短編集(ゴールデンカムイ)

手袋
*陸大を卒業した鯉登が、正装姿で会いに来てくれるお話
(二人の関係性は自由に妄想していただけます)


 初めて見る鯉登さんの厳かな姿に、思わず息を呑んだ。

「ご卒業、心よりお祝い申し上げます……!」

 はたと我に返って、慌てて祝いの言葉を口に出した。深く礼をし、視界から彼の姿が消えた瞬間、自分がどれほど浮かれていたかを思い知らされる。

「うん、ありがとう」

 陸軍大学校の卒業式典に出席していた彼は、正装姿のまま訪ねて来た。まさか、こんな大事な日に立ち寄るなんて思いもよらず、前もって言ってくださればもっと念入りに支度をしたのに──。と、少しだけ恨めしい気持ちが過った。
 顔に巡った血が引いた頃合いで頭を上げた。そしてふと、彼の手元に目を止める。両の手には、白手袋がはめられていた。
 普段は露わになっている手肌が、覆い隠されている──。それがどうしてか、酷く寂しい気持ちにさせた。
 彼が、国防を担う軍人であることを、まざまざと見せつけられているようで──。

「お召し物、とてもよくお似合いです。……まるで、知らない誰かを見ているよう──……」

 そこまで言って、慌てて口を押さえた時には既に遅く──。彼は、僅かに眉を上げてこちらを見ていた。きっと、変に思われたに違いなかった。

「も、申し訳ありません……!今のは忘れ──」

 俯きながらすかさず詫びれば、言葉の途中で彼が動き出す気配がした。目の前に純白の手が伸びてきて、突然のことに肩を揺らす。
 しかし、何故かその手は空で止まってしまった。

「ああ、これではいかんな」

 誰にともなくそう言って、引っ込められた手を見れば、彼が徐に白手袋を外していく。右手、左手──。順に露わになっていく手肌に、胸の中で愛しさが募った。
 その所作に見惚れていると、素早く手袋を物入れにしまった彼の両手が頬に触れてきて、驚きのあまり「ひぁッ」と変な声が飛び出した。

「これでどうだ?いつもの私だろう?」

 掌から伝わる温もりと、縮まった距離で感じる彼の香りは、先程までの不安を一瞬で霧散させた。
 ──私の知っている、彼がいる。

「卒業したら、伝えると決めていたことがあるんだ。……聞いてほしい」

 先程まで微笑んでいた彼の顔が、一瞬にして真剣な表情へと変わる。
 何を──。と、問う間もなく告げられた言葉を、一生忘れることはないだろう。
(終)
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