第1夜
「失礼しましたー……ぁ」
職員室前。用を終えたであろう女子生徒が出てきて、不思議そうに僕の顔を一瞥すると軽く頭を下げて去っていった。それに僕も頭を下げ返した。知らない顔だ。クラスメートの顔くらいしかわからないから、知らないという事は他学年か他クラスということだろう。
キーンコーンカーン………
校内にチャイムが鳴り響いた。この時間なら休み時間が終わり、次の授業が始まる合図だ。担任はまだ職員室にいるだろうか。
「失礼します…」
扉を開けると、私服姿の僕を不審に思ったのか周りの先生たちがこちらを一斉に見た。が、ある先生が1人の男の先生に声をかけて話をしていると、それを聞いていた周りの先生たちも納得した表情になった。
「レオ!!久しぶりだな、今日は体調いいのか?」
「ええ、まぁ…今のところ…」
「そうか、そうみたいだな。クラスの奴らにも顔見せてやってくれ。あいつら、お前のこと心配してたぞ」
「………心配?」
担任の言葉に僕は顔をあげた。
心配………。
そうだろうか。長いこと登校してた人が休めば心配にはなるだろう。でも、今まで不登校のごとくずっと休んでいた人を心配だと思うだろうか。ああ、そういえばそんな奴いたな。その程度だろう。心配してるといったら友人くらいか。
「ああ。お前がいない間、みんな言ってたぞ。レオは大丈夫なのか、体調はどうだ…、とかな」
「…そうですか」
ぽつりと答えると、先生は表情を歪めた。
「……やっぱり、」
「いえ…大丈夫です。行ってきます」
わかってる。でも改めて聞きたくなんかない。先生の言葉を遮って、僕は自分のクラスに向かった。
ガララッ
一呼吸おいてから教室の扉を開けると、先生たちと同じようにみんな一斉にこちらを見てきた。久しぶりだと…なんか緊張する。
「え、と…久しぶり」
非常に気まずい空気だ。自分の教室に入ったつもりが、間違えて他学年の教室に入ったってくらいに気まずい。
実際、過去に一度だけ間違って入ったことがある。あの時はめちゃくちゃ恥ずかしかった。自分の教室のつもりで堂々と入ったのだから。この今の空気といい、また間違えたんじゃないだろうか。
「……レオ?レオか!?」
「あ、ああ……」
「久しぶりだな!!元気だったか?」
「もう、学校に来ないかと思ったぜ!!」
うん、どうやら間違ってなかったみたいだ。ほっとして友人のもとへと向かった。他のクラスメートも大丈夫?と声をかけてきてくれた。
「心配…してくれたんだよな?余計な気使わせて、悪いな」
「何言ってんだよ、当然だろ!…それよりよ、お前聞いたか?」
急にクラスメートの1人が声音を変えて言ってきた。
「聞いたって、何を?」
「吸血鬼事件だよ!!ニュース見たろ?最近どこの放送でもそればっかりだ。それにレオは学校休んでたから知らねぇだろうけど、うちの生徒も何人か吸血鬼らしい奴を見かけたり襲われそうになったって話があるんだ。先生たちも夜は気をつけて帰るように呼び掛けたりしてる」
…………まさか。
そんなはずないだろう。最近吸血鬼の噂が絶えないし、襲われたときは気が動転して、ただの通り魔とかと見間違えたんじゃないのか?…いや、ただの通り魔がうろついてるのも問題だが、吸血鬼がいるってことの方がありえない。あれは架空の存在だ。
「……信じられないかもしれないけどな、それだけじゃない。うちの生徒が1人、殺されてるんだ」
「なっ!?」
あまりのことに、さすがにそれ以上言葉が出なかった。いやいや、ちょっと待て。なんだって?殺された?うちの生徒が?
……吸血鬼に?
「…だ、だってそれは……そんな……!」
「私も最初はただの殺人事件かと思ったんだよね。その子が通ってた帰り道って、通り魔が出るとか言われてたし……」
「でも、調べてみたら首筋に噛まれた跡みたいなのがあって、体の血も抜き取られて真っ青だったって……」
「………」
そんな。
吸血鬼が、いるなんて…。だって、ただの噂だろ。人間の妄想だろ?人間が勝手に想像したものじゃないか。だったらなんで…僕はこんなに恐れている?
何を恐れる?
吸血鬼なんて信じないし、いないんだし。
でもなんだろう
すごく、嫌な感じがする。
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