本編
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露西亜(三)
外気は思ったよりも冷たかった。雨風が頬を撫で、火薬の臭いが鼻をつく。
そんな中、菊乃は雨でぬかるむ地面を慎重に歩いていた。
「……本当に、菊乃が関係しているの?」
問いかけたのは、共に来てくれた芸者のみさ子だった。
「分からない……でも、彼らが言ってた人の名前に心当たりが、あって……」
菊乃は、戸惑う声色でそう返した。
確証は、ない。だが、そうと考えれば襲撃の理由に説明がつく。
「みさ子さん、巻き込んでごめんなさい」
「馬鹿ね。水くさいこと言うんじゃないよ」
みさ子は、元士族の娘だからか、男勝りなところがある先輩芸者だった。射撃に対しても一切の抵抗はなく、飲み込みも早かったと周囲の人間は語った。まだ右も左も分からなかった頃、毎晩のように稽古に付き合ってくれたことを菊乃は思い出す。どれほど泣かされ、そしてどれほど救われただろう。
二階で響く銃声が耳を裂く。二人が目を合わせ、背筋に冷たい汗が流れた。急がなければ。だが、焦る心を抑えるように、足取りは静かに慎重に進める。隠し部屋のある客間を目指し、そっと建物の陰から回り込んだ。
「……玉、無事に着いたかな」
ぼそっとみさ子が言った。
あれからどれ程の時間が過ぎただろう。玉の足の速さを考えれば、着いていてもおかしくは無かった。
「大丈夫。絶対……来てくれる」
「そうね。あんたの危機だと知ったら、鯉登さん血相変えて飛んで来るよ、きっと」
どこか含みのある言い方に、菊乃が眉を顰めた。
「そ、そう、かな……?」
「菊乃には黙ってたけど、鯉登さん。私に菊乃と鶴見さんの仲について聞いてきたことあってさ」
「え、っ、え……っ?」
ただならぬ話に、菊乃が落ち着きなく声を吃らせる。
「『どんな様子だった?』て言うから、もうそれはそれは、毎夜仲睦まじく過ごしておいででしたよぉって答えといた」
「そ、そっ、それは、誤解を招く、ような……」
だから勘違いをしていたのか──“結婚の約束をしていた”と。
「正直さ、鶴見さんのことあんま信用出来なかったんだけど」
「え……ど、どうして?」
「ただの勘。でも、鯉登さんならいいよ。菊乃のこと大切にしてくれそうだもん」
その「いいよ」の真意を菊乃が問う前にみさ子が、
「生き方は、自分で決めていいんだからね」
そう続けた言葉に、菊乃は上手く返事を紡げなかった。
そうこうしているうちに、みさ子に促され目的地へと前進する。菊乃たちは、厨房につながる勝手口へ向かった。そこには喜八がいるはずなのだ。いまだ隠れ潜んでいるかも、と思った。
細い木戸を押し開ける。鍵はかかっていなかった。人の気配はなく、喜八の姿もない。
「どこへ行ったの……?」
恐る恐る疑問を零す。やはりあの時、ここから外へ出たのだろうか。うまく逃げおおせていればいいが──。
そこまで考えふと思う。喜八は魁燿亭の武器庫のことを知らなかったのだろうか?当然のことながら、彼も共に戦えたはずなのに。
その疑問を打ち消すように、客間へ続く扉の向こうから物音がした。息を殺し、ゆっくりと拳銃を構える。慎重に隙間をつくり覗き込むと、ロシア人の男が見えた。その姿は一人だけ。
これを好機とばかりに、みさ子と視線を合わせる。菊乃の傍らには酒瓶がびっしり並んでいた。棚に並ぶ一本に手を伸ばしながら、小声で指示を飛ばす。
「みさ子さん、奥から音を出して」
みさ子が頷く。その手には、いつの間にか鍋蓋が握られていた。
扉を揺らす。その音に誘われて男が静かに入ってきた。警戒するその姿を確認すると、みさ子が鍋蓋を床に叩きつけた。その音に気を取られた男の後頭部に、渾身の力で酒瓶を振り下ろす。
バリン──!瓶が割れ、鈍い音と共に男の身体が崩れ落ちた。
「やった……!」
銃声で仲間が集まってくると面倒だ。どうにか敵を黙らせ、ほっと息をつく。
「行こう」
二人で足早に廊下へ出た。隠し部屋はすぐそこの客間から通じている。
「行って。ここで見張ってる」
「ありがとう、みさ子さん」
菊乃は、手近にあった座敷洋灯を手に隠し通路の扉に手をかけた。
暗闇をもろともせず駆け出す。奥の部屋。そこにある古びた机の引き出しをスラリと開けた。
取り出したのは絵本と、間に挟まれた一枚の写真。それを胸元へ素早く仕舞い込む。
その時だった。鯉登の声が聞こえた気がして菊乃は扉の方へ振り返って、
「鯉登さ」
「──Ты дочь Мориока?」
息を呑んだ。視線の先、突きつけられた銃口が暗闇に紛れていた。咄嗟に、扉の前で待機しているはずのみさ子の姿が脳裏をかすめる。
ロシア人の男は、険しい目で低く唸るように言葉を発した。
トゥイ……ドーチ……やはり、モリオカしか意味は分からなかった。その名前だけが、脳内で強く反響する。
「Скажи, где документы.」
菊乃は、両の手をゆっくり掲げた。
「……森岡さんの写真ならあります……あなた方の探しているものはこれですか?」
言葉が通じない中、どう交渉に持っていけばいいのだろう──。一先ず、菊乃は写真を男に差し出してみた。
男が一歩、こちらへにじり寄る。すると突然、どこからともなく大勢の怒声が響いてきた。
徐々に上の階が騒がしくなる。鯉登たちが来たのかもしれない。緊迫した状況ながらも、菊乃の目には希望の光が宿った。
その時、焦った様子の男が銃を握る手を揺らす。
「Нет!Дайте мне документ немедленно!」
撃たれる──そう思った瞬間、上階からけたたましい複数の銃声が一斉に鳴り響いた。あまりに突然の大音量に、男が怯む。
菊乃はその隙をついて、咄嗟に帯にさしていたナガンに手をかけた。
──発砲音が響き、肩を押さえ男が呻きながら崩れ落ちる。
息をする。想像以上に重い一発だった。菊乃は、肩から手先までがガタガタと震えている。これを片手で撃つ女将のなんとも逞しいことよ。暫し、そんな呑気なことを考えていると、
「Эта сука……!!」
発狂せんばかりの叫びが、鼓膜を震わせた。
はっとして声のした方を見ると、床に倒れた男の向こう、出入口へと延びる通路からユラリと人影が現れた。
厨房で気絶させた男が、血まみれでよろめきながら立っている。その目は据わっており、強い殺意が込められているのが分かった。
──まずい。菊乃はナガンの銃口を向けて引き金を引いた。弾は男の右肩に命中──だが、男は止まらない。
もう一発、と引き金に手をかけ気づく。二発を、撃ち切っていた。
そこからの時は、一瞬にも長い時間にも感じられた。乾いた破裂音がして、何も聞こえなくなった。ただ、乱れた脈の音だけが耳の奥のほうで響き続けている。
気づいた時には、耐えきれぬ衝撃が胸を貫き、菊乃は壁に持たれながらズルズルと身を落とした。
「菊乃ッ!!」
「……、……こ……さ──」
焦点の定まらない視界に、鯉登の姿を見た気がした。
やっぱり来てくれた。皆のことを助けてくれる。よかった──。
菊乃の意識は、そこで途切れた。
🎏side story🎏
銃声が雨音を裂き、悲鳴が魁燿亭を揺るがしていた。
鯉登は全速力の勢いそのままに、玄関を蹴破るようにして突入した。
室内はすでに修羅場──その惨状に、思わず歯を食いしばる。
「クソッ、菊乃!!菊乃どこだッ!!」
「鯉登様ぁ!!上へ!!」
銃声と共に階上から返ってきた叫びに、鯉登が顔を上げる。
「鯉登少尉ッ!!まだ全員追いついていません!!」
月島が後方から駆け込んでくるが、既に鯉登は階段に足をかけている。
「遅いッ!!上だ月島ァッ!!」
なにか言いたげな月島を置いて、鯉登は弾丸の如く階段を駆け上がった。
程なくして「──上へ突入せよ!」と短く告げる声とともに、襲撃者の鎮圧が始まった。
──それは、異様な光景だった。
多数の兵が加勢し、鯉登たちの形勢が有利になると、ロシア人たちは一斉に自らの頭を撃ち抜いた。一切の躊躇もなく。
「なんなのだ、これは……ッ」
その異常な惨状に、一人の兵が思わず漏らした。
「怪我人を優先しろ!担架持ってこい!!」
月島の的確な指示で、救助が進む。重傷者はいるが、幸い命に関わる怪我人は見受けられなかった。
「女たちだけで、よくこの程度で済んだな……」
月島はそう言うと、怪我人へ順に声をかけていく。
そんな中、鯉登はきょろきょろと周囲を見渡していた。
その様子を見兼ねた女将が、肩の傷を押さえながら鯉登を呼んだ。
「鯉登様……っ。菊乃は、下に」
「下?」
「隠し部屋へ、みさ子と一緒に……見てきてやってくださいませんか」
バァンッ!──その瞬間、乾いた銃声が屋敷の階下から響いた。
ナガンの発砲音──女将が息を呑むよりも早く鯉登が動いた。兵たちを押しのけ、まっすぐに階段を駆け下りる。月島もすぐさま後を追った。
隠し部屋の扉の前に、血を流して倒れるみさ子がいた。
「しっかりしろ!」
「このまま運びます!」
駆け寄れば腹にナイフが深く刺さっていて、慌てて月島が応援を呼ぼうとした瞬間、
バァンッ!──隠し部屋の奥から銃声が鼓膜を突いて、鯉登が勢いよく飛び込んだ。
僅かな光が灯る闇の中、菊乃が、崩れ落ちていく──。佇む男の背の向こうで、それだけがはっきりと見えた。
反射的に、拳銃を抜く。鯉登は、一瞬にして男の頭を撃ち抜いた。
「菊乃ッ!!」
血を流し、薄目を開けて息も絶え絶えのその姿は、覚めない悪夢を見ているようだった。
外気は思ったよりも冷たかった。雨風が頬を撫で、火薬の臭いが鼻をつく。
そんな中、菊乃は雨でぬかるむ地面を慎重に歩いていた。
「……本当に、菊乃が関係しているの?」
問いかけたのは、共に来てくれた芸者のみさ子だった。
「分からない……でも、彼らが言ってた人の名前に心当たりが、あって……」
菊乃は、戸惑う声色でそう返した。
確証は、ない。だが、そうと考えれば襲撃の理由に説明がつく。
「みさ子さん、巻き込んでごめんなさい」
「馬鹿ね。水くさいこと言うんじゃないよ」
みさ子は、元士族の娘だからか、男勝りなところがある先輩芸者だった。射撃に対しても一切の抵抗はなく、飲み込みも早かったと周囲の人間は語った。まだ右も左も分からなかった頃、毎晩のように稽古に付き合ってくれたことを菊乃は思い出す。どれほど泣かされ、そしてどれほど救われただろう。
二階で響く銃声が耳を裂く。二人が目を合わせ、背筋に冷たい汗が流れた。急がなければ。だが、焦る心を抑えるように、足取りは静かに慎重に進める。隠し部屋のある客間を目指し、そっと建物の陰から回り込んだ。
「……玉、無事に着いたかな」
ぼそっとみさ子が言った。
あれからどれ程の時間が過ぎただろう。玉の足の速さを考えれば、着いていてもおかしくは無かった。
「大丈夫。絶対……来てくれる」
「そうね。あんたの危機だと知ったら、鯉登さん血相変えて飛んで来るよ、きっと」
どこか含みのある言い方に、菊乃が眉を顰めた。
「そ、そう、かな……?」
「菊乃には黙ってたけど、鯉登さん。私に菊乃と鶴見さんの仲について聞いてきたことあってさ」
「え、っ、え……っ?」
ただならぬ話に、菊乃が落ち着きなく声を吃らせる。
「『どんな様子だった?』て言うから、もうそれはそれは、毎夜仲睦まじく過ごしておいででしたよぉって答えといた」
「そ、そっ、それは、誤解を招く、ような……」
だから勘違いをしていたのか──“結婚の約束をしていた”と。
「正直さ、鶴見さんのことあんま信用出来なかったんだけど」
「え……ど、どうして?」
「ただの勘。でも、鯉登さんならいいよ。菊乃のこと大切にしてくれそうだもん」
その「いいよ」の真意を菊乃が問う前にみさ子が、
「生き方は、自分で決めていいんだからね」
そう続けた言葉に、菊乃は上手く返事を紡げなかった。
そうこうしているうちに、みさ子に促され目的地へと前進する。菊乃たちは、厨房につながる勝手口へ向かった。そこには喜八がいるはずなのだ。いまだ隠れ潜んでいるかも、と思った。
細い木戸を押し開ける。鍵はかかっていなかった。人の気配はなく、喜八の姿もない。
「どこへ行ったの……?」
恐る恐る疑問を零す。やはりあの時、ここから外へ出たのだろうか。うまく逃げおおせていればいいが──。
そこまで考えふと思う。喜八は魁燿亭の武器庫のことを知らなかったのだろうか?当然のことながら、彼も共に戦えたはずなのに。
その疑問を打ち消すように、客間へ続く扉の向こうから物音がした。息を殺し、ゆっくりと拳銃を構える。慎重に隙間をつくり覗き込むと、ロシア人の男が見えた。その姿は一人だけ。
これを好機とばかりに、みさ子と視線を合わせる。菊乃の傍らには酒瓶がびっしり並んでいた。棚に並ぶ一本に手を伸ばしながら、小声で指示を飛ばす。
「みさ子さん、奥から音を出して」
みさ子が頷く。その手には、いつの間にか鍋蓋が握られていた。
扉を揺らす。その音に誘われて男が静かに入ってきた。警戒するその姿を確認すると、みさ子が鍋蓋を床に叩きつけた。その音に気を取られた男の後頭部に、渾身の力で酒瓶を振り下ろす。
バリン──!瓶が割れ、鈍い音と共に男の身体が崩れ落ちた。
「やった……!」
銃声で仲間が集まってくると面倒だ。どうにか敵を黙らせ、ほっと息をつく。
「行こう」
二人で足早に廊下へ出た。隠し部屋はすぐそこの客間から通じている。
「行って。ここで見張ってる」
「ありがとう、みさ子さん」
菊乃は、手近にあった座敷洋灯を手に隠し通路の扉に手をかけた。
暗闇をもろともせず駆け出す。奥の部屋。そこにある古びた机の引き出しをスラリと開けた。
取り出したのは絵本と、間に挟まれた一枚の写真。それを胸元へ素早く仕舞い込む。
その時だった。鯉登の声が聞こえた気がして菊乃は扉の方へ振り返って、
「鯉登さ」
「──Ты дочь Мориока?」
息を呑んだ。視線の先、突きつけられた銃口が暗闇に紛れていた。咄嗟に、扉の前で待機しているはずのみさ子の姿が脳裏をかすめる。
ロシア人の男は、険しい目で低く唸るように言葉を発した。
トゥイ……ドーチ……やはり、モリオカしか意味は分からなかった。その名前だけが、脳内で強く反響する。
「Скажи, где документы.」
菊乃は、両の手をゆっくり掲げた。
「……森岡さんの写真ならあります……あなた方の探しているものはこれですか?」
言葉が通じない中、どう交渉に持っていけばいいのだろう──。一先ず、菊乃は写真を男に差し出してみた。
男が一歩、こちらへにじり寄る。すると突然、どこからともなく大勢の怒声が響いてきた。
徐々に上の階が騒がしくなる。鯉登たちが来たのかもしれない。緊迫した状況ながらも、菊乃の目には希望の光が宿った。
その時、焦った様子の男が銃を握る手を揺らす。
「Нет!Дайте мне документ немедленно!」
撃たれる──そう思った瞬間、上階からけたたましい複数の銃声が一斉に鳴り響いた。あまりに突然の大音量に、男が怯む。
菊乃はその隙をついて、咄嗟に帯にさしていたナガンに手をかけた。
──発砲音が響き、肩を押さえ男が呻きながら崩れ落ちる。
息をする。想像以上に重い一発だった。菊乃は、肩から手先までがガタガタと震えている。これを片手で撃つ女将のなんとも逞しいことよ。暫し、そんな呑気なことを考えていると、
「Эта сука……!!」
発狂せんばかりの叫びが、鼓膜を震わせた。
はっとして声のした方を見ると、床に倒れた男の向こう、出入口へと延びる通路からユラリと人影が現れた。
厨房で気絶させた男が、血まみれでよろめきながら立っている。その目は据わっており、強い殺意が込められているのが分かった。
──まずい。菊乃はナガンの銃口を向けて引き金を引いた。弾は男の右肩に命中──だが、男は止まらない。
もう一発、と引き金に手をかけ気づく。二発を、撃ち切っていた。
そこからの時は、一瞬にも長い時間にも感じられた。乾いた破裂音がして、何も聞こえなくなった。ただ、乱れた脈の音だけが耳の奥のほうで響き続けている。
気づいた時には、耐えきれぬ衝撃が胸を貫き、菊乃は壁に持たれながらズルズルと身を落とした。
「菊乃ッ!!」
「……、……こ……さ──」
焦点の定まらない視界に、鯉登の姿を見た気がした。
やっぱり来てくれた。皆のことを助けてくれる。よかった──。
菊乃の意識は、そこで途切れた。
🎏side story🎏
銃声が雨音を裂き、悲鳴が魁燿亭を揺るがしていた。
鯉登は全速力の勢いそのままに、玄関を蹴破るようにして突入した。
室内はすでに修羅場──その惨状に、思わず歯を食いしばる。
「クソッ、菊乃!!菊乃どこだッ!!」
「鯉登様ぁ!!上へ!!」
銃声と共に階上から返ってきた叫びに、鯉登が顔を上げる。
「鯉登少尉ッ!!まだ全員追いついていません!!」
月島が後方から駆け込んでくるが、既に鯉登は階段に足をかけている。
「遅いッ!!上だ月島ァッ!!」
なにか言いたげな月島を置いて、鯉登は弾丸の如く階段を駆け上がった。
程なくして「──上へ突入せよ!」と短く告げる声とともに、襲撃者の鎮圧が始まった。
──それは、異様な光景だった。
多数の兵が加勢し、鯉登たちの形勢が有利になると、ロシア人たちは一斉に自らの頭を撃ち抜いた。一切の躊躇もなく。
「なんなのだ、これは……ッ」
その異常な惨状に、一人の兵が思わず漏らした。
「怪我人を優先しろ!担架持ってこい!!」
月島の的確な指示で、救助が進む。重傷者はいるが、幸い命に関わる怪我人は見受けられなかった。
「女たちだけで、よくこの程度で済んだな……」
月島はそう言うと、怪我人へ順に声をかけていく。
そんな中、鯉登はきょろきょろと周囲を見渡していた。
その様子を見兼ねた女将が、肩の傷を押さえながら鯉登を呼んだ。
「鯉登様……っ。菊乃は、下に」
「下?」
「隠し部屋へ、みさ子と一緒に……見てきてやってくださいませんか」
バァンッ!──その瞬間、乾いた銃声が屋敷の階下から響いた。
ナガンの発砲音──女将が息を呑むよりも早く鯉登が動いた。兵たちを押しのけ、まっすぐに階段を駆け下りる。月島もすぐさま後を追った。
隠し部屋の扉の前に、血を流して倒れるみさ子がいた。
「しっかりしろ!」
「このまま運びます!」
駆け寄れば腹にナイフが深く刺さっていて、慌てて月島が応援を呼ぼうとした瞬間、
バァンッ!──隠し部屋の奥から銃声が鼓膜を突いて、鯉登が勢いよく飛び込んだ。
僅かな光が灯る闇の中、菊乃が、崩れ落ちていく──。佇む男の背の向こうで、それだけがはっきりと見えた。
反射的に、拳銃を抜く。鯉登は、一瞬にして男の頭を撃ち抜いた。
「菊乃ッ!!」
血を流し、薄目を開けて息も絶え絶えのその姿は、覚めない悪夢を見ているようだった。
