本編(改)【完】
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14.What is love?(2)
──後日。
こずえは、ガチガチに緊張する誉の背中を押し歩いていた。
もうすぐ大事な期末試験が始まるというのに、誉は真一郎のことで頭がいっぱいで、勉強どころではない様子だった。そんな親友を見かねて、「気持ちをスッキリさせるには、もう男らしく思いを告げるしかない!」と発破をかけた。誉から意を決して、真一郎に「放課後、話がある」と約束を取り付けるためにやってきたのだが──。
「う、上手く言えるかな……もう話すら聞いてくれないかも……」
今にも泣き出しそうな声で弱音を吐く誉に、こずえは頼もしく胸を叩いてみせる。
「それはないから大丈夫!もし上手く誘えなかったら、私が後ろから代わりに言ってあげるから」
そうやって励ましながら廊下を進み、目的の教室まであと少しというところだった。
別クラスの入り口前で、お目当ての人物が誰かと立ち話をしているのが見えた。思わぬ場所でその姿を捉えた瞬間、隣を歩く誉がビクッと小さく肩を震わせる。
「あれ、佐野先輩じゃん。ちょうどいいとこ──」
声をかけようとした、その時だった。
真一郎と話している相手が、教室のドアの影からスッと姿を現した。その見覚えのある綺麗な容姿と、なにより制服の上からでも分かる豊かな胸元に、こずえの心臓がヒヤリと冷たくなる。
「え……マイ先輩……!?」
穏やかな表情で、心底楽しそうに言葉を交わしていた二人が、こずえの声に気づいて一斉にこちらへ振り返る。
真一郎が誉の姿を視界に捉えた瞬間、その目が見開かれ凍りつく。
こずえが気づいたときには、誉の目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちていた。最悪の誤解をした親友は、そのまま踵を返して廊下を走り出してしまう。
「あ、誉ちゃんっ!?」
それから一拍置いて、「次こそは絶対に逃がしてなるものか」と言わんばかりの形相をした真一郎が、全速力でその後を追いかけていった。廊下に猛烈な足音が響き渡り、二人の姿があっという間に人混みの向こうへと消えていく。
取り残された廊下で、こずえはパチンと片手を額に当て、深々と項垂れた。
「あー……最っ悪……」
「……こずえちゃん、今のお友達と佐野くん、何かあったの……?」
残されたマイが、心配そうにこずえに尋ねてくる。
このタイミングで真一郎の話し相手になっていたばかりに、僅かながら巻き込まれてしまったテニス部の先輩。こずえは、後々あらぬ誤解を招かないためにも、掻い摘んで事情を説明しておこうと静かに口を開いた。
***
「待て誉!!止まれ!!」
「やだ!!来ないでーっ!!」
廊下に響き渡る声。脇目も振らずにひたすら走り抜けていく誉。いくら「足が速い」と豪語していようが、所詮は男と女。本気を出せば、すぐさま追いついてその腕を掴める──。
真一郎は、本気でそう思っていた──はずだったのだが。
「っ……!! ちょ、なんだあいつ……!」
またたく間に、真一郎の口からぜぇはぁと激しい息があがる。二人の距離は、縮まるどころかジリジリと離される一方なのだ。誉の身のこなしは、まるで訓練されたアスリートのようだった。
幼少期から数々のいじめっ子たちを撒き散らし、逃げ延びてきた彼女の危機管理能力(逃走スキル)は、もはや野生のそれである。
「うっ……嘘だろ、おい……!?」
ついに限界を迎えた真一郎は、廊下の真ん中で膝からガクンと崩れ落ちる。
必死に喉の奥で酸素を求めながら、全速力で走り去っていく誉の背中をただ絶望の目で見送るしかなかった。
***
「はぁ、はぁ……っ」
人目のつかない場所を目指して飛び込んだのは、部活動に勤しむ生徒たちの掛け声がかすかに聞こえる校舎裏だった。
ここは、入学して間もない頃、いじめっ子たちに囲まれていたところを真一郎が助けてくれた思い出の場所だった。
「ふっ……うぅ、もうやだぁ……ッ!」
──自分はなんと浅ましく、醜い人間なのだろう。
真一郎がマイと楽しそうにしている姿を見た途端、胸の奥からドロドロとした嫌な感情が湧き上がってきた。こんな独占欲、いっそのこと捨ててしまいたいのに、どうしても消えない。
どうしたらいいのか分からず、誉は一人で声を殺して泣きじゃくった。
「──誉ちゃん?」
突然、降ってきた優しい声に、誉は弾かれたように顔を上げた。そこには、信じられないほど慌てた表情の沖田が立っていた。
「ちょ、どうした!? また何かあった!? 誰かに変なことされた!?」
「おっ、きた先輩……っ」
真っ直ぐに自分を心配してくれる沖田に、誉は堪らず縋りついた。彼の胸元に顔を埋めて泣き出す誉の背中を、沖田は落ち着かせるように優しく何度も撫でる。
「……誉ちゃん、佐野呼んでこようか?」
その名前に、誉は激しく首を横に振った。
「お願い呼ばないで!」
「え?」
「真一郎先輩見ると……涙が、出ちゃう、から……っ」
「……佐野のこと、嫌いになっちゃったの?」
「好き……っ!だから、おっぱいおっきい人と一緒にいる先輩は、嫌だ……っ」
しゃくり上げながら胸の内を吐き出すと、沖田は何かを察したように「あー……」と声を漏らした。少しだけ考えるように視線を彷徨わせたあと、全てを悟ったような妙にスッキリとした顔になり、優しく微笑む。
「そっかそっか、かわいそうに。アイツは女心がまるで分かってないからなぁ」
「誰が何を分かってないって……?」
地を這うような低い声に、二人が同時に振り返る。そこには、恐ろしい形相で仁王立ちしている真一郎がいた。
あまりの迫力に、誉は「ひっ」と悲鳴を上げて沖田の背後に隠れた。まるで怒られた子どもが逃げ込むように、身体を縮こませる。
「どけ、沖田」
「いや、誉ちゃん怖がってるじゃん。お前が落ち着くまで渡せないかなぁ」
「誉はお前のもんじゃない」
「佐野のもんでもないだろ」
二人の間でバチバチと火花が散る。真一郎の拳が小刻みに震えており、今にも殴りかかりそうな勢いに誉はハラハラと様子を窺っていた。
沖田は、そんな真一郎をいなすように言葉を続ける。
「お前、誉ちゃんに避けられて焦ってんのは分かるけど、ちょっと頭冷やしてこい。心配しなくても、その間に俺が慰めと──」
その瞬間、鈍い音が響き、目の前で沖田の身体が吹っ飛んだ。
「痛っぇ……」
誉気づいたときには沖田が地面に崩れ落ちていて、慌てて彼のもとへと駆け寄る。
「おっ、沖田先輩!? 大丈夫ですか……っ!?」
「何でだよ……ッ!!」
地鳴りのような叫び声に、誉はハッとして真一郎を見上げた。
そこにいたのは、怒りに狂った顔ではなく──今にも涙が溢れ出しそうな、酷く傷ついた表情の真一郎だった。そんな顔を見るのは初めてで、胸が痛いほどに締め付けられる。
「オレに言えって言ったじゃねぇか……ッ! なんでオレじゃなくて沖田なんだよ!? それとも本当にオレのこと嫌いになったのかッ!?」
「っち──」
違う、と声を大にして言いたかったが、その言葉は立ち上がった沖田に遮られてしまう。
猛烈な勢いで真一郎の胸ぐらを掴んだ沖田が、背後の壁へと激しく叩きつけた。
「おまえ、いい加減にしろ!!」
「あ゛!?」
「冷静になって考えろ!何で誉ちゃんが泣いてんのか、何でお前のこと避けてんのか!」
「は……?」
「さっき、お前他の女と一緒にいただろ!?」
「お、沖田先輩……っ!?」
喧嘩を止めたくて焦る誉を余所に、真一郎の動きがピタリと止まった。
彼は沖田に胸ぐらを掴まれたまま、何かを必死に思い出すように視線を激しく動かしている。
「他の女……?あ」と、真一郎が大きな独り言を漏らした。
そこから、真一郎の表情の変化は目まぐるしかった。何かとんでもない天啓でも受けたかのように目を見開き、「え、それってつまり……?」と、ぶつぶつと呟き始める。さらに彼は自分の頭を抱え、「じゃあ、この前逃げ出したのは……え、まさか……!?」と、完全に自分だけの世界に入って動揺を露わにしている。
「誉ちゃんのこと責める前に、男として言うことがあんだろ……あとは自分で確かめろ!」
真一郎の胸ぐらをパッと離し、沖田が不敵に笑って、ぐっと親指を立ててみせる。
沖田の言葉に弾かれたように、真一郎が勢いよく誉のほうを振り返った。彼の目は、先ほどまでの絶望が嘘のように、ギラギラとした強い光を宿して爛々と輝いている。
あまりの目力の強さに、誉はビクッと肩を震わせた。
「誉! そこぜってー動くな!」
ずんずんと足音を立てて迫ってくる真一郎を前に、誉の心臓はドクドクと爆発しそうなほど波打ち始める。もうこれ以上、彼のあんな泣きそうな顔は見たくなかった。取り急ぎ、逃げてしまったことやずっと避けてしまっていたことをちゃんと謝ろうと、ドキドキしながら彼を待ち構える。
「あ、あの、先輩……!に、逃げちゃってごめんなさ──」
謝罪が言い終わる前に、絶対に逃がさないとばかりに強い力で両肩を掴まれた。
真一郎が大きく息を吸い込む音が、至近距離で聞こえる。あまりの剣幕に、大音量で怒鳴られるのだと覚悟を決めて、誉はギュッと目を閉じた。
「誉! おまえが好きだ!!」
「…………え?」
予想もしなかった言葉が鼓膜を揺らし、誉の思考が停止する。
ゆっくりと目を開けると、真っ赤な顔をした真一郎の顔が目の前にあった。
「大好きだ!! だから──、オレの彼女になってくださいっ!!」
──すき。だいすき。かのじょ。
脳内でその単語を処理しきれず、完全にキャパオーバーを起こした。真一郎の真っ直ぐな視線が熱すぎて、おでこに触れられたとき以上の熱が全身に駆け巡る。恥ずかしさと、パニックと、心臓の爆音で、もう一秒だってこの場所にはいられそうになかった。
「ぉわッ!?」
無我夢中で、思いっきり真一郎の胸を突き飛ばしていた。
強い衝撃を受けた真一郎が、たたらを踏んで後ろへよろけ、そのまま地面に尻もちをつく。
驚きで目を丸くする彼に向かって、誉は全力で叫んだ。
「……っご……ごめんなさいッ!!」
次の瞬間には踵を返し、脱兎のごとく校舎裏を飛び出していた。
***
──土煙が静かに舞い降りる校舎裏。
完全に嵐が去ったあとの静寂の中、沖田が恐る恐る真一郎のほうへと視線を向ける。
「……佐野、気を確かに持て」
真一郎は、その場に崩れ落ちるように四つん這いになり、地を見つめたまま静かに涙を流していた。
慰めようとして、肩に沖田の手がそっと乗せられた瞬間──真一郎はその手を激しく払い除け、涙目で睨みつけながら吠えた。
「うるせぇッ!!お前が期待持たすようなこと言うからこんな事にぃ!!」
「いや、こんなはずじゃなかったんだって」
「フラれた……やっぱ嫌われた……オレ、誉無しじゃもう生きてけない……」
「泣きてぇのはこっちだっつーの……俺、殴られ損じゃねーか」
沖田はズキズキと痛む左頬を擦りながら、恨めしそうな目で青空を見上げるしかなかった。
卍おまけ卍
──後日。
こずえは、ガチガチに緊張する誉の背中を押し歩いていた。
もうすぐ大事な期末試験が始まるというのに、誉は真一郎のことで頭がいっぱいで、勉強どころではない様子だった。そんな親友を見かねて、「気持ちをスッキリさせるには、もう男らしく思いを告げるしかない!」と発破をかけた。誉から意を決して、真一郎に「放課後、話がある」と約束を取り付けるためにやってきたのだが──。
「う、上手く言えるかな……もう話すら聞いてくれないかも……」
今にも泣き出しそうな声で弱音を吐く誉に、こずえは頼もしく胸を叩いてみせる。
「それはないから大丈夫!もし上手く誘えなかったら、私が後ろから代わりに言ってあげるから」
そうやって励ましながら廊下を進み、目的の教室まであと少しというところだった。
別クラスの入り口前で、お目当ての人物が誰かと立ち話をしているのが見えた。思わぬ場所でその姿を捉えた瞬間、隣を歩く誉がビクッと小さく肩を震わせる。
「あれ、佐野先輩じゃん。ちょうどいいとこ──」
声をかけようとした、その時だった。
真一郎と話している相手が、教室のドアの影からスッと姿を現した。その見覚えのある綺麗な容姿と、なにより制服の上からでも分かる豊かな胸元に、こずえの心臓がヒヤリと冷たくなる。
「え……マイ先輩……!?」
穏やかな表情で、心底楽しそうに言葉を交わしていた二人が、こずえの声に気づいて一斉にこちらへ振り返る。
真一郎が誉の姿を視界に捉えた瞬間、その目が見開かれ凍りつく。
こずえが気づいたときには、誉の目から大粒の涙がポロポロと溢れ落ちていた。最悪の誤解をした親友は、そのまま踵を返して廊下を走り出してしまう。
「あ、誉ちゃんっ!?」
それから一拍置いて、「次こそは絶対に逃がしてなるものか」と言わんばかりの形相をした真一郎が、全速力でその後を追いかけていった。廊下に猛烈な足音が響き渡り、二人の姿があっという間に人混みの向こうへと消えていく。
取り残された廊下で、こずえはパチンと片手を額に当て、深々と項垂れた。
「あー……最っ悪……」
「……こずえちゃん、今のお友達と佐野くん、何かあったの……?」
残されたマイが、心配そうにこずえに尋ねてくる。
このタイミングで真一郎の話し相手になっていたばかりに、僅かながら巻き込まれてしまったテニス部の先輩。こずえは、後々あらぬ誤解を招かないためにも、掻い摘んで事情を説明しておこうと静かに口を開いた。
***
「待て誉!!止まれ!!」
「やだ!!来ないでーっ!!」
廊下に響き渡る声。脇目も振らずにひたすら走り抜けていく誉。いくら「足が速い」と豪語していようが、所詮は男と女。本気を出せば、すぐさま追いついてその腕を掴める──。
真一郎は、本気でそう思っていた──はずだったのだが。
「っ……!! ちょ、なんだあいつ……!」
またたく間に、真一郎の口からぜぇはぁと激しい息があがる。二人の距離は、縮まるどころかジリジリと離される一方なのだ。誉の身のこなしは、まるで訓練されたアスリートのようだった。
幼少期から数々のいじめっ子たちを撒き散らし、逃げ延びてきた彼女の危機管理能力(逃走スキル)は、もはや野生のそれである。
「うっ……嘘だろ、おい……!?」
ついに限界を迎えた真一郎は、廊下の真ん中で膝からガクンと崩れ落ちる。
必死に喉の奥で酸素を求めながら、全速力で走り去っていく誉の背中をただ絶望の目で見送るしかなかった。
***
「はぁ、はぁ……っ」
人目のつかない場所を目指して飛び込んだのは、部活動に勤しむ生徒たちの掛け声がかすかに聞こえる校舎裏だった。
ここは、入学して間もない頃、いじめっ子たちに囲まれていたところを真一郎が助けてくれた思い出の場所だった。
「ふっ……うぅ、もうやだぁ……ッ!」
──自分はなんと浅ましく、醜い人間なのだろう。
真一郎がマイと楽しそうにしている姿を見た途端、胸の奥からドロドロとした嫌な感情が湧き上がってきた。こんな独占欲、いっそのこと捨ててしまいたいのに、どうしても消えない。
どうしたらいいのか分からず、誉は一人で声を殺して泣きじゃくった。
「──誉ちゃん?」
突然、降ってきた優しい声に、誉は弾かれたように顔を上げた。そこには、信じられないほど慌てた表情の沖田が立っていた。
「ちょ、どうした!? また何かあった!? 誰かに変なことされた!?」
「おっ、きた先輩……っ」
真っ直ぐに自分を心配してくれる沖田に、誉は堪らず縋りついた。彼の胸元に顔を埋めて泣き出す誉の背中を、沖田は落ち着かせるように優しく何度も撫でる。
「……誉ちゃん、佐野呼んでこようか?」
その名前に、誉は激しく首を横に振った。
「お願い呼ばないで!」
「え?」
「真一郎先輩見ると……涙が、出ちゃう、から……っ」
「……佐野のこと、嫌いになっちゃったの?」
「好き……っ!だから、おっぱいおっきい人と一緒にいる先輩は、嫌だ……っ」
しゃくり上げながら胸の内を吐き出すと、沖田は何かを察したように「あー……」と声を漏らした。少しだけ考えるように視線を彷徨わせたあと、全てを悟ったような妙にスッキリとした顔になり、優しく微笑む。
「そっかそっか、かわいそうに。アイツは女心がまるで分かってないからなぁ」
「誰が何を分かってないって……?」
地を這うような低い声に、二人が同時に振り返る。そこには、恐ろしい形相で仁王立ちしている真一郎がいた。
あまりの迫力に、誉は「ひっ」と悲鳴を上げて沖田の背後に隠れた。まるで怒られた子どもが逃げ込むように、身体を縮こませる。
「どけ、沖田」
「いや、誉ちゃん怖がってるじゃん。お前が落ち着くまで渡せないかなぁ」
「誉はお前のもんじゃない」
「佐野のもんでもないだろ」
二人の間でバチバチと火花が散る。真一郎の拳が小刻みに震えており、今にも殴りかかりそうな勢いに誉はハラハラと様子を窺っていた。
沖田は、そんな真一郎をいなすように言葉を続ける。
「お前、誉ちゃんに避けられて焦ってんのは分かるけど、ちょっと頭冷やしてこい。心配しなくても、その間に俺が慰めと──」
その瞬間、鈍い音が響き、目の前で沖田の身体が吹っ飛んだ。
「痛っぇ……」
誉気づいたときには沖田が地面に崩れ落ちていて、慌てて彼のもとへと駆け寄る。
「おっ、沖田先輩!? 大丈夫ですか……っ!?」
「何でだよ……ッ!!」
地鳴りのような叫び声に、誉はハッとして真一郎を見上げた。
そこにいたのは、怒りに狂った顔ではなく──今にも涙が溢れ出しそうな、酷く傷ついた表情の真一郎だった。そんな顔を見るのは初めてで、胸が痛いほどに締め付けられる。
「オレに言えって言ったじゃねぇか……ッ! なんでオレじゃなくて沖田なんだよ!? それとも本当にオレのこと嫌いになったのかッ!?」
「っち──」
違う、と声を大にして言いたかったが、その言葉は立ち上がった沖田に遮られてしまう。
猛烈な勢いで真一郎の胸ぐらを掴んだ沖田が、背後の壁へと激しく叩きつけた。
「おまえ、いい加減にしろ!!」
「あ゛!?」
「冷静になって考えろ!何で誉ちゃんが泣いてんのか、何でお前のこと避けてんのか!」
「は……?」
「さっき、お前他の女と一緒にいただろ!?」
「お、沖田先輩……っ!?」
喧嘩を止めたくて焦る誉を余所に、真一郎の動きがピタリと止まった。
彼は沖田に胸ぐらを掴まれたまま、何かを必死に思い出すように視線を激しく動かしている。
「他の女……?あ」と、真一郎が大きな独り言を漏らした。
そこから、真一郎の表情の変化は目まぐるしかった。何かとんでもない天啓でも受けたかのように目を見開き、「え、それってつまり……?」と、ぶつぶつと呟き始める。さらに彼は自分の頭を抱え、「じゃあ、この前逃げ出したのは……え、まさか……!?」と、完全に自分だけの世界に入って動揺を露わにしている。
「誉ちゃんのこと責める前に、男として言うことがあんだろ……あとは自分で確かめろ!」
真一郎の胸ぐらをパッと離し、沖田が不敵に笑って、ぐっと親指を立ててみせる。
沖田の言葉に弾かれたように、真一郎が勢いよく誉のほうを振り返った。彼の目は、先ほどまでの絶望が嘘のように、ギラギラとした強い光を宿して爛々と輝いている。
あまりの目力の強さに、誉はビクッと肩を震わせた。
「誉! そこぜってー動くな!」
ずんずんと足音を立てて迫ってくる真一郎を前に、誉の心臓はドクドクと爆発しそうなほど波打ち始める。もうこれ以上、彼のあんな泣きそうな顔は見たくなかった。取り急ぎ、逃げてしまったことやずっと避けてしまっていたことをちゃんと謝ろうと、ドキドキしながら彼を待ち構える。
「あ、あの、先輩……!に、逃げちゃってごめんなさ──」
謝罪が言い終わる前に、絶対に逃がさないとばかりに強い力で両肩を掴まれた。
真一郎が大きく息を吸い込む音が、至近距離で聞こえる。あまりの剣幕に、大音量で怒鳴られるのだと覚悟を決めて、誉はギュッと目を閉じた。
「誉! おまえが好きだ!!」
「…………え?」
予想もしなかった言葉が鼓膜を揺らし、誉の思考が停止する。
ゆっくりと目を開けると、真っ赤な顔をした真一郎の顔が目の前にあった。
「大好きだ!! だから──、オレの彼女になってくださいっ!!」
──すき。だいすき。かのじょ。
脳内でその単語を処理しきれず、完全にキャパオーバーを起こした。真一郎の真っ直ぐな視線が熱すぎて、おでこに触れられたとき以上の熱が全身に駆け巡る。恥ずかしさと、パニックと、心臓の爆音で、もう一秒だってこの場所にはいられそうになかった。
「ぉわッ!?」
無我夢中で、思いっきり真一郎の胸を突き飛ばしていた。
強い衝撃を受けた真一郎が、たたらを踏んで後ろへよろけ、そのまま地面に尻もちをつく。
驚きで目を丸くする彼に向かって、誉は全力で叫んだ。
「……っご……ごめんなさいッ!!」
次の瞬間には踵を返し、脱兎のごとく校舎裏を飛び出していた。
***
──土煙が静かに舞い降りる校舎裏。
完全に嵐が去ったあとの静寂の中、沖田が恐る恐る真一郎のほうへと視線を向ける。
「……佐野、気を確かに持て」
真一郎は、その場に崩れ落ちるように四つん這いになり、地を見つめたまま静かに涙を流していた。
慰めようとして、肩に沖田の手がそっと乗せられた瞬間──真一郎はその手を激しく払い除け、涙目で睨みつけながら吠えた。
「うるせぇッ!!お前が期待持たすようなこと言うからこんな事にぃ!!」
「いや、こんなはずじゃなかったんだって」
「フラれた……やっぱ嫌われた……オレ、誉無しじゃもう生きてけない……」
「泣きてぇのはこっちだっつーの……俺、殴られ損じゃねーか」
沖田はズキズキと痛む左頬を擦りながら、恨めしそうな目で青空を見上げるしかなかった。
卍おまけ卍
誉「うそうそうそうそ嘘だぁーっ!!」
陸上部顧問「……おい、誰かあの子スカウトしてこい」
陸上部顧問「……おい、誰かあの子スカウトしてこい」
