ。
「……貴様ら、王に逆らうのか」
「王ねぇ。現吸血鬼の王って桐生様だろ~?まったく何考えてんだか。本来吸血鬼の王は始祖のはずだろ。その方はなんで桐生様を王に選んだのかねぇ?まぁ、オレたち混血種は始祖の顔は知らないし、どんな奴かわかんねぇけど」
「…黙れ」
「なぁ?そこのお前もそうだろ?もっと血が、力があれば認めてもらえる。周りの奴らを蹴落としてオレが王になってやる!!そうしてオレたちが生きやすい世の中を…そう思うのは普通だろ?」
「は!?ぼ、僕!?そんなこと思うわけないだろ!!何言ってるんだ!!」
だいたい、簡単に言ってるけど王になるってそんな楽なもんじゃないだろ!?地位が高ければそれだけの責任が伴う。それは人間だって同じだ。
「ああ?何言ってんの?認めろよ。オレらは人間を越えた存在だってよ!!」
「そうよ、これだけの力があればみんな私に平伏すに決まってるわ!!私を今まで馬鹿にしてきた奴も、どいつもこいつも!!みんな!!私が一番なのよぉおおお!!!!」
男は体をそらしながらケタケタ笑った。女は狂ったように叫び始めた。なんだよ、なんだよこいつら。おかしいだろ。
「レオを…貴様等下衆と一緒にするな。こいつは、貴族寄りだ」
「はぁ?…もしかしてお前、桐生の血族だったりする?うーらやましぃーなァ。桐生様と契約しちゃって~」
「……え」
…うらやましい?なにが、だよ。僕だって、好きでこんな人生望んだわけじゃない。力があるって言ったって、それが、吸血鬼になるってことがどういうことか…こいつらは、わかって言ってるのか?
「あ、桐生の血族っていうのは、第一始祖の“子”である桐生響様と直接契約をした奴らのことでぇ。桐生様自身、他の純血種より力がある存在みたいでさ。だから契約した奴も他の混血種よりー…」
「いい加減、その減らず口を閉じろ。貴様ごときが、純血種に歯向かうのか?」
「あら、こわーい」
「やだねぇ、歯向かうなんてとんでもない。人間を襲えと言われたら、喜んで襲いに行きますよ?」
その直後。暗がりの道を照らしていた近くの街灯がチカチカと点滅し始めたかと思うと激しく音をたてて割れ、その破片がはぐれたちに向かって勢いよく飛んでいった。
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