第2夜



頭の中でわけのわからない言い訳を考えていると、響は呆れながら再び口を開いた。

「昨日見たというのに信じられないのか?まだ話は終わっていない。人間の中に交じって生きているはぐれ吸血鬼を捜し出すのをレオ、お前にも手伝って貰いたい」

は?ちょ、ちょっと待て。手伝えだって?吸血鬼を捜し出すのを?何を言ってるんだ。それは吸血鬼の問題だろ。何でそんな…。

「な、なんで僕がそんなことしなくちゃならないんだ!!僕は関係ないだろ!?巻き込むな!!だいたい、吸血鬼なんてどうやって捜すんだよ!」

「確かに、吸血鬼は姿を人間に馴染ませてるから基本的には見分けがつかない。でもレオならできるし、自分は関係ないことなんてない。レオも吸血鬼だからな」

響の言葉に思考が止まった。今なんて言った?僕が…なんだって?吸血鬼なんて馬鹿馬鹿しい。今まで普通に生きてきたんだ。ましてや自分が人間じゃないなんて、そんなことあるわけがない。そう思ってただ笑うしかなかった。

「あ、はは……何を言ってるんだよ。僕は人間だ、そんなこと……」

響は僕を見つめて溜め息をつくと、近くにいた千里を呼んだ。

「おい千里、鏡」

「はい。レオ、これ見て。映るように念じながら鏡を触るの」

意味がわからないことを言う千里を横目に、僕は差し出された鏡を覗きながら触れてみた。一瞬自分の姿が鏡の中になかったように見えたのはきっと気のせいだ。視線を外してもう一度見てみるとちゃんと映っていた。そして、自分を見てギョッとした。

目は真っ赤に染まっていた。瞳孔は縦に割れ、口から覗くのは鋭い牙。人間にあるはずがないもの。爪も前と比べると獣のように鋭くなっている。な、なに……これ。何なんだこれ!?あまりの事に僕は持っていた鏡を床に投げつけた。ガシャン!という音とともに破片が辺りに散らばった。

「れ、レオ……」

「う…嘘だ、嘘だ…こんな!!僕は…!!」

人間なんだ。そうして生きてきたんだ!!信じない、嘘に決まってる。こんなの、こんなの夢だ。

「生きたい、お前はそう望んだ。だから昨夜、オレはお前を生かすためにオレの血をお前の中に入れた。それで吸血鬼になったんだ」

「え……」

「人間は吸血鬼に噛まれたら自分も吸血鬼になると思っているみたいだが、それは違う。吸血鬼の血を人間の体内に混入すると、その人間は吸血鬼になる」

昨日、完全に意識を手放す直前に体の中に何か流れていくような感覚を一瞬だけ感じた。あれは僕が人ではなくなった瞬間だったという事だ。……そう、か。

「まぁ、自分のことはこれから理解すればいい。オレは話すことだけ話す。吸血鬼になったからにはいくつか守らなきゃいけないことがある。

規定1.人間を無闇に襲うな
規定2.力を無闇に人前に曝すな
規定3.人間に急所を教えるな

以上、生活する上で守らなきゃならないことだ」

「急所……?」

「そうだ。吸血鬼は基本的に人間が思ってるようなものは効かない。形だけの十字架とか聖水は無意味だし、日光も苦手程度だな。再生することも可能だが、まぁ吸血鬼にも弱点はある」

全て効かない?再生もできる?ああ、本当に化け物だな…。日光も効かないから平然としていられるわけか。設定がファンタジーの中と真逆じゃないか。

「心臓をただ刺すだけじゃオレたちは死なない。“ある部分”を純銀で突き刺すか撃ち抜かれるかすると、吸血鬼は灰になって死ぬ。吸血鬼同士は例外で、銀を使わなくても相手を殺せる」

ある部分?どういうことだ?基本は頭とか心臓だと思うんだけど……。あるものによっては首を切断するとか?どうなんだろう。

「人間にはこのことを教えるなよ。もしオレたちを嫌う人間に知られれば、お前も殺されるぞ?」

「……吸血鬼なんて、みんなから嫌われてるじゃないか」

僕が呟くと、千里は悲しそうな顔をした。言ってからハッとする。さすがにキツかっただろうか…。

「人間にもオレたちを認めてくれる奴はいる。ああ、だからといって急所教えたりはしないけどな。特別でない限り」

「確かに人間と違うといえばそうだけど。吸血鬼には特有の力があるから。みんなじゃないけど一部の動物を操れたり、ちょっとした超常現象だったり。あと…催眠とか?一般的なのは血を操ることね。もともと吸血鬼って実態がない存在とされているし」

響に確認するような仕草をしながら千里は説明していたが、生憎あんまり頭に入っていない。今はそれどころではないのだ。自分のこともあるのに、今何が起きているだの力だの、吸血鬼の約束とかそこまで理解できない。パンク寸前だ。

「時が経てば、わかるようになる。まずは自分の状況を理解するんだな。ああ、はぐれ共を捜す手伝い、考えとけよ。今日は帰る。それと、お前の体内にはオレの血が混じってるからある程度は大丈夫だけど、まだ馴染んでないだろうから無茶はするな」

「……」

「そうだ、1つ例外があった」

ふと、思い出したように響が言った。

「確かに人間を無闇に襲ってはいけないが、自分に危険を感じたら相手を襲ってもいい」

「!?」

「人間たちだってそうだろ?正当防衛だ。こればかりは仕方がない」

「お、おいっ……!」

それだけ言い残すと、響は窓から消えていった。

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