本編(改)
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
8.Life is impermanence(2)
真一郎が、何故ここまで誉に夢中なのか、沖田はいまだ腑に落ちていなかった。
確かに歌声は自分も聞き惚れたし、見た目だってかわいいと思う。
だが、真一郎がこれまで告白してきた女子とはまるで毛色が違う。好みのど真ん中──というわけではないはずだ。
「沖田先輩。あの……真一郎先輩、めっちゃ怒ってた気がするんですけど……大丈夫だったんでしょうか……?」
ギターの弦を一本ずつ確かめていた誉が、不安げに眉を寄せて声を掛ける。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ギター弾けるようになって、誉ちゃんがデートに誘ってあげたら一瞬で機嫌直すって」
あれは、単に面白がって突付いてみただけ。たまたま良いところに居合わせたから、ついからかいたくなったのだ。
「デ!?デート……そんなので機嫌戻るかな……」
更に面白いのが、誉が真一郎の好意に全く気付いていないことだ。
「誉ちゃんはさ、佐野のどこが良くて仲良くしてんの?」
「え……?」
「アイツ不良だし、女子にはことごとくフラれてるし、クラスで話すのも俺くらいだぞ?」
練習が終われば、こんな話をする機会も当分ない。ずっと胸の奥でくすぶっていた疑問を、沖田が思い切ってぶつけてみれば、
「『おまえなら絶対できる』……って言ってくれるから」
「え?」
誉は、弦を押さえた指先を止め、小さく息を吸った。
「わたし、小学生の時からいじめられてて……。中学上がったらもっと陰湿になっちゃって、授業に出られない日もあって……。医大を目指してたから、このままじゃまずいなと思って、地元を離れて東京に来たんです」
「そう、だったんだ……」
微塵も想像していない過去だった。てっきり勉強ができる裕福なお嬢様で──苦労とは無縁の女の子だとばかり。
「なのに、入学早々絡まれちゃって。その時、真一郎先輩が助けてくれたんです。……『俺が守ってやるから、絶対夢諦めるな』って言ってくれて」
そんな少女漫画みたいな出会い方しておいて、何故いまだ進展ゼロなのか。全校生徒が首を傾げるぞ──。と沖田が内心でツッコむ。
「真一郎先輩は、わたしの……初めての友達になってくれた人なんです。わたしのこと、いつも信じてくれるんです」
ここまで懐かれたら、そりゃ情も湧くだろう。それに、どうやら誉にはまだ自分が知らない“深い魅力”があるらしい──。
そんな予感を、沖田はふと覚えた。
「なるほどね……ごめん、辛いこと思い出させた?」
「いえ、お気になさらず」
ここから更に踏み込むのは、さすがに無粋か、と沖田は軽く息を吐いて、話題をそっと切り替えた。
「アコギの弾き語り、アイツに聴かせるんだろ?そのためにこっそり練習してたって知ったら、絶対泣くぞあいつ」
「そ……!そう、かな……」
そう言って、頬を染めた誉は俯いた。
全く脈無しというわけではないらしい──。その微笑ましい姿に、青春という甘酸っぱさが音もなく胸に広がった。
***
『真一郎先輩。わたし、沖田先輩とお付き合いすることにしました』
──え?おい嘘だろ……?
『不良の先輩より、優しくてかっこいい沖田先輩と一緒にいた方が安心して勉強に専念できます。だから、さようなら』
やめろ──。
そんな顔で言うな──。
そんな声で言うな──。
誉が離れていく後ろ姿が、視界の奥で薄い靄みたいに遠ざかる。
伸ばした指先が、触れそうで触れられない。
「誉!!待ってくっ……!」
──その瞬間、視界がぐるりと反転した。
ドンッ!
「ッ……いってぇ……」
額に鋭い衝撃が走った。
真一郎が、畳に転がったまま頭を押さえていると、
「……やっと起きたか」
「へ……武臣……?」
重たい瞼を上げれば、明司が壁にもたれて煙草をくゆらせていた。
──ここは、明司の部屋。ベッドから落ちたはずみで打ち付けた痛みに耐えながら、真一郎は思い出す。
ヤケクソでコーラをがぶ飲みし、今日の愚痴を延々まくし立てて、そのままぶっ倒れるように寝たのだ。
「もう日が暮れたぞ」
「……あぁ、悪ぃ……」
ズキズキする額をさすりながら起き上がる。寝起きでぼんやりした頭の奥では、まださっきの悪夢の残像がくすぶっていた。
「よその男に取られたんなら、奪い返してくればいーじゃねぇか」
「お前……人の気も知らねーで楽しんでるだろ……」
思わず睨むが、明司は知らん顔をして口元をニヤリと持ち上げた。
「誉がそいつのこと好きって言ったわけでもねぇんだろ?」
「言ってねーけど……一緒に出掛けること隠してたってことはさ……気があるってことじゃん……?」
口に出した瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。
もし本当にそうだったら──と考えた途端、あの夢が妙に現実味を帯びてくる。
「そーかぁ?」
明司はどこか含みのある声で言った。
「そんなうじうじ悩むくらいなら、本人に聞いてみろ」
明司が煙草を灰皿に押しつけながら、面倒くさそうに言い捨てる。
「んで、聞くついでに言っちまえ」
簡単に言ってくれる──。
深く息を吐いた真一郎は、寝癖で崩れたリーゼントをガシガシと混ぜた。
***
誉は、ギターケースを背負い、真一郎の教室の前でそっと足を止めた。
放課後の廊下はざわめきが遠ざかりつつあり、その静けさが胸にほのかな物寂しさを落とす。
「……やっぱ、もう帰ってるよね」
今日、沖田に見てもらった練習は手応えがあった。強弱も音色も、これなら上出来──と太鼓判を押してもらったところで、
「仲直り、しようと思ったんだけど……」
あの日の不機嫌な顔を見てから会っていない。
仲直りと言っても、喧嘩をしたわけではないのだが。しかし、このままでは落ち着かず、胸の奥はずっとざらついたままだ。
ちゃんと話をつけないと──。
誉はそう決めて、下駄箱へ向かって歩き出す。夕方の風は、冬の気配を運んでいた。
「あ……」
校門を抜けたところで、見慣れた影が目に飛び込んできた。
黒いバイク。そして、夕日を背に立つリーゼント──。
「真一郎先輩……!」
真一郎が気づき、
「……よぉ。ケツ乗れよ」
ほんの一瞬だけ視線をそらしてから、どこかぶっきらぼうに告げた。
相変わらず機嫌は直っていないようだった。しかし、探し人が現れて好都合。
誉は小走りで駆け寄って、バブの後ろへそっと跨った。
真一郎が、何故ここまで誉に夢中なのか、沖田はいまだ腑に落ちていなかった。
確かに歌声は自分も聞き惚れたし、見た目だってかわいいと思う。
だが、真一郎がこれまで告白してきた女子とはまるで毛色が違う。好みのど真ん中──というわけではないはずだ。
「沖田先輩。あの……真一郎先輩、めっちゃ怒ってた気がするんですけど……大丈夫だったんでしょうか……?」
ギターの弦を一本ずつ確かめていた誉が、不安げに眉を寄せて声を掛ける。
「あぁ、大丈夫大丈夫。ギター弾けるようになって、誉ちゃんがデートに誘ってあげたら一瞬で機嫌直すって」
あれは、単に面白がって突付いてみただけ。たまたま良いところに居合わせたから、ついからかいたくなったのだ。
「デ!?デート……そんなので機嫌戻るかな……」
更に面白いのが、誉が真一郎の好意に全く気付いていないことだ。
「誉ちゃんはさ、佐野のどこが良くて仲良くしてんの?」
「え……?」
「アイツ不良だし、女子にはことごとくフラれてるし、クラスで話すのも俺くらいだぞ?」
練習が終われば、こんな話をする機会も当分ない。ずっと胸の奥でくすぶっていた疑問を、沖田が思い切ってぶつけてみれば、
「『おまえなら絶対できる』……って言ってくれるから」
「え?」
誉は、弦を押さえた指先を止め、小さく息を吸った。
「わたし、小学生の時からいじめられてて……。中学上がったらもっと陰湿になっちゃって、授業に出られない日もあって……。医大を目指してたから、このままじゃまずいなと思って、地元を離れて東京に来たんです」
「そう、だったんだ……」
微塵も想像していない過去だった。てっきり勉強ができる裕福なお嬢様で──苦労とは無縁の女の子だとばかり。
「なのに、入学早々絡まれちゃって。その時、真一郎先輩が助けてくれたんです。……『俺が守ってやるから、絶対夢諦めるな』って言ってくれて」
そんな少女漫画みたいな出会い方しておいて、何故いまだ進展ゼロなのか。全校生徒が首を傾げるぞ──。と沖田が内心でツッコむ。
「真一郎先輩は、わたしの……初めての友達になってくれた人なんです。わたしのこと、いつも信じてくれるんです」
ここまで懐かれたら、そりゃ情も湧くだろう。それに、どうやら誉にはまだ自分が知らない“深い魅力”があるらしい──。
そんな予感を、沖田はふと覚えた。
「なるほどね……ごめん、辛いこと思い出させた?」
「いえ、お気になさらず」
ここから更に踏み込むのは、さすがに無粋か、と沖田は軽く息を吐いて、話題をそっと切り替えた。
「アコギの弾き語り、アイツに聴かせるんだろ?そのためにこっそり練習してたって知ったら、絶対泣くぞあいつ」
「そ……!そう、かな……」
そう言って、頬を染めた誉は俯いた。
全く脈無しというわけではないらしい──。その微笑ましい姿に、青春という甘酸っぱさが音もなく胸に広がった。
***
『真一郎先輩。わたし、沖田先輩とお付き合いすることにしました』
──え?おい嘘だろ……?
『不良の先輩より、優しくてかっこいい沖田先輩と一緒にいた方が安心して勉強に専念できます。だから、さようなら』
やめろ──。
そんな顔で言うな──。
そんな声で言うな──。
誉が離れていく後ろ姿が、視界の奥で薄い靄みたいに遠ざかる。
伸ばした指先が、触れそうで触れられない。
「誉!!待ってくっ……!」
──その瞬間、視界がぐるりと反転した。
ドンッ!
「ッ……いってぇ……」
額に鋭い衝撃が走った。
真一郎が、畳に転がったまま頭を押さえていると、
「……やっと起きたか」
「へ……武臣……?」
重たい瞼を上げれば、明司が壁にもたれて煙草をくゆらせていた。
──ここは、明司の部屋。ベッドから落ちたはずみで打ち付けた痛みに耐えながら、真一郎は思い出す。
ヤケクソでコーラをがぶ飲みし、今日の愚痴を延々まくし立てて、そのままぶっ倒れるように寝たのだ。
「もう日が暮れたぞ」
「……あぁ、悪ぃ……」
ズキズキする額をさすりながら起き上がる。寝起きでぼんやりした頭の奥では、まださっきの悪夢の残像がくすぶっていた。
「よその男に取られたんなら、奪い返してくればいーじゃねぇか」
「お前……人の気も知らねーで楽しんでるだろ……」
思わず睨むが、明司は知らん顔をして口元をニヤリと持ち上げた。
「誉がそいつのこと好きって言ったわけでもねぇんだろ?」
「言ってねーけど……一緒に出掛けること隠してたってことはさ……気があるってことじゃん……?」
口に出した瞬間、胸がぎゅっと痛んだ。
もし本当にそうだったら──と考えた途端、あの夢が妙に現実味を帯びてくる。
「そーかぁ?」
明司はどこか含みのある声で言った。
「そんなうじうじ悩むくらいなら、本人に聞いてみろ」
明司が煙草を灰皿に押しつけながら、面倒くさそうに言い捨てる。
「んで、聞くついでに言っちまえ」
簡単に言ってくれる──。
深く息を吐いた真一郎は、寝癖で崩れたリーゼントをガシガシと混ぜた。
***
誉は、ギターケースを背負い、真一郎の教室の前でそっと足を止めた。
放課後の廊下はざわめきが遠ざかりつつあり、その静けさが胸にほのかな物寂しさを落とす。
「……やっぱ、もう帰ってるよね」
今日、沖田に見てもらった練習は手応えがあった。強弱も音色も、これなら上出来──と太鼓判を押してもらったところで、
「仲直り、しようと思ったんだけど……」
あの日の不機嫌な顔を見てから会っていない。
仲直りと言っても、喧嘩をしたわけではないのだが。しかし、このままでは落ち着かず、胸の奥はずっとざらついたままだ。
ちゃんと話をつけないと──。
誉はそう決めて、下駄箱へ向かって歩き出す。夕方の風は、冬の気配を運んでいた。
「あ……」
校門を抜けたところで、見慣れた影が目に飛び込んできた。
黒いバイク。そして、夕日を背に立つリーゼント──。
「真一郎先輩……!」
真一郎が気づき、
「……よぉ。ケツ乗れよ」
ほんの一瞬だけ視線をそらしてから、どこかぶっきらぼうに告げた。
相変わらず機嫌は直っていないようだった。しかし、探し人が現れて好都合。
誉は小走りで駆け寄って、バブの後ろへそっと跨った。
