本編(改)
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2.Flower of bravery(1)
佐野真一郎との出会いから、一週間がたった。
あの女子生徒たちは、遠巻きに見てくることはあったもののちょっかいを出してくることはなくなり、これまでの出来事が嘘のように誉は穏やかな学校生活を送っていた。
──始業前、窓際の自席に座っていると、
「誉ちゃん、おはよ!」
「おはよう、こずえちゃん」
誉は笑顔で返した相手は、同じクラスの住田こずえ。
あの日、誉がクラスメイトに絡まれているのを気にかけ、翌日声をかけてきてくれたのをきっかけに仲を深めた間柄だ。
「誉ちゃん、昨日の数学の宿題、ここ分からなくって……」
教えてほしい、とこずえがお願いのポーズをしている。
いいよと返す誉は、初めての女友達との交流に、戸惑いながらも心躍らせていた。
「そういえば、佐野先輩とあれから会ったの?」
「ううん。全然見かけなくて……」
誉は、あの一件以来、真一郎と顔を合わせていなかった。移動教室で二年の教室前を通ることもあったが、それらしき人物とすれ違うことすら叶わなかった。
学校に来てないのかもしれない。不良なのだ。学校をサボることも珍しくないだろう──。
そこまで期待しているわけではなかったが、「守る」と宣言しておきながら放置されている状況に、誉とて思うところがないわけではない。
「でも、やっぱりあんま近づかない方がいいと思う。あの人もヤンキーなんだしさ」
そう忠告するこずえは、真一郎と同じ中学校出身だったようで、彼のことを驚くほどよく知っていた。声を潜め、少し心配そうに誉の顔を覗き込む。
「うん……。でも、無闇に他人を傷つけるような人には見えなかったよ。わたしのこと助けてくれたし」
こずえが心配するようなことはきっと無い。他人を納得させるほどの根拠はないが、誉は彼が悪人だとは到底思えなかった。
あの日、僅かな時間を共に過ごした中で、彼の芯の通った人柄と優しさに触れたから──。
「でも、変なことされたらすぐ相談してね!」
変なこと──そういえば、会って間もなく打たれた頬を撫でられたことがあった。ああいうのは、変なことに入るんだろうか──。
「お、いたいた」
誉が、変なことのボーダーラインを考えはじめた矢先、不意に聞こえた声に思わず振り向く。聞き覚えのある声だと思った瞬間、教室内が一気にざわついた。
そこには、今まさに話題に上がっている人物、佐野真一郎が立っていた。
「真一郎先輩……!」
誉は思わず名を呼んだ。一週間ぶりに見る姿に、少しばかり緊張する。彼は、変わらないあの人懐っこい笑顔で、誉の座る席へ向かって入ってきた。
「久しぶり」
「先輩、全然見かけないから学校来てないんだと思ってました」
「ああ。午前中だけいたり昼から来たりしてたかな」
ははっと悪びれもせず、堂々たるサボってました宣言だった。もしかして、何かあったのでは……とも考えていたが、そんな心配は杞憂に終わる。
「なぁ、今日の昼休み、空いてる?」
「え?」
「飯食った後でいいからさ、屋上来てよ。待ってるから」
真一郎はそれだけ言うと、軽く手を上げて教室を出ていった。
わざわざ屋上で何の話があるのだろうかと疑問に思ったが、まぁ行けばわかるだろうと納得したその時、
「……ん?」
妙に静まり返った教室に、誉がはたと周囲を見回す。クラス全員の視線を浴びていた。
「誉ちゃん。一年の間でも佐野先輩は有名なんだよ」
きょとんとしている誉に、こずえが呆れ声で言った。
「そ、そうなんだ……」
入学から1ヶ月もしないうちに、ここまで顔と名が知れ渡っているとは、佐野真一郎恐るべし──。
誉、は注がれる視線から静かに目を逸らした。
──昼休憩。
こずえと昼食を済ませた誉は、屋上へ続く階段を昇っていた。
こずえに「一人で行って大丈夫なの!?」と直前まで引き留められたが、万が一何かあったとしても、真一郎一人なら逃げ切れる自信があった。
「何年もいじめっ子から逃げ回っていた誉さんの脚力、舐めたらいけんよ」
誉は、運動会の徒競走で毎回トップを飾っていたほど、逃げ足はピカイチであった。
そんなことを考えているうち、屋上へ続く扉の前まで来たところで、その向こうから話し声が聞こえてきた。
真一郎の他にも誰かがいる──。思わず立ち止まり、静かに耳を澄ませてみた。それから、ゆっくりと扉を開けて屋上へと出た。そろりと陰から様子を窺い見る。
そこには、男子生徒三人がフェンスに向かって誰かを取り囲む形で立っていた。
「おい、佐野。テメェ最近また調子にのってんだってなぁ?」
「こないだ、お前んとこのヤツに世話んなったダチがいてよぉ。どう落とし前つけてくれんだ?」
そこにいたのは、三人の上級生らしき男子たちだった。そのうち二人が威圧的な口調で詰め寄っている。
「……ねぇ先輩たち。校内で騒ぎはマズくないっスか?謹慎解けたばっかでしょ?」
と真一郎が冷静に返す声が聞こえてくる。
「ぁあ?随分と余裕だなぁ、佐野真一郎クンよぉ」
明らかにやる気満々の三人組に、これはピンチなのでは──?と誉は焦った。総長というくらいだからそこそこ強いんだろうが、多勢に無勢では一方的に殴られて終わりという可能性もある。
ここは、自分が先生を呼んでくる他ない──!そう誉が固唾を呑んで見ていたその時、ギギギィ──という錆びついた音と共に、風に煽られた扉が勢いよく閉まった。
マズい──!そう思ったときには、不良たち全員が誉の方へと振り向いていて、
「あ?おい誰だ。見せモンじゃねぇぞオラ」
とお約束のセリフを吐いてきた。
誉の姿を捉えたらしい真一郎は、しまった、と言わんばかりに目を見開いていて、
「誉!こっち来んな!戻れッ!!」
真一郎が鋭く叫ぶ。彼の声には、焦りの色が滲んでいた。
その言葉を聞いて、引き返した方がよさそうだと判断した誉は、急ぎ扉に手をかけて、
ガチャガチャ──……
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ──!
押しても引いても扉が開かなかった。勢いよく閉まったせいなのか、びくともしない。
「……真一郎先輩!扉が開きませんッ!!」
「はぁ!?」
思いもよらぬピンチが誉を襲った。
「……この女、佐野の知り合いみたいだな」
「そういやさっき、一年が佐野と女が仲良く話してたって噂してたよな」
「そりゃあいい」
と、三人のうちの二人が誉の方に向かって近づいてきた。
──嫌な予感がこうも早く的中するなんて。主婦と高校生の噂話は爆速で広がるということを、誉は身を以て体験した。
「おい!その子はカンケーねーだろッ!!」
誉に近寄っていく二人を追いかける真一郎を、傍にいた一人が殴り止める。
「先輩ッ!!」
見ているこっちが痛い見事なストレートが、真一郎の左頬にヒットした。
「こ……んの……ッ」
「どーしたぁ佐野?かかってこいよ。喧嘩は大したことねぇってウワサ本当なのかぁ?」
立ち上がりはするが、真一郎は積極的に反撃しようとしていない。
その姿に誉は目を瞠った。“喧嘩は大したことない”、とはどういうことだ。あれだけ他校の不良に恐れられている黒龍の総長が、喧嘩が弱いなんてありえるのか──。
「おーい。俺らとも仲良くしてくれよぉ」
誉は、肩を揺らした。こちらもピンチであった。上級生の二人は、勝ち誇ったようにニヤついた顔ですぐそこまで迫ってきていた。
「この女痛めつけりゃぁ、佐野も大人しくなんだろ」
「よく見りゃ結構いいツラしてんな。オレ好み」
「おいッ、やめろッ!!」
真一郎の焦る声が聞こえる。しかし、彼の助けは期待できないかもしれない──覚悟を決めた誉は、震える身体に力を込めると目の前の的に集中した。
「オラ、こっち来いよ」
手前の男が誉の手首を掴んできた。その時、
「い──ッ!?」
誉は、掴まれた手首を解き男の片腕を抱え取る。その刹那、男の体が僅かに宙を舞い、勢いよくうつ伏せに倒れた。
佐野真一郎との出会いから、一週間がたった。
あの女子生徒たちは、遠巻きに見てくることはあったもののちょっかいを出してくることはなくなり、これまでの出来事が嘘のように誉は穏やかな学校生活を送っていた。
──始業前、窓際の自席に座っていると、
「誉ちゃん、おはよ!」
「おはよう、こずえちゃん」
誉は笑顔で返した相手は、同じクラスの住田こずえ。
あの日、誉がクラスメイトに絡まれているのを気にかけ、翌日声をかけてきてくれたのをきっかけに仲を深めた間柄だ。
「誉ちゃん、昨日の数学の宿題、ここ分からなくって……」
教えてほしい、とこずえがお願いのポーズをしている。
いいよと返す誉は、初めての女友達との交流に、戸惑いながらも心躍らせていた。
「そういえば、佐野先輩とあれから会ったの?」
「ううん。全然見かけなくて……」
誉は、あの一件以来、真一郎と顔を合わせていなかった。移動教室で二年の教室前を通ることもあったが、それらしき人物とすれ違うことすら叶わなかった。
学校に来てないのかもしれない。不良なのだ。学校をサボることも珍しくないだろう──。
そこまで期待しているわけではなかったが、「守る」と宣言しておきながら放置されている状況に、誉とて思うところがないわけではない。
「でも、やっぱりあんま近づかない方がいいと思う。あの人もヤンキーなんだしさ」
そう忠告するこずえは、真一郎と同じ中学校出身だったようで、彼のことを驚くほどよく知っていた。声を潜め、少し心配そうに誉の顔を覗き込む。
「うん……。でも、無闇に他人を傷つけるような人には見えなかったよ。わたしのこと助けてくれたし」
こずえが心配するようなことはきっと無い。他人を納得させるほどの根拠はないが、誉は彼が悪人だとは到底思えなかった。
あの日、僅かな時間を共に過ごした中で、彼の芯の通った人柄と優しさに触れたから──。
「でも、変なことされたらすぐ相談してね!」
変なこと──そういえば、会って間もなく打たれた頬を撫でられたことがあった。ああいうのは、変なことに入るんだろうか──。
「お、いたいた」
誉が、変なことのボーダーラインを考えはじめた矢先、不意に聞こえた声に思わず振り向く。聞き覚えのある声だと思った瞬間、教室内が一気にざわついた。
そこには、今まさに話題に上がっている人物、佐野真一郎が立っていた。
「真一郎先輩……!」
誉は思わず名を呼んだ。一週間ぶりに見る姿に、少しばかり緊張する。彼は、変わらないあの人懐っこい笑顔で、誉の座る席へ向かって入ってきた。
「久しぶり」
「先輩、全然見かけないから学校来てないんだと思ってました」
「ああ。午前中だけいたり昼から来たりしてたかな」
ははっと悪びれもせず、堂々たるサボってました宣言だった。もしかして、何かあったのでは……とも考えていたが、そんな心配は杞憂に終わる。
「なぁ、今日の昼休み、空いてる?」
「え?」
「飯食った後でいいからさ、屋上来てよ。待ってるから」
真一郎はそれだけ言うと、軽く手を上げて教室を出ていった。
わざわざ屋上で何の話があるのだろうかと疑問に思ったが、まぁ行けばわかるだろうと納得したその時、
「……ん?」
妙に静まり返った教室に、誉がはたと周囲を見回す。クラス全員の視線を浴びていた。
「誉ちゃん。一年の間でも佐野先輩は有名なんだよ」
きょとんとしている誉に、こずえが呆れ声で言った。
「そ、そうなんだ……」
入学から1ヶ月もしないうちに、ここまで顔と名が知れ渡っているとは、佐野真一郎恐るべし──。
誉、は注がれる視線から静かに目を逸らした。
──昼休憩。
こずえと昼食を済ませた誉は、屋上へ続く階段を昇っていた。
こずえに「一人で行って大丈夫なの!?」と直前まで引き留められたが、万が一何かあったとしても、真一郎一人なら逃げ切れる自信があった。
「何年もいじめっ子から逃げ回っていた誉さんの脚力、舐めたらいけんよ」
誉は、運動会の徒競走で毎回トップを飾っていたほど、逃げ足はピカイチであった。
そんなことを考えているうち、屋上へ続く扉の前まで来たところで、その向こうから話し声が聞こえてきた。
真一郎の他にも誰かがいる──。思わず立ち止まり、静かに耳を澄ませてみた。それから、ゆっくりと扉を開けて屋上へと出た。そろりと陰から様子を窺い見る。
そこには、男子生徒三人がフェンスに向かって誰かを取り囲む形で立っていた。
「おい、佐野。テメェ最近また調子にのってんだってなぁ?」
「こないだ、お前んとこのヤツに世話んなったダチがいてよぉ。どう落とし前つけてくれんだ?」
そこにいたのは、三人の上級生らしき男子たちだった。そのうち二人が威圧的な口調で詰め寄っている。
「……ねぇ先輩たち。校内で騒ぎはマズくないっスか?謹慎解けたばっかでしょ?」
と真一郎が冷静に返す声が聞こえてくる。
「ぁあ?随分と余裕だなぁ、佐野真一郎クンよぉ」
明らかにやる気満々の三人組に、これはピンチなのでは──?と誉は焦った。総長というくらいだからそこそこ強いんだろうが、多勢に無勢では一方的に殴られて終わりという可能性もある。
ここは、自分が先生を呼んでくる他ない──!そう誉が固唾を呑んで見ていたその時、ギギギィ──という錆びついた音と共に、風に煽られた扉が勢いよく閉まった。
マズい──!そう思ったときには、不良たち全員が誉の方へと振り向いていて、
「あ?おい誰だ。見せモンじゃねぇぞオラ」
とお約束のセリフを吐いてきた。
誉の姿を捉えたらしい真一郎は、しまった、と言わんばかりに目を見開いていて、
「誉!こっち来んな!戻れッ!!」
真一郎が鋭く叫ぶ。彼の声には、焦りの色が滲んでいた。
その言葉を聞いて、引き返した方がよさそうだと判断した誉は、急ぎ扉に手をかけて、
ガチャガチャ──……
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ──!
押しても引いても扉が開かなかった。勢いよく閉まったせいなのか、びくともしない。
「……真一郎先輩!扉が開きませんッ!!」
「はぁ!?」
思いもよらぬピンチが誉を襲った。
「……この女、佐野の知り合いみたいだな」
「そういやさっき、一年が佐野と女が仲良く話してたって噂してたよな」
「そりゃあいい」
と、三人のうちの二人が誉の方に向かって近づいてきた。
──嫌な予感がこうも早く的中するなんて。主婦と高校生の噂話は爆速で広がるということを、誉は身を以て体験した。
「おい!その子はカンケーねーだろッ!!」
誉に近寄っていく二人を追いかける真一郎を、傍にいた一人が殴り止める。
「先輩ッ!!」
見ているこっちが痛い見事なストレートが、真一郎の左頬にヒットした。
「こ……んの……ッ」
「どーしたぁ佐野?かかってこいよ。喧嘩は大したことねぇってウワサ本当なのかぁ?」
立ち上がりはするが、真一郎は積極的に反撃しようとしていない。
その姿に誉は目を瞠った。“喧嘩は大したことない”、とはどういうことだ。あれだけ他校の不良に恐れられている黒龍の総長が、喧嘩が弱いなんてありえるのか──。
「おーい。俺らとも仲良くしてくれよぉ」
誉は、肩を揺らした。こちらもピンチであった。上級生の二人は、勝ち誇ったようにニヤついた顔ですぐそこまで迫ってきていた。
「この女痛めつけりゃぁ、佐野も大人しくなんだろ」
「よく見りゃ結構いいツラしてんな。オレ好み」
「おいッ、やめろッ!!」
真一郎の焦る声が聞こえる。しかし、彼の助けは期待できないかもしれない──覚悟を決めた誉は、震える身体に力を込めると目の前の的に集中した。
「オラ、こっち来いよ」
手前の男が誉の手首を掴んできた。その時、
「い──ッ!?」
誉は、掴まれた手首を解き男の片腕を抱え取る。その刹那、男の体が僅かに宙を舞い、勢いよくうつ伏せに倒れた。
