第2夜



「………風、強いな」

教室に顔を出したあと、僕はしばらく校内を見てまわっていた。今は授業中なため、ただいるだけで何もしないのはみんなの邪魔になると思い、僕は屋上で涼んでいた。

……むしろ、邪魔になると思うなら帰れって話だがな。さっきものすごい勢いで何かのチラシが僕の顔面に直撃してきた。僕を邪魔だとでも言いたいのだろうか。屋上から下を見下ろすと、校庭で授業をしている生徒たちの姿が見えた。

……走るの、羨ましい。

別に走るのが好きなわけではない。走ったって疲れるだけだし、むしろ嫌いだ。でもこうも病弱になって走ることすらできなくなると、人が当たり前にできていることが羨ましく思えてしまう。最後に走ったのは、いつだったろう…。自分が情けなくて、虚しくて、
こんなにも浅ましく思ったのは初めてで。校庭から視線をそらし、僕は帰るために階段の方へ向かった。


*


PM6:30

学校帰りか、遊びの帰りか。2人の女子生徒のうちの1人がカバンを振り回しながら叫んでいた。

「もー、あったまくる!!なんなのよ、浮気しといてあの逆ギレに開き直り!!悪いのはそっちじゃない!!ふざけんなっての!!」

その話を傍らでダルそうに聞いていたショートヘアの女子生徒が叫ぶ女子生徒をなだめていた。

「まぁまぁ落ち着きなよ。またいい人見つかるよー。あんな奴のこと忘れれば?」

「はぁ、そうする。ちょっと公園よってくね」

ひらひらと手を振りながら去ろうとしている友人をショートヘアの彼女は慌てて止めた。最近この辺りでは嫌な噂が耳に入るからだ。

「ちょっと大丈夫なの?あそこの公園、吸血鬼出るって噂じゃん」

「大丈夫だって!まだそれなりに明るいしさ、またね」

「………うん。明日」

この時、友人を無理矢理にでも引き止めるべきだったことを彼女はまだ知らなかった。


「……はぁ。泣きたい……」

友達が帰るのを見送ったあと、少女は力が抜けたようにベンチに座り込んだ。ため息をつきながら空を見上げる。
夕方、今日はやけに空が赤い。いつもなら綺麗だなと思うのだが、なんだか嫌な空だ。そう思う気分でもないからだろうけど。

「 お嬢さん、どうしたの ? 」

「っ!?」

突然聞こえた声に、少女はびくりと肩を震わせた。聞こえたのは背後からだ。ゆっくりと振り向くと、そこには見知らぬ若い男が立っていた。一体何の用だろう。

「1人で何してるの?」

「え?……ど、どちらさまですか?」

「あ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど…。なんか落ち込んでるみたいだったからさ」

知らない者同士なのに妙に馴れ馴れしい感じだ。少女は少し離れながら聞くと、男は笑いながら言った。そんなに悪い人ではないようだ。

「あ、いえ…すみません。その、何ていうか…。気にしないでください」

「…お節介だったかな。よければ話してくれない?」

少女は頭を下げながらベンチに座り直すと、男も隣に座ってきた。緊張からか体が縮こまってしまう。ちらっと横目で彼を見上げた。優しそうで、男なのに綺麗な人だった。

肌がやけに白い…。

「はぁ、その…。いろいろありまして、友達と喧嘩別れしちゃって…」

「友達って彼氏?」

ずいぶんストレートだ。この歳くらいなら他人から見ればそう思うのだろうか。

「……まぁ、はい」

「そっか、大変だったね。ちゃんと仲直りしなくていいの?」

「いいんです!!あんな人、もう知らない!!」

少女が叫ぶと、男はニタリと笑った。笑った口から見えたのは、人間にあるはずのない鋭い牙だった。見間違いかと思い、彼をもう一度見上げる。先ほどまで黒い瞳だったそれは、真っ赤に染まっていた。

「えっ?」

「もう暗くなってきたね、1人は淋しいよね?」

「は?な、…なに?」


「 オレが慰めてやるよ 」

「えっ……きゃぁあああああ!!!!」

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