本編(改)【完】
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16.Build future with you(1)
「え……引退!?」
「うん」
今日は、暖かい春風がそよぐ気持ちの良い天気。二人は、修了式が終わるといつもの堤防を訪れていた。
誉の手作り弁当を広げ、さぁ食べようと箸を伸ばしたその時、隣に座る彼があっけらかんと言い放ったのだ。「暴走族を引退する」と。
「も、も、もしかして、わたしが『総長の女は嫌だ』って言ったからですか……!?」
誉は、過去の自分の失言を激しく悔やんだ。もしそれが原因なら、こんな大事なことをそんな理由で決めてしまっていいわけがない。いくら不良の世界に疎い誉でも、集団のトップが抜けるなんて一大事に違いないことくらいは想像がつく。
「違うよ。前から決めてたんだ。高三に上がったらバイトしようと思って」
「……先輩、不躾ながら資金面で困っていらしたら、うちの『綺麗なお金』をいくらでもお出ししますので」
「ブッ──!」
豪快に吹き出す真一郎を、誉は至って真面目な顔で見つめた。
「いや、それも違うから……オレ、卒業したらバイク屋やりたいんだ」
「な……!なんと!!それはもう、今からワクワクしちゃいます!」
「気が早いよ。まだあと数年先だって」
開業資金を貯めたいのだと彼が言うと、誉の眼差しが何かを期待するようにキラキラと瞬く。
「柴田に言えば、融資とか土地とか全部やってくれると思いますよ!」
「そ、それってさぁ……ちゃんと合法事業?後からとんでもない金利でぼったくられたりしない?」
思わぬ大物金融パートナー候補に、真一郎は口元をひくつかせていた。
その隣で、誉の妄想はさらに加速する。この不良の彼がお客さんを出迎える姿──。
想像したら堪えきれなくなり、誉の口元がニヤニヤと緩んでいく。「へへ」と思わず声まで漏れてしまっていた。
「……なーに妄想してんだよ、えっち♡」
「そ、そ、そんなことは妄想してません!」
「あ、そうそう。誉に頼みがあんだけどさ──」
ちょっとした戯れを挟んだと思ったら、突然箸を置き、改まった表情を浮かべた真一郎。
誉が不思議そうに様子を覗っていると、
「──引退式に、おまえにも来てほしいんだ」
「…………ぇぇええッ!?」
全く想定していなかったお願いが飛び出して、思わず指先から箸が転がり落ちた。
「──うー、絶対一人だけ浮くと思う……」
ブツブツと独り言を唱えながら、誉は自室でクローゼットから洋服を引っ張り出してはファッションショーを繰り広げていた。ベッドの上には、様々なコーディネートたちが所狭しと並べられている。
悩みの種は、先日真一郎から持ちかけられた頼み事──。
誘われたこと自体は嬉しかったものの、当日その場に着ていくべき服装がさっぱり分からないのだ。
「ん?ていうか、暴走族の引退式って……どんなことするんだろ?」
真一郎は「最後に全員で走る」と言っていた。
任侠の世界では、そういった節目の行事はきっちりばっちりとやるものだ。しこたま走った後、あの場でお別れの挨拶や花束贈呈などをやるのかも──誉の中では、そんなイメージができあがっていた。
「明司さんに聞いてみようか……いや、ダメだ」
明司たち黒龍創設メンバーも一緒に引退すると言っていた。そうなると、当日の主役たちにあれこれ聞いて煩わせるのは憚られる。
そこで、誉は閃いた。
──柴田に聞いてみよう。
彼は、今でこそ物腰柔らか(?)な世話役だが、若い頃はそれなりにヤンチャをしていた男だと聞いている。
「善は急げ」
誉はベッドの上の洋服をそのままに、リビングにいる世話役の元へと足早に向かった。
***
「柴田、今いーい? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
ダイニングテーブルでパソコンを叩いていた柴田が、呼ばれて振り返る。
誉が仕事中に話しかけてくることなど滅多にないため、何かトラブルでもあったのかとわずかに身構えた。
「はい、なんですか?」
「暴走族の引退式って、どんなことするの?」
「……は?」
予想の斜め上を行く質問に、思わず呆気にとられた。
──こんな脈絡のない疑問、あの男絡みとしか考えられないのだが。
「真一郎ですか?」
「あ、う、うん。今度ね、総長を引退するんだって。それで『引退式にわたしにも来てほしい』って言われたんだけどさ……どんな服装で行ったらいいかなぁって」
俯き加減の視線の先で、誉の頬がほんのりと赤く染まっていく。
最近の誉は、いつも機嫌がよく楽しそうに過ごしている。あんな事件があった上、先日までは食欲を落として深く思い悩んでいる様子に、随分と心配をした。
ふと、彼は別居中の妻からいつか言われた言葉を思い出す。『恋する女は、情緒不安定になりやすいものなのよ』と。
「アイツも大胆なことをしますね。まるでお嬢が『自分の女』だとでも言いたげだ」
「っあ、えっ!?」
遅かれ早かれ、こうなることは予測がついていた。
──ついこの間まで幼い子供だったのに、今やすっかり女の顔だ。
慌てふためく誉を見て、柴田の口元に自然と笑みが零れる。
「も、もうちょっとしたら、ちゃんと柴田にも言おっかなって、思って……」
「はは。お嬢はすぐ顔に出ますから」
「うぅ……」
「──教える代わりに、今度、真一郎をここに連れてきてください」
「っえ!? ね、ねぇ、柴田、こ、こここ──!?」
「安心してください。少し話をするだけです」
その言葉に、誉はあからさまにホッと胸を撫で下ろした。
「……まぁ、半殺しくらいにはしちゃるつもりですが」
「え゛……っ!?」
「ああ、服装ですが、アイツらはど派手な刺繍入れてる特攻服 ですから、お嬢がなに着ていったとしても間違いなくアイツらの方が目立ちます。気にせず好きなものをお召しになればいいでしょう」
「で、でも、フォーマルに近い感じがいいかなぁ? 襟はついてたほうがよかったりする……?」
ああでもない、こうでもない、と大真面目に頭を抱えている娘──。
その姿を微笑ましく見つめる柴田の視線は、どこか寂しげな哀愁が漂っていた。
「え……引退!?」
「うん」
今日は、暖かい春風がそよぐ気持ちの良い天気。二人は、修了式が終わるといつもの堤防を訪れていた。
誉の手作り弁当を広げ、さぁ食べようと箸を伸ばしたその時、隣に座る彼があっけらかんと言い放ったのだ。「暴走族を引退する」と。
「も、も、もしかして、わたしが『総長の女は嫌だ』って言ったからですか……!?」
誉は、過去の自分の失言を激しく悔やんだ。もしそれが原因なら、こんな大事なことをそんな理由で決めてしまっていいわけがない。いくら不良の世界に疎い誉でも、集団のトップが抜けるなんて一大事に違いないことくらいは想像がつく。
「違うよ。前から決めてたんだ。高三に上がったらバイトしようと思って」
「……先輩、不躾ながら資金面で困っていらしたら、うちの『綺麗なお金』をいくらでもお出ししますので」
「ブッ──!」
豪快に吹き出す真一郎を、誉は至って真面目な顔で見つめた。
「いや、それも違うから……オレ、卒業したらバイク屋やりたいんだ」
「な……!なんと!!それはもう、今からワクワクしちゃいます!」
「気が早いよ。まだあと数年先だって」
開業資金を貯めたいのだと彼が言うと、誉の眼差しが何かを期待するようにキラキラと瞬く。
「柴田に言えば、融資とか土地とか全部やってくれると思いますよ!」
「そ、それってさぁ……ちゃんと合法事業?後からとんでもない金利でぼったくられたりしない?」
思わぬ大物金融パートナー候補に、真一郎は口元をひくつかせていた。
その隣で、誉の妄想はさらに加速する。この不良の彼がお客さんを出迎える姿──。
想像したら堪えきれなくなり、誉の口元がニヤニヤと緩んでいく。「へへ」と思わず声まで漏れてしまっていた。
「……なーに妄想してんだよ、えっち♡」
「そ、そ、そんなことは妄想してません!」
「あ、そうそう。誉に頼みがあんだけどさ──」
ちょっとした戯れを挟んだと思ったら、突然箸を置き、改まった表情を浮かべた真一郎。
誉が不思議そうに様子を覗っていると、
「──引退式に、おまえにも来てほしいんだ」
「…………ぇぇええッ!?」
全く想定していなかったお願いが飛び出して、思わず指先から箸が転がり落ちた。
「──うー、絶対一人だけ浮くと思う……」
ブツブツと独り言を唱えながら、誉は自室でクローゼットから洋服を引っ張り出してはファッションショーを繰り広げていた。ベッドの上には、様々なコーディネートたちが所狭しと並べられている。
悩みの種は、先日真一郎から持ちかけられた頼み事──。
誘われたこと自体は嬉しかったものの、当日その場に着ていくべき服装がさっぱり分からないのだ。
「ん?ていうか、暴走族の引退式って……どんなことするんだろ?」
真一郎は「最後に全員で走る」と言っていた。
任侠の世界では、そういった節目の行事はきっちりばっちりとやるものだ。しこたま走った後、あの場でお別れの挨拶や花束贈呈などをやるのかも──誉の中では、そんなイメージができあがっていた。
「明司さんに聞いてみようか……いや、ダメだ」
明司たち黒龍創設メンバーも一緒に引退すると言っていた。そうなると、当日の主役たちにあれこれ聞いて煩わせるのは憚られる。
そこで、誉は閃いた。
──柴田に聞いてみよう。
彼は、今でこそ物腰柔らか(?)な世話役だが、若い頃はそれなりにヤンチャをしていた男だと聞いている。
「善は急げ」
誉はベッドの上の洋服をそのままに、リビングにいる世話役の元へと足早に向かった。
***
「柴田、今いーい? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
ダイニングテーブルでパソコンを叩いていた柴田が、呼ばれて振り返る。
誉が仕事中に話しかけてくることなど滅多にないため、何かトラブルでもあったのかとわずかに身構えた。
「はい、なんですか?」
「暴走族の引退式って、どんなことするの?」
「……は?」
予想の斜め上を行く質問に、思わず呆気にとられた。
──こんな脈絡のない疑問、あの男絡みとしか考えられないのだが。
「真一郎ですか?」
「あ、う、うん。今度ね、総長を引退するんだって。それで『引退式にわたしにも来てほしい』って言われたんだけどさ……どんな服装で行ったらいいかなぁって」
俯き加減の視線の先で、誉の頬がほんのりと赤く染まっていく。
最近の誉は、いつも機嫌がよく楽しそうに過ごしている。あんな事件があった上、先日までは食欲を落として深く思い悩んでいる様子に、随分と心配をした。
ふと、彼は別居中の妻からいつか言われた言葉を思い出す。『恋する女は、情緒不安定になりやすいものなのよ』と。
「アイツも大胆なことをしますね。まるでお嬢が『自分の女』だとでも言いたげだ」
「っあ、えっ!?」
遅かれ早かれ、こうなることは予測がついていた。
──ついこの間まで幼い子供だったのに、今やすっかり女の顔だ。
慌てふためく誉を見て、柴田の口元に自然と笑みが零れる。
「も、もうちょっとしたら、ちゃんと柴田にも言おっかなって、思って……」
「はは。お嬢はすぐ顔に出ますから」
「うぅ……」
「──教える代わりに、今度、真一郎をここに連れてきてください」
「っえ!? ね、ねぇ、柴田、こ、こここ──!?」
「安心してください。少し話をするだけです」
その言葉に、誉はあからさまにホッと胸を撫で下ろした。
「……まぁ、半殺しくらいにはしちゃるつもりですが」
「え゛……っ!?」
「ああ、服装ですが、アイツらはど派手な刺繍入れてる
「で、でも、フォーマルに近い感じがいいかなぁ? 襟はついてたほうがよかったりする……?」
ああでもない、こうでもない、と大真面目に頭を抱えている娘──。
その姿を微笑ましく見つめる柴田の視線は、どこか寂しげな哀愁が漂っていた。
