本編(改)
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4.The gathering(1)
梅雨が明け、本格的な夏を迎えた蒸し暑い土曜の夜。
誉は、自宅から歩いて数分ほどの距離にあるコンビニへ来ていた。
炭酸とは、突如として飲みたくなるものだ。夏はキンキンの炭酸ですわな──などと思いながら、目的の飲み物を手に取り、会計を済ませて出口へと向かう。
自動ドアが開き、むわっとした夜気が全身を纏うと、その向こうに見知った姿が飛び込んできた。
「……あ。真一郎先輩だ」
「ん?……誉っ?」
呼びかけに応じて振り向いた彼は、大層驚いた顔をしていた。
「おま……っ、こんな時間に何してんだよ?」
「何って、炭酸飲みたくなって」
手に提げていた袋を掲げると、真一郎は額に手を当ててため息をつく。
「はぁー……おまえ、せめて柴田さん連れて来いよ」
「ちょっとの距離なら大丈夫かなって。呼ぶの面倒ですし」
「物騒な輩がウロついてんだから、もっと危機感持てっつってんの」
暴走族やってるあなたに言われたくない──。そんなこと、世話になっている手前口には出せず、誉は既のところで引っ込めた。
「先輩こそ、ひとりで?」
真一郎は、バイクに跨っていた。しかも、特攻服姿でだ。全身に漆黒を纏っているにも関わらず、立派な刺繍によってかなりド派手に見える。
どうして不良は専らバイクに乗るのだろう──。夜中の騒音に、周囲が迷惑するとは考え至らないのか──。
彼等が夢中になるそれに、この先も共感など持てそうになかった。
「あぁ。これから集会があるんだよ。まだ時間あったからここで暇つぶししてた」
それから真一郎は、「もうそろそろ出ようと思ってたところだ」と続けて言った。
集会とはこんな遅い時間にやるものなのか。暴走族も大変だ──。誉がそんなことを考えていると、真一郎が真剣な顔で、
「家まで送ってく」
「え?大丈夫ですよ。一人で来れたんですから一人で帰れます」
「いーや。ぜってー送ってく。心配だから」
頬を膨らませて言う彼を見て、誉はふと思う。暴走族総長という肩書きを持つ友人──。
今があるのは、彼の人柄があってこそのものだが、交わるはずのなかったこの関係も案外悪くないものだ──。
今となっては、そんなふうに思えるようになっていた。
「っつーわけで。ほれ」
真一郎が、不意に丸みを帯びたものを投げてきた。誉が慌てて受け取る──手に取ったのはヘルメットだった。
「えっ?でもこれから用事があるんでしょ……?」
それを聞いた真一郎が、いたずらを企む少年のような笑みを浮かべてこう言った。
「行くぞ。黒龍の集会」
──真一郎の愛機CB400Tが、独特の排気音を轟かせ、渋谷のネオン街を横目に走り抜けていた。
「ひ、ひぇぁーッ!!」
誉は、人生初搭乗のバイクに悲鳴が止まらなかった。前方でハンドルを握る真一郎は、そんなことなどお構い無しにギアを操りながら颯爽と夜の街を駆け抜けていく。
「誉!曲がるとき一緒に体傾けるんだぞ!」
風を切る声が、夜の街にちぎれて飛んでいく。──それどころではない。そもそも、こんなスピードの出る乗り物に、ぶっつけ本番で乗せるなんて正気じゃない。
「先輩ー!やっぱ降ろして帰るーッ!!」
「ははッ!遅刻するから無理ー!」
呑気な返事が返ってきた。
今度、絶っ対銀座のスターバックス奢らせてやる──!
誉は、都会の話題に敏感な女子であった。
──目的地に着いてもなお、心臓はどうにかなってしまいそうな程にバクバクと強く打った。酔ったのだろうか、少し嘔吐く。
「度胸あるくせにビビりだなぁ」
今ほどに、目の前の笑顔が憎たらしいと思ったことは無い。誉は真一郎を睨み返したが、暗がりのせいで伝わっていないのが余計に悔しい。
……スタバ二杯。決定だ。
誉が心中で決意を固めたその時、
「よぉ!みんな揃ったかーッ!?」
真一郎が叫んだ。その先でライトの明かりと人影が揺れていて、そのざわめく先から、
「お疲れさまですッ!!総長ーッ!!」
突如、低音の大合唱が広場に響き渡って、その迫力に誉は気圧された。
不良なんてカワイイ犬猫だ──なんて思っていた誉だったが、これだけの人数が集まれば、まるで猛獣のテリトリーに飛び込んだ草食動物のよう──堪らず縮み上がる。
「──真。遅かったな」
鋭い声が闇を裂いた。猛獣の群れの中から、一人男がゆっくりと前に出てきた。その口調からして、彼は幹部の一人なのだろうことが伺える。
「わりーな武臣。客連れてたからよ」
そう言うと、真一郎は後ろに構えていた誉を指さした。
「あ?客?」
照らされたライトの中、武臣と呼ばれた男がタバコを咥えながら誉を見下ろしてきた。その視線に、思わず誉はたじろぐ。
「みんなにも紹介するから。誉、こっち来て」
手を引かれ、誉は群れの前へと誘導された。訳も分からず、ただされるがままについて行くと、
「ひぇっ」
そこは、集団よりも僅かに高い位置──野外ステージのような段があった。まるで死刑台にでも上がった気分である。
「集会始める前に聞いてくれッ!」
真一郎が声を張り上げれば、同時に夜風がぴたりと止んだ。
「こいつ、高校のいっこ下の神保誉!医者目指してるんだッ!みんな、仲良くしてやってくれなッ!!」
真一郎の明るい声が夜空に響いた。
一時の静寂が続き──やがて、
「「「おぉぉぉぉぉお!!」」」
「ついに……!ついにッッ!!」
「総長にも春がキターッ!!」
「真一郎君おめでとうーッ!!」
拍手喝采と歓喜の雄叫びに圧倒されて、誉はただその場で固まる。
不良の友人もいいもんだ──。そう思っていた自分に言ってやりたい。
選べるものなら選びなさい、と。
梅雨が明け、本格的な夏を迎えた蒸し暑い土曜の夜。
誉は、自宅から歩いて数分ほどの距離にあるコンビニへ来ていた。
炭酸とは、突如として飲みたくなるものだ。夏はキンキンの炭酸ですわな──などと思いながら、目的の飲み物を手に取り、会計を済ませて出口へと向かう。
自動ドアが開き、むわっとした夜気が全身を纏うと、その向こうに見知った姿が飛び込んできた。
「……あ。真一郎先輩だ」
「ん?……誉っ?」
呼びかけに応じて振り向いた彼は、大層驚いた顔をしていた。
「おま……っ、こんな時間に何してんだよ?」
「何って、炭酸飲みたくなって」
手に提げていた袋を掲げると、真一郎は額に手を当ててため息をつく。
「はぁー……おまえ、せめて柴田さん連れて来いよ」
「ちょっとの距離なら大丈夫かなって。呼ぶの面倒ですし」
「物騒な輩がウロついてんだから、もっと危機感持てっつってんの」
暴走族やってるあなたに言われたくない──。そんなこと、世話になっている手前口には出せず、誉は既のところで引っ込めた。
「先輩こそ、ひとりで?」
真一郎は、バイクに跨っていた。しかも、特攻服姿でだ。全身に漆黒を纏っているにも関わらず、立派な刺繍によってかなりド派手に見える。
どうして不良は専らバイクに乗るのだろう──。夜中の騒音に、周囲が迷惑するとは考え至らないのか──。
彼等が夢中になるそれに、この先も共感など持てそうになかった。
「あぁ。これから集会があるんだよ。まだ時間あったからここで暇つぶししてた」
それから真一郎は、「もうそろそろ出ようと思ってたところだ」と続けて言った。
集会とはこんな遅い時間にやるものなのか。暴走族も大変だ──。誉がそんなことを考えていると、真一郎が真剣な顔で、
「家まで送ってく」
「え?大丈夫ですよ。一人で来れたんですから一人で帰れます」
「いーや。ぜってー送ってく。心配だから」
頬を膨らませて言う彼を見て、誉はふと思う。暴走族総長という肩書きを持つ友人──。
今があるのは、彼の人柄があってこそのものだが、交わるはずのなかったこの関係も案外悪くないものだ──。
今となっては、そんなふうに思えるようになっていた。
「っつーわけで。ほれ」
真一郎が、不意に丸みを帯びたものを投げてきた。誉が慌てて受け取る──手に取ったのはヘルメットだった。
「えっ?でもこれから用事があるんでしょ……?」
それを聞いた真一郎が、いたずらを企む少年のような笑みを浮かべてこう言った。
「行くぞ。黒龍の集会」
──真一郎の愛機CB400Tが、独特の排気音を轟かせ、渋谷のネオン街を横目に走り抜けていた。
「ひ、ひぇぁーッ!!」
誉は、人生初搭乗のバイクに悲鳴が止まらなかった。前方でハンドルを握る真一郎は、そんなことなどお構い無しにギアを操りながら颯爽と夜の街を駆け抜けていく。
「誉!曲がるとき一緒に体傾けるんだぞ!」
風を切る声が、夜の街にちぎれて飛んでいく。──それどころではない。そもそも、こんなスピードの出る乗り物に、ぶっつけ本番で乗せるなんて正気じゃない。
「先輩ー!やっぱ降ろして帰るーッ!!」
「ははッ!遅刻するから無理ー!」
呑気な返事が返ってきた。
今度、絶っ対銀座のスターバックス奢らせてやる──!
誉は、都会の話題に敏感な女子であった。
──目的地に着いてもなお、心臓はどうにかなってしまいそうな程にバクバクと強く打った。酔ったのだろうか、少し嘔吐く。
「度胸あるくせにビビりだなぁ」
今ほどに、目の前の笑顔が憎たらしいと思ったことは無い。誉は真一郎を睨み返したが、暗がりのせいで伝わっていないのが余計に悔しい。
……スタバ二杯。決定だ。
誉が心中で決意を固めたその時、
「よぉ!みんな揃ったかーッ!?」
真一郎が叫んだ。その先でライトの明かりと人影が揺れていて、そのざわめく先から、
「お疲れさまですッ!!総長ーッ!!」
突如、低音の大合唱が広場に響き渡って、その迫力に誉は気圧された。
不良なんてカワイイ犬猫だ──なんて思っていた誉だったが、これだけの人数が集まれば、まるで猛獣のテリトリーに飛び込んだ草食動物のよう──堪らず縮み上がる。
「──真。遅かったな」
鋭い声が闇を裂いた。猛獣の群れの中から、一人男がゆっくりと前に出てきた。その口調からして、彼は幹部の一人なのだろうことが伺える。
「わりーな武臣。客連れてたからよ」
そう言うと、真一郎は後ろに構えていた誉を指さした。
「あ?客?」
照らされたライトの中、武臣と呼ばれた男がタバコを咥えながら誉を見下ろしてきた。その視線に、思わず誉はたじろぐ。
「みんなにも紹介するから。誉、こっち来て」
手を引かれ、誉は群れの前へと誘導された。訳も分からず、ただされるがままについて行くと、
「ひぇっ」
そこは、集団よりも僅かに高い位置──野外ステージのような段があった。まるで死刑台にでも上がった気分である。
「集会始める前に聞いてくれッ!」
真一郎が声を張り上げれば、同時に夜風がぴたりと止んだ。
「こいつ、高校のいっこ下の神保誉!医者目指してるんだッ!みんな、仲良くしてやってくれなッ!!」
真一郎の明るい声が夜空に響いた。
一時の静寂が続き──やがて、
「「「おぉぉぉぉぉお!!」」」
「ついに……!ついにッッ!!」
「総長にも春がキターッ!!」
「真一郎君おめでとうーッ!!」
拍手喝采と歓喜の雄叫びに圧倒されて、誉はただその場で固まる。
不良の友人もいいもんだ──。そう思っていた自分に言ってやりたい。
選べるものなら選びなさい、と。
