本編(改)
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2.Flower of bravery(2)
──その場が、静寂に包まれた。
真一郎も、
「……今、何やった……?」
誉を見つめたまま呆気にとられていた。
それからすかさず、誉が抱えたままの男の腕を思いっきり捻ると、
「ぐあぁぁあッ!!」
痛みで悲鳴が上がった。
「これ以上続けるようなら、腕の関節を外します……!」
声の震えに気づかれては、全て台無しになってしまう──。誉は、緊張と恐怖心を悟られないよう必死に感情を抑え込む。
「倒れた衝撃で顎を打ったでしょう?骨が折れているかもしれません。早く病院に行った方がいいと思います。……なので、先輩方。この場は引いていただけませんか?」
誉は、努めて淡々とした口調で言いきった。
「や、やめろ……ッ。分かったから、離してくれ!」
倒した男がリーダー格だったのか、思わぬ反撃に戦意を喪失したのか、誉の提案に素直に頷いた三人は固く閉ざされていた扉をぶち破り、慌てるように退散していった。
それを見届け、ほっと一つ息をつくと、
「先輩……!」
誉は、息を弾ませながら真一郎のもとへ駆け寄った。
彼は、顔面に痣をつくり口の端が切れていて、とっさにポケットから取り出したハンカチで彼の口元の血を拭った。
「大丈夫ですか……?」
「あぁ、こんくらい大した事ない……それより、怪我ねぇか?」
そっちの方がボロボロではないか──その気遣いが、どこか彼らしいなと誉は呆れ混じりに笑みをこぼす。
「平気です。ちょっと力加減わかんなくなっちゃって……思いっきり倒しちゃったから、自分の肩軽く痛めちゃいましたけど」
肩を回し苦笑しつつ答えると、真一郎は安堵の表情を見せた。
「おまえ、あんな技どこで覚えたんだよ?めちゃくちゃかっこよかったぜッ……いって」
いつもの調子で笑った瞬間、傷が痛んだらしい。真一郎の眉間に深い皺が寄る。
「もう、あんま笑っちゃだめですって」
そう言いながら、誉は俯いた。やっと緊張が解けて、一気に照れくささが押し寄せた。格好よかったなんて言われ慣れていなくて。
「……あれは、父から護身術として習いました。万が一のとき、隙をつくって逃げるくらいできるようにって。我流の、合気道みたいな感じです」
「そうか……なんか、うん。いいな」
ふっと零れた優しい声に、誉はそっと顔を上げた。
「実家のこと、あんま話したくないだろうなって思ってたから、話してくれて嬉しいっつーか……。いい親父さんなんだな」
目の前の真一郎は、柔らかく微笑んでいた。
その眼差しに目を見開いてから、
「……はい」
少し頬を赤く染めたその顔で、誉ははにかみながら頷いた。
──授業が終わり、誉は下駄箱で靴を履き替えていた。夕暮れに染まる外から、赤みがかった光が廊下に長い影を落としている。
こずえはテニス部の練習があるため教室で別れ、一人で帰ることになったのだが──。
もし、あの人たちが仕返しに来たらどうしよう──。
つい考えた途端、足が竦んだ。三人同時に相手するなんて、とても無理だ。
校舎外へ続く扉の前で立ち止まる。胸の奥が、不安で満ちていた。
「誉」
名を呼ぶ声が、誉の背中を震わせた。
弾かれるように顔を上げて振り向く。その先に立っていたのは、
「真、一郎先輩……」
「家まで送ってくよ。一緒に帰ろうぜ」
一週間も放っておかれたのに、どうして今に限ってちゃんと現れるのだろう。
まるで、マンガに出てくるヒーローみたいじゃないか──。
そんなことを思いながら誉は、ようやく一歩、帰路へ続く道を歩み始めた。
「昼間はごめん。巻き込んじまって……」
歩道を並んで歩きながら、真一郎がぼそりと口を開く。
「先輩のせいじゃないです。いろいろタイミングも悪かったし」
誉は首を小さく振った。
扉が開かなくなるというトラブルはあったが、最悪の事態は避けられたのだ。
「やっぱ誉は肝が据わってんな。俺がいなくても十分頼もしいわ」
「……それは違います」
思わず強く首を振って否定した。
「敵意のある人を倒すの、今日が初めてだったんです。あの時、本当はすごく震えそうで……。さっきも、一人のときに仕返しに来られたらどうしようって、怖かった」
言葉にして吐き出した途端、心のつかえが少しずつ解けていく。
「だから……先輩が待っててくれて、すごく嬉しかった」
そう言った瞬間、視界がふっと暗くなった。頭の後ろが温かい。頬に、硬い制服の布の感触がした。
やがて、自分のものではない香りが鼻腔をくすぐって、誉はそこで真一郎に抱き寄せられているのだと理解した。
「せ、せっ、先輩……!?」
とたんに鼓動が跳ね上がった。全身を震わすその音は、どんどん早くなっていく。
「あー……ごめん。これは、その……ありがとうの意だ」
戸惑いの混じる声が、耳元に落ちた。
あの時、上級生に腕を掴まれた時の不快感とは違って、嫌な気持ちにならないのが不思議だった。
後頭部に添えられている彼の手は、とても優しい。
しかし、頬にゴツゴツした感触が当たっていて、辛抱ならず誉は、
「せ、先輩。あの……なんか胸のあたりが硬い……?」
ぎこちなく身じろぐと、真一郎がはっとしたように小さく息を漏らし、
「悪ぃ!そうだ、忘れるところだった!」
体を離してから真一郎は、慌てて胸ポケットから何かを取り出した。それは掌ほどの、きれいにラッピングされた平たい箱だった。
「この間借りたハンカチのお礼」
「え……?」
「妹に洗って返すんだって言ったら、『涙と鼻水だらけのハンカチを女の子に返すなんてありえない!』って怒られてさ」
その話に、誉はふっと笑いが漏れた。
妹は万次郎より一つ下だと聞いた。小さいのに、おませでとてもしっかりした子のようだ。
「そういうわけで、新しいの用意したんだ」
自分のために選んでくれた──。それだけで、胸が熱くなる。
「開けてみても、いいですか?」
「うん」
包みを開けると、窓付きの箱の中にハンカチが見えた。白地に上品な赤と白の複色で彩られた花柄がプリントされていて、大人っぽいデザインだった。
「すごくおしゃれ。これ……椿、ですか?」
「山茶花って花らしいよ」
山茶花は、冬に咲く花だ。どこか凛としたその名前に、心惹かれた。
「山茶花の花言葉、知ってる?」
「いえ……」
誉が首を振ると、真一郎が少し照れたように笑って、
「『困難に打ち克つ』」
──「誉。なんかあったら、俺がお前のこと守ってやるから」
あの時の言葉が蘇り、思わず視界が滲んだ。
「ほんとはさ、今日屋上で渡そうと思ってたんだよ……。あいつらに邪魔されて渡しそびれた」
苦笑する彼に、誉も笑い返した。
「誉なら、絶対なれるよ。医者」
その一言が、まっすぐと心に届く。彼が応援してくれるなら、どんな困難も乗り越えられる気がした。
誉は、ヒーローがくれた勇気の花を、そっと胸に抱きしめた。
卍おまけ卍
誉「先輩、家が空手道場なのに喧嘩弱いんですか?」
真一郎「えッ?いや、弱いっつーかなんつーか……」
誉「もしかして、そっちもサボってるんですか?」
真一郎「(ギクッ)」
──その場が、静寂に包まれた。
真一郎も、
「……今、何やった……?」
誉を見つめたまま呆気にとられていた。
それからすかさず、誉が抱えたままの男の腕を思いっきり捻ると、
「ぐあぁぁあッ!!」
痛みで悲鳴が上がった。
「これ以上続けるようなら、腕の関節を外します……!」
声の震えに気づかれては、全て台無しになってしまう──。誉は、緊張と恐怖心を悟られないよう必死に感情を抑え込む。
「倒れた衝撃で顎を打ったでしょう?骨が折れているかもしれません。早く病院に行った方がいいと思います。……なので、先輩方。この場は引いていただけませんか?」
誉は、努めて淡々とした口調で言いきった。
「や、やめろ……ッ。分かったから、離してくれ!」
倒した男がリーダー格だったのか、思わぬ反撃に戦意を喪失したのか、誉の提案に素直に頷いた三人は固く閉ざされていた扉をぶち破り、慌てるように退散していった。
それを見届け、ほっと一つ息をつくと、
「先輩……!」
誉は、息を弾ませながら真一郎のもとへ駆け寄った。
彼は、顔面に痣をつくり口の端が切れていて、とっさにポケットから取り出したハンカチで彼の口元の血を拭った。
「大丈夫ですか……?」
「あぁ、こんくらい大した事ない……それより、怪我ねぇか?」
そっちの方がボロボロではないか──その気遣いが、どこか彼らしいなと誉は呆れ混じりに笑みをこぼす。
「平気です。ちょっと力加減わかんなくなっちゃって……思いっきり倒しちゃったから、自分の肩軽く痛めちゃいましたけど」
肩を回し苦笑しつつ答えると、真一郎は安堵の表情を見せた。
「おまえ、あんな技どこで覚えたんだよ?めちゃくちゃかっこよかったぜッ……いって」
いつもの調子で笑った瞬間、傷が痛んだらしい。真一郎の眉間に深い皺が寄る。
「もう、あんま笑っちゃだめですって」
そう言いながら、誉は俯いた。やっと緊張が解けて、一気に照れくささが押し寄せた。格好よかったなんて言われ慣れていなくて。
「……あれは、父から護身術として習いました。万が一のとき、隙をつくって逃げるくらいできるようにって。我流の、合気道みたいな感じです」
「そうか……なんか、うん。いいな」
ふっと零れた優しい声に、誉はそっと顔を上げた。
「実家のこと、あんま話したくないだろうなって思ってたから、話してくれて嬉しいっつーか……。いい親父さんなんだな」
目の前の真一郎は、柔らかく微笑んでいた。
その眼差しに目を見開いてから、
「……はい」
少し頬を赤く染めたその顔で、誉ははにかみながら頷いた。
──授業が終わり、誉は下駄箱で靴を履き替えていた。夕暮れに染まる外から、赤みがかった光が廊下に長い影を落としている。
こずえはテニス部の練習があるため教室で別れ、一人で帰ることになったのだが──。
もし、あの人たちが仕返しに来たらどうしよう──。
つい考えた途端、足が竦んだ。三人同時に相手するなんて、とても無理だ。
校舎外へ続く扉の前で立ち止まる。胸の奥が、不安で満ちていた。
「誉」
名を呼ぶ声が、誉の背中を震わせた。
弾かれるように顔を上げて振り向く。その先に立っていたのは、
「真、一郎先輩……」
「家まで送ってくよ。一緒に帰ろうぜ」
一週間も放っておかれたのに、どうして今に限ってちゃんと現れるのだろう。
まるで、マンガに出てくるヒーローみたいじゃないか──。
そんなことを思いながら誉は、ようやく一歩、帰路へ続く道を歩み始めた。
「昼間はごめん。巻き込んじまって……」
歩道を並んで歩きながら、真一郎がぼそりと口を開く。
「先輩のせいじゃないです。いろいろタイミングも悪かったし」
誉は首を小さく振った。
扉が開かなくなるというトラブルはあったが、最悪の事態は避けられたのだ。
「やっぱ誉は肝が据わってんな。俺がいなくても十分頼もしいわ」
「……それは違います」
思わず強く首を振って否定した。
「敵意のある人を倒すの、今日が初めてだったんです。あの時、本当はすごく震えそうで……。さっきも、一人のときに仕返しに来られたらどうしようって、怖かった」
言葉にして吐き出した途端、心のつかえが少しずつ解けていく。
「だから……先輩が待っててくれて、すごく嬉しかった」
そう言った瞬間、視界がふっと暗くなった。頭の後ろが温かい。頬に、硬い制服の布の感触がした。
やがて、自分のものではない香りが鼻腔をくすぐって、誉はそこで真一郎に抱き寄せられているのだと理解した。
「せ、せっ、先輩……!?」
とたんに鼓動が跳ね上がった。全身を震わすその音は、どんどん早くなっていく。
「あー……ごめん。これは、その……ありがとうの意だ」
戸惑いの混じる声が、耳元に落ちた。
あの時、上級生に腕を掴まれた時の不快感とは違って、嫌な気持ちにならないのが不思議だった。
後頭部に添えられている彼の手は、とても優しい。
しかし、頬にゴツゴツした感触が当たっていて、辛抱ならず誉は、
「せ、先輩。あの……なんか胸のあたりが硬い……?」
ぎこちなく身じろぐと、真一郎がはっとしたように小さく息を漏らし、
「悪ぃ!そうだ、忘れるところだった!」
体を離してから真一郎は、慌てて胸ポケットから何かを取り出した。それは掌ほどの、きれいにラッピングされた平たい箱だった。
「この間借りたハンカチのお礼」
「え……?」
「妹に洗って返すんだって言ったら、『涙と鼻水だらけのハンカチを女の子に返すなんてありえない!』って怒られてさ」
その話に、誉はふっと笑いが漏れた。
妹は万次郎より一つ下だと聞いた。小さいのに、おませでとてもしっかりした子のようだ。
「そういうわけで、新しいの用意したんだ」
自分のために選んでくれた──。それだけで、胸が熱くなる。
「開けてみても、いいですか?」
「うん」
包みを開けると、窓付きの箱の中にハンカチが見えた。白地に上品な赤と白の複色で彩られた花柄がプリントされていて、大人っぽいデザインだった。
「すごくおしゃれ。これ……椿、ですか?」
「山茶花って花らしいよ」
山茶花は、冬に咲く花だ。どこか凛としたその名前に、心惹かれた。
「山茶花の花言葉、知ってる?」
「いえ……」
誉が首を振ると、真一郎が少し照れたように笑って、
「『困難に打ち克つ』」
──「誉。なんかあったら、俺がお前のこと守ってやるから」
あの時の言葉が蘇り、思わず視界が滲んだ。
「ほんとはさ、今日屋上で渡そうと思ってたんだよ……。あいつらに邪魔されて渡しそびれた」
苦笑する彼に、誉も笑い返した。
「誉なら、絶対なれるよ。医者」
その一言が、まっすぐと心に届く。彼が応援してくれるなら、どんな困難も乗り越えられる気がした。
誉は、ヒーローがくれた勇気の花を、そっと胸に抱きしめた。
卍おまけ卍
誉「先輩、家が空手道場なのに喧嘩弱いんですか?」
真一郎「えッ?いや、弱いっつーかなんつーか……」
誉「もしかして、そっちもサボってるんですか?」
真一郎「(ギクッ)」
