本編(改)
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3.To be invited(1)
気づけば、ゴールデンウイークも中盤に差し掛かっていた。空気はどこか初夏めいて、日差しが肌に当たるたびじりっと熱を帯びる。
そんな昼下がりに誉は、手にした小さなメモを軽く握りしめながら周囲を見回していた。
「確か……この辺だったような」
呟く声は、緊張と、ほんの少しの期待が滲む。
角を曲がると、ふいに景色が開ける。手入れの行き届いた木々が影を落とす道の先に、堂々とした門構えの大きなお屋敷が姿を現した。 意を決して門を抜け、奥へと進む。「佐野」と刻まれた表札を見つけると、誉は息を整えて呼び鈴を押した。
「いらっしゃい!歩いてきたから疲れたろ」
勢いよく扉が開き、微笑む真一郎が出迎えた。その姿に、緊張が少し解ける。
「いえ。先輩、これ皆さんでどうぞ」
「お、わざわざ悪いな」
誉が、提げてきた紙袋を真一郎に手渡せば、彼が中を覗き込むよりも早くバタバタと廊下を走る音がして、
「めっちゃ高級そうじゃん!早く開けろよ、シンイチロー!」
「ウチも見たいー!」
弟の万次郎と、同じくらいの背丈の女の子が勢いよく寄ってきた。佐野家はとても賑やかだ。
「ちょい待て待て。じいちゃんにオッケーもらってからだ」
「「えーっ!」」
土間に響いた可愛らしい抗議の声に、誉は思わず口元を緩めた。
持ってきたのは、神保組の事務所近くにある老舗和菓子店のどら焼きだ。しっとりとした皮と、あっさりした餡の優しい味わいは、老若男女に好まれると評判の逸品だ。気に入ってもらえたらいいな、と胸の奥に小さな期待が灯る。
「誉。この子が妹のエマ」
「はじめまして、エマちゃん。この間は、お兄ちゃんにハンカチのことアドバイスしてくれてありがとう」
そう言うと、エマはぱっと頬を赤くして真一郎の影に隠れ、
「どういたしまして……」
と小さな声で答えた。
誉の胸が、きゅん。と高鳴った。
「やぁ、いらっしゃい」
落ち着いた朗らかな声が近づいてくる。誉が視線を上げると、佐野道場の師範である佐野家の祖父、万作が姿を見せた。
「はじめまして。神保誉と申します。真一郎さんにはいつもお世話になっています」
「そんなにかしこまらんでもいいよ」
深々と頭を下げた誉に万作は、はっは、と笑って肩の力を抜かせてくれた。
「今日はこれから稽古があるから、よかったら後で道場に来るといい」
「はい、是非!」
そうして、どこか懐かしさを感じる香りが鼻先を擽る中、誉は真一郎たちに連れられて奥の座敷へと案内された。
──座卓に置かれた湯呑に手を伸ばしながら、
「……で、先輩は今日もサボるんですか?」
誉がそう言うと、真一郎は気まずそうに視線を逸らした。図星のようだ。
「真兄はいっつも稽古に来ないよ」
向かいに座るエマが意気揚々と暴露する。
「だってよー。稽古に出ると最後に掃除させられるのがめんどくせぇんだよなー」
「掃除は大事ですよ?」
思わず真顔で返すと、真一郎が「うっ」と言葉に詰まった。
武道は礼に始まり礼に終わるもの。広い道場の掃除は確かに大変だろうけれど、それは心を鍛える修行でもある。
少し思案して、誉は不意にほころんだ。
「そうだ。私もお手伝いして帰りましょうか?」
そう言うと、三兄弟は驚いたように目を瞠った。
「マジ?ラッキー!」
「誉ちゃんもやろやろ!」
「いや、そんなことさせらんねぇよ」
真一郎だけが慌てて反対するが、誉はやんわり首を振る。
「いいんですよ。他に予定はありませんし。稽古を見せてもらうお礼です!」
そう言うと、真一郎はため息をつきながらも、笑って「仕方ねぇな」と頷いた。
──足の踏み込みが畳を打つ軽快な音、気迫のこもった息遣い。
空手の型はまったく知らないのに、道場に響く掛け声と子どもたちの真剣な眼差しに、誉は胸を高鳴らせながら見入った。
「みんなかっこいいですね」
思わず漏らすと、隣で腕を組んでいた真一郎が、
「この中じゃ、あいつが一番筋がいいんだよ」
示す先には、万次郎と歳の近い少年が、流れるような動きで型を繰り出していた。
「へぇー。……そういえば、万次郎はみんなの中に混ざらないんですか?」
「あぁ、あいつはいつもあぁだ」
顎をしゃくったその先を見ると、万次郎がひとり離れた場所で軽々と回し蹴りを打ち込んでいる。
「……一人だけレベルが違う……」
「じいちゃん曰く、天才らしい」
その身のこなしは、確かに別格だった。しなやかで鋭くて、幼い身体に収まりきらないほどの才能が一目で分かる。
ふと横に立っている真一郎を見ると、どこか誇らしげに慈しみの眼差しで弟を見つめていた。
「……兄弟っていいですね。真一郎先輩たちのこと、ちょっと憧れちゃうな」
真一郎の視線を感じながら、誉はどこか遠い記憶を辿るように笑う。
「誉はひとりっ子なんだっけ?」
「はい。……実は私、養子なんです」
小さく息を呑む真一郎の気配を感じた誉は、なるべく気を使わせぬようにと、微笑みながら静かに語り出した。
「実の両親は事故で亡くなったそうで……。実父の親友だった父が、私を引き取ってくれたみたいです。父と、組のみんなが家族でした。……あと、お兄ちゃんもいて。若い組員だったんです。本当の兄妹みたいによく一緒に遊んでくれて……数年前に、亡くなってしまったんですけどね」
いつかの悲しみを吐き出すように、誉は息をひとつついた。
「だから、先輩と万次郎とエマちゃん見てると、すごく懐かしい気持ちになります」
彼の顔を覗けば、真っ直ぐこちらを射抜く視線があった。
「……俺、おまえの話聞くの、好きだからさ」
「……え?」
「誉のこと、これからもっと沢山教えてくれな」
誉は、柔らかく微笑む真一郎を見つめたまま放心した。
その姿と重なる──、失ったはずの幻影を見た。
「……透くん……」
そんなつもりはなかったのに、自然と名を呼んでしまった。
「……と、おる……?」
真一郎が困惑気味に首を傾げて、何かを言いかけた時、
「真一郎君!!」
割って入った弾けるような声に、二人して肩を揺らした。
その元気はつらつな声とともに、稽古をしていた子どもたちの中から一人の少年が駆けてくる。
見れば、先ほど「筋がいい」と言われていた少年だった。
「よぉ圭介。だいぶ体幹が安定してきたじゃねぇか」
褒められた圭介は満面の笑みで応えていた。その素直な反応に、誉も思わず頬を緩める。
やがて、圭介と呼ばれた少年が誉の姿を捉えると、
「ねぇ、この人誰?……もしかして彼女っ!?」
真一郎に向かって勢いよく尋ねる圭介に、
「友達だ」
そう言った真一郎は、苦笑を浮かべた。
「はじめまして。神保誉です。よろしくね、圭介くん」
圭介は照れたように「よ、よろしく」と返してくれた。またひとり、可愛い仕草に心を射抜かれてしまった。
「よーし!それじゃ当番は掃除はじめ!」
師範の声が響き渡る。みんなが一斉に動き出し、竹箒や雑巾を手に道場を駆け回った。
「先生。見学させていただいたお礼にわたしも掃除を手伝っていいですか?」
「おぉ、それは助かる。おい真一郎、お前もやれ!」
真一郎が「マジかよ」と言わんばかりに顔を顰めるのを見て、誉は思わず肩を震わせた。
気づけば、ゴールデンウイークも中盤に差し掛かっていた。空気はどこか初夏めいて、日差しが肌に当たるたびじりっと熱を帯びる。
そんな昼下がりに誉は、手にした小さなメモを軽く握りしめながら周囲を見回していた。
「確か……この辺だったような」
呟く声は、緊張と、ほんの少しの期待が滲む。
角を曲がると、ふいに景色が開ける。手入れの行き届いた木々が影を落とす道の先に、堂々とした門構えの大きなお屋敷が姿を現した。 意を決して門を抜け、奥へと進む。「佐野」と刻まれた表札を見つけると、誉は息を整えて呼び鈴を押した。
「いらっしゃい!歩いてきたから疲れたろ」
勢いよく扉が開き、微笑む真一郎が出迎えた。その姿に、緊張が少し解ける。
「いえ。先輩、これ皆さんでどうぞ」
「お、わざわざ悪いな」
誉が、提げてきた紙袋を真一郎に手渡せば、彼が中を覗き込むよりも早くバタバタと廊下を走る音がして、
「めっちゃ高級そうじゃん!早く開けろよ、シンイチロー!」
「ウチも見たいー!」
弟の万次郎と、同じくらいの背丈の女の子が勢いよく寄ってきた。佐野家はとても賑やかだ。
「ちょい待て待て。じいちゃんにオッケーもらってからだ」
「「えーっ!」」
土間に響いた可愛らしい抗議の声に、誉は思わず口元を緩めた。
持ってきたのは、神保組の事務所近くにある老舗和菓子店のどら焼きだ。しっとりとした皮と、あっさりした餡の優しい味わいは、老若男女に好まれると評判の逸品だ。気に入ってもらえたらいいな、と胸の奥に小さな期待が灯る。
「誉。この子が妹のエマ」
「はじめまして、エマちゃん。この間は、お兄ちゃんにハンカチのことアドバイスしてくれてありがとう」
そう言うと、エマはぱっと頬を赤くして真一郎の影に隠れ、
「どういたしまして……」
と小さな声で答えた。
誉の胸が、きゅん。と高鳴った。
「やぁ、いらっしゃい」
落ち着いた朗らかな声が近づいてくる。誉が視線を上げると、佐野道場の師範である佐野家の祖父、万作が姿を見せた。
「はじめまして。神保誉と申します。真一郎さんにはいつもお世話になっています」
「そんなにかしこまらんでもいいよ」
深々と頭を下げた誉に万作は、はっは、と笑って肩の力を抜かせてくれた。
「今日はこれから稽古があるから、よかったら後で道場に来るといい」
「はい、是非!」
そうして、どこか懐かしさを感じる香りが鼻先を擽る中、誉は真一郎たちに連れられて奥の座敷へと案内された。
──座卓に置かれた湯呑に手を伸ばしながら、
「……で、先輩は今日もサボるんですか?」
誉がそう言うと、真一郎は気まずそうに視線を逸らした。図星のようだ。
「真兄はいっつも稽古に来ないよ」
向かいに座るエマが意気揚々と暴露する。
「だってよー。稽古に出ると最後に掃除させられるのがめんどくせぇんだよなー」
「掃除は大事ですよ?」
思わず真顔で返すと、真一郎が「うっ」と言葉に詰まった。
武道は礼に始まり礼に終わるもの。広い道場の掃除は確かに大変だろうけれど、それは心を鍛える修行でもある。
少し思案して、誉は不意にほころんだ。
「そうだ。私もお手伝いして帰りましょうか?」
そう言うと、三兄弟は驚いたように目を瞠った。
「マジ?ラッキー!」
「誉ちゃんもやろやろ!」
「いや、そんなことさせらんねぇよ」
真一郎だけが慌てて反対するが、誉はやんわり首を振る。
「いいんですよ。他に予定はありませんし。稽古を見せてもらうお礼です!」
そう言うと、真一郎はため息をつきながらも、笑って「仕方ねぇな」と頷いた。
──足の踏み込みが畳を打つ軽快な音、気迫のこもった息遣い。
空手の型はまったく知らないのに、道場に響く掛け声と子どもたちの真剣な眼差しに、誉は胸を高鳴らせながら見入った。
「みんなかっこいいですね」
思わず漏らすと、隣で腕を組んでいた真一郎が、
「この中じゃ、あいつが一番筋がいいんだよ」
示す先には、万次郎と歳の近い少年が、流れるような動きで型を繰り出していた。
「へぇー。……そういえば、万次郎はみんなの中に混ざらないんですか?」
「あぁ、あいつはいつもあぁだ」
顎をしゃくったその先を見ると、万次郎がひとり離れた場所で軽々と回し蹴りを打ち込んでいる。
「……一人だけレベルが違う……」
「じいちゃん曰く、天才らしい」
その身のこなしは、確かに別格だった。しなやかで鋭くて、幼い身体に収まりきらないほどの才能が一目で分かる。
ふと横に立っている真一郎を見ると、どこか誇らしげに慈しみの眼差しで弟を見つめていた。
「……兄弟っていいですね。真一郎先輩たちのこと、ちょっと憧れちゃうな」
真一郎の視線を感じながら、誉はどこか遠い記憶を辿るように笑う。
「誉はひとりっ子なんだっけ?」
「はい。……実は私、養子なんです」
小さく息を呑む真一郎の気配を感じた誉は、なるべく気を使わせぬようにと、微笑みながら静かに語り出した。
「実の両親は事故で亡くなったそうで……。実父の親友だった父が、私を引き取ってくれたみたいです。父と、組のみんなが家族でした。……あと、お兄ちゃんもいて。若い組員だったんです。本当の兄妹みたいによく一緒に遊んでくれて……数年前に、亡くなってしまったんですけどね」
いつかの悲しみを吐き出すように、誉は息をひとつついた。
「だから、先輩と万次郎とエマちゃん見てると、すごく懐かしい気持ちになります」
彼の顔を覗けば、真っ直ぐこちらを射抜く視線があった。
「……俺、おまえの話聞くの、好きだからさ」
「……え?」
「誉のこと、これからもっと沢山教えてくれな」
誉は、柔らかく微笑む真一郎を見つめたまま放心した。
その姿と重なる──、失ったはずの幻影を見た。
「……透くん……」
そんなつもりはなかったのに、自然と名を呼んでしまった。
「……と、おる……?」
真一郎が困惑気味に首を傾げて、何かを言いかけた時、
「真一郎君!!」
割って入った弾けるような声に、二人して肩を揺らした。
その元気はつらつな声とともに、稽古をしていた子どもたちの中から一人の少年が駆けてくる。
見れば、先ほど「筋がいい」と言われていた少年だった。
「よぉ圭介。だいぶ体幹が安定してきたじゃねぇか」
褒められた圭介は満面の笑みで応えていた。その素直な反応に、誉も思わず頬を緩める。
やがて、圭介と呼ばれた少年が誉の姿を捉えると、
「ねぇ、この人誰?……もしかして彼女っ!?」
真一郎に向かって勢いよく尋ねる圭介に、
「友達だ」
そう言った真一郎は、苦笑を浮かべた。
「はじめまして。神保誉です。よろしくね、圭介くん」
圭介は照れたように「よ、よろしく」と返してくれた。またひとり、可愛い仕草に心を射抜かれてしまった。
「よーし!それじゃ当番は掃除はじめ!」
師範の声が響き渡る。みんなが一斉に動き出し、竹箒や雑巾を手に道場を駆け回った。
「先生。見学させていただいたお礼にわたしも掃除を手伝っていいですか?」
「おぉ、それは助かる。おい真一郎、お前もやれ!」
真一郎が「マジかよ」と言わんばかりに顔を顰めるのを見て、誉は思わず肩を震わせた。
