本編(改)【完】
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12.What the luck suggests(1)
──暮れも押し詰まったとある日。
神保組東京支部事務所では、常駐する組員たちが必死の形相で組長令嬢を前に首を垂れていた。
「お嬢!頼みます!!」
「ワシらの顔を立ててやってつかーさい!!」
「ぜっっったいイヤ!!」
舎弟たちの必死な姿を一歩後ろから眺めながら、柴田が「だから言っただろう」と言わんばかりに呆れた顔で立っている。
「無理じゃ諦めぇ」
「柴田さん!組長不在の事務所なんじゃけえ、お嬢に出てもらわにゃあ締まらんのんですよ!」
「ほーよ!元旦付けで柴田さんが若頭に任命される。そがぁな目出度い日に、せっかく近くにおるお嬢が来んのじゃシラけちまう!」
「あのね、みんなと一緒に出歩いたらわたしの身元バレバレなの!」
事の発端は、柴田の若頭襲名が決まったことだった。毎年恒例の初詣でその記念すべき日を迎えるため、組員たちは「せっかくだから派手に威厳を示したい」と息巻いているのだ。組長不在の今、令嬢である誉が先頭に立てば、他組織への格好の牽制になるという魂胆らしい。
「じゃけぇ、それはお嬢の意思に反するし、まだ未成年やぞ。何考えとんじゃ」
「「「柴田さぁーん!」」」
泣きつく男どもを、「キモいんじゃ!」と柴田が容赦なく蹴散らす。
──新年の幕開けに襲名が重なって興奮する気持ちは分かる。だが、組員の身内というだけで一般人の自分が表に出るのはお門違いも甚だしい。巻き込まないでいただきたい。
誉は冷や汗をかきつつ、未だに往生際悪くうだうだと言い募る男たちの様子を覗っていた。
「お嬢、正月本家へ帰らんのでしょ?何処にも行かんのならワシらと一緒に神様に手ぇ合わせて家内安全を祈ってくれるだけでええんですよぉ……」
高校を卒業するまで帰らなくていい──そう父親に言われ上京してきたのは事実だが、だからといってこのむさ苦しい男たちを引き連れて歩くなんて御免被りたい。
このままではいつまでたっても目の前の男共は諦めてくれそうもないと悟り、ついに誉は、苦肉の策に打って出た。
「あるもん、予定……」
「……ええッ!?」
「し、真一郎先輩と初詣行く約束しとるもん!」
***
「──え? は、初詣!?」
まさか、そんな誘いを受けるとは思ってもみなかった。真一郎は歓喜のあまり、自室で思わず飛び跳ねそうになるのをどうにか踏みとどまる。
『あ、やっぱりご家族で行く予定でしたよね…… あの、無理にとは言わな』
「行く行く行く行く!!行くに決まってんだろ!!」
受話器の向こうの誉が気後れする前に、真一郎は必死に叫んだ。「家族となんていつでも行けるんだよばっきゃーろー!」と心の内が飛び出そうな勢いだ。
『よかったぁ、助かります!』
「助かる?」
首を傾げる真一郎を置き去りに、誉が慌てた様子で事の次第を話し始めた。
『実は今日、うちの組員たちに「初詣について来い」って迫られちゃって。そんなの知り合いに見られたらマズいって断ったんですけど、全然諦めてくれなくって……だから思わず、真一郎先輩と初詣に行く約束をしてるって言っちゃって……』
「……あーそーゆーコト」
相変わらず無自覚に振り回してくる誉。一瞬でも期待した己が恥ずかしい。
けれど、理由はどうあれ年越しデートができる。それだけで真一郎にとっては十分すぎる収穫だった。
『あの、先輩……いつも初詣って普段着で行きますか?』
「え? あ、うん。普段着だけど、どうした?」
『実は、みんなが勝手に盛り上がって、私の着物を用意しちゃったらしくて……せっかくだから着たいなと思ったんですけど、一人だけ和装だと浮いちゃいそうだから』
受話器から聞こえる少し照れたような声。それだけで、誉の晴れ着姿が脳内に鮮明に浮かび上がる。似合うに決まっているし、見たくてたまらない。
爆発しそうな欲望をどうにか抑え込み、真一郎は努めて平然を装って言った。
「じゃあさ、オレも着物着て行くよ。二人で着れば浮かないだろ?」
それを聞いた誉が、嬉しそうに顔をほころばせる姿が目に浮かぶ。そんな愛おしい妄想に胸を躍らせながら、真一郎は早くも大晦日が待ち遠しくて仕方がなかった。
***
──大晦日。
「はい。じゃあ肌着と長襦袢まで着てきてください」
柴田から手渡されたのは、一式揃った美しい着物の包みだった。誉の和装の着付けは、幼い頃からずっと彼の役目だ。
「柴田、このタオルは?」
「お嬢は上半身が華奢ですから、肌着の上から胸元に折り重ねて当ててください。その方が綺麗に仕上がりますので」
淡々と、実にあっさりとした説明。
それを聞いた誉の表情から、すうっ、と生気が消えていく。プロの着付け師も顔負けの気遣い──それにも関わらず、なんだか虚しさが込み上げてくるのはなぜだろう。
「……はっきり言えばいいじゃん!柴田のバカー!」
「あ、いやそんなつもりじゃ……!」
悲しみと一緒に胸元を押さえながら自室へ猛ダッシュする誉と、珍しく慌てて弁解する柴田の慌ただしい声が廊下に響き渡った。
──着付けが終わり、柴田の運転する車で佐野家へと向かった。
玄関の呼び鈴を鳴らす。門前にはしめ飾りと立派な門松が飾られていて、いよいよ新年を迎えるのだという高揚感が胸を満たした。
「こんばんはー」
「いらっしゃ──」
開いた扉の向こうにいたのは、和装に身を包んだ真一郎だった。
見慣れた制服姿でもラフなTシャツ姿でもない、初めて見る彼の凛々しい出で立ちに、誉は思わず息を呑んで見入ってしまう。
それは真一郎も同じだったらしく、初めて見る誉の艶やかな着物姿から目が離せないようだった。互いに時が止まったかのように、言葉もなく見つめ合ってしまう。
「……おい、まだ時間あるから上がれば?」
その時、奥からひょっこり顔を出した万次郎の声が響いた。
それでも反応のない二人。赤面したまま固まっている兄たちに、万次郎は怪訝そうな視線を向けると、呆れたように言い放つ。
「イチャつくならヨソでやってくんね?」
「「っな!?」」
その一言で一気に我に返った二人は、ロボットのようにギクシャクしながら慌てて家の中へと上がった。
「あ、──頭の」
アップにまとめた黒髪に、鮮やかに映える一本の簪。それに目を留めた真一郎が、歩きながらそっと誉に声をかける。
「あ、……ど、どう、ですか……?」
少し恥ずかしそうに、けれど不安そうに揺れる瞳で見上げる。
真一郎は耳までほんのり赤くしながら、けれど優しく目を細めた。
「すげぇ似合ってる。かわいい」
「か……っ!?」
直球すぎる称賛の言葉に、誉の顔は一瞬で茹で上がった蛸のようになる。そのあまりの分かりやすさに真一郎がふっと微笑むと、彼女の背にそっと手を添えて、優しくダイニングへとエスコートした。
***
「……何でおまえらもついて来くんだよ!?」
真一郎が吠えた先には、兄の後ろをついて歩く弟妹の姿があった。
「先輩、そんな意地悪言わないで」
「そうだそうだ、初詣はいっつもオレらと行くじゃん」
「真兄だけ誉ちゃんと初詣ズルい」
初詣デートの目論見が外れた真一郎は、項垂れ意気消沈していた。
「寧ろごめんね、家族水入らずのところ邪魔して。屋台で美味しいもの奢るね」
「「やったー!」」
バンザイをして喜ぶ幼い弟妹の姿に、誉は愛おしそうに目を細める。
その様子を横で見つめていた真一郎は、着物の袖を噛みながら「キーっ!」と本気で悔しがっていた。
***
──神社近くに差し掛かった頃。
「……どっかで見たような顔ぶればっかりだぁ」
人の波に流されながら鳥居をくぐる。境内へと続く通りの端には、提灯やライトに照らされた屋台がずらりと並んでいた。いわゆる的屋は、ヤクザの主な収入源のひとつとされている。
「え、もしかして神保の人も居んの!?」
「いや、ここには居ません。居たら来てません」
地元の広島ならともかく、流石にここで神保組が的屋をやっているとは聞いていない。
「先に屋台見よっか。二人はどれ食べたい?」
「オレたい焼き♪」
「ウチはチョコバナナ♪」
目的の屋台へ寄ると、コワモテが待ち構えていた。
しかし、こういう輩は外見によらず意外と気さくな人物が多いもので、
「らっしゃい!お、カワイイ子に覗いてもらえて俺ぁラッキーだなー。おねえさんいっぱい買ってって!たい焼き6個でもう1個おまけ入れるよー!」
「いやいや、そんなんで商売になるんです?」
「やりー!誉、オレ10個はいけるぞ!」
「ウチはクリーム味食べたい!」
「オイ、テメェ勝手に口説いてんじゃねぇぞオラ゛」
急に騒がしくなった一行を見て、屋台の大将が大笑いする。
「ありゃ?仲のいい姉弟かと思ったら、デキ婚ってやつか?若いってイイネー♪」
その一言に、一同フリーズする。
「ちょっ!?ち、ちち違います!!」
「えへへ、やっぱそう見えます?」
「先輩ッ!!」
調子のいい大将の口車にまんまと乗せられた真一郎。結局「じいちゃんへのお土産だ」と言い訳しながら10個もお買い上げとなった。
「はい、これは坊ちゃんと嬢ちゃんにおまけだ」
万次郎とエマへ、大将が好意であんことクリームのたい焼きを1個ずつおまけで差し出していた。
「「わーい!」」
そんな微笑ましいやり取りの最中だった。
突如、大将の視線が鋭く冷たいものへと変わる。何の前触れもない豹変ぶりに、真一郎と誉は何事かと息を呑んだ。
「……あんたら、尾けられてんじゃないか?」
二人に顔を寄せ、大将が低い小声で話し出す。
「え……?」
「さっきからこっち見てるよ。堅気 の目じゃねぇな、気ぃつけろ」
──筋者 。
付けられる謂れがあるとすれば、組長の娘だということを知って誉を監視──最悪、連れ去りを企んでいることを予見させた。
「わっ」
眉間を顰める誉の肩を、隣にいた真一郎が引き寄せ抱き込んできた。
「大丈夫だ、オレから離れるな」
「ど、どうしよう……万次郎とエマちゃんもいるのに……」
「この人込みなら下手に騒ぎ起こそうなんて思わねぇだろ。神社出るまでは動かねぇはず」
「で、出た後は……?」
「その前に撒く」
──嘘でしょ?
いくら何でも子ども二人を連れたまま、ましてや二人して着物に草履という格好だ。逃げ切れるかどうか──。
「あーうまかった!」
「つぎ、チョコバナナ!」
背後から響いた無邪気な声にハっとする。万次郎とエマは、既にたい焼きを平らげていた。
「よーし、チョコバナナの屋台はどこだー?」
「あっち!」
勢いよく駆けだす二人を追いかけるように、「転ぶなよ」と声をかけながら真一郎が歩き出す。
誉も遅れまいと必死についていく。雑踏のどこかに潜んでいるであろう敵の気配を探るように、周囲へと神経を尖らせながら──。
──暮れも押し詰まったとある日。
神保組東京支部事務所では、常駐する組員たちが必死の形相で組長令嬢を前に首を垂れていた。
「お嬢!頼みます!!」
「ワシらの顔を立ててやってつかーさい!!」
「ぜっっったいイヤ!!」
舎弟たちの必死な姿を一歩後ろから眺めながら、柴田が「だから言っただろう」と言わんばかりに呆れた顔で立っている。
「無理じゃ諦めぇ」
「柴田さん!組長不在の事務所なんじゃけえ、お嬢に出てもらわにゃあ締まらんのんですよ!」
「ほーよ!元旦付けで柴田さんが若頭に任命される。そがぁな目出度い日に、せっかく近くにおるお嬢が来んのじゃシラけちまう!」
「あのね、みんなと一緒に出歩いたらわたしの身元バレバレなの!」
事の発端は、柴田の若頭襲名が決まったことだった。毎年恒例の初詣でその記念すべき日を迎えるため、組員たちは「せっかくだから派手に威厳を示したい」と息巻いているのだ。組長不在の今、令嬢である誉が先頭に立てば、他組織への格好の牽制になるという魂胆らしい。
「じゃけぇ、それはお嬢の意思に反するし、まだ未成年やぞ。何考えとんじゃ」
「「「柴田さぁーん!」」」
泣きつく男どもを、「キモいんじゃ!」と柴田が容赦なく蹴散らす。
──新年の幕開けに襲名が重なって興奮する気持ちは分かる。だが、組員の身内というだけで一般人の自分が表に出るのはお門違いも甚だしい。巻き込まないでいただきたい。
誉は冷や汗をかきつつ、未だに往生際悪くうだうだと言い募る男たちの様子を覗っていた。
「お嬢、正月本家へ帰らんのでしょ?何処にも行かんのならワシらと一緒に神様に手ぇ合わせて家内安全を祈ってくれるだけでええんですよぉ……」
高校を卒業するまで帰らなくていい──そう父親に言われ上京してきたのは事実だが、だからといってこのむさ苦しい男たちを引き連れて歩くなんて御免被りたい。
このままではいつまでたっても目の前の男共は諦めてくれそうもないと悟り、ついに誉は、苦肉の策に打って出た。
「あるもん、予定……」
「……ええッ!?」
「し、真一郎先輩と初詣行く約束しとるもん!」
***
「──え? は、初詣!?」
まさか、そんな誘いを受けるとは思ってもみなかった。真一郎は歓喜のあまり、自室で思わず飛び跳ねそうになるのをどうにか踏みとどまる。
『あ、やっぱりご家族で行く予定でしたよね…… あの、無理にとは言わな』
「行く行く行く行く!!行くに決まってんだろ!!」
受話器の向こうの誉が気後れする前に、真一郎は必死に叫んだ。「家族となんていつでも行けるんだよばっきゃーろー!」と心の内が飛び出そうな勢いだ。
『よかったぁ、助かります!』
「助かる?」
首を傾げる真一郎を置き去りに、誉が慌てた様子で事の次第を話し始めた。
『実は今日、うちの組員たちに「初詣について来い」って迫られちゃって。そんなの知り合いに見られたらマズいって断ったんですけど、全然諦めてくれなくって……だから思わず、真一郎先輩と初詣に行く約束をしてるって言っちゃって……』
「……あーそーゆーコト」
相変わらず無自覚に振り回してくる誉。一瞬でも期待した己が恥ずかしい。
けれど、理由はどうあれ年越しデートができる。それだけで真一郎にとっては十分すぎる収穫だった。
『あの、先輩……いつも初詣って普段着で行きますか?』
「え? あ、うん。普段着だけど、どうした?」
『実は、みんなが勝手に盛り上がって、私の着物を用意しちゃったらしくて……せっかくだから着たいなと思ったんですけど、一人だけ和装だと浮いちゃいそうだから』
受話器から聞こえる少し照れたような声。それだけで、誉の晴れ着姿が脳内に鮮明に浮かび上がる。似合うに決まっているし、見たくてたまらない。
爆発しそうな欲望をどうにか抑え込み、真一郎は努めて平然を装って言った。
「じゃあさ、オレも着物着て行くよ。二人で着れば浮かないだろ?」
それを聞いた誉が、嬉しそうに顔をほころばせる姿が目に浮かぶ。そんな愛おしい妄想に胸を躍らせながら、真一郎は早くも大晦日が待ち遠しくて仕方がなかった。
***
──大晦日。
「はい。じゃあ肌着と長襦袢まで着てきてください」
柴田から手渡されたのは、一式揃った美しい着物の包みだった。誉の和装の着付けは、幼い頃からずっと彼の役目だ。
「柴田、このタオルは?」
「お嬢は上半身が華奢ですから、肌着の上から胸元に折り重ねて当ててください。その方が綺麗に仕上がりますので」
淡々と、実にあっさりとした説明。
それを聞いた誉の表情から、すうっ、と生気が消えていく。プロの着付け師も顔負けの気遣い──それにも関わらず、なんだか虚しさが込み上げてくるのはなぜだろう。
「……はっきり言えばいいじゃん!柴田のバカー!」
「あ、いやそんなつもりじゃ……!」
悲しみと一緒に胸元を押さえながら自室へ猛ダッシュする誉と、珍しく慌てて弁解する柴田の慌ただしい声が廊下に響き渡った。
──着付けが終わり、柴田の運転する車で佐野家へと向かった。
玄関の呼び鈴を鳴らす。門前にはしめ飾りと立派な門松が飾られていて、いよいよ新年を迎えるのだという高揚感が胸を満たした。
「こんばんはー」
「いらっしゃ──」
開いた扉の向こうにいたのは、和装に身を包んだ真一郎だった。
見慣れた制服姿でもラフなTシャツ姿でもない、初めて見る彼の凛々しい出で立ちに、誉は思わず息を呑んで見入ってしまう。
それは真一郎も同じだったらしく、初めて見る誉の艶やかな着物姿から目が離せないようだった。互いに時が止まったかのように、言葉もなく見つめ合ってしまう。
「……おい、まだ時間あるから上がれば?」
その時、奥からひょっこり顔を出した万次郎の声が響いた。
それでも反応のない二人。赤面したまま固まっている兄たちに、万次郎は怪訝そうな視線を向けると、呆れたように言い放つ。
「イチャつくならヨソでやってくんね?」
「「っな!?」」
その一言で一気に我に返った二人は、ロボットのようにギクシャクしながら慌てて家の中へと上がった。
「あ、──頭の」
アップにまとめた黒髪に、鮮やかに映える一本の簪。それに目を留めた真一郎が、歩きながらそっと誉に声をかける。
「あ、……ど、どう、ですか……?」
少し恥ずかしそうに、けれど不安そうに揺れる瞳で見上げる。
真一郎は耳までほんのり赤くしながら、けれど優しく目を細めた。
「すげぇ似合ってる。かわいい」
「か……っ!?」
直球すぎる称賛の言葉に、誉の顔は一瞬で茹で上がった蛸のようになる。そのあまりの分かりやすさに真一郎がふっと微笑むと、彼女の背にそっと手を添えて、優しくダイニングへとエスコートした。
***
「……何でおまえらもついて来くんだよ!?」
真一郎が吠えた先には、兄の後ろをついて歩く弟妹の姿があった。
「先輩、そんな意地悪言わないで」
「そうだそうだ、初詣はいっつもオレらと行くじゃん」
「真兄だけ誉ちゃんと初詣ズルい」
初詣デートの目論見が外れた真一郎は、項垂れ意気消沈していた。
「寧ろごめんね、家族水入らずのところ邪魔して。屋台で美味しいもの奢るね」
「「やったー!」」
バンザイをして喜ぶ幼い弟妹の姿に、誉は愛おしそうに目を細める。
その様子を横で見つめていた真一郎は、着物の袖を噛みながら「キーっ!」と本気で悔しがっていた。
***
──神社近くに差し掛かった頃。
「……どっかで見たような顔ぶればっかりだぁ」
人の波に流されながら鳥居をくぐる。境内へと続く通りの端には、提灯やライトに照らされた屋台がずらりと並んでいた。いわゆる的屋は、ヤクザの主な収入源のひとつとされている。
「え、もしかして神保の人も居んの!?」
「いや、ここには居ません。居たら来てません」
地元の広島ならともかく、流石にここで神保組が的屋をやっているとは聞いていない。
「先に屋台見よっか。二人はどれ食べたい?」
「オレたい焼き♪」
「ウチはチョコバナナ♪」
目的の屋台へ寄ると、コワモテが待ち構えていた。
しかし、こういう輩は外見によらず意外と気さくな人物が多いもので、
「らっしゃい!お、カワイイ子に覗いてもらえて俺ぁラッキーだなー。おねえさんいっぱい買ってって!たい焼き6個でもう1個おまけ入れるよー!」
「いやいや、そんなんで商売になるんです?」
「やりー!誉、オレ10個はいけるぞ!」
「ウチはクリーム味食べたい!」
「オイ、テメェ勝手に口説いてんじゃねぇぞオラ゛」
急に騒がしくなった一行を見て、屋台の大将が大笑いする。
「ありゃ?仲のいい姉弟かと思ったら、デキ婚ってやつか?若いってイイネー♪」
その一言に、一同フリーズする。
「ちょっ!?ち、ちち違います!!」
「えへへ、やっぱそう見えます?」
「先輩ッ!!」
調子のいい大将の口車にまんまと乗せられた真一郎。結局「じいちゃんへのお土産だ」と言い訳しながら10個もお買い上げとなった。
「はい、これは坊ちゃんと嬢ちゃんにおまけだ」
万次郎とエマへ、大将が好意であんことクリームのたい焼きを1個ずつおまけで差し出していた。
「「わーい!」」
そんな微笑ましいやり取りの最中だった。
突如、大将の視線が鋭く冷たいものへと変わる。何の前触れもない豹変ぶりに、真一郎と誉は何事かと息を呑んだ。
「……あんたら、尾けられてんじゃないか?」
二人に顔を寄せ、大将が低い小声で話し出す。
「え……?」
「さっきからこっち見てるよ。
──
付けられる謂れがあるとすれば、組長の娘だということを知って誉を監視──最悪、連れ去りを企んでいることを予見させた。
「わっ」
眉間を顰める誉の肩を、隣にいた真一郎が引き寄せ抱き込んできた。
「大丈夫だ、オレから離れるな」
「ど、どうしよう……万次郎とエマちゃんもいるのに……」
「この人込みなら下手に騒ぎ起こそうなんて思わねぇだろ。神社出るまでは動かねぇはず」
「で、出た後は……?」
「その前に撒く」
──嘘でしょ?
いくら何でも子ども二人を連れたまま、ましてや二人して着物に草履という格好だ。逃げ切れるかどうか──。
「あーうまかった!」
「つぎ、チョコバナナ!」
背後から響いた無邪気な声にハっとする。万次郎とエマは、既にたい焼きを平らげていた。
「よーし、チョコバナナの屋台はどこだー?」
「あっち!」
勢いよく駆けだす二人を追いかけるように、「転ぶなよ」と声をかけながら真一郎が歩き出す。
誉も遅れまいと必死についていく。雑踏のどこかに潜んでいるであろう敵の気配を探るように、周囲へと神経を尖らせながら──。
