本編
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中央(三)
大きな窓から差し込む日没間近の夕陽が、執務室を柔らかな橙に染めていた。しかし、その穏やかな薄光とは裏腹に、部屋には重く張りつめた空気が漂っている。
突如現れた有坂が「菊乃に会いに来た」と告げた瞬間、その場にいた者たちは言葉を失った。
鯉登は目を見開き、次いで顔を歪める。
「どうやら一歩遅かったようだねッ!」
長年、爆音轟く銃器開発に携わってきたせいか、彼は耳が遠く普段から声が大きい。朗々と響くその声は、遠く廊下の向こうにまで届くほどだ。
「恐れながら有坂閣下ッ!何故菊乃さんのことを……ッ?」
月島は、予め人払いをしておいたことに安堵しつつ、彼に伝わるようにと声を張った。
「全て整ったことを急ぎ知らせようと思ってねぇッ!鶴見くんからの頼まれ事だったんだが……ほらッ、私も鶴見くんに協力していたことを咎められてしまっただろうッ?そのせいで余計に時間がかかってしまったものだからッ!」
有坂の答えに、鯉登と月島は同時に息を呑む。
「つ、鶴見中尉殿は一体何を……ッ!」
つい出た言葉の続きを飲み込むように、鯉登は拳を握りしめた。今は一秒でも時間が惜しい。
「申し訳ありません閣下ッ。今は時間が」
「菊乃くんのことなら心配いらないよッ。芹沢は絶対彼女に手出しはできないからねッ!」
そのはっきりとした断言に、四人は唖然とした顔で有坂を見た。
それはどういうことか、と問いかける暇も与えず、次に有坂は時計を取り出し、
「どの道、函館の連絡船には明日の便に乗るしかなさそうだッ。順を追って説明するとしようッ!……ところで」
ふと口を止めた。有坂は、月島の隣に立つ見慣れぬ人物に目を留めた。
「客人かねッ?」
「あ、あぁ。この者たちは──」
「分かったぞッ!菊乃くんを保護していたというアイヌの者たちかなッ?」
「おい、月島軍曹。この喧しいジイさんも中央の人げ──イタッ!」
「口を慎め」
月島の拳骨が杉本の頭部を突いた。その様子を横目で見ていたアシㇼパが、視線を有坂へと移す。
「アシㇼパだ。……菊乃に危険が及ばないという話、本当に信用していいのか?」
アシㇼパの声は確かに、深い疑念と怒りを孕んでいた。彼女の輝く碧眼が、有坂を鋭く射抜く。その凛とした言葉は、かろうじて彼の耳に届き、
「勿論だともッ!」
そう答えた有坂は力強く頷き「まずは腰を落ち着かせよう」と言った。慌てて月島が椅子を引っ張り出すと、有坂がどかりと腰を下ろす。周囲を囲むように鯉登、月島、杉本、アシㇼパが位置を取り、それぞれに緊張を滲ませた。
「事の発端は明治二十一年、天皇直下組織『暁星 』が創設されたことだったッ!」
有坂の一言に、鯉登と月島が鋭く視線を交わした。鯉登が、胸元の物入れから紙切れを取り出し、有坂に差し出す。
「暁星とは、ここに書かれていることと関係が……?」
「む?……なんとッ!こんなものが残されていたとはッ!流石は森岡くんだッ!」
渡された紙切れは、まるで封印を解かれた亡霊のよう禍々しい。
「恐らく、芹沢はこの“文書”を手に入れようと菊乃に接触してきました」
鯉登の声は鋭さを帯びていた。有坂は静かに頷き、言葉を重ねる。
「芹沢少将は、当時この暁星の責任者──諜報部隊の指揮管を担っていたッ。森岡くんもその部隊に属し、菊乃くんと共にロシアで任務に当たっていたんだよッ」
その告白に、鯉登は勢いよく身を乗り出す。
「それはあり得ません!彼女は年端もいかぬ頃から魁燿亭にずっと──」
「その前に、だよッ」
鯉登が目を瞠り放心する中、僅かに瞳を鋭くする有坂の言葉は重く、揺るがない。
「魁燿亭に保護される前ッ、菊乃くんは暁星で少年諜報員として育てられていたッ!」
鯉登の喉から、かすれた息が漏れた。杉本は拳を握り締め、アシㇼパは顔を顰めている。月島は信じがたい事実に瞼を伏せた。
他国では既に実践されている──それは、決して表には出ない、出してはいけない卑劣な蛮行。幼い子ども達を手懐けた上で敵国に忍びこませ、スパイやテロ活動をおこなわせている国がこの世には存在する。
「我が国でも秘密裏に、試験的な組織が創設されたッ!──それが暁星、というわけだッ!」
「ふざけんな……!そんなこと許されるわけねぇだろッ!!」
「何も知らない子どもを、お前たちは戦争の道具にしたというのか!?」
杉本が猛獣の如く吠え、アシㇼパも拳を握りしめながら瞳を燃やす。
「私達が、というのは語弊があるがねッ。陸軍が中心となって始動したことは否定できんッ。今となっては発案者も誰だったのか真相は闇の中だッ!」
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。それまで黙っていた鯉登の喉がひくつき、絞り出すように言葉が漏れる。
「菊乃が……森岡と一緒に居た、と言っていたのは……ッ」
「ロシアで、スパイとテロ活動を、させられていた……」
後に続いた月島の声もまた、吐き出すたび胸を抉られるように低く震えた。
「今まではあくまで可能性の話だったんだがッ、その紙切れが菊乃くんと森岡くんッ。ひいては暁星を結びつけるには十分な根拠となるだろうッ!」
「……それで、どうして今更菊乃さんからその紙切れを手に入れたがっている?組織は無くなったのに」
「本来ならば処分しなければならなかったものだからねッ。どういう経緯で手に入れたのか定かではないが、森岡くんが菊乃くんに持たせ日本に返したのだろうッ。──まもなく、暁星は早々に解体されたッ!所属する者たち全員の抹殺をもって、だッ!」
有坂の言葉は、容赦なく鋭い刃となって聞く者の胸に突き刺さる。
「組織に関わるものすべて、塵一つ残すことは許されなかったはずだッ。幹部たちを除いてねッ。森岡くんは、その前に菊乃くんを逃がしたッ!──これが、私と鶴見くんの間で立てていた可能性だッ!」
有坂の拳が膝を打つたびに、憤激な熱が伝わってきた。
「有坂閣下は……何故組織の事情をそこまで……ッ」
鯉登は、胸の奥に押し込んでいた疑念を抑えきれず、震える声を上げた。
「森岡くんから密に相談されていたッ!暁星は、孤児たちを集め諜報を担う人材を育てるための組織だとッ。それは果たして国防の手段として相応しいことなのか、とねッ!特に、子どもたちを従わせるためのやり方に疑問を呈していたッ!」
月島の目が鋭く細められる。「やり方……?」と思わず出た聞き返しの言葉に有坂は、
「“催眠”──暗示や洗脳と言われるものだよッ!」
「っ、それでは、菊乃が記憶喪失なのも……ッ」
「催眠によるものだろうッ!それが故意によるものなのか後遺症なのか判断がつかないが、森岡くんがやった可能性は高いッ。彼は、最期まで彼女を守ろうとしたはずだからねッ!」
月島は、暫し思案したあと思い出したように、
「しかし、菊乃さんは“歌”を思い出し、それがこの“文書”の在処を示していた……今後、他の記憶も」
「何かをきっかけに、菊乃くんの記憶が戻るような暗示をかけていたのかもしれんッ。内容から察するにその紙切れ、芹沢にとって都合の悪いものだろうッ。身の安全を保証させるための材料としては十分だ、と考えて持たせたとすれば辻褄が合うッ!」
それを聞いた杉本が、
「いやそれ、もし記憶戻らなかったとしたら意味無いんじゃないか?」
「そうッ!森岡くんの行動には少々疑問が残るッ!魁燿亭に拾われたのは幸いだったが、記憶が戻らない菊乃くんを守るものは無いに等しいッ!その間に彼女の存在を知られては事だッ!そこで鶴見くんは考えたッ!」
有坂の目が鋭く光り、全員を見回す。
「暁星の生き残りである少女の存在を亡き者にし、軍関係者との養子縁組を持って、彼女にかけられた呪縛を祓おうとしたわけだッ!!」
鯉登の胸が大きく上下し、呼吸が荒くなる。次々に判明していく真実に、思考が、感情が複雑に絡まっていく。
「鶴見、中尉殿、が……」
「内部の縁者となれば、その事実を公にしづらくなるッ!芹沢も立場上、手出しはできんだろうッ!本当はもっと早く段取るはずだったんだが、戸籍の手続きに大分手間取ってしまってねッ!こちらも慌ただしかったし、鶴見くんは北海道でアレコレ忙しなく動いていただろうッ?その上、あんな事になってしまって私も身動きが取れなかったものだからッ、君たちが菊乃くんの傍で時間を稼いでくれなければ手遅れになっていた可能性もあったッ!」
そこで有坂は、ひとつ息をついて、
「どうやら鶴見くんが何か仕掛けていたようだがねッ。本当にあれは面白い男だッ!だっはっはーッ!」
有坂は、大きな声で笑い飛ばした。その豪快な声が響く一方で、周囲はしん、と静まり返っている。
やがて、鯉登は耐えきれず、
「有坂閣下ッ!つまり、菊乃は──ッ」
前のめりに上げた声に、有坂は一瞬口を閉ざし、そして静かに頷いた。
「そうそうッ。今、菊乃くんはだね──!」
有坂の言葉に耳を澄ます。誰もが、その先に見出す希望を期待しながら。
大きな窓から差し込む日没間近の夕陽が、執務室を柔らかな橙に染めていた。しかし、その穏やかな薄光とは裏腹に、部屋には重く張りつめた空気が漂っている。
突如現れた有坂が「菊乃に会いに来た」と告げた瞬間、その場にいた者たちは言葉を失った。
鯉登は目を見開き、次いで顔を歪める。
「どうやら一歩遅かったようだねッ!」
長年、爆音轟く銃器開発に携わってきたせいか、彼は耳が遠く普段から声が大きい。朗々と響くその声は、遠く廊下の向こうにまで届くほどだ。
「恐れながら有坂閣下ッ!何故菊乃さんのことを……ッ?」
月島は、予め人払いをしておいたことに安堵しつつ、彼に伝わるようにと声を張った。
「全て整ったことを急ぎ知らせようと思ってねぇッ!鶴見くんからの頼まれ事だったんだが……ほらッ、私も鶴見くんに協力していたことを咎められてしまっただろうッ?そのせいで余計に時間がかかってしまったものだからッ!」
有坂の答えに、鯉登と月島は同時に息を呑む。
「つ、鶴見中尉殿は一体何を……ッ!」
つい出た言葉の続きを飲み込むように、鯉登は拳を握りしめた。今は一秒でも時間が惜しい。
「申し訳ありません閣下ッ。今は時間が」
「菊乃くんのことなら心配いらないよッ。芹沢は絶対彼女に手出しはできないからねッ!」
そのはっきりとした断言に、四人は唖然とした顔で有坂を見た。
それはどういうことか、と問いかける暇も与えず、次に有坂は時計を取り出し、
「どの道、函館の連絡船には明日の便に乗るしかなさそうだッ。順を追って説明するとしようッ!……ところで」
ふと口を止めた。有坂は、月島の隣に立つ見慣れぬ人物に目を留めた。
「客人かねッ?」
「あ、あぁ。この者たちは──」
「分かったぞッ!菊乃くんを保護していたというアイヌの者たちかなッ?」
「おい、月島軍曹。この喧しいジイさんも中央の人げ──イタッ!」
「口を慎め」
月島の拳骨が杉本の頭部を突いた。その様子を横目で見ていたアシㇼパが、視線を有坂へと移す。
「アシㇼパだ。……菊乃に危険が及ばないという話、本当に信用していいのか?」
アシㇼパの声は確かに、深い疑念と怒りを孕んでいた。彼女の輝く碧眼が、有坂を鋭く射抜く。その凛とした言葉は、かろうじて彼の耳に届き、
「勿論だともッ!」
そう答えた有坂は力強く頷き「まずは腰を落ち着かせよう」と言った。慌てて月島が椅子を引っ張り出すと、有坂がどかりと腰を下ろす。周囲を囲むように鯉登、月島、杉本、アシㇼパが位置を取り、それぞれに緊張を滲ませた。
「事の発端は明治二十一年、天皇直下組織『
有坂の一言に、鯉登と月島が鋭く視線を交わした。鯉登が、胸元の物入れから紙切れを取り出し、有坂に差し出す。
「暁星とは、ここに書かれていることと関係が……?」
「む?……なんとッ!こんなものが残されていたとはッ!流石は森岡くんだッ!」
渡された紙切れは、まるで封印を解かれた亡霊のよう禍々しい。
「恐らく、芹沢はこの“文書”を手に入れようと菊乃に接触してきました」
鯉登の声は鋭さを帯びていた。有坂は静かに頷き、言葉を重ねる。
「芹沢少将は、当時この暁星の責任者──諜報部隊の指揮管を担っていたッ。森岡くんもその部隊に属し、菊乃くんと共にロシアで任務に当たっていたんだよッ」
その告白に、鯉登は勢いよく身を乗り出す。
「それはあり得ません!彼女は年端もいかぬ頃から魁燿亭にずっと──」
「その前に、だよッ」
鯉登が目を瞠り放心する中、僅かに瞳を鋭くする有坂の言葉は重く、揺るがない。
「魁燿亭に保護される前ッ、菊乃くんは暁星で少年諜報員として育てられていたッ!」
鯉登の喉から、かすれた息が漏れた。杉本は拳を握り締め、アシㇼパは顔を顰めている。月島は信じがたい事実に瞼を伏せた。
他国では既に実践されている──それは、決して表には出ない、出してはいけない卑劣な蛮行。幼い子ども達を手懐けた上で敵国に忍びこませ、スパイやテロ活動をおこなわせている国がこの世には存在する。
「我が国でも秘密裏に、試験的な組織が創設されたッ!──それが暁星、というわけだッ!」
「ふざけんな……!そんなこと許されるわけねぇだろッ!!」
「何も知らない子どもを、お前たちは戦争の道具にしたというのか!?」
杉本が猛獣の如く吠え、アシㇼパも拳を握りしめながら瞳を燃やす。
「私達が、というのは語弊があるがねッ。陸軍が中心となって始動したことは否定できんッ。今となっては発案者も誰だったのか真相は闇の中だッ!」
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。それまで黙っていた鯉登の喉がひくつき、絞り出すように言葉が漏れる。
「菊乃が……森岡と一緒に居た、と言っていたのは……ッ」
「ロシアで、スパイとテロ活動を、させられていた……」
後に続いた月島の声もまた、吐き出すたび胸を抉られるように低く震えた。
「今まではあくまで可能性の話だったんだがッ、その紙切れが菊乃くんと森岡くんッ。ひいては暁星を結びつけるには十分な根拠となるだろうッ!」
「……それで、どうして今更菊乃さんからその紙切れを手に入れたがっている?組織は無くなったのに」
「本来ならば処分しなければならなかったものだからねッ。どういう経緯で手に入れたのか定かではないが、森岡くんが菊乃くんに持たせ日本に返したのだろうッ。──まもなく、暁星は早々に解体されたッ!所属する者たち全員の抹殺をもって、だッ!」
有坂の言葉は、容赦なく鋭い刃となって聞く者の胸に突き刺さる。
「組織に関わるものすべて、塵一つ残すことは許されなかったはずだッ。幹部たちを除いてねッ。森岡くんは、その前に菊乃くんを逃がしたッ!──これが、私と鶴見くんの間で立てていた可能性だッ!」
有坂の拳が膝を打つたびに、憤激な熱が伝わってきた。
「有坂閣下は……何故組織の事情をそこまで……ッ」
鯉登は、胸の奥に押し込んでいた疑念を抑えきれず、震える声を上げた。
「森岡くんから密に相談されていたッ!暁星は、孤児たちを集め諜報を担う人材を育てるための組織だとッ。それは果たして国防の手段として相応しいことなのか、とねッ!特に、子どもたちを従わせるためのやり方に疑問を呈していたッ!」
月島の目が鋭く細められる。「やり方……?」と思わず出た聞き返しの言葉に有坂は、
「“催眠”──暗示や洗脳と言われるものだよッ!」
「っ、それでは、菊乃が記憶喪失なのも……ッ」
「催眠によるものだろうッ!それが故意によるものなのか後遺症なのか判断がつかないが、森岡くんがやった可能性は高いッ。彼は、最期まで彼女を守ろうとしたはずだからねッ!」
月島は、暫し思案したあと思い出したように、
「しかし、菊乃さんは“歌”を思い出し、それがこの“文書”の在処を示していた……今後、他の記憶も」
「何かをきっかけに、菊乃くんの記憶が戻るような暗示をかけていたのかもしれんッ。内容から察するにその紙切れ、芹沢にとって都合の悪いものだろうッ。身の安全を保証させるための材料としては十分だ、と考えて持たせたとすれば辻褄が合うッ!」
それを聞いた杉本が、
「いやそれ、もし記憶戻らなかったとしたら意味無いんじゃないか?」
「そうッ!森岡くんの行動には少々疑問が残るッ!魁燿亭に拾われたのは幸いだったが、記憶が戻らない菊乃くんを守るものは無いに等しいッ!その間に彼女の存在を知られては事だッ!そこで鶴見くんは考えたッ!」
有坂の目が鋭く光り、全員を見回す。
「暁星の生き残りである少女の存在を亡き者にし、軍関係者との養子縁組を持って、彼女にかけられた呪縛を祓おうとしたわけだッ!!」
鯉登の胸が大きく上下し、呼吸が荒くなる。次々に判明していく真実に、思考が、感情が複雑に絡まっていく。
「鶴見、中尉殿、が……」
「内部の縁者となれば、その事実を公にしづらくなるッ!芹沢も立場上、手出しはできんだろうッ!本当はもっと早く段取るはずだったんだが、戸籍の手続きに大分手間取ってしまってねッ!こちらも慌ただしかったし、鶴見くんは北海道でアレコレ忙しなく動いていただろうッ?その上、あんな事になってしまって私も身動きが取れなかったものだからッ、君たちが菊乃くんの傍で時間を稼いでくれなければ手遅れになっていた可能性もあったッ!」
そこで有坂は、ひとつ息をついて、
「どうやら鶴見くんが何か仕掛けていたようだがねッ。本当にあれは面白い男だッ!だっはっはーッ!」
有坂は、大きな声で笑い飛ばした。その豪快な声が響く一方で、周囲はしん、と静まり返っている。
やがて、鯉登は耐えきれず、
「有坂閣下ッ!つまり、菊乃は──ッ」
前のめりに上げた声に、有坂は一瞬口を閉ざし、そして静かに頷いた。
「そうそうッ。今、菊乃くんはだね──!」
有坂の言葉に耳を澄ます。誰もが、その先に見出す希望を期待しながら。
