第5夜



ギシ……

ギシ……


…なんだろう。何かが聞こえる。目を瞑りながら耳を澄ましていると、それはだんだんと近づいてきた。まぁ、床が多少キシむのはよくあることだ。…いや待て。その前に、誰かが歩かないと音なんてならないだろう。僕は寝返りをうちながらうっすらと目を開けた。

ギシッ

ひゅんっ

「ぬぁあああ゙あ゙!!!?!?」

危機一髪。

勢い良く横に転がり、“それ”をかわした。寝ぼけていた頭が瞬時にクリアになったと同時に寿命が縮まった気もする。し、死ぬかと思った。

「おお!……よく避けたな」

「おお!じゃない!!一体何事だよ!!」

上半身を起こして顔をあげると、響が驚いた顔をして立っていた。なんであんたが驚いてんだ。

「おはよう」

「ああ、おは……違う!!なんだこの手は!手刀か!?手刀で起こしたのか!?」

見ると響が片手の爪を鋭く変形させていた。危ないどころではない。一歩間違えれば首と胴体が離れていたことだろう。僕の首元目掛けて振り下ろしてきたからな。

「命の危機を感じるだろ?おかげですぐに目が覚める」

本当にな。下手したら一生目を覚まさないぞ」

それよりも辺りが真っ暗なんですが、どういうことでしょうか響さん。まだ真夜中じゃないか。どうりで静かなわけだ。僕だってまだ眠い。ぼふっと毛布を被って顔を隠した。頼むからほっといて。最近疲労がすごいんだ。……が、毛布は響に剥がされてしまった。寒い。返せ。それは僕の一部だ。

「はぐれたちを見つけるの、昨日手伝うって言ったよな?」

「……」

しまった、そうだった。二つ返事でやむ無く了承してしまった自分の愚かさに腹が立つ。捜すにしても何させられるかわからないし、よく説明を聞いておくべきだった。しかもこんな夜中に叩き起こされるとは。

「当然相手も吸血鬼。活動するのは夜だ。レオには定期的に、夜の決まった時間の間だけ外を巡回してもらう。同行者はその都度変えるからな」

僕は枕に顔を埋めて呻きながら答えた。

「夜はやめよう。眠いから」

「貴様…それでも吸血鬼か!!!!」

「ええい黙れ!!」

「話が進まん、とにかく行け。今日は怜亜が一緒だ」

……ああもう眠いっつってんのに、この男は勝手に話進めやがって。早く行ってこいと言わんばかりに手でシッシッと払っている。…むかつく。

「……レオ、行こう」

「うわっ!…なんでお前らは勝手に人ん家に………!!」

そろそろ不法侵入で訴えてやろうか。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄

「……だるい。もういいって、帰ろう。疲れた」

病気しなくなったんだから、なんてことはないだろうって?もともと必要以上に動くのは嫌いなんだ。腰が重いとか言うなよ。しかし吸血鬼になったからといって急に夜に活発化するわけではない。現にあくびが出るのだから、眠いという証拠だ。まだ体が夜に慣れていないんだろう。とりあえずニュースで吸血鬼が出たと言われてる付近を歩き回ってみることにした。特に人がいる気配はない。

「相手が吸血鬼だって、どうしたらわかるんだ?」

「…ほぼ直感」

真顔ですっぱり即答した怜亜にため息をつきたくなった。なんてアバウトな。

「はぁ?直感って…」

「……本当。オレの場合は、だけど。まず吸血鬼の特徴として、赤い目、肌が白い、牙、妖気…といったところか。でも人間に上手く化けてる奴は、目の色も違ければ…牙も隠してるし、妖気も抑えてる。そういう時は、相手と自分の力量による。自分の方が上なら、相手の正体なんてすぐにわかるから。あとは…血の匂いか。こればかりは隠しようがない」

「なるほど」

血の匂いか……それなら吸血鬼同士わかるものがあるんだろう。ううん…吸血鬼についてもっといろいろ聞いておくべきだな。まだわからないことが多すぎる。

「そういえば、なんで他の人間には吸血鬼だってバレないんだ?特徴だって言うなら、響や僕たちも目が赤いままだろ。普通は目が赤かったら人間におかしいと思われるじゃないか」

「……それは人間に、一時的に催眠がかけられているから。純血種…それから、純血種と契約した混血種の吸血鬼には、催眠能力がある。それで…人間はオレたちを見ても、目が赤い、珍しい、くらいにしか思わなくなる。…実際オレが昔学校に行ったときは、病気なのか、コンタクトしてるのかと…散々、言われたことがあった。そうなると、対応が面倒くさい」

催眠…なるほど、そういうことか。そういえば何かの本で読んだな。何だったか……妖怪か何かの本のような…いや、小説か?ていうか、こいつ昔も学校行ってたのか。

「催眠使えば、人間の記憶をいじって書きかえたりもできるけど……。まぁ、人の頭の中いじるなんて、あんまりしない方がいいのかもね。本当、は…」

「それはそうだろうな。人の頭ん中いじるなんて。ということは、純血種の響と契約した僕も一応は催眠能力があるってことか?」

僕の問いかけに、怜亜はこくりと頷いた。人を操る力。こんな力を持ったら、悪用しようとする奴も出るだろう。記憶の操作…か。

「……ちなみに」

怜亜は歩みを止めると、“話は変わるけど”と言いながら、くるりと僕の方を振り返った。

「オレも…純血だし、年上だから。ちょっとは敬うように。堅苦しいのも好きじゃ、ないけど。響、様が…レオが反抗期みたいだって…嘆いてた」

「でも見た目……あー、わかった。わかりましたよ。何も言ってないから睨むな」

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