本編(改)【完】
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13.A promise(4)
──まもなくして、主任教諭を連れたこずえが息を切らせ現場に駆け付けた。
泣き崩れる誉と、彼女を抱き締め介抱している真一郎──あまりにも目を覆うばかりの光景に、こずえはその場にへたり込んで声をあげて泣き出した。そんな彼女の肩を、沖田が悲痛な表情で静かに支える。
矢野は、誉の頭突きと真一郎の渾身の一発を受けてすっかり逃げる気力を失っていた。
「──佐野君、しばらく任せて大丈夫?」
養護教諭が席を外していくのを見送ると、ベッドで眠る誉へと視線を戻した。
強く打ち付けた背中と掴まれた手首の痣以外、目立った外傷はなかった。
もう一歩遅かったら──と真一郎の肌が粟立つ 。分かっていたのに、もっと用心深く誉の傍についてやればよかったと激しい後悔の念が胸を突き刺した。
穏やかな寝息を立てる誉の目は、泣き腫らし痛々しい。その目元を指で軽くなぞると、少しだけむずがった。その様子に、真一郎の口元からようやく安堵の笑みがもれる。
「……もう、あんな怖い思いさせねーから」
掠れた声が静かに響く。誉の前髪をそっと指先で払うと、普段隠れている場所が露わになって、そんな些細な変化さえ愛おしく感じた。
吸い寄せられるように顔を近づけ、真一郎はその白い額にそっとひとつ口づけを落とす。
「誉……好きだよ」
これは、二度と君を傷つけない。その決意だから、どうか許してほしい──そんな言い訳を心の内で唱えた。
***
『透くん、ちゅーしよー?』
『え……!?ちょ、ちょちょストーップ!』
突然、小さな唇を尖らせてキスをせがんできた誉を、透は慌てて両手で押し留めた。不服だと言わんばかりに誉は頬を膨らませている。
『なんで?この前ほっぺにちゅーはいいって言ったじゃん』
『ここはダメだろ。惚れた男のために取っときなさい』
『そんな人いないもん』
『誉が大人になったら絶対モテんだから』
『いい!大人になったら透くんと結婚する!』
『え゛!?』
透が露骨に狼狽える。冗談にならない真っ直ぐな結婚宣言に、強面な保護者たちの鬼の形相が脳裏をよぎったのか、彼の視線は斜め上を彷徨いはじめる。
『だ、ダメだよ!兄妹は結婚できないんだぞ!?』
『でも血のつながりはないし籍も違うから、しようと思えばできるでしょ?』
『そ、それはそ……いやいや、誉と結婚したいなんて言ったら、俺マジで親父に殺されんぞ……』
『えっ!?じゃあダメ!』
『だろ?』
──これは夢だ。透がいるからすぐ分かる。
時々、会いに来てくれる。楽しそうな笑顔を、あの日の自分が見上げている──そんな夢。
しかし、ふと誉が瞬きをした一瞬の隙に、目の前にいた透の姿がかき消えた。実家の事務所にいたはずの景色がかすみ、突如として冷たい潮風が頬を撫でる。
──そこは、真一郎とバイクに乗ってよく訪れる海沿いの堤防だった。
『──誉』
後ろから名を呼ばれ、弾かれるように振り返る。
『……真一郎先輩?』
真一郎は、ゆっくりと近づいてきた。片手で肩を優しく掴まれ、もう片方の手で前髪を梳いてきた。
それから、驚きに目を丸くする誉のむき出しになった額へ、真一郎が何の前触れもなく唇を落とす。
『……へ!?な、せ、せ、先輩……!?』
不意打ちのキスに誉が頬を真っ赤に染めながら慌てふためいていると、真一郎は声を出して笑った。
それから、徐々に真剣な表情に変わる。
『誉……好きだよ』
『え……』
真っ直ぐに響いたその言葉に、誉は激しく困惑した。佐野家へ行ったとき、一度だけ「好きだ」と言われたことを思い出す。あの時は、友人として自分の人となりを気に入ってくれているのだと解釈したが──今の響きは、あの時とは違って聞こえた。
射抜くような真一郎の瞳から、どうしても目が離せない。
そうこうするうち、真一郎がさらに顔を近づけてくる。
──今度はどこにキスをしてくるつもりだろう。
──また額か。
──はたまた誕生日、未遂に終わったほっぺにちゅーかな。
しかし、真一郎の目指す場所はそのどこでもなかった。唇に触れた、柔らかくて、少しだけ熱い感触──。
『真……──っ』
ほんの一瞬のはずなのに、世界の時の流れが止まってしまったかのように、長く、長く感じられた。
***
──白い天井。鼻をくすぐる、微かなアルコールの匂い。自分の部屋ではないとすぐに分かった。
誉は寝ぼけ眼のまま、ゆっくりと辺りを見回した。視界に飛び込んできた白い仕切りのカーテンを見て、ここが学校の保健室であることを思い出す。
──矢野に乱暴されそうになって、真一郎たちが助けに来てくれて、手当てを受けて、それから──。
誉は、重だるい身体をゆっくり起こす。窓を見ると、辺りは日暮れ時だった。
柴田が心配しているだろう。警察の事情聴取などを受けなければならないのだろうか。そのことも相談しなければならない。
今後のことを考え巡らせ、誉がふとベッドの脇に視線を落として──鼓動が強く弾ける。
パイプ椅子に座り、ベッドにもたれ眠っている真一郎がいた。
あの夢の光景が、鮮烈に脳裏を過る。誉の顔が茹蛸のように真っ赤染まった。
「ぐ……ふがっ」
真一郎は、時折鼻を鳴らし熟睡していた。起きている時よりもあどけない顔。特徴的な髪型で常に露になっている額が、より一層幼く見せていた。
「……ありがとう……」
無防備なその額にそっと唇を寄せる。やさしく、夢の中で彼が自分にしてくれたのと同じように。
「……大好き」
甘く切ない声が保健室に響く。
誉の瞳から零れ落ちた一筋の涙は、静かに頬を滑り落ちていった。
──まもなくして、主任教諭を連れたこずえが息を切らせ現場に駆け付けた。
泣き崩れる誉と、彼女を抱き締め介抱している真一郎──あまりにも目を覆うばかりの光景に、こずえはその場にへたり込んで声をあげて泣き出した。そんな彼女の肩を、沖田が悲痛な表情で静かに支える。
矢野は、誉の頭突きと真一郎の渾身の一発を受けてすっかり逃げる気力を失っていた。
「──佐野君、しばらく任せて大丈夫?」
養護教諭が席を外していくのを見送ると、ベッドで眠る誉へと視線を戻した。
強く打ち付けた背中と掴まれた手首の痣以外、目立った外傷はなかった。
もう一歩遅かったら──と真一郎の肌が粟立つ 。分かっていたのに、もっと用心深く誉の傍についてやればよかったと激しい後悔の念が胸を突き刺した。
穏やかな寝息を立てる誉の目は、泣き腫らし痛々しい。その目元を指で軽くなぞると、少しだけむずがった。その様子に、真一郎の口元からようやく安堵の笑みがもれる。
「……もう、あんな怖い思いさせねーから」
掠れた声が静かに響く。誉の前髪をそっと指先で払うと、普段隠れている場所が露わになって、そんな些細な変化さえ愛おしく感じた。
吸い寄せられるように顔を近づけ、真一郎はその白い額にそっとひとつ口づけを落とす。
「誉……好きだよ」
これは、二度と君を傷つけない。その決意だから、どうか許してほしい──そんな言い訳を心の内で唱えた。
***
『透くん、ちゅーしよー?』
『え……!?ちょ、ちょちょストーップ!』
突然、小さな唇を尖らせてキスをせがんできた誉を、透は慌てて両手で押し留めた。不服だと言わんばかりに誉は頬を膨らませている。
『なんで?この前ほっぺにちゅーはいいって言ったじゃん』
『ここはダメだろ。惚れた男のために取っときなさい』
『そんな人いないもん』
『誉が大人になったら絶対モテんだから』
『いい!大人になったら透くんと結婚する!』
『え゛!?』
透が露骨に狼狽える。冗談にならない真っ直ぐな結婚宣言に、強面な保護者たちの鬼の形相が脳裏をよぎったのか、彼の視線は斜め上を彷徨いはじめる。
『だ、ダメだよ!兄妹は結婚できないんだぞ!?』
『でも血のつながりはないし籍も違うから、しようと思えばできるでしょ?』
『そ、それはそ……いやいや、誉と結婚したいなんて言ったら、俺マジで親父に殺されんぞ……』
『えっ!?じゃあダメ!』
『だろ?』
──これは夢だ。透がいるからすぐ分かる。
時々、会いに来てくれる。楽しそうな笑顔を、あの日の自分が見上げている──そんな夢。
しかし、ふと誉が瞬きをした一瞬の隙に、目の前にいた透の姿がかき消えた。実家の事務所にいたはずの景色がかすみ、突如として冷たい潮風が頬を撫でる。
──そこは、真一郎とバイクに乗ってよく訪れる海沿いの堤防だった。
『──誉』
後ろから名を呼ばれ、弾かれるように振り返る。
『……真一郎先輩?』
真一郎は、ゆっくりと近づいてきた。片手で肩を優しく掴まれ、もう片方の手で前髪を梳いてきた。
それから、驚きに目を丸くする誉のむき出しになった額へ、真一郎が何の前触れもなく唇を落とす。
『……へ!?な、せ、せ、先輩……!?』
不意打ちのキスに誉が頬を真っ赤に染めながら慌てふためいていると、真一郎は声を出して笑った。
それから、徐々に真剣な表情に変わる。
『誉……好きだよ』
『え……』
真っ直ぐに響いたその言葉に、誉は激しく困惑した。佐野家へ行ったとき、一度だけ「好きだ」と言われたことを思い出す。あの時は、友人として自分の人となりを気に入ってくれているのだと解釈したが──今の響きは、あの時とは違って聞こえた。
射抜くような真一郎の瞳から、どうしても目が離せない。
そうこうするうち、真一郎がさらに顔を近づけてくる。
──今度はどこにキスをしてくるつもりだろう。
──また額か。
──はたまた誕生日、未遂に終わったほっぺにちゅーかな。
しかし、真一郎の目指す場所はそのどこでもなかった。唇に触れた、柔らかくて、少しだけ熱い感触──。
『真……──っ』
ほんの一瞬のはずなのに、世界の時の流れが止まってしまったかのように、長く、長く感じられた。
***
──白い天井。鼻をくすぐる、微かなアルコールの匂い。自分の部屋ではないとすぐに分かった。
誉は寝ぼけ眼のまま、ゆっくりと辺りを見回した。視界に飛び込んできた白い仕切りのカーテンを見て、ここが学校の保健室であることを思い出す。
──矢野に乱暴されそうになって、真一郎たちが助けに来てくれて、手当てを受けて、それから──。
誉は、重だるい身体をゆっくり起こす。窓を見ると、辺りは日暮れ時だった。
柴田が心配しているだろう。警察の事情聴取などを受けなければならないのだろうか。そのことも相談しなければならない。
今後のことを考え巡らせ、誉がふとベッドの脇に視線を落として──鼓動が強く弾ける。
パイプ椅子に座り、ベッドにもたれ眠っている真一郎がいた。
あの夢の光景が、鮮烈に脳裏を過る。誉の顔が茹蛸のように真っ赤染まった。
「ぐ……ふがっ」
真一郎は、時折鼻を鳴らし熟睡していた。起きている時よりもあどけない顔。特徴的な髪型で常に露になっている額が、より一層幼く見せていた。
「……ありがとう……」
無防備なその額にそっと唇を寄せる。やさしく、夢の中で彼が自分にしてくれたのと同じように。
「……大好き」
甘く切ない声が保健室に響く。
誉の瞳から零れ落ちた一筋の涙は、静かに頬を滑り落ちていった。
